サラ・ノールはさみしんぼ

赤井茄子

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本編

おひとりサラの里帰り④

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『 可愛いサラ

 お元気ですか?実は、急遽特別な夜会を開くことになりました。暫くそちらへ伺うことは難しいかもしれません。
 貴女のいないガールデン家はまるで灯の消えたランタンのようです。貴女を思い出す縁よすがになるかと、貴女の瞳と同じ色の落ち葉を拾って部屋中に散りばめてみた所、まるでたくさんの貴女に視線で犯されている気がして、それはもう興奮致しました。
 しかし、どうやったって生身の貴女は何にも代えがたい。貴女に会うことが出来ない現実に打ちひしがれて、私の努力も虚しく愚息は元気がありません。せめて貴女の香りを嗅いで貴女のことを思い浮かべたい。
 つきましては、付属の巾着にサラのハンカチを同封し鳩に括り付けて飛ばしてください。必ず使用済のものを宜しくお願いいたし――――――― 』


 そこまで読んで、サラはそっと手紙を畳んでしまった。読まずとも分かる。この先は怒涛のセクハラ発言の嵐だ。……耳で聞くよりも、文字で読むと変態度が増して見えるのは気のせいだろうか。
 窓辺には、斑模様の鳩が水を飲み、報酬の豆を突いている。時折首をかしげる姿がとても愛らしい………サラは現実逃避をはじめた。

 マクシムと話をしようと決意したものの、その後はなかなか予定が合わなかった。そうこうしている内に、姉は元気な赤ん坊を出産。義兄譲りの黒髪と耳と尻尾、姉譲りの焦茶色の瞳をした可愛い男の子だ。名前はヴェゼルで、愛称はヴィーである。
 甥っ子の愛らしさは筆舌に尽くしがたく、それはもう張り切ってサラはお世話をした。生まれたばかりの頃はふにゃふにゃだったヴェゼルは、今は首も座って手足もしっかりしてきている。どこもムチムチ卵肌で、最高に気持ちいい。甥っ子がどんなに可愛いか手紙にしたためたが、その度サラは語彙力の限界にぶちあたった。それくらい可愛いということだ。

 因みにマクシムからの手紙は月に五回ほど、鳩に括り付けられて飛んでくる。その度、サラが使用したハンカチやタオルが鳩と共に消えていく………重くないのだろうか?変態だが用心深いマクシムのことだから、この伝書鳩も何か特殊な鳥なのかもしれない。
 消えたものは必ず次の手紙と共に返ってくるので、彼の奇妙な要求にはあえて目を瞑っているが……何に使っているのかは知らないし知りたくない。知ったが最後、何だか大変なことになりそうだからだ。そして今回も、手紙の返事と…使用済みのハンカチを巾着に入れ、鳩を飛ばして窓を締めた。


 鳩を見送ったサラは、ベッドに寝転がって先程返ってきたハンカチを眺める。
 マクシムから返ってきたハンカチやタオルからは、柑橘系の良い香りがする。おまけに肌触りもよくなって、頬ずりするととても気持ちいい。ハンカチに頬を寄せ、息を吸い込むと……まるで、マクシムに抱き締められたような気持ちになれるのだ。

「匂いを嗅いで、その人を思い出すなんて………変態じゃあるまいし」

 サラは思わず苦笑してしまった。しかし、止められない。サラだって、マクシムが足りない。変態のいない毎日は平穏だけれど、胸にぽっかりと穴があいたようだ。

「……………あと、一ヶ月」

 ハンカチにキスをして、休暇の終わりを夢に見る。お土産を携えてガールデン家に帰り、部屋を掃除して、リリアーヌや同僚たちに会って、仕事の引き継ぎをして、そしたらその後は―――――

『サラ、ああぁサラ!会いたかった!!』
 想像の中で、満面の笑みを浮かべたマクシムが両手を広げてサラを抱きしめる。そして、どちらからともなく唇を合わせ、舌を絡めながらベッドへなだれ込んで、それから……………

「マクシム、さん………」

 ハンカチに口付けて、ゆっくりと舐めてみる。ざらりとした布の感触と共に、口内に柑橘系の―――マクシムの香りが広がった。それだけで何だかいけないことをしてしまった気がして、サラはハンカチを放り投げ枕に赤い顔をおしつける。
 さんざっぱらマクシムのことを「この変態!」と罵っていたが、これではサラも立派な変態である。いやだ。せめてノーマルでいたい。
 その日、サラは火照った体を持て余し、眠れぬ夜を過ごしたのだった。










