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2 現実
しおりを挟む「ディル、申し訳ないんだけど、頼まれごとを引き受けてくれないかな?」
眉がこれでもかというほど下がりきった困り顔で声をかけてきたのは、サフィルス・マルロ部隊長だ。
薄茶色の髪に同じ薄茶色の瞳。中肉中背のどちらかというと痩せ型で、騎士というにはあまりにも頼りない。
見た目通り、頼まれたことを断れない損な役回りの人だ。
そして私、ディルユリーネ・ランバルシアの直属の上官だ。
「また隊長に無理難題でも押しつけられたんですか?」
「こら、声が大きいよ。それで罰を受けるのはディルになってしまうんだよ?」
「すみません」
私が罰を受けることになると私以上に辛そうにするマルロ部隊長を知っているだけに、それ以上は不満を口にすることが出来なかった。
その罰というのは様々で、食事抜きから薪割りなどの雑務をメッツァー隊長がその時の気分次第で決めていた。娯楽のない戦地での余興の一環なのだと思われるが、言われた方はたまったものではない。だが、そんなことぐらいで済んでいるのだから、今いる前線はまだ平和ということなのだろう。
戦争が始まって三年。
ヒュドネスクラ国からの突然の宣戦布告に我が国ロギスランダ国は驚愕した。なぜ、宣戦布告をされるのか分からなかったからだ。
ヒュドネスクラ国はその当時、他の隣接する国とも戦争をしていたので、まさか我が国にも牙を向けるとは思っていなかった。宣戦布告とともに届いた戦争の要求は通行料の値上げと輸出品価格の値下げ。本来なら外交での話し合いで済むものを武力行使で要求してきた。それは既にヒュドネスクラ国と戦争状態だった隣接する国も同じような理由で戦争していた。
では、なぜ戦争が終わらないのか。
それはヒュドネスクラ国が話し合いでの解決を望まず、自国の条件を飲ませるまで武力行使を止めないからであった。
ディルユリーネが戦争に参戦したのが一年前。
治癒魔法を使える人材宛に国からの出兵要請が送られ、ディルユリーネも治癒魔法が使えたためランバルシア家にも届いた。事情があって家に居られなかったディルユリーネは後方支援ということで戦地に赴くことになった。
配属された初めての場所で、味方のはずの騎士に襲われかけた為に逃げるように転属願いをしたあと、点々と配属先が変わって今は五カ所目だった。
五カ所目の直属の上官が紳士的なマルロ部隊長だったため、今回は長く居られそうだった。
それまでが、伯爵令嬢であるディルユリーネに手を出そうとしたり、私を側に侍らそうとしたりして本来の役割とは関係のないことをさせようとした者が出たため、大事になる前に転属させられていた。
何度も女と侮られ身の危険も感じたディルユリーネは、徐々に男のように振る舞うようになった。
髪の毛も背中まであった長さを男と同じくらいに短くした。今いるこの駐屯地に派遣されるときにはもう短くしていたから誰も私が女だとは思っていないだろう。前線に近づけば近づくほど隊長と呼ばれる立場の者は書類などきちんと見たりはしなかったから。
ただマルロ部隊長には出会った日になぜか女だとバレてしまって、すごく心配された。
そのあとは、女だとバレるような風呂の順番とか(隊長のために毎日風呂を沸かしている。その後階級が低い者が入れたりする)、寝る場所などはマルロ部隊長の気遣いでマルロ部隊長と同じ場所を提供してもらっている。補佐役として側に居なければならないからと理由をつけて。天幕の中に仕切りを付けてくれて安全面に考慮した紳士的な対応をしてもらえていた。だから、いつ襲われるかとビクビクしながら眠っていたディルユリーネはマルロ部隊長のところに来てからはしっかりと眠れるようになっていた。
そんな戦地に来てから唯一の紳士であるマルロ部隊長は困った顔をしたままディルユリーネを見つめていた。
「それで、何を言われたんですか?」
「ああ、それがね……、面白い技で敵兵を捕らえた男がいるらしいんだ」
「──面白い技ですか?」
「そう。それを見た隊長が面白がってその男を戦争の道具として使えるようにしろと命令が下ったんだよ」
「もしかしなくても、娯楽の一環ですか?」
「その要素はあるかもしれないね」
声を潜めて告げるマルロ部隊長の困った顔の眉間に、しわが足された。
珍しく怒っているようだ。
平民を巻き込むことに怒りを感じているのかもしれない。それはディルユリーネも同じ思いなのだけれど。
「それでね……、その役を、その……」
「──私にやらせろと言ったんですね」
「……そうなんだ。断れなくてごめんよ」
メッツァー隊長の余興のために本来の仕事以外のことをさせれられることに言い表せない怒りが湧く。
なぜ戦争が終わることにその頭を使わないのか。
拳を震わせるディルユリーネを申し訳なさそうにマルロ部隊長は見つめた。
「分かりました。いつものことなんですからそんなに気にしないでください」
メッツァー隊長に余興要員として目を付けられているディルユリーネであったから、今回の話にも驚きはしなかった。
驚きはしないがイライラは溜まっていく。一回隊長の腹に拳を叩き込めたらどんなにかスッキリするだろう。
貴族令嬢としてはあるまじき思考に行き着く。戦場にきて周りの駄目な男達に囲まれていたら、思考回路もガサツに染まってしまったようだ。
「それでその男はどこに居るんですか?」
「褒美を取らせるといって駐屯地の入口で待たせているらしい」
「褒美? ……その褒美とは何ですか?」
「部隊に引き入れてやる、……ことだそうだよ」
「はあ!? それは褒美ではありませんよね? その者にとっては」
「……そうだねぇ」
マルロ部隊長も同意見なのだろう。困り果てたように眉が下がりっぱなしだった。
平民が部隊に入ることになっても嬉しいはずはない。
本当に何を考えているのか。
このままではその者に嘘をつくことになってしまう。いや、それさえも嫌がらせの一環か、面白がっての事だろう。しかも平民はその事実を知らないのである。その説明も私がしなければいけないのかと思うと、頭が痛くなってきた。
「……分かりました。それについても私が説明します」
「ごめんよ」
「いいえ。行ってきます」
どこまでもお人好しなマルロ部隊長に苦笑で笑い返した後、一礼してその面白い技を使うという平民の男の元に向かった。
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