サラ・ノールはさみしんぼ

赤井茄子

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本編

へんたいせんようおせわががり①

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 朝日が差し込む窓を背に、ベッドの上で壮絶な色気を漂わせた美男子がこちらを見ている。サラは、生唾を飲み込むと意を決して近づいていった………視線を逸らしながらジリジリと壁伝いに。さながら野生の猛獣と森で出会った村人のようだ。いや、野生の変態と、哀れな世話係とも言う。

「サラ、今朝も来て下さったんですね、待っていましたよ………」
「昨日も会ったじゃないですかぁ、マクシムさん。ズボンが脱げるなら、自分で着替えて下さいよぅ」

 脱ぎ捨てられたズボンがベッドの端に丸まっている。何故サラが世話しに来るのに合わせてズボンを脱ぐのか……世話を引き受けて一ヶ月たつが、相変わらずこの変態の思考は謎だった。

「貴女の仕事を少しでも楽にして差し上げたくて………しかし如何せん、下はどうにか脱げますが上着は難しい。何せ右手を動かせませんから。嗚呼ーー!痛い!貴女を庇って負った名誉の負傷が私を苛んで今夜も眠れません!」
「人の良心を突きながら気持ち悪い言い方をしないでください!痛み止め飲んで下さいやがれぇええええ!!!!」
「ははははは口調が乱れていますよサラ!可愛いですねぇお嫁に来なさい!」

 ひとしきり言葉の追いかけっこが済んだ後、サラはぎこちない手つきでマクシムの上着の釦ボタンを外していく。すると、上着の下からしっかりと凹凸がありながら均整の取れた筋肉が現れた。世話係になった初日に知ったことであるが、マクシムは着痩せするマッチョだったのである。もちろん、腕にも足にもしっかりと筋肉がついている。サラは、顔が熱くなるのを感じながらも黙々とマクシムの服を着せていった。……因みに、マクシムは羞恥と興味と(隠しているが恋)の狭間で葛藤するサラの表情をかぶりつきで鼻息荒くガン見していた。

「…………出来ましたよぅ。はい、次は朝食です」

 予め、カートに乗せて運んできた朝食をサラがてきぱきサイドテーブルに並べていく。今日の朝食は採れたて茸とチーズのクリームリゾット、デザートはイチゴである。


「食べさせて下さい」
「…………その左手は飾りですかぁ?」
「あーーッ!今唐突に右腕に痛みが!頭も痛くなってきました!!」
「うぉううう分かりました!分かりましたよぅ!やりゃいいんでしょう!?くぅううぁあぅうぅ…………!!」

 歯ぎしりしながらも、リゾットを掬い取り、ふぅふぅと息を吹きかけて程よい温度に冷まし、彼の口元へ持っていった。

 しかし、マクシムは口を開けない。

「……何で食べないんですか」
「『おまじない』が足りません」
「…………………やらなきゃ駄目ですかぁ」
「サラが『おまじない』をかけてくれないのなら、私は惑わず餓死を選び取ります」
「選び取るなぁぁ………生きろぉぉ………」

 サラは頭を抱えた後、匙を置いた。次に、実に死にそうな顔で………ノロノロと手でハート型を作る。


「美味しくなーぁれ★」


 サラは平時よりオクターブ高い声で叫び、ついでに片目も瞑った。もはやヤケクソである。変態は金色の瞳を輝かせ、ハァハァしながら鼻と口を手で覆って崩れ落ちた。

「あぁぁありがとうございます!!最高ですサラ!!むしろ貴女を食べたイッぐむ」
「はい。さっさと食いやがってくださーい」

 そのよく回る口に匙を突っ込むサラ。素直に口を動かし、リゾットを堪能するマクシム。変態野郎の心温まる餌付け風景だった。

「あれぇ?……あー、フォーク忘れて来ちゃいました」

 地獄のようなリゾットの時間が終わり、さてデザートに取り掛かろうとした時、サラが声を上げた。
 別にイチゴくらい手づかみで食べればよいとも思うのだが―――今朝のイチゴには練乳がかかっていたのである。嫌な予感がしたサラは、スプーンですくってしまおうとイチゴの皿に手を伸ばしたのだが…

