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23 ムイニール・マルヌイス
しおりを挟む捕虜の人達とルルメさん達が来て数日。
その間にヒュドネスクラ国の敵兵が攻めてくることもなく、平穏な日々が続いていた。
今までだったら暇つぶしに、メッツァー隊長に余興として雑用などの嫌がらせを申しつけられることが多かった。けれど、今回はルルメさん達が先回りしてつけいる隙を与えず本当に穏やかな日々が過ぎていた。
マルロ部隊長とともに書類を片付けていると、1人の魔法騎士が入ってきた。
「失礼します。マルロ部隊長、王宮から手紙が届きました」
「ありがとうございます」
マルロ部隊長は手紙を受け取ると、魔法騎士は「失礼します」と言って出て行く。
受け取った手紙を開き読み進めていたマルロ部隊長は、おやという顔をした。
「どうしたんですか?」
「ムイニール・マルヌイス殿が駐屯地に派遣されてくるみたいだね」
「ムイニール・マルヌイス殿、ですか?」
「ディルは知っているかい?」
「マルヌイス侯爵家の次男、ということくらいしか……」
「そうか。切れ者として有名で、王宮で文官をしているはずなんだけど」
「その方が派遣されてくるのですか?」
「そうみたいだね」
「それは何時ですか」
「今日の昼と書いてあるね」
「今日の昼?! 」
今はもう昼といえる時間だった。
ということはいつ到着してもおかしくないということ?!
「ディルは迎えの準備をしてくれるかな。僕はメッツァー隊長にこのことを報告してくるよ」
「分かりました」
派遣されてくるということは、この駐屯地で寝起きするのだろうか。
受け入れ準備に必要なことを思い浮かべていく。
あまりにも唐突すぎて、準備時間もなさ過ぎて、準備しなければいけないことが山のようにあった。
少し歩いてから、マルロ部隊長に聞き忘れたことがあったことに気づいた。
マルヌイス殿はどの地位で駐屯地に派遣されてくるのだろうか。
それによって天幕の準備が変わってくる。
一度戻ってマルロ部隊長に尋ねようと踵を返したときに、馬の蹄の音がした。
振り返ると、駐屯地の入口に馬に跨がった男がいた。
まさかと思いつつ、ディルユリーネはその男に走り寄る。
「そなたはディルユリーネ・ランバルシアか?」
「……は、はい」
久しく聞いていないディルユリーネのフルネームに、心臓が鼓動を早める。
ディルユリーネの姿を見て、『ディルユリーネ・ランバルシア』だとすぐに見抜いた目もさることながら、私のフルネームを知っているということは性別さえも分かっているということだ。
ここで女性だとバレるのは避けたい。
けれど、目の前の男はすでにディルユリーネが女性だと知っている。
無駄な足掻きかもしれないけれど、それでも足掻いてみることにした。
「お初にお目にかかります。貴殿はムイニール・マルヌイス殿でしょうか」
「そうだ」
「私はディルユリーネ・ランバルシアと申します。どうかディルとお呼び下さい」
ディルユリーネの強調した部分に反応を示したムイニール・マルヌイスは探るような目を向けた後、頷いた。
「そうか。では、ディル。案内を頼む」
「かしこまりました」
これでとりあえず呼び名でバレることはなくなったと思う。
今この時、ムイニール・マルヌイスが1人で現れたこと、居合わせたのがディルユリーネが1人であったこと、この会話を誰も聞いていなかった幸運に感謝した。
単騎で現れたムイニール・マルヌイス。
黒に近い茶色のまっすぐの髪に、深海の青色の瞳。第一印象はマルロ部隊長が言っていた通り切れ者という感じだった。
ひらりと軽やかに馬から降りたムイニール・マルヌイスの動きは、文官と聞いていた者の動きとしては機敏で騎士としても通用しそうな隙のない動きだった。
それだけでも油断出来ない男だと分かる。
メッツァー隊長のところに向かおうと体の向きを変えたときに、目線の先にメッツァー隊長とマルロ部隊長がやってくるのが見えた。
「これはこれは早いお着きで。伝達が間に合わなかったため、出迎えができず申し訳ない」
ムイニール・マルヌイスの前まで辿り着くと、メッツァー隊長はしぶしぶ出迎えに来たことが分かるような横柄な態度で話しかけた。
その隣でマルロ部隊長は何故かニコニコと笑っている。
「今日からこの駐屯地に司令官として派遣されたムイニール・マルヌイスだ。──それで貴殿は誰だ?」
司令官という言葉に固まったメッツァー隊長。
ディルユリーネも驚いた。
司令官とは隊長よりも上位の官職だった。
ということはメッツァー隊長よりも上の立場になる。
「これは失礼いたしました。私はメッツァー伯爵家のトラプルゴと申します。以後お見知りおきを」
固まっていたメッツァー隊長は衝撃が去ると突然媚びるように態度を豹変させた。
それを見たディルユリーネは反射的に顔を引き攣らせた。こういう人だとは知っていたけれど、目の前で見せられると衝撃が凄い。
「そうですか」
メッツァー隊長の挨拶に興味もなくしたのか、表情を変えずにディルユリーネの方を見る。
「ディル、駐屯地内を案内してくれ」
「それでしたら、私めがご説明いたします」
媚びたように申し出たメッツァー隊長に一瞥をくれ、まるっと無視して告げた。
「私は自分の瞳で見た物を信じることにしている。だから、全てを自分の瞳で確かめることにしている。案内はディルに任せる」
メッツァー隊長を見つめる鋭い視線が、お前を信用できないと言っていた。
先ほどの言葉からメッツァー隊長よりは話の分かる人なのかもしれないと思えた。
そこに運悪くヒュドネスクラ国の敵兵が攻めてきた合図の閃光魔法が空で光った。
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