魔女の弟子

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第7章 火継ぎの港街

火継ぎの港町⑫

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翌朝、まだ夜も空けきらない早朝に、私はエルザ師匠にたたき起こされた。私は慌てて着替えると、昨日エルザ師匠に買ってもらった上着を羽織り、宿のロビーに降りていった。
 エルザ師匠は昨日のカジュアルな服装ではなく、黒のロングコートに身を包み、革製の三角帽子を目深に被っていた。
 「今日は1日買い出しだ。付き合ってもらうぞ。」
 その日、私はエルザ師匠に付いて、終日ポルト クラーナをあちこち巡ることになった。

 朝から午前中にかけては、商船がひしめく貿易港エリアで、なんとエルザ師匠は中古の大型帆船を即決購入した。

「そんな大金、どこにあるんですか?」
 私は契約書にサインするエルザ師匠に小声で尋ねた。

 「もちろん、こんな金はうちの家計にはないさ。この購入費用は全て魔女集会の経費として、アストラエアに請求するとも。」

 そう言いながら、小切手に、しがない農家10人分の生涯年収でも足りない金額を書き付けた。
 あとから聞いた話では、魔女集会の長、光のアストラエアはとんでもない資産家らしかった。国中のあちこちに不動産を所有しながらも、その存在は世に知られることはなく、影の不動産王として、一部の同業者がひっそりと噂する存在だった。何でも数百年前からコツコツあちこちの土地を買っては資産運用をしてきたらしく、不老不死であることを最大限に生かした儲けかたをしてきたらしい。

 突然の上客に、喜びの涙を浮かべる中古船ディーラーに見送られながら、私たちは次に漁港エリアに向かった。
 観光客向けの桟橋エリアとは異なり、磯の香りが強く、これから漁に出発する地元の漁師たちが忙しく動き回っていた。
 エルザ師匠は、漁に使う道具を扱う業者から、頑丈な鉄性の底引き網を購入した。

「こんなもの、一体なにに使うんですか?」

 私は、太い鉄線で編まれた網を運んでいく人足たちを眺めながら尋ねた。

エルザ師匠はこれまた高額の小切手を切りながら、
「決まってるだろ。"魚釣り"だ。」

 船といい、網といい、本当に漁師にでもなるつもりなのか分からないが、私はその後も黙ってエルザ師匠についていった。

 あちこちに出ている屋台で二人買い食いをしながらその後も買物を続け、一通りその日の用事が終った頃には、日が傾き始めていた。
 私たちは桟橋エリアまで戻ってくると、昨日昼食をとった『39番』というレストランの二階の窓際席で、食前の飲み物を片手に夕日を眺めていた。

 鮮やかなオレンジ色に染まっていく港の景色を眺めながら、しばらく杯を口に運ぶだけの静かな時間が流れていた。
 ふと、私は向かいに座るエルザ師匠に目を向けた。師匠は左手で頬杖をつきながら、透明なグラスに入ったとうきびの蒸留酒を傾けていた。長い銀色の睫毛に縁取られた青い瞳の中には、夕日が映りこみ、まるで彼女の目のなかにも日没の海の景色が再現されているように思われた。

「なんだ?私の顔に何かついているのか?」

 頬杖をついたまま、師匠は目だけをこちらに向けた。気恥ずかしくなった私は、夕陽に向けて顔をそらしながら答えた。

「いえ、なんでもないです。その…」

「なんだ?言いたいことがあるのなら、はっきり言え。」

 言葉とは裏腹に、エルザ師匠の声はとても落ち着いていて、優しかった。

 私は小さく深呼吸すると、エルザ師匠に向き直った。

 「エルザ師匠。お誕生日、おめでとうございます。」

 そう言って、私は小さな包みを彼女に差し出した。
 私はまともに顔をあげられなかったが、少しの時間を空けて、包みを受けとるエルザ師匠の指先が私の手に触れたのを感じた。

 包み紙を開ける音だけを聞きながら、跳ね上がる心臓で胸が突き破れるかと思った。

「…似合う…か…?」

 ポツリとエルザ師匠の声が聞こえた気がした。
 私はゆっくりと顔を上げた。そこには、夕陽よりも真っ赤に顔を染め、うつむきながら小さく震えているエルザ師匠がいた。
 彼女の両耳には、小さな真珠があしらわれたイヤリングが光っていた。それは、昨日、私がエルザ師匠の機嫌を損ねてしまった後に、エルマが密かに授けてくれた助け船だった。

 「これでエルザが喜びそうなものでも買っておくのね。」
 そう言って、エルマは子供の小遣いにしては多すぎる額のお金を私に手渡した。
 思わず返そうとするわたしの唇に、エルマはそっと人差し指をあて、片目をつぶってみせた。
「山にいる間、私の狩りを手伝ってくれたからね。そのお礼だよ。いいこと?エルザの喜びそうな物、よく考えて選ぶのよ。」

 エルマの言うとおり、よく考えて選んだつもりだった。だが、果たしてこのエルザ師匠の反応は、喜んでくれているのか、それとも…

「…もしかして、怒ってますか?」

うつむいていたエルザ師匠が顔を上げた。
「嬉しいに決まっているだろ!バカ弟子が!!」
 
 師匠の大声に、何人かの回りの客がこちらを振り返った。ますます顔を真っ赤に染めたエルザ師匠は、気まずそうに姿勢をただすと、グラスの中身を一気に空けて呟いた。

 「その…なんだ、…ありが…とう。とても素敵な物だ…大事にするよ。」

 そうして、師匠は再び夕陽に向けて顔を向けた。銀色に光るイヤリングが収まる彼女の耳はまだ赤いままだったが、その横顔はとても穏やかだった。私は、エルザ師匠の家で、二人暖炉を囲んでいた頃のゆったりとした時間を思い出していた。
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