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西野小夏の章
第七話 休日の猫巫女 〜いつか魔王を討ち倒すその日まで寄り道する〜
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「三十七度五分、今日は安静にしてなさいな」
「はい⋯⋯」
学校の無い曜日、そして季節の変わり目を感じさせるこの時期に小夏と来たら、どうやら風邪をひいてしまったようだ。私はベッドの上で小夏が母親に体温を測られている光景を、毛繕いをしながら眺めている。
「ま、ラオシャと一日中寝るのもたまには良いんじゃない。欲しいものがあったら後で言いなさいね」
そう言い残して小夏の母親は部屋を後にした。
それを見計らって、今度はワシが小夏に心配の声をかける。
「大丈夫か?」
「だいじょばない⋯⋯季節物のセールは今日限りなの⋯⋯ゲームでもしてようかな⋯⋯」
小夏は顔を赤くさせながら、もぞもぞとベッドの上で、端末を片手に操作しながらワシと言葉を交わしている。
「もしかしたら、神衣を短期間に二度も使用した影響が身体に出たのやもしれぬな。そして花子の件も、重かったからの⋯⋯」
花子とは『メンヘラ花子さん』の事で、つい先日紬に憑依した赤い迷魂の呼び名である。
あやつに襲われた一件から数日、小夏は目覚めるや否やモノクルに魔力を溜めて適当な紙に技をかけると、それを学校へ持って行った。
技の名前は強制的誓約の軛だったか⋯⋯。かなりキツめのを交わさせたのじゃろう、小夏曰く紬とは一線を越えない様に一定距離を保ちながら、友達として接しているという。
花子からしたら生き地獄みたいなものじゃな。ま、もう死んどるけど。
「花子の事は今後もう踏み越えられる事はないから、良いんだけどね⋯⋯。はぁ、今日暇だなあ⋯⋯」
「猫巫女になってからは放課後も忙しくしてたんじゃ。母親の言う通り、たまにはワシとゆっくりしていようではないか」
「迷魂も見てないし、そうしますか⋯⋯」
ワシも小夏も、ゆっくりと目を閉じて眠る事にした。
✳︎
『風邪ひいちゃった。暇でござる。眠たいでござる。』と、一つのメッセージが私たちのグループに放り込まれる。
朝から綾乃と映画を観に、少し離れた都会の映画館まで足を運んでいた時に、ポケットに入ったスマホが通知を鳴らした。
こなっちゃんはどうやら風邪で休日の予定を無くしてもうた様で。そらメンヘラ花子さんの後なんか熱くらい出てもしゃあないやろな⋯⋯。一部便乗して弄んだんは、他でもない私やけど⋯⋯。
隣にいる綾乃もスマホを見て気付いたんか、私に身体を寄せながら話しかけてきた。
「この後、お見舞い、行く?」
「そやね。映画見て、お昼食べたら一緒に行こか」
「うん⋯⋯! お菓子も一杯買って行こ⋯⋯!」
メッセージを送って、私と綾乃は映画館の中を進んでいった。
『こなっちゃんへ、色々片付けたらそっちにお邪魔するから、ちゃんと安静にしといてな』
✳︎
まだ朝方ではあるが、ぐっすり寝た小夏はゆっくりと身体を起こし、クッションを背にして独りゲームで暇を潰していた。
「今度は何のゲームをやっとるんじゃ?」
「ふっよくぞ聞いてくれたね相棒、これはね」
変な顔と変な口調をしながら振り向いた小夏が、そのゲームについて語り始めた。こうなると長いので、香箱座りのまま語りを半分聞き流す。
「これはね、『レグメンティア』っていうオープンワールドゲーム。ストーリーはシンプルに、勇者が魔王を倒して世界を平和にする王道の物語。昔ながらの物語の流れの中、新しい要素として『ギルド』を作って、例えば物流を良くしたり、例えば冒険者を増やして街の周辺の魔物を処理したり、とにかく凄いやれる事が充実してて面白いんだよ!」
「ふーん⋯⋯で、それは小夏でもクリア出来るものなのか?」
