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西野小夏の章
第十話 望郷の猫巫女
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「あーあー⋯⋯やりたくないなあー⋯⋯面倒だなー⋯⋯」
手入れするのも億劫になって、なんだかんだ二年も放置してしまっている。
そのおかげで見事に植物がびっしりと下から上まで生い茂り、店名も隠れてしまっている。
そして先日、そんなアタシの店の外観を見兼ねた近所の方からハッキリと注意されてしまった。
⋯⋯確かにここまでくると、珈琲店というより廃墟という言葉が適切だ。
「まあ⋯⋯全部アタシが悪いんだけど⋯⋯」
植物を切る道具、それらを片付ける道具一式を横に、心を無にしながらちまちまと除去していった。
時期的には十月初旬で、まだ暖かさを感じるこの間に済ませようとすぐに行動に移したのだが。
「流石に放置しすぎたな⋯⋯」と憂鬱に沈んだ顔になりながら、ちょきんちょきんと切り続ける。何日も掛かるのはもう覚悟の上、寒くなる前にやっちゃおう。
それから少し作業をしている中で、足音が一人分、アタシの後ろを通り過ぎようとしているのが伝わってきた。
廃墟の手入れではありませんよ、お店ですよという思いでちょきんちょきんしていると、後ろで鳴っていた足音がアタシの後ろで止まった。
気になって振り向くとすぐに目があった為、認識する前に素早く挨拶を交わした。
「「あ、どうも」」
その女の子はアタシに気付いた様な顔をして立っていて、アタシもその女の子に気付くや否や小夏ちゃんの顔がすぐに浮かんだ。確かこの子は、小夏ちゃんの友達の一人の⋯⋯。
「ああ、紬ちゃんじゃん! 沙莉ちゃんの件以来だよね?」
「あ、はい。その節は、お世話になりました。偶然通りかかった所に彼方さんがいらしたので、その感謝を兼ねてご挨拶をと⋯⋯」
「あー⋯⋯なるほど。なるほどなるほど!」顔に手を当てて紬ちゃんに歩み寄った。
「え、な、何でしょうか⋯⋯?」
動揺する紬ちゃんの手を取って鋏を渡し、期待の眼差しを向けて思いを口にした。
「じゃあこれ、手伝って! お願い!」
「ええ⋯⋯?」
紬ちゃんは心良く了解してくれた。お陰で短い時間でなんとか店名の周辺は整えられた。
『Ogham』 それがアタシの店名。
祈ると言う意味合いで付けた名前だ。
手伝ってくれたお礼に、紬ちゃんに珈琲を淹れてあげる事にした。中へ入り二階へ上がるとテーブル席があり、そこで珈琲を飲むことが出来る。早速お気に入りの珈琲を淹れて、紬ちゃんに差し出した。アタシも隣に座り休憩を取る事にした。定休日なので来客は無い。
「いや~本当にありがとね~、めちゃくちゃ助かっちゃったよ~!」
「ああ、いえ⋯⋯お役に立てたなら、良かったです」
紬ちゃんは明るく返事を返してくれた。
それにアタシも心が救われる。
「紬ちゃんは今日何か予定で?」
「はい。勉学の為に書店へ⋯⋯姫浜には書店が少ないので、隣町まで行かないといけないんです」
「ふぅん、そうなんだ。アタシ勉強なんてサボって、猫巫女活動ばっかりだったかなあ⋯⋯」
学生時代の頃をふと思い出す。中学までは真面目な生徒だったが、高校からは不真面目になりだして殆ど勉強なんてしなかった。大学には入れたが、途中で猫巫女活動を始めたんだったな。
「学校のお昼休みに、小夏から沢山聞いてます。四年も続けてるなんて凄いです」
「坂多ではアタシの所が一番多いからね~。それだけ時間がかかるんだよ、それに店との二足の草鞋だしね」
「なるほど⋯⋯。小夏に聞いたまんまです。本当に尊敬されてるんですね⋯⋯」
アタシを見つめる目の色が変わっている気がする。何故だろう、この感じは。
不思議がっていると窓からユー君が帰ってきた。
「あ、ただいまユー君。どうだった?」
「⋯⋯まず、その女性は?」
紬ちゃんを鋭い目で舐めるように見ている。ユー君にしては珍しい反応だ。
「紬ちゃん? ⋯⋯何かあるの?」
アタシがそう言うとユー君が紬ちゃんに接近し、匂いを嗅ぎ始めた。
「⋯⋯おい。お前」
「な、なんですか⋯⋯」
声色を暗くして、威圧的な雰囲気を纏わせながら紬ちゃんを警戒して言い放った。
「お前、迷魂を抱えているな」
「え⋯⋯」
それを聞いた瞬間、身を引いて咄嗟に指輪を嵌めて構える。赤迷魂の場合人的被害が及んでくる為、早急に解決しなければならない。
しかし紬ちゃんは申し訳無さそうな顔で、大振りに手を左右に振って否定した。
