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本編
へんたいせんようおせわががり~FINAL~※
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ついに、マクシムの腕が完治する。今夜あたり医師の診察があり、問題なければ添え木やら何やらを外せるのだ。そして日常生活でも右手を使えるようになる。………つまり、世話係もこれでお役御免。
サラの恋も、これで終了だ。
心に吹き荒れる寂しさを押し隠し、サラは笑顔を作る。これは、『世話係から今日やっと解放されると喜んでいるサラ』の顔だ。鏡の前で、我ながら良く出来ていると自画自賛する。……赤毛のアンヌは『マクシムには通用しない』と言っていたが、大丈夫だろう。現に、この三ヶ月彼は一度もサラの本当の気持ちに気付かなかった。だから、絶対にバレないはずだ。
顔を作り終えたサラは、この三ヶ月歩きなれた廊下を辿りマクシムの部屋を目指す。これからまったく足を運ぶことがなくなると思うと、廊下の染みすら切なく見えてくる。サラは自身の乙女っぷりに苦笑した。少し前までは、自分がこんな風になるなんて毛ほども考えていなかったのだから……人生は分からないものだ。
「マクシムさん、入りますよぅ」
「はい、どうぞサラ」
扉を開けると、そこには全裸の変態が立っていた。
「ッぎゃぁあぁああ!!!!?な、なんっなんで裸なんですかぁ!!?」
「ええ、右腕が使えるようになったので、リハビリがてら入浴していました」
「だからって何でこのッ……何で私が来るタイミングで!」
「それはもちろん、私の肉体でサラを籠絡しようと」
「やぁぁあぁ!!!犯されるぅ!!た、助けてぇええ!おじょうさまむぐっ!!?」
美貌の変態(全裸)に手で唇を塞がれ、サラは目を白黒させた。まだ結っていない銀髪が滑らかな肌にこぼれて、首筋に白く光る川をつくっている。サラを見つめる瞳は、灯を受けて黄色く輝いていた。………まるで、夜空に浮かぶ月のような幻想的な色だ。マクシムが全裸でさえなかったら、サラは演技も忘れてぼうっと見入っていたことだろう。そう考えると、今彼が全裸で逆に良かったのかもしれない。……………いや、やはり全裸は良くない。
彼女は常識の縁でなんとか持ちこたえた。
「サラ、そんなに声を出しては近所迷惑ですよ。……まぁ、防音がしっかりした部屋なので叫ぶのは構いませんが、一応音量を加減して叫びましょうね」
「うわ、知りたくない事を聞いてしまった……………ううう変態性を加減してないマクシムさんにだけは言われなくないです。あと服を着てくださいぃ!」
「嫌です。いえ、サラが着せてくれるなら着ます。むしろサラに着せてもえないというのなら、私は裸で過ごすことも厭いといません」
「厭いとえよぉお………………くっ、分かりました、分かりましたよぅ!やればいいんでしょう!?」
その言葉を聞いたマクシムが意気揚々と夜着を抱えてやってきた。何故そんなに嬉しそうなのか……受け取ったマクシムの服の中から、パンツも出てきた。仄かに柑橘系の香りがするので、サラはこっそり頬を赤らめる。下着まで爽やかな香りとは恐れ入った。これで変態でさえなければ、引く手数多だったろうに……そして、サラに興味を持つことも、なかっただろうに。
赤い頬を隠す為にうつむいて、パンツを広げる。シンプルなボクサータイプだ。穿いたら絶対に様になるだろうが、穿く様子を間近で見たいかというとそこは別物。是非ともサラの見ていない所で穿いてほしい。
「………………………うーぅ…」
チラリと変態野郎に視線を向けると、自分のパンツをサラが持っているという状況に興奮したのか息が荒い。ついでに色気も凄い。……因みに、下半身は敢えて見ないようにした。見たら変態の思う壺だからだ。サラは学習する乙女なのである。
「………はい、じゃあ足を出してください」
跪き、パンツを穿きやすいように広げる。本当はここまでしなくても良いだろうが、どうせ最後なのだ。それならば、変態にパンツを穿かせるくらいサービスしても良いだろう………何だかサラはこの状況に泣きたくなってきた。最後の恋の思い出が、『変態にパンツを穿かせること』だったなんて、晩年に思い出したら悶絶して死にそうだ。主に羞恥で。