「デーモンファンタジスタみたいにシビアなゲームじゃないからね。全然私でも楽勝だよ」
「そうか~⋯⋯」
あんまり興味が湧かなくて、良い返事ができなかった。小夏もそれを察してか少し怒った顔でワシを見ている。
「聞いた割には興味無さそうな顔するよね⋯⋯猫だしそんなもんだろうけどさ」
そう言いながら、小夏は画面に向き直ってゲームを再開した。
ワシも小夏の動かす勇者の果てを見定めるとしよう。
✳︎
そこから少し経過して、私はゲームを止め、ラオシャを抱き寄せて布団へ入り眠る事にした。レグメンティアはかなりのボリュームなので、クリアまでに数週間かかりそうだ。じっくりと遊んでいこう。今日は天気も良くて、眠るには丁度いい気温だ。お母さんの言ってた通り、今日くらいラオシャと共に寝て過ごすのも、悪くない。ゆっくりと目を閉じて、眠りの訪れを待った。
しかし次に目を開けると、眼前に広がるのは真っ暗な空間だった。夢の中に居るのだろう、身体の自由が効かず、私の意思とは関係なく動いている。その光景をただ見つめる事だけが自由。どうする事も出来ない。
その闇の中を進んでいると、何かが私に語りかけてくる。それに応えることは叶わず、ただ言葉を聞くしか出来ない。
『其方が小夏であるな』
鈍く低い声だけが空間に響く。
『その力を──確かめさせてもらう』
空間に割れ目が出来、私はそこに手を伸ばす。
割れ目は大きく裂けて、硝子が割れた様に辺りに飛散する。その中を迷いなく、私の身体は歩み進む。
次第に視界は白くなり、明るい景色が広がった。
そこにはただ、花が咲いているだけ。
花だけで広がるその空間にポツリと居ると、目の前に青い迷魂が現れた。
不思議と夢の中では魔力が満ちているのか、ラオシャが居なくても浄化の枷を両手に発生させられた。
構えると迷魂が突進してきたので、空中に避ける。避けた勢いで身体が逆さまになったまま、浄化の枷を迷魂目掛けて投げつけて確保した。
着地して振り向くと、既に迷魂の姿は無く、そこにはポツンと、取られるのを待っているかの様に宙に浮かんだ“緑色の宝石”があるだけだった。
手にしてみると摘める程度の大きさで、更にじっくり観察すると、何やら文字の様な物が中に刻まれている。不思議に眺めていると、また声が私に語りかけて来た。
『それを身に刻み、標としろ』
言われるがままに、私は宝石を胸に当てた。
『時期に迎えが来る。その時を待て』
空間が消えて、私は花畑から落とされた。
永遠に落ちていくその感覚は不思議と心地良く、私は目を閉じてその感覚に浸った。
何だったのだろう、夢にしては鮮明で、ハッキリ、としていて⋯⋯。
✳︎
意識が戻り、ゆっくりと目を開ける。
自室の部屋の見慣れた天井がまず目に入り、安堵した。やけに鮮明な夢を見たせいか、ぐっすり眠れた感覚があまり無い。
顔の横でまだ寝ているラオシャを起こさぬ様に、ゆっくりと身体を起こしたかったが、魔がさしてラオシャを吸ってしまった。びっくりして、身体を跳ね上げて起きるラオシャに笑いを堪えながら、布団から出て着替える事にした。
「ねえラオシャ」
「ん? なんじゃ」
「夢の中でも迷魂を確保してて思ったんだけど、今迷魂って残り何体なの?」
「⋯⋯七体じゃ。小夏との出会いで一体、その後梵彼方との出会いに一体、沙莉が憑依される前後で二体鎮めておるな」
「それだと四体じゃない? あ、花子さん含めると合ってるのか」
「いや、花子では無く、梵彼方がこの町で一体鎮めておるのだ。何故この町の迷魂を鎮めたかはワシは知らんがの」
それを聞いて反射的に言葉が漏れ出てきた。
「嘘、彼方さんが? え⋯⋯好き⋯⋯なんでかは分かんないけど、何か凄い感謝したい⋯⋯今度の日曜日会いに行こうかな⋯⋯」
「その時にでも聞いてみると良いじゃろうな。ふふふ、して、夢の中でも猫巫女活動とは感心じゃな」