「あ、ああ⋯⋯ごめんなさい。この子は、そうなんですけど、ちょっと違くて⋯⋯」
ユー君が間を置かず否定で覆う。
「違わない、迷魂は迷魂だ。それが赤いのであれば、早急に対処しなければならん」
「聞いてください、本当に違うんです! 私たち、共存していて⋯⋯!」
「共存⋯⋯? ちょっと、ユー君。話だけでも聞かない? ⋯⋯紬ちゃん、それ、小夏ちゃんは知ってるの?」
「はい、小夏が、この子の存在を今は許してくれている状態なので⋯⋯説明させていただいても良いですか」
「⋯⋯良いよ、ユー君も落ち着いて」
「⋯⋯はあ、アイツの知り合いか⋯⋯紛らわしい奴め⋯⋯」
身体を大きくさせているユー君を宥めながら、紬ちゃんの話を聞くことにした。暫くしてユー君も呆れたのかその場で話半分に毛繕いをし始めた。
迷魂を見逃すというのも、迷魂と共存する人間も、イズンから聞く限り前例は無い。しかしアタシの後輩の決断だからこそ、聞かない訳には行かない。驚きながらも、紬ちゃんの話を真剣に聞き入れた。
「メンヘラ花子さんねえ~⋯⋯」
「はい⋯⋯今は、小夏との契約のせいで表には出れないんですけど⋯⋯。」
「それはどうして⋯⋯?」
「あ、えっと、それは⋯⋯色々」
そこでどうして動揺しているんだろう。
「本当に色々あるので、それは後でお話しします⋯⋯まあ、そんな訳なので、今は花子を見逃してあげてください。悪い事はしないので」
「前例が無い事だけど、猫巫女である小夏ちゃんが許してるんだし、良いんじゃないかな。ね、ユー君?」
アタシたちから遠ざかって、興味の無さそうな顔をして休んでいるユー君に問いかける。
「ん、ああ。良いんじゃないか」
アタシも頭の後ろで手を組んで、気楽に答える。
「ま、いざとなったら何とかしちゃうからさ。小夏ちゃんが」
「すみません、お騒がせしてしまって⋯⋯」
「良いの良いの。多様性って事でね。じゃ、そろそろお開きにしよっか。ごめんね、時間頂いちゃった」
席を立ち、背伸びをする。
「此方こそすみません」
花子さんの件から困り顔のままの紬ちゃんも立ち上がって、アタシにお辞儀をした。
「彼方、私たちもまだ用事はある」
「ん? ⋯⋯ああ、報告?」
もう送ろうかという時に、ユー君が再度アタシに近付きながら話し始めた。
「そうだ。ここから遠い所で、迷魂を見つけて帰ってきていたのだ」
「これから猫巫女、ですか」と、紬ちゃんが聞いてきた。
「まあね。あ、そうだ、小夏ちゃんにこれ、渡してよ」
そう言ってアタシはレンズの無い所謂伊達眼鏡を紬ちゃんに渡した。
「これは?」と首を傾げる紬ちゃん。
「これは綾乃ちゃん用の猫巫女アイテム。そう言って綾乃ちゃんに渡してあげたら伝わると思うから、お願いね」
「分かりました。じゃあ、一足先に失礼します。珈琲、美味しかったです。ありがとうございました」
「うん。ありがとね、特に植物!」
紬ちゃんは丁寧にお辞儀をした後、店を後にした。
「じゃあ、アタシたちも行きますか。ユー君、留守番お願いね」
部屋の隅に配置している棚を空け、用意していた専用の靴を取り出し、それに履き替えた。
そこからそのまま窓へ移り、外へ思い切り飛び出した。
飛び出したアタシの身体を支える様にしてその靴から魔力の羽を左右から生やし、自転車を漕ぐ要領で羽をはためかせ、空を駆けて目的地まで向かった。
✳︎
迷魂の反応がある場所まで向かい、天眼で空から見渡すと、そこは人里離れた森の中。
道は無いが、廃墟になった建物だけが見える。
迷魂の反応は恐らく廃墟から。ゆっくり降りて着地し、靴から生えた魔力の羽を畳む。風で木々が揺れ、耳障りの良い音が鳴っている。そんな中を一人、ぽつぽつと歩みを進めていると、廃墟の中からゆらりと二つ、青い迷魂が揺らめいているのが発見出来た。
その廃墟の形は空からは緑に覆われていて分からなかったが、目の前まで来てようやく木造の建物だと分かる。入り口の扉はすぐそばの地面に倒れており、完全に錆び切っている。倒れた扉を踏み越えて中へと入るが、その中までびっしりと緑で覆われていた。手前の草を掻き分けて歩き続けていると迷魂が先にアタシの存在に気付いたが、逃げる気配は無い。なら後はこのまま迎えて、空に還してやるだけだ。
そう思い指輪を嵌めて、迷魂に語りかける。声に魔力を乗せて、言葉を伝わる様にする。
「お二人さん、こんなとこで何してんの。早く帰ろっ?」
そんなアタシの言葉に驚いたのか、二つの迷魂はゆらっと揺らめいて、一つ距離を置かれた。