しばらくそうして待っていたが、マクシムは一向に動こうとしない。いや、いつの間にかサラの目の前に美しい筋肉のついたお御足が見えるが、一向にパンツを穿こうとしない。
というか、今前を向いたら、見えるんじゃないだろうか?何がって、ナニが。
サラの背中にじっとりと冷や汗が滲む。変態は動かない。パンツを引っ張って伸ばしてみた。………変態は動かない。しばらくして、この異様な硬直状態に耐えきれなくなったサラはマクシムの様子を伺うべく顔を上げた。上げてしまった。――――その瞬間
「ぅぐ!!!?」
サラの唇に湿った何かが押し付けられる。目を見開くと、至近距離にマクシムの長い睫毛が揺れていた。銀色のそれは、鼻息で微かに揺れている。
「ぁ、んぐぅッ……ふ、ふぁ、や」
必死に抵抗をしようとパンツを持った手を振り上げようとしたが、既にマクシムによって両手首を掴まれて思うように動かせない。そのままパンツを握った状態で立たされたサラは、引きずるようにベッドへと歩かされた。そのまま体重をかけてきた変態にのしかかられ、哀れな彼女はベッドに倒れ込む………黒いパンツと共に。
せめて!せめてパンツを置かせて!!
サラの中で恋する乙女が頭を抱えた。現実のサラも混乱し情けない顔をしていたが、そんな事ではこの変態は止まらない。いやむしろ、彼女の表情を見てさらに興奮したようだ。キスの合間に漏れる息が先程よりも熱くて荒い。
ぬるっとして熱くて固い棒状の何かを太腿に押し付けられ、彼女は兎に角叫んだ。
「ま、マクシムさ………ッや、待ってぇ、やめ、て!!」
サラは必死にもがいた末、マクシムの顔面に思い切りパンツを押し付けた。顔の下半分にパンツを押し付けた変態は、不満そうな目をしてモゴモガ何か言っている。…少し可愛いなんて思ってなんかいない。全裸の変態相手に可愛いなんて、明らかに末期だ……サラは常識の縁で未だ踏ん張っていた。
「続ける前に、私の話を聞いてください!」
「話を聞いたら続きをしても構わないんですか?」
「……………いいですよぅ。最後まで聞いてくれたら、好きなだけ」
「本当ですか!それならば幾らでもお聞きします!!!ええ!私は『待て』のできる男ですとも!!!あぁあここに来て私を焦らすなんて、流石サラ!!たまりません!!お嫁にきなさい!!!」
サラにのしかかった状態で、変態が美しく逞しい肉体をよじらせて身悶えしている。実に気持ち悪い上に、何だか大変な口約束までしてしまった気がするが……「まぁいいか」とサラは遠い目をした。
――――サラの話を最後まで聞けば、マクシムに彼女を抱く意志など無くなるだろうから。
ただ、その前にサラは言うべきことがある。悶え疲れたのか大人しくなった変態を押しのけ、ベッドの上で居住まいを正してサラは叫んだ。
「まず服を着やがれ変態野郎ぉおおぉぅ!!!!!」
そして、ベッドの上には男女が二人。一人は神妙な面持ちで座るサラ、もう一人はもちろん夜着を着て髪を下ろした美貌の変態執事マクシムである。重々しい空気を醸し出す彼女とは対象的に、実に幸せそうに微笑んでいる彼が対面した空間は、一種異様な緊張感に包まれていた。
サラは、やがて意を決して目の前の変態……いや、意中の男を見る。銀に光る長髪を背中に流しているこの男は、実に麗しい容姿だ。キリッとした眉、よく通った鼻筋、彫りの深い顔立ちに薄く桜色をした唇。特に、琥珀色の瞳は実に魅力的だ。黙っていれば女に不自由しないだろう。……黙っていれば。
「私って…面食いだったんですねぇ」
「ふふ、どうしました?もしや、この顔はサラの好みですか?」
「はい」
素直に頷いたサラに、マクシムは一瞬目を見開いた。それはそうだろう。いつもなら「馬鹿言わないでくださいぃ!」と突き放す所だ。――驚いた彼を見て、サラはくすりと笑う。
「意外ですかぁ?マクシムさん」
「ええ、だって貴女はいつも……」
「そうですねぇ。『顔の良い男を冷たくあしらう面白い女』が、そんなこと言うはずありません」
サラはゆっくりとマクシムに近づいていく。瞳を覗き込むと、琥珀色の虹彩が揺れていた。鋼の精神をもった変態でも動揺するのだ。サラは意外に思いつつ……その白く滑らかな頬を優しく撫でてみると、マクシムの肩がビクリと震えた。
