なんだ、このハチャメチャな奴は

神栖 蒼華

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19 ココエラ商会のクシス

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駐屯地の隣の敷地に簡易の天幕がもう出来上がっていた。
大きさの違う天幕にはすでに人が出入りしていて、大きめの天幕には女性達が、それよりも小さい天幕にはロロさんが入っていくのが見えた。
あの天幕にココエラ商会の人がいるのかもしれない。
近づいて中を覗いてみれば、トリートさんやヤンさん、ロロさんが瞳に入った。

「トリートさん」
「これはディル様。お疲れ様です。ヤンとロロはお役に立ちましたでしょうか」
「はい。とても手際が良くてとても助かりました。ありがとうございます」
「はは、ヤンから聞いた話とは違うようですが、ディル様がそう仰って下さるのならばよろしかったです」

トリートさんの苦笑と言葉から、ジルヴァンがやらかした事まで聞いているのだろう。
ディルユリーネの方こそトリートさんに申し訳なく思っていた。活躍の場をジルヴァンが奪った形になってしまったのだから。

「それでトリートさんに折り入ってお願いしたいことがありまして参りました」
「なんでしょうか」
「これはメッツァー隊長には内密の案件なのですが、よろしいですか?」
「もちろんです。何でも仰って下さい」
「ありがとうございます。昨日捕虜を捕らえたのですが、あまりにも環境が悪すぎてこのままだと死者が出そうなのです。国からの指示がまだないので、死なせるわけにもいかなくて。それで最低限の環境を整えたいのですが、寝具やトイレなどは持っていますか?」

ディルユリーネの無茶な要求にも、トリートさんはにこやかに対応してくれた。

「簡易のトイレはございます。布に関しましては、ザーシラ殿が天幕などの布を提供してくださったので、ザーシラ殿に聞いた方がよろしいかもしれません」

そういって視線を向けた先に、ザーシラ殿と呼ばれた男性がシグマさんと一緒に待っていた。
トリートさんの言葉に、ザーシラ殿とシグマさんがディルユリーネに近づいてくる。
ディルユリーネの前で立ち止まると一礼する。

「私はザーシラと申します。ご挨拶が遅くなりまして申し訳ありません。シグマとともに様々な領地へと足を運び行商をしております」
「そうですか。それは大変ですね。私はディルと申します。ザーシラさんにもいろいろとご協力頂いたようで助かりました」
「私の力など微力なものです。それよりもご無事で何よりでございました」
「はい? ──ありがとうございます」

安堵したような様子で微笑まれて、一拍したあと苦笑がもれた。
ディルユリーネのような細腕では、狩りといえども頼りなく見えて心配だったのだろう。
まあ、それはディルユリーネも自覚してはいるので、だからこそヤンさん達やシグマさんの手を借りることにしたのだ。出来ないことは見栄を張らず無理せずに手を借りることにしている。ディルユリーネは自分がどう思われようと、結果が良ければどうでも良かった。

「それでディル様。お話が聞こえたのですが、捕虜の人達に使う物資をお探しとの事。ちょうど私共は生地を扱っておりまして、寝具に使う物や衣服に使える物など提供できます」
「本当ですか! 助かります。メッツァー隊長には内密で用意しなければならなかったので」

ほっと息をついていると、幼子を見守るような眼差しで微笑んでいるザーシラさんと瞳が合う。
驚いて瞳を見開くと、ザーシラさんも驚いたように瞳を見開く。そして何もなかったかのように商売人の笑顔を浮かべた。

「実際に見ていただいた方がよろしいかもしれませんね。そして欲しいと思う物を仰って下さい」
「分かりました。では今からでもよろしいですか?」
「はい」
「…お待ちください」

そこに少し焦りを滲ませたトリートさんが声をかけてきた。

「どうしましたか?」
「申し訳ありません。少しディル様にお話したいことがございまして」
「急ぎですか?」
「──はい」

重々しく頷くトリートさんを見て、ジルヴァンとザーシラさんを見る。

「ヴァン、先にザーシラさんと行って必要なものを選んでいてもらえる?」
「いいぞ」
「ザーシラさん、申し訳ありませんがヴァンとともに先に行ってもらってもよろしいですか? 終わったらすぐに向かいますので」
「分かりました。お任せください」

一礼すると、ザーシラさんはシグマさんを伴ってジルヴァンと一緒に出て行った。
残ったのはココエラ商会のトリートさんとヤンさん、ロロさんだけだ。

「それで私に話したいこととは?」
「────不躾に申し訳ありません。ディル様は治癒魔法を使う方をご存知でしょうか」

決死の覚悟をした顔で、重々しく口を開いた。

「知ってますが──」
「是非、ご紹介していただけませんか?! 」
「何故ですか?」
「怪我をした者がいるのですが、今動けなくなってしまって」
「すぐに案内してください」