ラオシャが少し嬉しそうに声色を変えて、言葉をかけてきた。
「そうそう、夢の中で迷魂を確保したと思ったら、宝石が変わりに置いてあって、それを手に取ってたら、落ちていって、目が覚めて⋯⋯」
「⋯⋯! それは本当か」
「うん、やけに鮮明に覚えてるから、変な夢見たなあって」
「そうか⋯⋯」
ラオシャは嬉しそうな声色から一転して、何か考え込む様に丸くなり、毛繕いを始めだした。
特に私は気にする事なく着替えを終わらせて、昼食を済ましにリビングへ降りて行った。
✳︎
昼食を済ませてゆっくりスマホを見てみると、沙莉と綾乃からメッセージが入っていた。
受信時刻を見るに朝の段階で返信があったらしく、ゲームに夢中で全く気付けなかった。急いでポチポチとタップして返信をした。
『ごめん、ゲームしてたり寝てたりしてた! ていうか待って、うち来るの?』
数分して既読が付き、すぐに返事が返ってきた。
『そやで~、一杯お見舞いしたるから、ゆっくり待っとき。あ、映画おもろかったって自撮り送っとくわ』
『マジか! ありがとう。ところで映画に私誘われてないな?』
『綾乃とデートしたかってん、ごめんな! 今度一緒にクレープとか食べに行こ!』
『ありがとう。愛してるよ』
そこで返事が途切れた。沙莉は本当に可愛いやつだ。
それにしても家に来るのなら、ちょっとでも部屋を片付けておきたい。
少し重い身体を起こして、自室に向かおうと階段を上がった矢先に家のチャイムが鳴り響いた。
「は、はやない⋯⋯?」
家事をしていたお母さんが歩いてきて玄関の扉を開けると、案の定沙莉と綾乃がお見舞いにやってきてくれた。二人を見て私も玄関まで駆け寄った。
「初めましてお母さん。小夏の友達の、香山沙莉です」
「綾乃です、こんにちは⋯⋯。小夏ちゃんのお見舞いに来まして⋯⋯あ、小夏ちゃん」
「二人共、わざわざありがとう⋯⋯」
「おお、こなっちゃん。大丈夫? 寝てなくて平気なん?」
珍しく真面目な声色で私を心配する沙莉に、私は少し安心を覚えて頬が緩んだ。
「うん。平気だよ、明日にはバッチリかもね」
「そっかそっか⋯⋯あ、綾乃。お菓子、渡しいや。色々私たちで買ってきてんで、暇やろうしな」
沙莉がそう言うと、綾乃はお菓子を沢山詰まったビニール袋を私に渡してくれた。
「はい、小夏ちゃん⋯⋯。沢山食べて」
「うわ、めっちゃ一杯あるね! 今月これだけで足りそうや⋯⋯。ありがとね、二人とも」
「どーいたしまして。じゃあ、あんまりジッと居るのもアレやし、帰ろか。お大事にな、こなっちゃん」
「お大事にね、小夏ちゃん⋯⋯」
「うん、大好きだよ、沙莉。勿論綾乃も!」
なはっと含みが漏れるような照れ笑いの沙莉とは対象に、顔を紅潮させながら微笑む綾乃。私の友達が彼女たちで良かったと改めて思う。
玄関越しに二人と別れを告げた後、私は満足げにお菓子を片手に自室へと戻った。
自室に入ると私は早々にテーブルの上にお菓子を置いて、その中のクッキーを口にしながらラオシャを抱いてベッドへ戻った。
「沙莉と綾乃が来てくれたお陰か、結構元気になれたかも」
「それは良かったのう」
「なんていうかさ、猫巫女を続けてきたから、こうして仲良くなれてるのかな~なんて思うんだよね。もし猫巫女になってなかったら、ずっと独りでゲームしてて、そして時々友達に会うような、薄い関係性になってたのかもって思うんだ⋯⋯」
「恐らくそれは違うな。猫巫女なんぞ、お前が積極的になるきっかけにしかなっておらんじゃろう。時折見せるお前の決断力の堅さは、硬派なゲームを数多と攻略していった影響であるはずじゃ」
「そのきっかけをくれたのは、他でも無いラオシャだよ。お陰で今の私があるし、出会う前とは全く違う考え方になったりもしてる」
「まあ、ワシも小夏を猫巫女として選んだのは、大正解じゃと思っとる⋯⋯」