常とは違う彼の動揺に、サラは唇を歪める。やはり、彼女の予想は外れなかった。だから戸惑わずに次の言葉を放った。
「マクシムさん。残念ですけど、貴女が気に入ったサラはもう此処にいないんですよぅ」
「………可笑しな事をおっしゃいますね。サラ、貴女は貴女でしょう?」
「違いますよ。仕方がないですねぇ、察しの悪い変態マクシムさんに教えてさしあげます」
マクシムから体を放すと、サラはゆっくりとエプロンの紐を解いた。そして、侍女の制服であるワンピースのくるみボタンをゆっくりと外していく……その下から、白いレースをあしらったキャミソールが花開く様に現れた。キャミソールに胸当てはなく、程よい大きさの胸と桃色の頂きが薄い生地ごしに透けている。
扇情的な下着姿を披露したサラは、もう一度マクシムににじり寄った。呆然とする彼に構わず、サラは続ける。
「マクシムさん、私は貴方に恋をしました」
彼を見上げる焦茶色の瞳は、うるうると潤んでいる。それはまさしく、マクシムがかつて語っていた『媚びる女』の……『つまらない女』の瞳めだ。
…こんな風にマクシムを見つめるのも、最初で最後。
ツキリとした痛みを抑えるように、サラは胸の上で手を握った。
因みにサラがこんな格好をしているのにはちゃんと理由がある。生半可な告白では、この真性の変態に伝わりそうにないからだ。「照れ隠しですね!!サラ!!」とか「またあの時の様な趣向ですか!?最高です!」とか言いそうなので、視覚的にも言動的にも絶対に間違えようのない状況を作らねばならなかった。そこで出てきたのが、この勝負下着である。因みに発案はお団子のミミだ。
「今までの冷たい態度は、全部演技ですよぅ。お世話だって、貴方が好きだから内心は喜んで……ないこともあったけど、概ね喜んで受け入れてました」
「………………………」
「ね、だから、マクシムさんが気に入っていた『調教しがいのある面白いサラ』なんてもういないんです。ここには、『とんだ変態男に惚れてしまって、その変態に媚びを売るつまらないサラ』しかいません」
自分で言って死にたくなってきたが、事実だから仕方ない。こんな変態のために勝負下着なんぞ着てくる女になってしまったのだ、自分は。未だ呆然とするマクシムの瞳を見つめながら、サラはトドメの一言を放った。
「マクシムさん。こんなにもつまらない、残り滓の『サラ』を知って……それでも私を抱けるんですかぁ?」
扇情的な下着を晒し、媚びて潤んだ瞳で見上げるサラは、きっとこの男にとって『とんでもなくつまらない女』だ。この次の瞬間には、久しく見ていなかったあの酷薄な笑みで――サラの想いを引き裂いてしまうだろう。
だが、それでいい。
変態でも気持ち悪くても、愛しくて美しいこの男の前で終わるなら、きっと本望だ。恋をしたらとことん捧げて尽して愛し抜く、残り滓で、さみしんぼのサラは―――――此処で、死ぬ。
そして、さみしんぼのサラが死んだ後は、今まで通り『気ままなおひとり様人生計画』を支えに生きていくのだ。
「話はそれだけですか?」
先程とは違う、平坦な…感情の薄い声が響く。サラは微笑んだまま、こくりと頷いた。次の瞬間、
サラの体が大きく傾ぎ、仰向けに倒れた。
ベッドに倒れたサラの上に、マクシムが荒い息を吐きながら覆い被さる。彼の息は熱く、琥珀色だった瞳は金色に変化してギラギラと光っていた。明らかに劣情を含んだ瞳めだ。
予想外の展開に硬直したサラに、マクシムは金色を潤ませてうっとりと微笑む。だがその眼は、いつもの変態行動の時に見るような生易しいものではない。
「……では、お約束通り、貴女を犯します」
仕留めた獲物の喉元に喰らい付く―――――――肉食獣の眼だった。
サラの恋も、これで終了だ。
心に吹き荒れる寂しさを押し隠し、サラは笑顔を作る。これは、『世話係から今日やっと解放されると喜んでいるサラ』の顔だ。鏡の前で、我ながら良く出来ていると自画自賛する。……赤毛のアンヌは『マクシムには通用しない』と言っていたが、大丈夫だろう。現に、この三ヶ月彼は一度もサラの本当の気持ちに気付かなかった。だから、絶対にバレないはずだ。
顔を作り終えたサラは、この三ヶ月歩きなれた廊下を辿りマクシムの部屋を目指す。これからまったく足を運ぶことがなくなると思うと、廊下の染みすら切なく見えてくる。サラは自身の乙女っぷりに苦笑した。少し前までは、自分がこんな風になるなんて毛ほども考えていなかったのだから……人生は分からないものだ。