ディルユリーネが突然前のめりになったことに、若干引きながら天幕の中に仕切られていた布を持ち上げた。
そこには寝台があって、その上で苦しそうにココエラ商会の代表が横になっていた。

「何故もっと早く言ってくださらなかったのですか!」
「──申し訳ありません」

ディルユリーネの叱りつけるような声音に、トリートさんは気圧された。
それを見て、ハッとした。

「あ、すみません。気軽に言えることではないですよね」

治癒魔法を使って欲しいなどと簡単に口に出来るものではなかった。
平民は教会まで赴いて、手続きを経て、高額な金銭を支払った上で治癒魔法を受けられるのだから。
教会以外で治癒魔法を使って欲しいと口にすれば、教会から罰則金を請求される。教会は治癒魔法の特許権を行使していた。例外は騎士団と高位貴族くらいだった。

寝台に横になっているクシスさんの側に寄る。
見た限りでは怪我をしているようには見えなかった。けれど、額には脂汗が浮かび、呼吸も浅く苦しそうだった。

「私はココエラ商会のクシスと申します。この度は───」
「挨拶は今はいいです。身体の内側が痛いのですか?」

苦しい中挨拶しようとしたクシスさんを遮り、ディルユリーネは注意深くクシスさんを観察する。

「はい。腹の奥の方でズクンというような痛みがあります」
「分かりました。もう喋らなくても大丈夫ですよ」

腹の上に手を置いて治癒魔法を使う。
治癒魔法を回らせれば、すぐに痛みがなくなったのか強張っていたクシスさんの身体から力が抜けた。
完全に治ると、気を失うように寝入っていた。痛みでずっと眠れなかったのだろう。
そっとかけ布団をクシスさんの身体にかけて離れた。

振り返れば、心配そうに見つめている3人の視線がディルユリーネに注がれていた。

「もう大丈夫です。傷は全て治しました。今は寝ているだけです」
「えっ? ………ディル様が治癒魔法を使える方だったのですか?! …………はああぁぁ、ありがとうございます」

トリートさんが膝から崩れ落ちるように座り込んだ。
クシスさんのあの様子では、教会のある町まで移動するのは無理だったのだろう。かといって外見からは傷口があるわけではなかったから、痛みが治まるのを待っていて、結局悪化してしまったということか。

「ディル様。如何いかほどご用意すればよろしいでしょうか。今ある手持ちで足りなければ、あとで必ず足りない分を用意いたします」
「クシスさんの怪我はヒュドネスクラ国の敵兵に襲われた時のものですか?」
「……は? はい、そうです」

ディルユリーネの突然の質問にも怪訝そうにしながらも答えてくれた。

「でしたら、金銭はいりません。元からいただくつもりはありませんでしたけれど、戦争の被害者であるなら尚更です」
「そんな! そんな訳にはいきません」
「いいのです。ココエラ商会にはいろいろと融通もしていただいてますから。それだけでも過分にいただき過ぎているくらいなんですから」
「ですが……」
「いりません」

引かないディルユリーネに、逡巡したあとトリートさんは綺麗な所作で深く頭を下げた。

「クシスを救って下さりありがとうございました。クシスが目覚めましたら、改めてお礼に伺わせていただきます」
「分かりました。元気になってからまた改めて挨拶しましょう。ゆっくり休んでくださいとクシスさんに伝えてください」
「はい。ありがとうございます」
「──あっ、皆さんは怪我しているところはありませんか? ついでに治しますよ」
「ええ? ですが……」

ディルユリーネが思い出したように言い出した事に戸惑いを隠せないようでトリートさんがワタワタしている。
否定の言葉が出てこなかったということは、ヒュドネスクラ国の敵兵に襲われたときにクシスさん程ではないにしても怪我をしたのだろう。
問答無用でトリートさんの手を掴むと、にじり寄る。

どこ・・を怪我したんですか?」
「腕を少し……」
「治しますね」

治癒魔法を使えば、すぐに治った。
地味に痛みがあったのか、怪我が治ると表情が柔らかくなった。
トリートさんを治し終わり、ヤンさんとロロさんを見るとすでに怪我をしたところをディルユリーネに向かって差し出していた。
わざわざ言わなくても、ディルユリーネの気持ちを汲み取ってくれたようだ。手際が良くて助かる。ディルユリーネは笑みを浮かべて、ヤンさんとロロさんの怪我も治した。
みんなの怪我を治せて良かった。わざわざ訪ねて行くとメッツァー隊長に気付かれて、治療出来なくなる可能性もあるのだから。

「もう少ししたら食事も出来上がるようなので、取りに行ってくださいね」
「はい。何から何までありがとうございました」

トリートさんの言葉に頷いて、天幕をあとにした。




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