19 / 29
19 ココエラ商会のクシス
しおりを挟む駐屯地の隣の敷地に簡易の天幕がもう出来上がっていた。
大きさの違う天幕にはすでに人が出入りしていて、大きめの天幕には女性達が、それよりも小さい天幕にはロロさんが入っていくのが見えた。
あの天幕にココエラ商会の人がいるのかもしれない。
近づいて中を覗いてみれば、トリートさんやヤンさん、ロロさんが瞳に入った。
「トリートさん」
「これはディル様。お疲れ様です。ヤンとロロはお役に立ちましたでしょうか」
「はい。とても手際が良くてとても助かりました。ありがとうございます」
「はは、ヤンから聞いた話とは違うようですが、ディル様がそう仰って下さるのならばよろしかったです」
トリートさんの苦笑と言葉から、ジルヴァンがやらかした事まで聞いているのだろう。
ディルユリーネの方こそトリートさんに申し訳なく思っていた。活躍の場をジルヴァンが奪った形になってしまったのだから。
「それでトリートさんに折り入ってお願いしたいことがありまして参りました」
「なんでしょうか」
「これはメッツァー隊長には内密の案件なのですが、よろしいですか?」
「もちろんです。何でも仰って下さい」
「ありがとうございます。昨日捕虜を捕らえたのですが、あまりにも環境が悪すぎてこのままだと死者が出そうなのです。国からの指示がまだないので、死なせるわけにもいかなくて。それで最低限の環境を整えたいのですが、寝具やトイレなどは持っていますか?」
ディルユリーネの無茶な要求にも、トリートさんはにこやかに対応してくれた。
「簡易のトイレはございます。布に関しましては、ザーシラ殿が天幕などの布を提供してくださったので、ザーシラ殿に聞いた方がよろしいかもしれません」
そういって視線を向けた先に、ザーシラ殿と呼ばれた男性がシグマさんと一緒に待っていた。
トリートさんの言葉に、ザーシラ殿とシグマさんがディルユリーネに近づいてくる。
ディルユリーネの前で立ち止まると一礼する。
「私はザーシラと申します。ご挨拶が遅くなりまして申し訳ありません。シグマとともに様々な領地へと足を運び行商をしております」
「そうですか。それは大変ですね。私はディルと申します。ザーシラさんにもいろいろとご協力頂いたようで助かりました」
「私の力など微力なものです。それよりもご無事で何よりでございました」
「はい? ──ありがとうございます」
安堵したような様子で微笑まれて、一拍したあと苦笑がもれた。
ディルユリーネのような細腕では、狩りといえども頼りなく見えて心配だったのだろう。
まあ、それはディルユリーネも自覚してはいるので、だからこそヤンさん達やシグマさんの手を借りることにしたのだ。出来ないことは見栄を張らず無理せずに手を借りることにしている。ディルユリーネは自分がどう思われようと、結果が良ければどうでも良かった。
「それでディル様。お話が聞こえたのですが、捕虜の人達に使う物資をお探しとの事。ちょうど私共は生地を扱っておりまして、寝具に使う物や衣服に使える物など提供できます」
「本当ですか! 助かります。メッツァー隊長には内密で用意しなければならなかったので」
ほっと息をついていると、幼子を見守るような眼差しで微笑んでいるザーシラさんと瞳が合う。
驚いて瞳を見開くと、ザーシラさんも驚いたように瞳を見開く。そして何もなかったかのように商売人の笑顔を浮かべた。
「実際に見ていただいた方がよろしいかもしれませんね。そして欲しいと思う物を仰って下さい」
「分かりました。では今からでもよろしいですか?」
「はい」
「…お待ちください」
そこに少し焦りを滲ませたトリートさんが声をかけてきた。
「どうしましたか?」
「申し訳ありません。少しディル様にお話したいことがございまして」
「急ぎですか?」
「──はい」
重々しく頷くトリートさんを見て、ジルヴァンとザーシラさんを見る。
「ヴァン、先にザーシラさんと行って必要なものを選んでいてもらえる?」
「いいぞ」
「ザーシラさん、申し訳ありませんがヴァンとともに先に行ってもらってもよろしいですか? 終わったらすぐに向かいますので」
「分かりました。お任せください」
一礼すると、ザーシラさんはシグマさんを伴ってジルヴァンと一緒に出て行った。
残ったのはココエラ商会のトリートさんとヤンさん、ロロさんだけだ。
「それで私に話したいこととは?」
「────不躾に申し訳ありません。ディル様は治癒魔法を使う方をご存知でしょうか」
決死の覚悟をした顔で、重々しく口を開いた。
「知ってますが──」
「是非、ご紹介していただけませんか?! 」
「何故ですか?」
「怪我をした者がいるのですが、今動けなくなってしまって」
「すぐに案内してください」
ディルユリーネが突然前のめりになったことに、若干引きながら天幕の中に仕切られていた布を持ち上げた。
そこには寝台があって、その上で苦しそうにココエラ商会の代表が横になっていた。
「何故もっと早く言ってくださらなかったのですか!」
「──申し訳ありません」
ディルユリーネの叱りつけるような声音に、トリートさんは気圧された。
それを見て、ハッとした。
「あ、すみません。気軽に言えることではないですよね」
治癒魔法を使って欲しいなどと簡単に口に出来るものではなかった。
平民は教会まで赴いて、手続きを経て、高額な金銭を支払った上で治癒魔法を受けられるのだから。
教会以外で治癒魔法を使って欲しいと口にすれば、教会から罰則金を請求される。教会は治癒魔法の特許権を行使していた。例外は騎士団と高位貴族くらいだった。