「マクシムさん、入りますよぅ」
「はい、どうぞサラ」
扉を開けると、そこには全裸の変態が立っていた。
「ッぎゃぁあぁああ!!!!?な、なんっなんで裸なんですかぁ!!?」
「ええ、右腕が使えるようになったので、リハビリがてら入浴していました」
「だからって何でこのッ……何で私が来るタイミングで!」
「それはもちろん、私の肉体でサラを籠絡しようと」
「やぁぁあぁ!!!犯されるぅ!!た、助けてぇええ!おじょうさまむぐっ!!?」
美貌の変態(全裸)に手で唇を塞がれ、サラは目を白黒させた。まだ結っていない銀髪が滑らかな肌にこぼれて、首筋に白く光る川をつくっている。サラを見つめる瞳は、灯を受けて黄色く輝いていた。………まるで、夜空に浮かぶ月のような幻想的な色だ。マクシムが全裸でさえなかったら、サラは演技も忘れてぼうっと見入っていたことだろう。そう考えると、今彼が全裸で逆に良かったのかもしれない。……………いや、やはり全裸は良くない。
彼女は常識の縁でなんとか持ちこたえた。
「サラ、そんなに声を出しては近所迷惑ですよ。……まぁ、防音がしっかりした部屋なので叫ぶのは構いませんが、一応音量を加減して叫びましょうね」
「うわ、知りたくない事を聞いてしまった……………ううう変態性を加減してないマクシムさんにだけは言われなくないです。あと服を着てくださいぃ!」
「嫌です。いえ、サラが着せてくれるなら着ます。むしろサラに着せてもえないというのなら、私は裸で過ごすことも厭いといません」
「厭いとえよぉお………………くっ、分かりました、分かりましたよぅ!やればいいんでしょう!?」
その言葉を聞いたマクシムが意気揚々と夜着を抱えてやってきた。何故そんなに嬉しそうなのか……受け取ったマクシムの服の中から、パンツも出てきた。仄かに柑橘系の香りがするので、サラはこっそり頬を赤らめる。下着まで爽やかな香りとは恐れ入った。これで変態でさえなければ、引く手数多だったろうに……そして、サラに興味を持つことも、なかっただろうに。
赤い頬を隠す為にうつむいて、パンツを広げる。シンプルなボクサータイプだ。穿いたら絶対に様になるだろうが、穿く様子を間近で見たいかというとそこは別物。是非ともサラの見ていない所で穿いてほしい。
「………………………うーぅ…」
チラリと変態野郎に視線を向けると、自分のパンツをサラが持っているという状況に興奮したのか息が荒い。ついでに色気も凄い。……因みに、下半身は敢えて見ないようにした。見たら変態の思う壺だからだ。サラは学習する乙女なのである。
「………はい、じゃあ足を出してください」
跪き、パンツを穿きやすいように広げる。本当はここまでしなくても良いだろうが、どうせ最後なのだ。それならば、変態にパンツを穿かせるくらいサービスしても良いだろう………何だかサラはこの状況に泣きたくなってきた。最後の恋の思い出が、『変態にパンツを穿かせること』だったなんて、晩年に思い出したら悶絶して死にそうだ。主に羞恥で。
しばらくそうして待っていたが、マクシムは一向に動こうとしない。いや、いつの間にかサラの目の前に美しい筋肉のついたお御足が見えるが、一向にパンツを穿こうとしない。
というか、今前を向いたら、見えるんじゃないだろうか?何がって、ナニが。
サラの背中にじっとりと冷や汗が滲む。変態は動かない。パンツを引っ張って伸ばしてみた。………変態は動かない。しばらくして、この異様な硬直状態に耐えきれなくなったサラはマクシムの様子を伺うべく顔を上げた。上げてしまった。――――その瞬間
「ぅぐ!!!?」
サラの唇に湿った何かが押し付けられる。目を見開くと、至近距離にマクシムの長い睫毛が揺れていた。銀色のそれは、鼻息で微かに揺れている。
「ぁ、んぐぅッ……ふ、ふぁ、や」
必死に抵抗をしようとパンツを持った手を振り上げようとしたが、既にマクシムによって両手首を掴まれて思うように動かせない。そのままパンツを握った状態で立たされたサラは、引きずるようにベッドへと歩かされた。そのまま体重をかけてきた変態にのしかかられ、哀れな彼女はベッドに倒れ込む………黒いパンツと共に。
せめて!せめてパンツを置かせて!!
