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17 捕虜 Ⅰ
しおりを挟む「そういえばシカンを解体しなければならないのですよね? 私は解体の仕方を知らないのですが、何処へ持っていけば解体してもらえるのでしょうか」
「ディル様、よろしければ解体もお任せください。そちらも慣れておりますので」
ヤンさんに問いかければ、頼もしいことに解体もお任せ出来るみたいだった。
「ディル、儂も解体出来るぞ?」
「そうなの? じゃあ、ヴァンも解体する方に回ってもらってもいいかな?」
「おう」
「それではヤンさん。解体もお願いしても宜しいですか?」
「お任せください」
「それと、すみません。ヴァンのこともお願いしても大丈夫でしょうか」
「はい。そちらもお任せください」
最後は苦笑交じりに返事が返ってきた。
ディルユリーネの心配が手に取るように分かったのだろう。先ほどと同じようにジルヴァンの面倒を見てくれるようだった。
「ディル様、わたしは採った野草を野菜と交換してきます」
「分かりました。ルルメさん、お願いします。誰かと一緒に行きますか?」
「いいえ、解体の方が大変ですから1人でも大丈夫です。戻ったときには解体も終わっているでしょうから、そのまま食事作りに取りかかりますね」
「そこまでお願いしてもよろしいのですか?」
「もちろんです。わたしたちの分の食事ですから。よろしければ、ディル様達の分の食事もお作りしましょうか?」
「えっ? それは有り難いですが、そこまでしていただくわけにはいきません」
「まあ、遠慮はいりませんわ。どうせ作るのなら一緒に作った方が簡単ですよ。お任せください」
「……えっと、それではお願いします」
「はい! お任せください」
ルルメさんの勢いに押されるままに、魔法騎士の分の食事作りもお願いすることになってしまった。
それにしても何故こんなにも嬉しそうにしているのだろうか。とても不思議だった。
「では、行って参ります」
「はい。気をつけていってらっしゃい」
ルルメさんに声をかけると、手を振ってくれた。
ルルメさんを見送った後、ヤンさん達に振り返る。
「お待たせしました。では、どこで解体しますか?」
「そうですね。洗わなければならないので、水場がいいのですが」
「分かりました。井戸まで案内します」
すでに駐屯地の近くまで戻ってきていたので、シカンを担いだヤンさん達を伴って、駐屯地の井戸まで案内する。
「では、こちらでお願いします」
「分かりました」
「じゃあ、ヴァンも解体よろしく」
「おう」
ジルヴァン達と別れて、マルロ部隊長の所へと報告するために戻る。
食事といえば──。
ディルユリーネも朝食を食べ損ねたけれど、昨日捕らえた捕虜の食事はどうなっているのだろうか。
流石に食事を与えないなんてことはないはず。
そもそもディルユリーネは捕虜が何処に収容されているのか、まだ確認していなかった。
マルロ部隊長に狩りの成果の報告とともに聞くと、資材置き場の隣にある小屋に収容されているらしいということだった。マルロ部隊長も実際に確認したわけではなく、人づてに聞いたとの事で、ディルユリーネに確認して欲しいと言われた。
「ディル、どこ行くんだ?」
どこからともなく現れたジルヴァンがディルユリーネに尋ねる。
「昨日捕らえた捕虜の所」
「儂も行ってもいいか?」
「解体は終わったのか?」
「おう。ヤン達も慣れてたから、すぐに終わったぞ」
「そうか。……ヴァンはヤンさんも呼び捨てなのか?」
「許可は取ったぞ?」
「そう。本当に呼び方は気をつけて」
「分かった。それで一緒に行ってもいいか?」
「いいが、楽しい所じゃないぞ?」
「いいんだ。ちょっと気になってることもあるしな」
ん?
ジルヴァンの言葉に引っかかりを覚えた。
何が気になるのだろうか。ジルヴァンは意外と鋭いところがあるから、ディルユリーネよりも余程周りを見ている気がする。だから、あとジルヴァンに足りないのは言葉なのだ。何かをする前に一言あればいい。それがあればディルユリーネだって余分な事を言わなくてすむはずなのだけれど……。
今日の炊事番だった魔法騎士が作った8人分の食事を持って小屋の前に辿り着く。
小屋の前には誰も見張りは居らず、入口に鍵がかかっているだけだった。
武器も取り上げて縄で縛ってあると聞いていたから、開けた途端に襲われることはないと思うけれど、念のため警戒してゆっくり扉を開ける。
小屋の中は窓もないため日陰になっていて、暗がりに慣れない瞳が中の様子を映し出すまでに少し時間がかかった。
その間も何の音も聞こず、とりあえず、開けた途端に襲いかかられることはないようで少しだけほっとする。
瞳が暗さに慣れてくると、何故こんなに静寂なのかの理由が分かった。
ディルユリーネが驚きで固まっている横を、ジルヴァンが小屋の中に飛び込む。
「ヴァン、危ない」と口に出そうになった言葉は飲み込んだ。
本来なら前日まで剣を交えていた敵兵に無防備に近づくなど、あってはならない、してはいけないことだ。
けれども瞳の前に広がる光景は惨憺たる有様だった。
縄で上半身と足を縛り上げられ、地面に寝かされていた。いや、寝かされていたという言い方は適切ではないのかもしれない。ゴミのように捨てられていた。そう表現するしかないような、何人かは折り重なるようにして横たわっていた。自分達では動くことも出来なかったのだろう、苦悶の表情を浮かべて寝ていた。
丸一日水も口にしていなかったであろう捕虜の人達は、とても弱っていた。
隙を見て反撃し、逃亡することなどこれでは無理だろう。
「大丈夫か? 飯だぞ?」
ジルヴァンはすぐに走り寄り、地面に捨てられるように転がされていた捕虜ひとりひとりの腕の縄を解き、身体を起こし、食事の入った器を渡していく。
「腹空いただろ? たくさん食えよ」
「食わないと元気になれないぞ!」
ひとりひとりに声をかけ、元気づけるように明るい声で話しかける。
(……ヴァンは敵国の兵でも躊躇しないんだね。──弱き者に手を差し伸べる……。当たり前のことなのに私は一瞬躊躇してしまった。ヴァンほどには簡単に出来ない)
ジルヴァンに手渡された食事の入った器を手にした捕虜の人達は、器を見つめたまま静かに涙を流した。
ディルユリーネはその姿に衝撃を受け、そして胸が締め付けられる。
涙を流しながらその口からは「ありがとうございます。ありがとうございます」と繰り返していて、ヒュドネスクラ国に居たときの境遇がその言葉から察せられた。
ディルユリーネは食事はジルヴァンに任せて、気になったことを確認するために捕虜の1人に近づく。
ディルユリーネが近づいてきたことに怯えを滲ませた捕虜に、安心してもらうために笑みを浮かべる。
「少し触ってもいいですか?」
怯えたまま、恐る恐る頷く捕虜の人を驚かさないようにして、側に座ってそっと手を取る。
腕を見ると剣での傷が生々しく残っていた。血は止まっているけれど、このまま放置すれば悪化して最悪腕を落とさなければいけなくなってしまう。
「怪我を治しますね」
言葉と同時に治癒魔法を使い、全身にあった傷を治した。
怪我が治ったことに驚きを隠せずに固まった捕虜の人は、次の瞬間には感極まったかのように泣き出した。
「聖人様ですか? ……ありがとうございます。ありがとうございます」
ヒュドネスクラ国の捕虜はディルユリーネに向かって今度は拝みはじめた。
治癒魔法で怪我を治しただけなのに、聖人と呼ばれ、拝まれてしまった。
「違います。聖人ではありません」
ディルユリーネが否定しても、拝まれるだけで捕虜の人はずっと泣き続けた。
いつまでも拝まれ続けて、どうしようもなくなったディルユリーネは「しっかり食べてくださいね」と声をかけて次の人をみることにした。
どの捕虜の人も剣での傷があり、まだ傷口も塞がっていないものが多かった。
(ヒュドネスクラ国には治癒魔法を使う者はいないのだろうか)
そう思えるくらい怪我人が多かった。
けれどそれよりも気になったのが、身体が痩せ細っていることだった。1人2人なら病気ということもあるかもしれないが、全員が痩せこけているのである。これは病気でというよりも食事が十分に取れない事によって痩せこけたように感じた。
何故そんな状態で兵士として徴兵されているのか。敵国ながら疑問を感じる。
ディルユリーネが治癒魔法で怪我を治していく端から、捕虜の人達から次々と「聖人様」と拝まれるようになってしまって困った。
その度に違うと否定しても聞き入れてはもらえなかった。最終的にディルユリーネは諦めて放っておくことにした。
全ての捕虜の人達の怪我を治し、食事も終わった。
その頃には捕虜の人達もだいぶ落ち着きを取り戻していた。
まだ捕虜の人達の待遇が決まっていないため、また腕を拘束しなければならないのが心苦しいが仕方ないと思うしかなかった。
「みなさん。また食事を持ってきますから、ここで静かに待っていていただけますか?」
「はい。聖人様の仰る通りにいたします。ありがとうございます」
「「「「「「「ありがとうございます」」」」」」」
ハモるようにまた拝まれながらお礼を言われて、ディルユリーネの顔が少し引き攣る。
聖人様呼びもさることながら、慕われているかのような態度に何故こんなことになってしまったのだろうと困惑するしかなかった。
とにかく早く捕虜の人達の待遇をはっきりさせないことには、ずっとこのまま縛り上げたままにしなければいけなくなる。
それにしても、酷い捕虜の扱いである。これを指示したのはメッツァー隊長しかいないだろう。
マルロ部隊長に早々に捕虜の待遇を相談しなければならないと思った。
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