天眼に魔力リソースを割く。
天眼を使用時、夜空が瞳を覆い、その真ん中に星の模様が浮かぶが、その模様こそが芒星であり、この天眼における重要な基盤の役割を果たしている。
この芒星の上からルーン文字を刻むことで、天眼の性能に個性を付けられる。しかしそれが全員の猫巫女に可能かと言われるとそうではない。
綾乃ちゃんが良い例だ。彼女は天眼を自分なりに扱える段階に持っていく為に、ラオシャ君から本来貰う天眼の魔力の半分以上を受け取らずに本人に返し、残った少ない分で上手く工夫している。
適性はあっても、最初から基礎を満足に扱う事の出来る猫巫女はあまりいないだよう。
最初から上手く出来る猫巫女がいても、魔力という未知の力に身体が耐えられず、持続が続かずにバテてしまう。
才能があろうとなかろうと、努力と成長を積み重ねなければ迷魂に弄ばれて、最悪の場合憑依されることもあり得る。
そうなれば禊猫守から直々にお祓いがあるらしいが、その辺はイズンに聞いても話してはくれなかった。
早速天眼を工夫して、ある程度生前の姿を見える様にすると、その二つは少年と少女の魂だった。久々に生きている人間を見た、という様な顔をするのは、迷魂になってしまった人達特有の反応だろう。ゆっくりとしゃがみ、目線を子供に合わせて、明るく声をかけた。
「アタシは、梵彼方。大丈夫、何もしないから、元いた場所に戻ろうよ」
すぐに右の少年の迷魂が怒ったような表情で言い返してきた。
『だ、だまされないぞ、またオレたちを食べようとするに決まってる⋯⋯!』
「食べるって⋯⋯? どういう事?」
予想外の言葉で返された。首を傾げて口に出した疑問に、少年はすぐに返事を被せた。
『すっとぼけてもムダだ! どうせこの前きた奴らのなかまだろう! オレたちをつかまえる気なんだ⋯⋯!』
少年は怒りに身を任せてアタシに言葉をぶつけてきた。隣の少女もアタシを怖がった表情をしながら、少年の後ろに隠れている。
何故そんな事になってしまっているのだろう、それに食べるとはどういう事だ⋯⋯?
「ゴメン、本当に仲間とかじゃないの。アタシはアタシで、キミ達を迎えに来ただけで──」
『ぜったいしんじてやるもんか! いくぞ、かなえ』
アタシに聞く耳を持ってくれず、少年と共に廃墟から離れて行ってしまった。かなえと呼ばれた少女もすぐに少年の背中を追って向こうへ行ってしまった。
「どういう事⋯⋯この辺で何かあったのかな⋯⋯」
立ち上がり、考えながら建物の中を出る。
⋯⋯食われるという言葉は、あの強張った表情からしても本当の事だろう。そして生前の記憶を話してもいない。
少年はハッキリと「この前きた奴ら」と言っていた。
「全然分かんないけど⋯⋯」
全部本当だった場合「この前きた奴ら」は、少年少女の迷魂を視認した上で食べようとした、という事になるが⋯⋯。
無論そんな猫巫女も居ないし、流石にケットシーでもそんな事はしない。
⋯⋯。
「考えてても仕方ないかな~。取り敢えず、二人を探さないと⋯⋯」
道の無い森の中、アタシは天眼の目で探し始める。少年少女を追って。
✳︎
途中で少年少女の反応を拾ってかなり深い所まで走って来たが、問題は無い。いざとなれば飛んで帰れる。
走って来た先には何やら祠の様な物があり、最近お供えをされた形跡もある。
そして周囲を見渡すと道が微かに存在し、民家も遠くない位置にあったのを確認出来た。
ただ、少年少女の迷魂は居なかった。
もう一度天眼で確認しようとすると、足音が変化したことに気付いた。慌てて目線を下げると、足元には新聞が捨てられていた。
新聞の日付が目に入る。天眼じゃなければ見えていなかった。
『二〇二一年 四月二日』とあった。
今は二〇二二年の十月二十二日で、去年の新聞に当たる。
そして、次に目に入ったのは一面の見出し。天眼を解き、恐る恐る新聞に顔を近づける。
その新聞の一面には、『姫浜での行方不明事件、府警で捜索にあたるも見つからず』とあった。
悪い予感を感じつつも、その新聞を手に取り、その記事の一部を読んだ。
『先月3月2日午後16時ごろ、姫浜町鼠黐にある学生塾に出掛けた春日真守くん(10)、春日花苗ちゃん(8)が帰宅予定の時刻になっても帰って来ないと家族が同日夕方、姫浜署へ届け出た。連日して府警の救助隊やヘリコプターも捜索に当たるが、一ヶ月経っても現在まで見つかっていない。府警は引き続き、朝から捜索を続ける』
「⋯⋯これかな」
行方不明の子供二人、片方の名前が花苗ちゃん。悪い予感は、ほぼ的中していた。
静かに髪をかき上げて、深呼吸をして気持ちを整える。大体察しは付く。子供が見つからない理由も、姫浜に迷った理由も。
つま先で地面を叩き、靴に羽を生やし、浮上する。天眼を全力で発動させて、空からこの森全域を見る。
ここまですれば見つけるのも一瞬だった。そう遠くはない。洞穴になっている所に隠れていた。
「そこだね⋯⋯」
鷹が獲物を獲る時の様にといえば聞こえは悪いが、それ程に、速く、急降下し、森の中へその迷魂の目の前まで一気に着地した。
当然、少年少女たちはそんなアタシを見て跳ねる様に驚いた。
『なっ! お、おまえどうやって、つーか、やっば! はやっ!』
「⋯⋯ごめんね。時間かけるの、ダメだと思ったから、手短にと思って。真守くん、花苗ちゃん。遅くなっちゃったけど、迎えに来たよ」
『え⋯⋯わたしのなまえ⋯⋯』
『なんだおまえ⋯⋯! おれらのこと知ってんのか』
「うん。誰かが新聞を意図的に祠の近くに置いたのかは知らないけど、お陰で詳細はハッキリしたよ」
『ほこら⋯⋯よく、勝手に入って遊んでたところ⋯⋯』
その少年の一言で、あの新しいお供物の意味を理解した。恐らく他の場所にも、なにかしら添えられているのだろう。
「⋯⋯なるほどね⋯⋯細かい事は聞かない。でも、食われるっていうのだけはどうしても分かんないから、それだけ教えてくれる?」
なるべく笑顔で話しかけると、少女がようやく話してくれた。
『えっとね、からだがういてね、まいごになった後ね、キツネのお面をした人たちが、おそってきたの』
「狐の⋯⋯お面⋯⋯?」
『おう、そいつらの一人が、いきなりおれらに噛みつこうとしたから、食われる! と思って、こうして隠れたりしてたんだ』
「う~ん⋯⋯ごめんね、全く心当たりが無いや⋯⋯でも」
ゆっくり近付いて、二人の手に触れた。
まだ少し、二人の表情は固い。
『お姉ちゃん⋯⋯?』
「アタシがキミたちを食われない様にする。そして、もう悲しませない様に、キミたちの背中を押す。⋯⋯良いかな?」
『もう、かくれないですむのか⋯⋯? ほんとに?』
「うん!」
少年は少し照れつつも納得してくれた様だ。
『おむかえ、やっときたね、おにーちゃん!』
少女は少年に微笑むと、そっとアタシに手を合わせてくれた。
「じゃあ、お姉ちゃんが今から送るからね⋯⋯!」
『『うん⋯⋯!』』
少し開けた場所に移動して、嵌めていた指輪を青白く光らせる。青白い光は形になって、アタシの前に集合する。収束し、形を変えて、その光は、列車の形に変化した。
『姉ちゃんすっげえ! これに乗るのか?』
『おねえちゃん、てんさい!』
目を輝かせて、その乗り物に触れる二人。アタシはそこに二人を乗せて、少し離れて準備をした。
「⋯⋯それじゃ、出発するよ!」
指輪を光らせながら、別れゆく二人に手を振った。
後はこれを、起動させるだけだ。
「守人術式、特別式。ハッピーカエルムトレイン、発車ー!」
列車を起動させる。列車に乗った二人は、空へと登っていく。アタシに手を振りながら。
『ありがとうなー! 姉ちゃん! 姉ちゃんは、ちゃんと生きろよー!』
『お姉ちゃん、ありがとう⋯⋯!』
「あはは⋯⋯!」
純粋な心が見せるその笑顔に、思わず私も頬が緩む。
見えなくなるまで、手を振り続けた。
「⋯⋯さて。帰りますか」
これで、少しは救われたら良いと、あの子達の両親へ願う。
空を飛びながら、アタシもいつもの珈琲豆店へと戻る。子供からアタシに伝わった、微かな記憶の一部を感じながら。
結局、狐のお面をした人間には会わなかったが、今はもう大丈夫なはずだ。この辺りにもう迷魂は居ない。ただ、念の為ユー君に一応報告だ。得体が知れなさすぎる。
✳︎
「⋯⋯とまあ、そんな事がありました」
ユー君にさっきの事を報告した。
しかしユー君にも分からない様で、迷魂を食べる存在など何処にも存在しないと言われてしまった。
「サッパリだ。聞いた事がないな」
表情一つ動かさず、ユー君は答えた。
「ユー君でも分かんないか~。じゃあ、今度猫集会でも言ってみてよ、イズンならなんか知ってるかもだし」
「そうだな。検討はしておく」
「ありがとね~。さてと⋯⋯」
存在しない狐、この先出会うかは知らないが、迷魂に迷惑をかけた罪は、その時に晴らさせてもらおう。
そして、魔術を久々に瞬発的に使ったお陰で腹ぺこだ。ピザでも頼んで楽しよう。
「明日も店の前、整えなきゃなー⋯⋯面倒だなー⋯⋯」
✳︎
森の中、空を飛ぶ人間を、狐の面を被る三人の少女は見上げていた。