サラの中で恋する乙女が頭を抱えた。現実のサラも混乱し情けない顔をしていたが、そんな事ではこの変態は止まらない。いやむしろ、彼女の表情を見てさらに興奮したようだ。キスの合間に漏れる息が先程よりも熱くて荒い。
ぬるっとして熱くて固い棒状の何かを太腿に押し付けられ、彼女は兎に角叫んだ。
「ま、マクシムさ………ッや、待ってぇ、やめ、て!!」
サラは必死にもがいた末、マクシムの顔面に思い切りパンツを押し付けた。顔の下半分にパンツを押し付けた変態は、不満そうな目をしてモゴモガ何か言っている。…少し可愛いなんて思ってなんかいない。全裸の変態相手に可愛いなんて、明らかに末期だ……サラは常識の縁で未だ踏ん張っていた。
「続ける前に、私の話を聞いてください!」
「話を聞いたら続きをしても構わないんですか?」
「……………いいですよぅ。最後まで聞いてくれたら、好きなだけ」
「本当ですか!それならば幾らでもお聞きします!!!ええ!私は『待て』のできる男ですとも!!!あぁあここに来て私を焦らすなんて、流石サラ!!たまりません!!お嫁にきなさい!!!」
サラにのしかかった状態で、変態が美しく逞しい肉体をよじらせて身悶えしている。実に気持ち悪い上に、何だか大変な口約束までしてしまった気がするが……「まぁいいか」とサラは遠い目をした。
――――サラの話を最後まで聞けば、マクシムに彼女を抱く意志など無くなるだろうから。
ただ、その前にサラは言うべきことがある。悶え疲れたのか大人しくなった変態を押しのけ、ベッドの上で居住まいを正してサラは叫んだ。
「まず服を着やがれ変態野郎ぉおおぉぅ!!!!!」
そして、ベッドの上には男女が二人。一人は神妙な面持ちで座るサラ、もう一人はもちろん夜着を着て髪を下ろした美貌の変態執事マクシムである。重々しい空気を醸し出す彼女とは対象的に、実に幸せそうに微笑んでいる彼が対面した空間は、一種異様な緊張感に包まれていた。
サラは、やがて意を決して目の前の変態……いや、意中の男を見る。銀に光る長髪を背中に流しているこの男は、実に麗しい容姿だ。キリッとした眉、よく通った鼻筋、彫りの深い顔立ちに薄く桜色をした唇。特に、琥珀色の瞳は実に魅力的だ。黙っていれば女に不自由しないだろう。……黙っていれば。
「私って…面食いだったんですねぇ」
「ふふ、どうしました?もしや、この顔はサラの好みですか?」
「はい」
素直に頷いたサラに、マクシムは一瞬目を見開いた。それはそうだろう。いつもなら「馬鹿言わないでくださいぃ!」と突き放す所だ。――驚いた彼を見て、サラはくすりと笑う。
「意外ですかぁ?マクシムさん」
「ええ、だって貴女はいつも……」
「そうですねぇ。『顔の良い男を冷たくあしらう面白い女』が、そんなこと言うはずありません」
サラはゆっくりとマクシムに近づいていく。瞳を覗き込むと、琥珀色の虹彩が揺れていた。鋼の精神をもった変態でも動揺するのだ。サラは意外に思いつつ……その白く滑らかな頬を優しく撫でてみると、マクシムの肩がビクリと震えた。
常とは違う彼の動揺に、サラは唇を歪める。やはり、彼女の予想は外れなかった。だから戸惑わずに次の言葉を放った。
「マクシムさん。残念ですけど、貴女が気に入ったサラはもう此処にいないんですよぅ」
「………可笑しな事をおっしゃいますね。サラ、貴女は貴女でしょう?」
「違いますよ。仕方がないですねぇ、察しの悪い変態マクシムさんに教えてさしあげます」