「⋯⋯」
「ん? ⋯⋯どうした?」
静かにラオシャを抱き寄せて、その温かみに心を預ける。
「猫巫女が終わってもさ、私と⋯⋯一緒にいて?」
「⋯⋯。気が向いたらな。小夏はワシの依代じゃ。この浄化活動が終われば、ワシはまた次の町へ派遣されるのじゃろう。そういう繰り返しで、ワシたちは仕事をこなしておるのだから」
「⋯⋯帰る場所、必要じゃない?」
「普通の猫では無いのじゃ⋯⋯。ワシには帰る場所など⋯⋯小夏よ」
「ん?」
私の腕の中でくるっと身体を回し、私に顔を合わせてラオシャは言葉を口にした。
「ワシの全てを知っても、そしてこの先の、未来のお前の宿命を知った後でも、そうやって同じ様に言ってくれるのであれば⋯⋯考えても良い。」
スッと肉球を前に差し出して、私に約束を提示してきた。私は肉球を即座に掴んで即答してみせる。
「⋯⋯魔法少女みたいな事してるんだもん。沙莉の件から、私は覚悟して来てるよ。それに最初から言ってるけど、私は、泣かないから」
「それなら、良い。最後まで、よろしく頼むぞ」
「相棒やから、当然です」
そう、私はこの先何があっても、ラオシャと共に猫巫女を続けて、隣にいてみせる。たとえそれが終わろうとも、紡がれたこの縁は離さない。離してやらない。もう依代と喋る猫という関係では無いのだから。
「⋯⋯そんな訳でお菓子食べたいからどいて」
「良い雰囲気じゃった気がするが」
「⋯⋯特別に今日はサバちゅ~りんを添えてあげよう」
「よし、一緒に食べるぞ」
✳︎
夜になり、寝る準備を済ませてスマホを覗いていると、一件のメッセージが入っていた。早速それを覗いて確認すると、紬先輩からのメッセージだった。
『紬です。夕方に綾乃から聞いたよ。風邪大丈夫ですか、あと私からはメッセージをいただいてません、ちょっと悲しいです。次からは一番最初に伝えてくれたらなって思います』
これは紬先輩ではなく花子だ。絶対長くなるし面倒くさいのでそのままスマホを閉じて、大きく布団を被って明日を迎えることにした。紬先輩には明日謝っておこう。
それにしても、告白するには、少し早すぎた気がするな──
「はい⋯⋯」
学校の無い曜日、そして季節の変わり目を感じさせるこの時期に小夏と来たら、どうやら風邪をひいてしまったようだ。私はベッドの上で小夏が母親に体温を測られている光景を、毛繕いをしながら眺めている。
「ま、ラオシャと一日中寝るのもたまには良いんじゃない。欲しいものがあったら後で言いなさいね」
そう言い残して小夏の母親は部屋を後にした。
それを見計らって、今度はワシが小夏に心配の声をかける。
「大丈夫か?」
「だいじょばない⋯⋯季節物のセールは今日限りなの⋯⋯ゲームでもしてようかな⋯⋯」
小夏は顔を赤くさせながら、もぞもぞとベッドの上で、端末を片手に操作しながらワシと言葉を交わしている。
「もしかしたら、神衣を短期間に二度も使用した影響が身体に出たのやもしれぬな。そして花子の件も、重かったからの⋯⋯」
花子とは『メンヘラ花子さん』の事で、つい先日紬に憑依した赤い迷魂の呼び名である。
あやつに襲われた一件から数日、小夏は目覚めるや否やモノクルに魔力を溜めて適当な紙に技をかけると、それを学校へ持って行った。
技の名前は強制的誓約の軛だったか⋯⋯。かなりキツめのを交わさせたのじゃろう、小夏曰く紬とは一線を越えない様に一定距離を保ちながら、友達として接しているという。
花子からしたら生き地獄みたいなものじゃな。ま、もう死んどるけど。
「花子の事は今後もう踏み越えられる事はないから、良いんだけどね⋯⋯。はぁ、今日暇だなあ⋯⋯」
「猫巫女になってからは放課後も忙しくしてたんじゃ。母親の言う通り、たまにはワシとゆっくりしていようではないか」
「迷魂も見てないし、そうしますか⋯⋯」
ワシも小夏も、ゆっくりと目を閉じて眠る事にした。