寝台に横になっているクシスさんの側に寄る。
見た限りでは怪我をしているようには見えなかった。けれど、額には脂汗が浮かび、呼吸も浅く苦しそうだった。
「私はココエラ商会のクシスと申します。この度は───」
「挨拶は今はいいです。身体の内側が痛いのですか?」
苦しい中挨拶しようとしたクシスさんを遮り、ディルユリーネは注意深くクシスさんを観察する。
「はい。腹の奥の方でズクンというような痛みがあります」
「分かりました。もう喋らなくても大丈夫ですよ」
腹の上に手を置いて治癒魔法を使う。
治癒魔法を回らせれば、すぐに痛みがなくなったのか強張っていたクシスさんの身体から力が抜けた。
完全に治ると、気を失うように寝入っていた。痛みでずっと眠れなかったのだろう。
そっとかけ布団をクシスさんの身体にかけて離れた。
振り返れば、心配そうに見つめている3人の視線がディルユリーネに注がれていた。
「もう大丈夫です。傷は全て治しました。今は寝ているだけです」
「えっ? ………ディル様が治癒魔法を使える方だったのですか?! …………はああぁぁ、ありがとうございます」
トリートさんが膝から崩れ落ちるように座り込んだ。
クシスさんのあの様子では、教会のある町まで移動するのは無理だったのだろう。かといって外見からは傷口があるわけではなかったから、痛みが治まるのを待っていて、結局悪化してしまったということか。
「ディル様。如何ほどご用意すればよろしいでしょうか。今ある手持ちで足りなければ、あとで必ず足りない分を用意いたします」
「クシスさんの怪我はヒュドネスクラ国の敵兵に襲われた時のものですか?」
「……は? はい、そうです」
ディルユリーネの突然の質問にも怪訝そうにしながらも答えてくれた。
「でしたら、金銭はいりません。元からいただくつもりはありませんでしたけれど、戦争の被害者であるなら尚更です」
「そんな! そんな訳にはいきません」
「いいのです。ココエラ商会にはいろいろと融通もしていただいてますから。それだけでも過分にいただき過ぎているくらいなんですから」
「ですが……」
「いりません」
引かないディルユリーネに、逡巡したあとトリートさんは綺麗な所作で深く頭を下げた。
「クシスを救って下さりありがとうございました。クシスが目覚めましたら、改めてお礼に伺わせていただきます」
「分かりました。元気になってからまた改めて挨拶しましょう。ゆっくり休んでくださいとクシスさんに伝えてください」
「はい。ありがとうございます」
「──あっ、皆さんは怪我しているところはありませんか? ついでに治しますよ」
「ええ? ですが……」
ディルユリーネが思い出したように言い出した事に戸惑いを隠せないようでトリートさんがワタワタしている。
否定の言葉が出てこなかったということは、ヒュドネスクラ国の敵兵に襲われたときにクシスさん程ではないにしても怪我をしたのだろう。
問答無用でトリートさんの手を掴むと、にじり寄る。
「どこを怪我したんですか?」
「腕を少し……」
「治しますね」
治癒魔法を使えば、すぐに治った。
地味に痛みがあったのか、怪我が治ると表情が柔らかくなった。
トリートさんを治し終わり、ヤンさんとロロさんを見るとすでに怪我をしたところをディルユリーネに向かって差し出していた。
わざわざ言わなくても、ディルユリーネの気持ちを汲み取ってくれたようだ。手際が良くて助かる。ディルユリーネは笑みを浮かべて、ヤンさんとロロさんの怪我も治した。
みんなの怪我を治せて良かった。わざわざ訪ねて行くとメッツァー隊長に気付かれて、治療出来なくなる可能性もあるのだから。
「もう少ししたら食事も出来上がるようなので、取りに行ってくださいね」
「はい。何から何までありがとうございました」
トリートさんの言葉に頷いて、天幕をあとにした。
0
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた
しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。
すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。
早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。
この案に王太子の返事は?
王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。
蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。
これで、貴方も私も自由です。
……だから、もういいですよね?
私も、自由にして……。
5年後。
私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、
親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、
今日も幸せに子育てをしています。
だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。
私のことは忘れて……。
これは、すれ違いの末に離れ離れになった夫婦の物語。
再会したとき、二人が選ぶのは「離婚」か、それとも「再構築」か。
妻を一途に想い続ける夫と、
その想いを一ミリも知らない妻。
――攻防戦の幕が、いま上がる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる