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第7章 火継ぎの港街
火継ぎの港街②
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「ようやく目を覚ましたな。身体の調子はどうだ?」
エルザ師匠のわずかに低く、凛とした声を聞くと、心が落ち着くのを感じた。
「大丈夫です。師匠もご無事で…」
そう言いながら、身体を起こそうしたが、上体は鉛のように重く、背中がベッドから離れなかった。
「無理をする必要はない。エルマから話は聞いた。いきなりの実戦で無茶をしたようだな。」
そう言いながら、エルザ師匠は布団をかけ直してくれた。
改めて周囲を見渡すと、エルマの自宅である、霧降山の樹海にある小屋の中だった。
「師匠はいつ戻られたのですか?」
私はおとなしくベッドに身を任せながら尋ねた。
「2日前だ。ちょうどエルマがお前を連れて帰ってきたときと鉢合わせてな。治癒魔法はかけたが、体力の消耗が激しかったのか、2日間眠りっぱなしだったぞ。」
通りで、身体中の筋肉が固まっているわけだった。
「エルマさんはどこですか?」
「エルマなら朝早くから狩りに出ている。お前に精のつくものを食べさせたいそうだ。」
エルマの帰りを待ちながら、私とエルザ師匠はお互いの近況を報告した。時刻はまもなく午後に差し掛かる時間帯で、エルマの山小屋の中は暖炉で踊る炎と、窓から入り込む柔らかな日の光で居心地よく暖められていた。
「…以上が、ミラルダと遭遇したときの情報です。正直、あいつの言っていることは脈絡が無さすぎて、自分には理解できないことばかりでした。」
私はため息をついたが、エルザ師匠は眉間に皺を寄せていた。
「"深淵の底"。やつは、確かにそう言ったんだな?」
「はい。世界が不死人で溢れかえり、人間がお互いの魂(ソウル)を喰らい合う凄惨な時代があったそうです。ミラルダはその時代をもう一度再現したいなどと言ってました。師匠は何かご存じでしょうか?」
エルザ師匠は厳しい表情のまま、記憶を探るように宙に目を泳がせた。
「私も詳しく知っているわけではないが、かつて私の師だった『沈黙のユーリア』が同じようなことを話していたな。"深淵の底"と呼ばれる時代に世界中に不死人が溢れ、その事が"凶竜の発生に繋がった"、と。その時は、古い時代の話だったし、大して気にも止めていなかったが、ミラルダがそれを再現しようとしているのであれば、かなり大きなことをしでかそうとしているのかもな。しかもその手段が、」
エルザ師匠が真っ直ぐ私の目を見つめてきた。
「"闇の王を玉座に据える"、か。ミラルダがお前の中に『不死人たちの王』の素質を見いだしていたのは察していたが、ここまで直接的な干渉をしてくるとは予想外だったよ。エルマに預けていたとはいえ、お前を危険な目に会わせたのは、ミラルダの動きを予測していなかった私の落ち度だ。すまなかった。」
「そんな、師匠が謝る必要はないですよ。第一、やつの目的は魔女の魂の保管庫だと誰もが予想していましたから。それよりも、アストラエアさんはどうなったのですか?」
落ち込むエルザ師匠を見かねて、私は話題を変えることにしたが、彼女は暗い表情のまま、首を横に振った。
「残念だが、アストラエアを救出することはできなかった。『結晶のシーレ』は"月光"を借りたいならアストラエアの身柄と交換だの一点張りでな。結局シーレの要求をそのまま飲むしかなかったよ。まぁ、結果としては、ミラルダからアストラエアを遠ざけることができたし、魔女の魂の保管庫を守るという意味では、良かったのかもしれんがな。」
「そうでしたか。では、"月光"を?」
「ああ、手に入れることができたよ。」
そう言うと、エルザ師匠は暖炉の方向に目を向けた。煉瓦で組み上げられた古風な暖炉には、銀色に輝く、金属製の細長い箱が立て掛けられていた。
「これがあれば、あの幽鬼(ファントム)へ対抗できるはずだ。今度はこちらがやつらを狩りたてる番だな。」