一人は冷静に。
一人はどこか憎む様に。
そして一人は、涎を垂らして。
いつか来る、その時まで。
手入れするのも億劫になって、なんだかんだ二年も放置してしまっている。
そのおかげで見事に植物がびっしりと下から上まで生い茂り、店名も隠れてしまっている。
そして先日、そんなアタシの店の外観を見兼ねた近所の方からハッキリと注意されてしまった。
⋯⋯確かにここまでくると、珈琲店というより廃墟という言葉が適切だ。
「まあ⋯⋯全部アタシが悪いんだけど⋯⋯」
植物を切る道具、それらを片付ける道具一式を横に、心を無にしながらちまちまと除去していった。
時期的には十月初旬で、まだ暖かさを感じるこの間に済ませようとすぐに行動に移したのだが。
「流石に放置しすぎたな⋯⋯」と憂鬱に沈んだ顔になりながら、ちょきんちょきんと切り続ける。何日も掛かるのはもう覚悟の上、寒くなる前にやっちゃおう。
それから少し作業をしている中で、足音が一人分、アタシの後ろを通り過ぎようとしているのが伝わってきた。
廃墟の手入れではありませんよ、お店ですよという思いでちょきんちょきんしていると、後ろで鳴っていた足音がアタシの後ろで止まった。
気になって振り向くとすぐに目があった為、認識する前に素早く挨拶を交わした。
「「あ、どうも」」
その女の子はアタシに気付いた様な顔をして立っていて、アタシもその女の子に気付くや否や小夏ちゃんの顔がすぐに浮かんだ。確かこの子は、小夏ちゃんの友達の一人の⋯⋯。
「ああ、紬ちゃんじゃん! 沙莉ちゃんの件以来だよね?」
「あ、はい。その節は、お世話になりました。偶然通りかかった所に彼方さんがいらしたので、その感謝を兼ねてご挨拶をと⋯⋯」
「あー⋯⋯なるほど。なるほどなるほど!」顔に手を当てて紬ちゃんに歩み寄った。
「え、な、何でしょうか⋯⋯?」
動揺する紬ちゃんの手を取って鋏を渡し、期待の眼差しを向けて思いを口にした。
「じゃあこれ、手伝って! お願い!」
「ええ⋯⋯?」
紬ちゃんは心良く了解してくれた。お陰で短い時間でなんとか店名の周辺は整えられた。
『Ogham』 それがアタシの店名。
祈ると言う意味合いで付けた名前だ。
手伝ってくれたお礼に、紬ちゃんに珈琲を淹れてあげる事にした。中へ入り二階へ上がるとテーブル席があり、そこで珈琲を飲むことが出来る。早速お気に入りの珈琲を淹れて、紬ちゃんに差し出した。アタシも隣に座り休憩を取る事にした。定休日なので来客は無い。
「いや~本当にありがとね~、めちゃくちゃ助かっちゃったよ~!」
「ああ、いえ⋯⋯お役に立てたなら、良かったです」
紬ちゃんは明るく返事を返してくれた。
それにアタシも心が救われる。
「紬ちゃんは今日何か予定で?」
「はい。勉学の為に書店へ⋯⋯姫浜には書店が少ないので、隣町まで行かないといけないんです」
「ふぅん、そうなんだ。アタシ勉強なんてサボって、猫巫女活動ばっかりだったかなあ⋯⋯」
学生時代の頃をふと思い出す。中学までは真面目な生徒だったが、高校からは不真面目になりだして殆ど勉強なんてしなかった。大学には入れたが、途中で猫巫女活動を始めたんだったな。
「学校のお昼休みに、小夏から沢山聞いてます。四年も続けてるなんて凄いです」
「坂多ではアタシの所が一番多いからね~。それだけ時間がかかるんだよ、それに店との二足の草鞋だしね」
「なるほど⋯⋯。小夏に聞いたまんまです。本当に尊敬されてるんですね⋯⋯」
アタシを見つめる目の色が変わっている気がする。何故だろう、この感じは。
不思議がっていると窓からユー君が帰ってきた。
「あ、ただいまユー君。どうだった?」
「⋯⋯まず、その女性は?」
紬ちゃんを鋭い目で舐めるように見ている。ユー君にしては珍しい反応だ。
「紬ちゃん? ⋯⋯何かあるの?」
アタシがそう言うとユー君が紬ちゃんに接近し、匂いを嗅ぎ始めた。
「⋯⋯おい。お前」
「な、なんですか⋯⋯」
声色を暗くして、威圧的な雰囲気を纏わせながら紬ちゃんを警戒して言い放った。
「お前、迷魂を抱えているな」
「え⋯⋯」
それを聞いた瞬間、身を引いて咄嗟に指輪を嵌めて構える。赤迷魂の場合人的被害が及んでくる為、早急に解決しなければならない。
しかし紬ちゃんは申し訳無さそうな顔で、大振りに手を左右に振って否定した。
「あ、ああ⋯⋯ごめんなさい。この子は、そうなんですけど、ちょっと違くて⋯⋯」
ユー君が間を置かず否定で覆う。
「違わない、迷魂は迷魂だ。それが赤いのであれば、早急に対処しなければならん」
「聞いてください、本当に違うんです! 私たち、共存していて⋯⋯!」
「共存⋯⋯? ちょっと、ユー君。話だけでも聞かない? ⋯⋯紬ちゃん、それ、小夏ちゃんは知ってるの?」
「はい、小夏が、この子の存在を今は許してくれている状態なので⋯⋯説明させていただいても良いですか」
「⋯⋯良いよ、ユー君も落ち着いて」
「⋯⋯はあ、アイツの知り合いか⋯⋯紛らわしい奴め⋯⋯」
身体を大きくさせているユー君を宥めながら、紬ちゃんの話を聞くことにした。暫くしてユー君も呆れたのかその場で話半分に毛繕いをし始めた。
迷魂を見逃すというのも、迷魂と共存する人間も、イズンから聞く限り前例は無い。しかしアタシの後輩の決断だからこそ、聞かない訳には行かない。驚きながらも、紬ちゃんの話を真剣に聞き入れた。
「メンヘラ花子さんねえ~⋯⋯」
「はい⋯⋯今は、小夏との契約のせいで表には出れないんですけど⋯⋯。」
「それはどうして⋯⋯?」
「あ、えっと、それは⋯⋯色々」
そこでどうして動揺しているんだろう。
「本当に色々あるので、それは後でお話しします⋯⋯まあ、そんな訳なので、今は花子を見逃してあげてください。悪い事はしないので」
「前例が無い事だけど、猫巫女である小夏ちゃんが許してるんだし、良いんじゃないかな。ね、ユー君?」
アタシたちから遠ざかって、興味の無さそうな顔をして休んでいるユー君に問いかける。
「ん、ああ。良いんじゃないか」
アタシも頭の後ろで手を組んで、気楽に答える。
「ま、いざとなったら何とかしちゃうからさ。小夏ちゃんが」
「すみません、お騒がせしてしまって⋯⋯」
「良いの良いの。多様性って事でね。じゃ、そろそろお開きにしよっか。ごめんね、時間頂いちゃった」
席を立ち、背伸びをする。
「此方こそすみません」
花子さんの件から困り顔のままの紬ちゃんも立ち上がって、アタシにお辞儀をした。
「彼方、私たちもまだ用事はある」
「ん? ⋯⋯ああ、報告?」
もう送ろうかという時に、ユー君が再度アタシに近付きながら話し始めた。
「そうだ。ここから遠い所で、迷魂を見つけて帰ってきていたのだ」
「これから猫巫女、ですか」と、紬ちゃんが聞いてきた。
「まあね。あ、そうだ、小夏ちゃんにこれ、渡してよ」
そう言ってアタシはレンズの無い所謂伊達眼鏡を紬ちゃんに渡した。
「これは?」と首を傾げる紬ちゃん。
「これは綾乃ちゃん用の猫巫女アイテム。そう言って綾乃ちゃんに渡してあげたら伝わると思うから、お願いね」
「分かりました。じゃあ、一足先に失礼します。珈琲、美味しかったです。ありがとうございました」
「うん。ありがとね、特に植物!」
紬ちゃんは丁寧にお辞儀をした後、店を後にした。
「じゃあ、アタシたちも行きますか。ユー君、留守番お願いね」
部屋の隅に配置している棚を空け、用意していた専用の靴を取り出し、それに履き替えた。
そこからそのまま窓へ移り、外へ思い切り飛び出した。
飛び出したアタシの身体を支える様にしてその靴から魔力の羽を左右から生やし、自転車を漕ぐ要領で羽をはためかせ、空を駆けて目的地まで向かった。
✳︎
迷魂の反応がある場所まで向かい、天眼で空から見渡すと、そこは人里離れた森の中。
道は無いが、廃墟になった建物だけが見える。
迷魂の反応は恐らく廃墟から。ゆっくり降りて着地し、靴から生えた魔力の羽を畳む。風で木々が揺れ、耳障りの良い音が鳴っている。そんな中を一人、ぽつぽつと歩みを進めていると、廃墟の中からゆらりと二つ、青い迷魂が揺らめいているのが発見出来た。
その廃墟の形は空からは緑に覆われていて分からなかったが、目の前まで来てようやく木造の建物だと分かる。入り口の扉はすぐそばの地面に倒れており、完全に錆び切っている。倒れた扉を踏み越えて中へと入るが、その中までびっしりと緑で覆われていた。手前の草を掻き分けて歩き続けていると迷魂が先にアタシの存在に気付いたが、逃げる気配は無い。なら後はこのまま迎えて、空に還してやるだけだ。
そう思い指輪を嵌めて、迷魂に語りかける。声に魔力を乗せて、言葉を伝わる様にする。
「お二人さん、こんなとこで何してんの。早く帰ろっ?」
そんなアタシの言葉に驚いたのか、二つの迷魂はゆらっと揺らめいて、一つ距離を置かれた。
天眼に魔力リソースを割く。
天眼を使用時、夜空が瞳を覆い、その真ん中に星の模様が浮かぶが、その模様こそが芒星であり、この天眼における重要な基盤の役割を果たしている。