 ―――――そして一ヶ月後。

「気をつけて帰るのよ、サラ!」
「サラおばさん!またね!またねー!!」

 両親、姉夫婦、そして可愛い姪っ子と甥っ子に見送られ、サラは実家を旅立った。
 結局、あれから一度もマクシムに会えずに休暇が終わってしまった。色々と身構えていただけに、何だか肩透かしをくらった気分だ。しかし、ガールデンの屋敷に帰れば必然的にマクシムにも会えるのだ。心の準備は馬車の中で済ませてしまえば良い。
 馬車の揺れを尻に感じながら、サラは故郷の街並みを窓から眺める。すると、何となく見覚えのある顔が目に止まった。

「げ」

 潰れたカエルのような声が出るのも仕方がないと思う。何故なら、サラの恋愛遍歴における最凶最悪の黒歴史がブラブラと道を歩いていたからだ。
 慌てて窓から離れようとして……止めた。サラは何も悪くない。隠れる必要など何処にもないのだ。そんなことをぐるぐる考えていると、通用門の前で馬車が停まった。ここで身分証明や、持ち物の簡単な検査を受けるのである。諸々の確認の為に、サラは一旦馬車から降りた。………降りてしまった。

「あれ?サラじゃん。久しぶりー」

 爽やかだが軽薄な声が、サラの背中を無遠慮に撫でつけていく。鳥肌がゾワッと立つのを感じながらも、彼女は一応笑顔を作って振り返った――――金髪碧眼の青年やけに親しげに手を振り、走り寄って来る。いや、来ないでほしい。誰も呼んでいない。むしろ来るな―――彼女の祈りも虚しく、サラの黒歴史が目の前に立つ。
 黒歴史……別名は『初恋の元彼』。因みに名前はもう思い出せない。女の恋は基本、上書き保存だからだ。

「サラぁ、別れてから全然会えなくなって寂しかったぜ!今なにやってんの?結構良い馬車に乗ってんじゃん」
「………………アンタに教える義理はないですよぅ」
「言えない仕事ってわけ?ふーん、なるほどな」

 サラが乗ってきた馬車は、ガールデン家から敬愛するリリアーヌが好意で迎えに寄越してくれたものだ。そりゃ良い馬車に決まっているのだが、この男に教える義理はない。
 だというのに、何だが勝手に納得した黒歴史はニヤニヤ笑って彼女を上から下まで舐めるように見た。粘っこい視線を感じ、さらなる寒気と鳥肌がゾワゾワとサラを襲う。

「じろじろ見ないで。人を呼びますよぅ」
「良いじゃん減るもんじゃねぇし。あー、でもなるほどなぁ。俺との経験を最大限に活用したってわけだ」

 何だか嫌な予感がする。早く通行許可が下りないだろうか……心底うんざりした気持ちでチラチラ馬車の方を気にしていると、ジャリッと土を踏む音が聞こえた。

「………は?」

 気付くと、黒歴史のニヤけ面が迫っていた。近い。そして気持ち悪い。
 変態マクシムも確かに気持ち悪いが、あれとは大分違う気持ち悪さだ。何というか、こちらの方が下卑ているというか、不躾というか………………気持ち悪さの種類なんて、わかった所で何の役にも立たないけれど。
 そんなことを考えつつ、サラは目前に迫った黒歴史を睨みつけた。

「お前、愛人とかやってんだろ?」
「違うけど」
「俺が仕込んだテクでものにしたんだよな?お前飲み込み早かったし」
「違う。あとセクハラ発言キモい」
「何だよ、いわば大師匠みたいなもんだろ?感謝しろよぉ特に俺の下半身にさ」
「うるさい…腐り落ちてもげろぉ」
「愛弟子のサラちゃんがどれだけ成長したか師匠直々に『確認』してやるよ。ちょっとそこで休憩しようぜー?」
「誰が行くか……焼け落ちて禿げろぉ」

 ………本当に、こんな男の何処を好きになったのか。サラは過去の自分を心底ぶん殴りたくなった。そうこうしている間にも、黒歴史はじわじわと近寄ってくるのだからたまらない。
 じわじわと近づく黒歴史。じりじりと後退するサラ。しかし、背後には壁があるので後退するにも限界がある。そうこうしている内に、黒歴史によって壁に追い詰められ、腕をついて囲われてしまった。所謂『壁ドン』というやつだ。しかし、全く嬉しくない。そういうことは、好きな相手にされるから良いものなのだ。好きでもない相手にされたなら、それ即ちハラスメントである。

 いざ立ち上がれ!清廉なる乙女たちよ!頭ナデナデと壁ドンをモテたいが為に行使する世の勘違い男共に、現実という鉄槌を下す時だ!!

 サラの脳内では鬨の声があがり、戦乙女たちが各々の武器を手に、勘違い男共の軍団を討ち滅ぼすための大決戦が始まろうとしていた。サラもワンピースの下で少し足を浮かせ、迫り来る黒歴史の股間目掛けて必殺の一撃を放つ―――――まさにその瞬間


「私のサラ、そんな所で何をしているのですか?」


 黒歴史の向こう側から、聞き覚えのあるテノールボイスが響きわたった。
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