そう言って、エルザ師匠は珍しく不適な笑みを口許に浮かべていた。
エルザ師匠のわずかに低く、凛とした声を聞くと、心が落ち着くのを感じた。
「大丈夫です。師匠もご無事で…」
そう言いながら、身体を起こそうしたが、上体は鉛のように重く、背中がベッドから離れなかった。
「無理をする必要はない。エルマから話は聞いた。いきなりの実戦で無茶をしたようだな。」
そう言いながら、エルザ師匠は布団をかけ直してくれた。
改めて周囲を見渡すと、エルマの自宅である、霧降山の樹海にある小屋の中だった。
「師匠はいつ戻られたのですか?」
私はおとなしくベッドに身を任せながら尋ねた。
「2日前だ。ちょうどエルマがお前を連れて帰ってきたときと鉢合わせてな。治癒魔法はかけたが、体力の消耗が激しかったのか、2日間眠りっぱなしだったぞ。」
通りで、身体中の筋肉が固まっているわけだった。
「エルマさんはどこですか?」
「エルマなら朝早くから狩りに出ている。お前に精のつくものを食べさせたいそうだ。」
エルマの帰りを待ちながら、私とエルザ師匠はお互いの近況を報告した。時刻はまもなく午後に差し掛かる時間帯で、エルマの山小屋の中は暖炉で踊る炎と、窓から入り込む柔らかな日の光で居心地よく暖められていた。
「…以上が、ミラルダと遭遇したときの情報です。正直、あいつの言っていることは脈絡が無さすぎて、自分には理解できないことばかりでした。」
私はため息をついたが、エルザ師匠は眉間に皺を寄せていた。
「"深淵の底"。やつは、確かにそう言ったんだな?」
「はい。世界が不死人で溢れかえり、人間がお互いの魂(ソウル)を喰らい合う凄惨な時代があったそうです。ミラルダはその時代をもう一度再現したいなどと言ってました。師匠は何かご存じでしょうか?」
エルザ師匠は厳しい表情のまま、記憶を探るように宙に目を泳がせた。
「私も詳しく知っているわけではないが、かつて私の師だった『沈黙のユーリア』が同じようなことを話していたな。"深淵の底"と呼ばれる時代に世界中に不死人が溢れ、その事が"凶竜の発生に繋がった"、と。その時は、古い時代の話だったし、大して気にも止めていなかったが、ミラルダがそれを再現しようとしているのであれば、かなり大きなことをしでかそうとしているのかもな。しかもその手段が、」
エルザ師匠が真っ直ぐ私の目を見つめてきた。
「"闇の王を玉座に据える"、か。ミラルダがお前の中に『不死人たちの王』の素質を見いだしていたのは察していたが、ここまで直接的な干渉をしてくるとは予想外だったよ。エルマに預けていたとはいえ、お前を危険な目に会わせたのは、ミラルダの動きを予測していなかった私の落ち度だ。すまなかった。」
「そんな、師匠が謝る必要はないですよ。第一、やつの目的は魔女の魂の保管庫だと誰もが予想していましたから。それよりも、アストラエアさんはどうなったのですか?」
落ち込むエルザ師匠を見かねて、私は話題を変えることにしたが、彼女は暗い表情のまま、首を横に振った。
「残念だが、アストラエアを救出することはできなかった。『結晶のシーレ』は"月光"を借りたいならアストラエアの身柄と交換だの一点張りでな。結局シーレの要求をそのまま飲むしかなかったよ。まぁ、結果としては、ミラルダからアストラエアを遠ざけることができたし、魔女の魂の保管庫を守るという意味では、良かったのかもしれんがな。」
「そうでしたか。では、"月光"を?」
「ああ、手に入れることができたよ。」
そう言うと、エルザ師匠は暖炉の方向に目を向けた。煉瓦で組み上げられた古風な暖炉には、銀色に輝く、金属製の細長い箱が立て掛けられていた。
「これがあれば、あの幽鬼(ファントム)へ対抗できるはずだ。今度はこちらがやつらを狩りたてる番だな。」
そう言って、エルザ師匠は珍しく不適な笑みを口許に浮かべていた。
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