マクシムから体を放すと、サラはゆっくりとエプロンの紐を解いた。そして、侍女の制服であるワンピースのくるみボタンをゆっくりと外していく……その下から、白いレースをあしらったキャミソールが花開く様に現れた。キャミソールに胸当てはなく、程よい大きさの胸と桃色の頂きが薄い生地ごしに透けている。
扇情的な下着姿を披露したサラは、もう一度マクシムににじり寄った。呆然とする彼に構わず、サラは続ける。
「マクシムさん、私は貴方に恋をしました」
彼を見上げる焦茶色の瞳は、うるうると潤んでいる。それはまさしく、マクシムがかつて語っていた『媚びる女』の……『つまらない女』の瞳めだ。
…こんな風にマクシムを見つめるのも、最初で最後。
ツキリとした痛みを抑えるように、サラは胸の上で手を握った。
因みにサラがこんな格好をしているのにはちゃんと理由がある。生半可な告白では、この真性の変態に伝わりそうにないからだ。「照れ隠しですね!!サラ!!」とか「またあの時の様な趣向ですか!?最高です!」とか言いそうなので、視覚的にも言動的にも絶対に間違えようのない状況を作らねばならなかった。そこで出てきたのが、この勝負下着である。因みに発案はお団子のミミだ。
「今までの冷たい態度は、全部演技ですよぅ。お世話だって、貴方が好きだから内心は喜んで……ないこともあったけど、概ね喜んで受け入れてました」
「………………………」
「ね、だから、マクシムさんが気に入っていた『調教しがいのある面白いサラ』なんてもういないんです。ここには、『とんだ変態男に惚れてしまって、その変態に媚びを売るつまらないサラ』しかいません」
自分で言って死にたくなってきたが、事実だから仕方ない。こんな変態のために勝負下着なんぞ着てくる女になってしまったのだ、自分は。未だ呆然とするマクシムの瞳を見つめながら、サラはトドメの一言を放った。
「マクシムさん。こんなにもつまらない、残り滓の『サラ』を知って……それでも私を抱けるんですかぁ?」
扇情的な下着を晒し、媚びて潤んだ瞳で見上げるサラは、きっとこの男にとって『とんでもなくつまらない女』だ。この次の瞬間には、久しく見ていなかったあの酷薄な笑みで――サラの想いを引き裂いてしまうだろう。
だが、それでいい。
変態でも気持ち悪くても、愛しくて美しいこの男の前で終わるなら、きっと本望だ。恋をしたらとことん捧げて尽して愛し抜く、残り滓で、さみしんぼのサラは―――――此処で、死ぬ。
そして、さみしんぼのサラが死んだ後は、今まで通り『気ままなおひとり様人生計画』を支えに生きていくのだ。
「話はそれだけですか?」
先程とは違う、平坦な…感情の薄い声が響く。サラは微笑んだまま、こくりと頷いた。次の瞬間、
サラの体が大きく傾ぎ、仰向けに倒れた。
ベッドに倒れたサラの上に、マクシムが荒い息を吐きながら覆い被さる。彼の息は熱く、琥珀色だった瞳は金色に変化してギラギラと光っていた。明らかに劣情を含んだ瞳めだ。
予想外の展開に硬直したサラに、マクシムは金色を潤ませてうっとりと微笑む。だがその眼は、いつもの変態行動の時に見るような生易しいものではない。
「……では、お約束通り、貴女を犯します」
仕留めた獲物の喉元に喰らい付く―――――――肉食獣の眼だった。
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