✳︎
『風邪ひいちゃった。暇でござる。眠たいでござる。』と、一つのメッセージが私たちのグループに放り込まれる。
朝から綾乃と映画を観に、少し離れた都会の映画館まで足を運んでいた時に、ポケットに入ったスマホが通知を鳴らした。
こなっちゃんはどうやら風邪で休日の予定を無くしてもうた様で。そらメンヘラ花子さんの後なんか熱くらい出てもしゃあないやろな⋯⋯。一部便乗して弄んだんは、他でもない私やけど⋯⋯。
隣にいる綾乃もスマホを見て気付いたんか、私に身体を寄せながら話しかけてきた。
「この後、お見舞い、行く?」
「そやね。映画見て、お昼食べたら一緒に行こか」
「うん⋯⋯! お菓子も一杯買って行こ⋯⋯!」
メッセージを送って、私と綾乃は映画館の中を進んでいった。
『こなっちゃんへ、色々片付けたらそっちにお邪魔するから、ちゃんと安静にしといてな』
✳︎
まだ朝方ではあるが、ぐっすり寝た小夏はゆっくりと身体を起こし、クッションを背にして独りゲームで暇を潰していた。
「今度は何のゲームをやっとるんじゃ?」
「ふっよくぞ聞いてくれたね相棒、これはね」
変な顔と変な口調をしながら振り向いた小夏が、そのゲームについて語り始めた。こうなると長いので、香箱座りのまま語りを半分聞き流す。
「これはね、『レグメンティア』っていうオープンワールドゲーム。ストーリーはシンプルに、勇者が魔王を倒して世界を平和にする王道の物語。昔ながらの物語の流れの中、新しい要素として『ギルド』を作って、例えば物流を良くしたり、例えば冒険者を増やして街の周辺の魔物を処理したり、とにかく凄いやれる事が充実してて面白いんだよ!」
「ふーん⋯⋯で、それは小夏でもクリア出来るものなのか?」
「デーモンファンタジスタみたいにシビアなゲームじゃないからね。全然私でも楽勝だよ」
「そうか~⋯⋯」
あんまり興味が湧かなくて、良い返事ができなかった。小夏もそれを察してか少し怒った顔でワシを見ている。
「聞いた割には興味無さそうな顔するよね⋯⋯猫だしそんなもんだろうけどさ」
そう言いながら、小夏は画面に向き直ってゲームを再開した。
ワシも小夏の動かす勇者の果てを見定めるとしよう。
✳︎
そこから少し経過して、私はゲームを止め、ラオシャを抱き寄せて布団へ入り眠る事にした。レグメンティアはかなりのボリュームなので、クリアまでに数週間かかりそうだ。じっくりと遊んでいこう。今日は天気も良くて、眠るには丁度いい気温だ。お母さんの言ってた通り、今日くらいラオシャと共に寝て過ごすのも、悪くない。ゆっくりと目を閉じて、眠りの訪れを待った。
しかし次に目を開けると、眼前に広がるのは真っ暗な空間だった。夢の中に居るのだろう、身体の自由が効かず、私の意思とは関係なく動いている。その光景をただ見つめる事だけが自由。どうする事も出来ない。
その闇の中を進んでいると、何かが私に語りかけてくる。それに応えることは叶わず、ただ言葉を聞くしか出来ない。
『其方が小夏であるな』
鈍く低い声だけが空間に響く。
『その力を──確かめさせてもらう』
空間に割れ目が出来、私はそこに手を伸ばす。
割れ目は大きく裂けて、硝子が割れた様に辺りに飛散する。その中を迷いなく、私の身体は歩み進む。
次第に視界は白くなり、明るい景色が広がった。
そこにはただ、花が咲いているだけ。
花だけで広がるその空間にポツリと居ると、目の前に青い迷魂が現れた。
不思議と夢の中では魔力が満ちているのか、ラオシャが居なくても浄化の枷を両手に発生させられた。
構えると迷魂が突進してきたので、空中に避ける。避けた勢いで身体が逆さまになったまま、浄化の枷を迷魂目掛けて投げつけて確保した。
着地して振り向くと、既に迷魂の姿は無く、そこにはポツンと、取られるのを待っているかの様に宙に浮かんだ“緑色の宝石”があるだけだった。