「このイチゴ、美味しいですねぇ。何処産のものでしょうか」

 既にマクシムはイチゴを左手で取って口に運んでいた。自分で食べてくれたことに喜べばいいのに、嫌な予感がサラの頭をグルグル回る。

「あ、アンヌの地元から送られてきたものだそうで………むぐッ!?」

 練乳とイチゴの果汁に塗れた美しい指先が、徐にサラの口元に押し当てられる。嫌な予感が的中し、冷や汗を垂らし始めた彼女の顔をじっとりと眺めながら、美貌の変態は艶やかに微笑んだ。



「舐めて」



 目を見開き小さく首を振るサラの耳元に、マクシムの吐息がかかる。イチゴと柑橘系の香りが鼻腔を擽り、サラはくらりと目眩がした。

「貴女がフォークを忘れたせいで、私の指が汚れたのだから………舐めて綺麗にして下さい」

 耳たぶを軽く噛まれ、鼓膜に息を吹き込まれ肌が粟立つ。身の危険を感じとったサラは仕方なく、本当に仕方なく口を開けた。
 ヌルリと侵入してきたマクシムの指を懸命に舐めしゃぶる。その様子を鑑賞しながら喉の奥で笑い、マクシムは時折サラの上顎や舌を擽っては彼女のナカを楽しんだ。

「…………はぁ、貴女の粘膜は何度触っても飽きませんねぇ」
「…………うぅう……………………変態野郎……」

 ちゅぽッという音と共に、マクシムの長い指がサラの唇から引き抜かれる。音を立てたのは絶対にわざとだ。頬を染めながらも口を抑えて睨む彼女を粘着質かつ熱っぽく見つめながら、美貌の変態はにっこり笑った。ついでにサラの唾液で光る指をねっとり舐め上げていた。実に変態である。
 一方のサラは、朝っぱら漂う桃色の空気にフッと気が遠くなった。









「行ってきます、サラ。昼食を楽しみにしていますね」

 サラの手を借りて仕事の支度を整えたマクシムは、颯爽とした足取りで出勤する。キラキラは三割増し、添え木を当てた右腕をつっていなければ誰も彼が怪我人だとは思わないだろう。………世話役のサラは、精気を吸われたようにやつれていたが。

「う、うぅ…次は昼食………心臓が、心臓が保たない…」

 自身の不注意により、彼に怪我を負わせた責任をとるべく、サラはマクシムが完治するまで世話係に立候補した。…そして案の定、この一ヶ月間深刻なセクハラに悩まされている。
 着替えの手伝いなんて序の口で、わざと胸元にソースを溢してサラに舐めさせたり、先程のようにして指をしゃぶらせたり、反対にサラの胸元に練乳をぶちまけた後「綺麗に致しますから」と服の上から舐め回されたりと、回を追うごとにどんどんセクハラが際どくなっていく。このままでは、「溜まったので一発お願いします」などと言われる日も近いかもしれない。
 しかし、サラは拒めない。マクシムに怪我をさせたという負い目もあるし、何より………


「嫌じゃないのが………いやだぁぁ………!」


 だって恋する乙女なのである。

 嫌いな男相手なら憤死ものだが、好きな男にそんなことされたら拒めない。情の深いサラは、懐に入れたらとことん甘くなるタイプなのだった。(その性格が不倫志望の男共を引き寄せていたことを、彼女は知らない)

「でも、完治までちゃんと嫌がらないと。せめて、告白するまでは……!」

 本当は、何なら着替えを手伝うのをいいことに押し倒してアレコレしてみたいし、リゾットをふぅふぅあーんだって望むなら毎日でもしてあげたい。指をしゃぶるのは恥ずかしいが、彼が「やれ」というならば頑張ろう。……『尽くす女』であるサラにとって、『自分のせいで怪我をしたのだから、マクシムの世話をしなければならない』というこの状況は願ったり叶ったりであった。口では嫌がりつつも奴の言うことを聞く大義名分がある現状は実に都合がいい。

 まぁ、その大義名分も、期間限定のものだが。

 ツキリ、ツキリと胸をついてくる痛みに顔をしかめた後、サラは自分の頬を軽く叩いて立ち上がった。一日はまだ始まったばかり、彼女にも他の仕事が待っている。マクシムの部屋を出た時には、サラの顔はいつもの『有望な侍女』に切り替わった。


 恋の寿命は、あと二ヶ月。
 日毎に増していく胸の痛みを知らんふりして、サラは業務に戻っていった。
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