この芒星の上からルーン文字を刻むことで、天眼の性能に個性を付けられる。しかしそれが全員の猫巫女に可能かと言われるとそうではない。
綾乃ちゃんが良い例だ。彼女は天眼を自分なりに扱える段階に持っていく為に、ラオシャ君から本来貰う天眼の魔力の半分以上を受け取らずに本人に返し、残った少ない分で上手く工夫している。
適性はあっても、最初から基礎を満足に扱う事の出来る猫巫女はあまりいないだよう。
最初から上手く出来る猫巫女がいても、魔力という未知の力に身体が耐えられず、持続が続かずにバテてしまう。
才能があろうとなかろうと、努力と成長を積み重ねなければ迷魂に弄ばれて、最悪の場合憑依されることもあり得る。
そうなれば禊猫守から直々にお祓いがあるらしいが、その辺はイズンに聞いても話してはくれなかった。
早速天眼を工夫して、ある程度生前の姿を見える様にすると、その二つは少年と少女の魂だった。久々に生きている人間を見た、という様な顔をするのは、迷魂になってしまった人達特有の反応だろう。ゆっくりとしゃがみ、目線を子供に合わせて、明るく声をかけた。
「アタシは、梵彼方。大丈夫、何もしないから、元いた場所に戻ろうよ」
すぐに右の少年の迷魂が怒ったような表情で言い返してきた。
『だ、だまされないぞ、またオレたちを食べようとするに決まってる⋯⋯!』
「食べるって⋯⋯? どういう事?」
予想外の言葉で返された。首を傾げて口に出した疑問に、少年はすぐに返事を被せた。
『すっとぼけてもムダだ! どうせこの前きた奴らのなかまだろう! オレたちをつかまえる気なんだ⋯⋯!』
少年は怒りに身を任せてアタシに言葉をぶつけてきた。隣の少女もアタシを怖がった表情をしながら、少年の後ろに隠れている。
何故そんな事になってしまっているのだろう、それに食べるとはどういう事だ⋯⋯?
「ゴメン、本当に仲間とかじゃないの。アタシはアタシで、キミ達を迎えに来ただけで──」
『ぜったいしんじてやるもんか! いくぞ、かなえ』
アタシに聞く耳を持ってくれず、少年と共に廃墟から離れて行ってしまった。かなえと呼ばれた少女もすぐに少年の背中を追って向こうへ行ってしまった。
「どういう事⋯⋯この辺で何かあったのかな⋯⋯」
立ち上がり、考えながら建物の中を出る。
⋯⋯食われるという言葉は、あの強張った表情からしても本当の事だろう。そして生前の記憶を話してもいない。
少年はハッキリと「この前きた奴ら」と言っていた。
「全然分かんないけど⋯⋯」
全部本当だった場合「この前きた奴ら」は、少年少女の迷魂を視認した上で食べようとした、という事になるが⋯⋯。
無論そんな猫巫女も居ないし、流石にケットシーでもそんな事はしない。
⋯⋯。
「考えてても仕方ないかな~。取り敢えず、二人を探さないと⋯⋯」
道の無い森の中、アタシは天眼の目で探し始める。少年少女を追って。
✳︎
途中で少年少女の反応を拾ってかなり深い所まで走って来たが、問題は無い。いざとなれば飛んで帰れる。
走って来た先には何やら祠の様な物があり、最近お供えをされた形跡もある。
そして周囲を見渡すと道が微かに存在し、民家も遠くない位置にあったのを確認出来た。
ただ、少年少女の迷魂は居なかった。
もう一度天眼で確認しようとすると、足音が変化したことに気付いた。慌てて目線を下げると、足元には新聞が捨てられていた。
新聞の日付が目に入る。天眼じゃなければ見えていなかった。
『二〇二一年 四月二日』とあった。
今は二〇二二年の十月二十二日で、去年の新聞に当たる。
そして、次に目に入ったのは一面の見出し。天眼を解き、恐る恐る新聞に顔を近づける。
その新聞の一面には、『姫浜での行方不明事件、府警で捜索にあたるも見つからず』とあった。
悪い予感を感じつつも、その新聞を手に取り、その記事の一部を読んだ。
『先月3月2日午後16時ごろ、姫浜町鼠黐にある学生塾に出掛けた春日真守くん(10)、春日花苗ちゃん(8)が帰宅予定の時刻になっても帰って来ないと家族が同日夕方、姫浜署へ届け出た。連日して府警の救助隊やヘリコプターも捜索に当たるが、一ヶ月経っても現在まで見つかっていない。府警は引き続き、朝から捜索を続ける』
「⋯⋯これかな」
行方不明の子供二人、片方の名前が花苗ちゃん。悪い予感は、ほぼ的中していた。
静かに髪をかき上げて、深呼吸をして気持ちを整える。大体察しは付く。子供が見つからない理由も、姫浜に迷った理由も。
つま先で地面を叩き、靴に羽を生やし、浮上する。天眼を全力で発動させて、空からこの森全域を見る。