手にしてみると摘める程度の大きさで、更にじっくり観察すると、何やら文字の様な物が中に刻まれている。不思議に眺めていると、また声が私に語りかけて来た。
『それを身に刻み、標としろ』
言われるがままに、私は宝石を胸に当てた。
『時期に迎えが来る。その時を待て』
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永遠に落ちていくその感覚は不思議と心地良く、私は目を閉じてその感覚に浸った。
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✳︎
意識が戻り、ゆっくりと目を開ける。
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「ねえラオシャ」
「ん? なんじゃ」
「夢の中でも迷魂を確保してて思ったんだけど、今迷魂って残り何体なの?」
「⋯⋯七体じゃ。小夏との出会いで一体、その後梵彼方との出会いに一体、沙莉が憑依される前後で二体鎮めておるな」
「それだと四体じゃない? あ、花子さん含めると合ってるのか」
「いや、花子では無く、梵彼方がこの町で一体鎮めておるのだ。何故この町の迷魂を鎮めたかはワシは知らんがの」
それを聞いて反射的に言葉が漏れ出てきた。
「嘘、彼方さんが? え⋯⋯好き⋯⋯なんでかは分かんないけど、何か凄い感謝したい⋯⋯今度の日曜日会いに行こうかな⋯⋯」
「その時にでも聞いてみると良いじゃろうな。ふふふ、して、夢の中でも猫巫女活動とは感心じゃな」
ラオシャが少し嬉しそうに声色を変えて、言葉をかけてきた。
「そうそう、夢の中で迷魂を確保したと思ったら、宝石が変わりに置いてあって、それを手に取ってたら、落ちていって、目が覚めて⋯⋯」
「⋯⋯! それは本当か」
「うん、やけに鮮明に覚えてるから、変な夢見たなあって」
「そうか⋯⋯」
ラオシャは嬉しそうな声色から一転して、何か考え込む様に丸くなり、毛繕いを始めだした。
特に私は気にする事なく着替えを終わらせて、昼食を済ましにリビングへ降りて行った。
✳︎
昼食を済ませてゆっくりスマホを見てみると、沙莉と綾乃からメッセージが入っていた。
受信時刻を見るに朝の段階で返信があったらしく、ゲームに夢中で全く気付けなかった。急いでポチポチとタップして返信をした。
『ごめん、ゲームしてたり寝てたりしてた! ていうか待って、うち来るの?』
数分して既読が付き、すぐに返事が返ってきた。
『そやで~、一杯お見舞いしたるから、ゆっくり待っとき。あ、映画おもろかったって自撮り送っとくわ』
『マジか! ありがとう。ところで映画に私誘われてないな?』
『綾乃とデートしたかってん、ごめんな! 今度一緒にクレープとか食べに行こ!』
『ありがとう。愛してるよ』
そこで返事が途切れた。沙莉は本当に可愛いやつだ。
それにしても家に来るのなら、ちょっとでも部屋を片付けておきたい。
少し重い身体を起こして、自室に向かおうと階段を上がった矢先に家のチャイムが鳴り響いた。
「は、はやない⋯⋯?」
家事をしていたお母さんが歩いてきて玄関の扉を開けると、案の定沙莉と綾乃がお見舞いにやってきてくれた。二人を見て私も玄関まで駆け寄った。
「初めましてお母さん。小夏の友達の、香山沙莉です」
「綾乃です、こんにちは⋯⋯。小夏ちゃんのお見舞いに来まして⋯⋯あ、小夏ちゃん」
「二人共、わざわざありがとう⋯⋯」
「おお、こなっちゃん。大丈夫? 寝てなくて平気なん?」
珍しく真面目な声色で私を心配する沙莉に、私は少し安心を覚えて頬が緩んだ。
「うん。平気だよ、明日にはバッチリかもね」
「そっかそっか⋯⋯あ、綾乃。お菓子、渡しいや。色々私たちで買ってきてんで、暇やろうしな」
