魔女の弟子

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第5章 暗い魂の炎

暗い魂の炎④

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エルザ師匠の鍛練は日増しに激しくなっていった。私は暗闇の中に浮かび上がるエルザ師匠の魂(ソウル)の残影を追うだけで手一杯だったが、それでも身体に直接模擬刀を打ち込まれる回数は減っていった。私の掌はすぐにつぶれた豆でいっぱいになったが、2ヶ月も訓練を続けていると、いつのまにか硬い皮膚に置き換わり、最初は重たかった模擬刀も手に馴染むようになっていった。
 季節は初夏から暑い夏に変わっていた。私がエルザ師匠に助けられてから、3ヶ月の時間が過ぎようとしていた。
 渡り烏に襲われて以来、劇的な変化を見せた私の生活は、忙しくも規則的な物になりつつあった。朝早く起床してからの、家事とエルザ師匠の学問講義。昼食を挟んでからの師匠との打ち合いと鍛練。さらに間食を挟んでの家事炊事の手伝い、夜は天体観測の補助など、世間一般的な4歳の少年が過ごす日常とはかけはなれたものとなっていた。だが、私にはこの生活こそが両親の仇を討つことに繋がるのだと信じていた。いや、家事や鍛練が自分を強くするというよりは、私が信じていたのはエルザ師匠だった。彼女に着いていきさえすれば、その先に必ず渡り烏と会敵することになる。そして、その時に奴を打倒するだけの力を、この魔女が与えてくれるものと信じて疑わなかった。

 夏至の頃の暑い夜のことだった。私は喉の乾きで明け方頃に目が覚め、寝室である書庫と居間を繋ぐ扉に手をかけた。微かに扉を開けたところで、その先からエルザ師匠と、もう一人誰かが話す声に、私はその場で動きを止めた。
 「では、出発されるのですね。"北の城壁"へ向けて。」
 「ええ、雪も溶けた頃だし、今なら城壁の近くまで馬で近づけるわ。中に入れるかどうかは、シーレ次第だけれど。」
 エルザ師匠の問いに答えた声は、魔女集会の長『光のアストラエア』のものだった。
 「アストラエア、私は反対です。今の状況での長距離移動は、ミラルダや幽鬼(ファントム)達の格好の獲物になりますよ。」
 エルザ師匠の声は落ち着いていたが、口調の早さから、わずかな苛立ちを感じた。一方で、アストラエアの声はいつもと同じ、軽やかで聞く者を安心させる響きがあった。
 「大丈夫よ、エルザ。貴女達には楔石を預けてあるから、いざというときには助けが来てるもの。それに、北の城壁に入ってさえしまえば、彼女たちもそう簡単には追っては来れないわ。」
 「ですが…」
反論するエルザ師匠の声は途中で遮られたようだった。
 「私のことは気にしないで頂戴。それに、ミラルダや幽鬼(ファントム)だけじゃない。渡り烏を倒すにも、私たちには"魔女殺しの武器"が必要だわ。それを借りるために、私は『結晶のシーレ』に会いに行くのよ。」
 アストラエアの口から出たのは、未だ姿を見たことがない、魔女集会の構成員の魔女の名前だった。どうやら、シーレという魔女はこの国の北部に住んでおり、彼女に会うためには、北の城壁なるものの扉を開いてもらう必要があるようだった。
 エルザ師匠がわずかにため息を着くのが聞こえた。
「"月光"が必要になると。貴女はそこまでお考えなのですね。では、私はもう貴女を止めません。貴女が戻ってくるまでの間に、渡り烏の捜索と、ラルフの鍛練を進めておきます。」
 椅子が擦れる音の後に、人が立ち上がる気配がした。
「是非ともお願いするわ。でもね、エルザ。あの少年の育成に関しては慎重にね。ミラルダが集会を襲ったとき、あの死人占い師はラルフ君のことを見て、"不死人たちの王"の素質を見いだしていた。もしラルフ君にそれだけの素質が備わっているとしたら、まかり間違えば、あの子は私たちにとって…」
「心配には及びません。あの子の力は必ず制御できるように、私が育てて見せます。かつて、『沈黙のユーリア』が、私にそうしてくれたように。」
 エルザ師匠の声には揺るぎない決意が伺えた。アストラエアは何も言わず、二人の気配は玄関の方へと遠ざかっていった。
 玄関の閉まる音が響き、しばらくしてから、書庫には静寂の中に、夏の虫の鳴き声だけが響いていた。エルザ師匠は寝室に戻ったようだった。
 私は音を立てないように慎重に居間への扉を開けると、水を飲むために、テーブルの上の水差しに手を伸ばした。
 「目が覚めたか。また悪夢にうなされたのか?」
 背中からのエルザ師匠の声に、私は飛び上がる思いがした。 振り替えると、寝間着のままのエルザ師匠が年期のはいったソファの上に座って私に青い瞳を向けていた。
 私は盗み聞きをしていた気まずさから、黙ったままだった。
 師匠はしばらく私の顔を覗いていたが、やがて狭いソファの空いてるスペースを優しく手で叩いた。
 ソファに腰を卸した私の頭を、エルザ師匠はくしゃくしゃと撫で付けた。それはただ私を安心させるためなのか、あるいは親愛の情なのか、エルザ師匠は何も言わず、見上げる私の視線を気にすることもなく、何かしら考え事をするように遠くを眺めながら、朝日が上りきるまで私の頭をただひたすら撫で付けていた。
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