スパダリ族はお断り!

赤井茄子

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クレマチスの咲く頃に

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 どうしたのかと見上げれば、彼は眉間に皺を寄せ何か難しそうな顔をしていた。

「えっ、何。聞いちゃ駄目だった?」
「いや……別に良いっちゃ良いんだが……」

 吉弘がスマホの検索画面を開き、適当な園芸系のサイトを開く。下へスクロールしていくと、吉弘の後ろで咲き誇る紫色の花の項目が現れた。

「へー。クレマチスっていうんだ」

 ガーデニングを嗜む方々に古くから愛されてきたお花らしい。『風車』という和名の通り、確かに吉弘の後ろで咲き乱れる花は風を受けて回りそうな形をしている。大小様々、種類によってはチューリップのような形のものまであるらしい。
 サイトの説明文をふむふむと読み込んでいると、吉弘は気まずそうに後ろ頭をかいた。

「何か、そう熱心に読まれたら気恥ずかしいな」
「え?」
「いや、その……ほら、他のスパダリ族の奴らほど派手じゃねえし、何か真ん中の芯もモサモサしてるし……」

 そう言われ、舞花も改めて吉弘の後ろで揺れる花々を見てみる。確かに花芯の形はモサっとして見えるが、そこからスッと伸びた六枚の花びらと相まって結構優雅な気もする。
 確かに、スパダリ族が振りまく花にしては少し地味かとしれないが……。

「私はこの真ん中の、嫌いじゃないよ。フワッとしてそう」
「……そうか?」
「うん。これが後ろで咲いても、今はギリギリ何とか許容できる」
「……許容って、お前どんだけスパダリ族嫌いなんだよ」
「いや本当に。あんまり派手だと鳥肌がたつんだよね」

 特に姉を誑かした憎きスパダリ族、幹高は酷かった。奴の後ろには、華やかな花びらを幾重にもまとった黒薔薇が常に咲き誇っていたのだ。
 しかも、何かと散る。姉に向かって微笑んだ時とか、姉の手をとって甲にキスなんてした日には黒い花びらが舞い上がり花吹雪みたいに周囲を彩りまくっていた。鬱陶しくて仕方ない。

『失礼。咲子さんがあまりにも愛らしくて美しいものだから、抑えられませんでした』

 舞い散りまくる花びらに文句を言った時のあの勝ち誇ったような表情……あれは今思い出しても腸が煮えくり返る。姉が可愛くて美しいのは同意見だが、それ以外は全くもって忌々しい。
 アレと比べれば、吉弘の花はまだ良い方だろう。

「色も控えめだし、花びらも上品だし……私は嫌いじゃない」
「……そうか?」
「うん」

 深く頷いて見せると、ようやく吉弘の顔が緩んだ。その瞬間、キラキラと光の粒が弾け、咲き乱れし紫色の花々と彼の笑顔を輝かせる。……花には慣れたけれど、このキラキラにはなかなか慣れそうにない。

「おい、何変な顔してんだ」
「……目を休ませようと思って……」
「俺の煌めきはブルーライトか」

 目を細めながら窓の方へ顔を反らすと、吉弘は呆れたように笑った。それにつられて、舞花も小さく笑う。
 そんな感じで幼馴染とじゃれ合いながら夕食を楽しんでいると、舞花のスマホに着信が入った。
 画面に表示された発信元を二度見して、舞花は迷わず通話ボタンを押しスマホに耳を押し当てる。勿論、吉弘に向かって『お静かに』と指示を出すことも忘れない。

『あ、もしもし舞花?』
「お姉ちゃん!」

 二ヶ月ぶりに聞く姉の声は、相変わらず優しげに響く。本当に久しぶり、おまけに珍しく姉の方からかかってきた通話とあって、舞花のテンションは鰻登りだ。

「どうしたの? まだ新婚旅行の途中でしょ」
『ふふ、ちょっと舞花の声が聞きたくなっちゃって……』

 姉が、柔らかな声で笑う。それにつられて舞花も笑い、和やかな空気が居間を満たした。そこからは、他愛ない姉妹のお喋りだ。
 ソーセージは茹でたやつと焼いたやつ両方売っているとか、この季節はアイス屋さんが沢山あるとか。シュニッツェルは鶏カツでとても美味しいけれど、大きくて食べきれないとか。
 そんな楽しい時間が暫し続いた後――事件は起こった。

『あ、そうそう。追加で二月くらいドイツにいることになったの』
「えっなんで!?」

 新婚旅行は三ヶ月。なので来月には、姉は日本に帰ってくるはずだった。それなのにあと二月も滞在を引き伸ばすとは。
 ……何となく、嫌な予感にうなじがざわつく。

「何かあったの?」
『ふふ、あのね』

 そうして姉は柔らかく弾んだ声で、ほんの少し気恥ずかしそうに、特大の爆弾を落とした。

『お姉ちゃん、赤ちゃんが出来たみたいなのよ』
「――――ッ、え?」

 その瞬間、天井あたりまで浮上していた舞花の心は、一気に奈落の底へ叩き落とされたのだった。
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