沙莉がそう言うと、綾乃はお菓子を沢山詰まったビニール袋を私に渡してくれた。
「はい、小夏ちゃん⋯⋯。沢山食べて」
「うわ、めっちゃ一杯あるね! 今月これだけで足りそうや⋯⋯。ありがとね、二人とも」
「どーいたしまして。じゃあ、あんまりジッと居るのもアレやし、帰ろか。お大事にな、こなっちゃん」
「お大事にね、小夏ちゃん⋯⋯」
「うん、大好きだよ、沙莉。勿論綾乃も!」
なはっと含みが漏れるような照れ笑いの沙莉とは対象に、顔を紅潮させながら微笑む綾乃。私の友達が彼女たちで良かったと改めて思う。
玄関越しに二人と別れを告げた後、私は満足げにお菓子を片手に自室へと戻った。
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「沙莉と綾乃が来てくれたお陰か、結構元気になれたかも」
「それは良かったのう」
「なんていうかさ、猫巫女を続けてきたから、こうして仲良くなれてるのかな~なんて思うんだよね。もし猫巫女になってなかったら、ずっと独りでゲームしてて、そして時々友達に会うような、薄い関係性になってたのかもって思うんだ⋯⋯」
「恐らくそれは違うな。猫巫女なんぞ、お前が積極的になるきっかけにしかなっておらんじゃろう。時折見せるお前の決断力の堅さは、硬派なゲームを数多と攻略していった影響であるはずじゃ」
「そのきっかけをくれたのは、他でも無いラオシャだよ。お陰で今の私があるし、出会う前とは全く違う考え方になったりもしてる」
「まあ、ワシも小夏を猫巫女として選んだのは、大正解じゃと思っとる⋯⋯」
「⋯⋯」
「ん? ⋯⋯どうした?」
静かにラオシャを抱き寄せて、その温かみに心を預ける。
「猫巫女が終わってもさ、私と⋯⋯一緒にいて?」
「⋯⋯。気が向いたらな。小夏はワシの依代じゃ。この浄化活動が終われば、ワシはまた次の町へ派遣されるのじゃろう。そういう繰り返しで、ワシたちは仕事をこなしておるのだから」
「⋯⋯帰る場所、必要じゃない?」
「普通の猫では無いのじゃ⋯⋯。ワシには帰る場所など⋯⋯小夏よ」
「ん?」
私の腕の中でくるっと身体を回し、私に顔を合わせてラオシャは言葉を口にした。
「ワシの全てを知っても、そしてこの先の、未来のお前の宿命を知った後でも、そうやって同じ様に言ってくれるのであれば⋯⋯考えても良い。」
スッと肉球を前に差し出して、私に約束を提示してきた。私は肉球を即座に掴んで即答してみせる。
「⋯⋯魔法少女みたいな事してるんだもん。沙莉の件から、私は覚悟して来てるよ。それに最初から言ってるけど、私は、泣かないから」
「それなら、良い。最後まで、よろしく頼むぞ」
「相棒やから、当然です」
そう、私はこの先何があっても、ラオシャと共に猫巫女を続けて、隣にいてみせる。たとえそれが終わろうとも、紡がれたこの縁は離さない。離してやらない。もう依代と喋る猫という関係では無いのだから。
「⋯⋯そんな訳でお菓子食べたいからどいて」
「良い雰囲気じゃった気がするが」
「⋯⋯特別に今日はサバちゅ~りんを添えてあげよう」
「よし、一緒に食べるぞ」
✳︎
夜になり、寝る準備を済ませてスマホを覗いていると、一件のメッセージが入っていた。早速それを覗いて確認すると、紬先輩からのメッセージだった。
『紬です。夕方に綾乃から聞いたよ。風邪大丈夫ですか、あと私からはメッセージをいただいてません、ちょっと悲しいです。次からは一番最初に伝えてくれたらなって思います』
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だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
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