ここまですれば見つけるのも一瞬だった。そう遠くはない。洞穴になっている所に隠れていた。
「そこだね⋯⋯」
鷹が獲物を獲る時の様にといえば聞こえは悪いが、それ程に、速く、急降下し、森の中へその迷魂の目の前まで一気に着地した。
当然、少年少女たちはそんなアタシを見て跳ねる様に驚いた。
『なっ! お、おまえどうやって、つーか、やっば! はやっ!』
「⋯⋯ごめんね。時間かけるの、ダメだと思ったから、手短にと思って。真守くん、花苗ちゃん。遅くなっちゃったけど、迎えに来たよ」
『え⋯⋯わたしのなまえ⋯⋯』
『なんだおまえ⋯⋯! おれらのこと知ってんのか』
「うん。誰かが新聞を意図的に祠の近くに置いたのかは知らないけど、お陰で詳細はハッキリしたよ」
『ほこら⋯⋯よく、勝手に入って遊んでたところ⋯⋯』
その少年の一言で、あの新しいお供物の意味を理解した。恐らく他の場所にも、なにかしら添えられているのだろう。
「⋯⋯なるほどね⋯⋯細かい事は聞かない。でも、食われるっていうのだけはどうしても分かんないから、それだけ教えてくれる?」
なるべく笑顔で話しかけると、少女がようやく話してくれた。
『えっとね、からだがういてね、まいごになった後ね、キツネのお面をした人たちが、おそってきたの』
「狐の⋯⋯お面⋯⋯?」
『おう、そいつらの一人が、いきなりおれらに噛みつこうとしたから、食われる! と思って、こうして隠れたりしてたんだ』
「う~ん⋯⋯ごめんね、全く心当たりが無いや⋯⋯でも」
ゆっくり近付いて、二人の手に触れた。
まだ少し、二人の表情は固い。
『お姉ちゃん⋯⋯?』
「アタシがキミたちを食われない様にする。そして、もう悲しませない様に、キミたちの背中を押す。⋯⋯良いかな?」
『もう、かくれないですむのか⋯⋯? ほんとに?』
「うん!」
少年は少し照れつつも納得してくれた様だ。
『おむかえ、やっときたね、おにーちゃん!』
少女は少年に微笑むと、そっとアタシに手を合わせてくれた。
「じゃあ、お姉ちゃんが今から送るからね⋯⋯!」
『『うん⋯⋯!』』
少し開けた場所に移動して、嵌めていた指輪を青白く光らせる。青白い光は形になって、アタシの前に集合する。収束し、形を変えて、その光は、列車の形に変化した。
『姉ちゃんすっげえ! これに乗るのか?』
『おねえちゃん、てんさい!』
目を輝かせて、その乗り物に触れる二人。アタシはそこに二人を乗せて、少し離れて準備をした。
「⋯⋯それじゃ、出発するよ!」
指輪を光らせながら、別れゆく二人に手を振った。
後はこれを、起動させるだけだ。
「守人術式、特別式。ハッピーカエルムトレイン、発車ー!」
列車を起動させる。列車に乗った二人は、空へと登っていく。アタシに手を振りながら。
『ありがとうなー! 姉ちゃん! 姉ちゃんは、ちゃんと生きろよー!』
『お姉ちゃん、ありがとう⋯⋯!』
「あはは⋯⋯!」
純粋な心が見せるその笑顔に、思わず私も頬が緩む。
見えなくなるまで、手を振り続けた。
「⋯⋯さて。帰りますか」
これで、少しは救われたら良いと、あの子達の両親へ願う。
空を飛びながら、アタシもいつもの珈琲豆店へと戻る。子供からアタシに伝わった、微かな記憶の一部を感じながら。
結局、狐のお面をした人間には会わなかったが、今はもう大丈夫なはずだ。この辺りにもう迷魂は居ない。ただ、念の為ユー君に一応報告だ。得体が知れなさすぎる。
✳︎
「⋯⋯とまあ、そんな事がありました」
ユー君にさっきの事を報告した。
しかしユー君にも分からない様で、迷魂を食べる存在など何処にも存在しないと言われてしまった。
「サッパリだ。聞いた事がないな」
表情一つ動かさず、ユー君は答えた。
「ユー君でも分かんないか~。じゃあ、今度猫集会でも言ってみてよ、イズンならなんか知ってるかもだし」
「そうだな。検討はしておく」
「ありがとね~。さてと⋯⋯」
存在しない狐、この先出会うかは知らないが、迷魂に迷惑をかけた罪は、その時に晴らさせてもらおう。
そして、魔術を久々に瞬発的に使ったお陰で腹ぺこだ。ピザでも頼んで楽しよう。
「明日も店の前、整えなきゃなー⋯⋯面倒だなー⋯⋯」
✳︎
森の中、空を飛ぶ人間を、狐の面を被る三人の少女は見上げていた。
一人は冷静に。
一人はどこか憎む様に。
そして一人は、涎を垂らして。
いつか来る、その時まで。
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