猫巫女こなつちゃんR

衣江犬羽

文字の大きさ
17 / 27
外伝 梵彼方の章 FM

断片二 キミに鰹節

しおりを挟む
 都心部、ケットシーの集う猫カフェの地下。

 姫浜で詩音を送った日から数日経った頃、禊猫守の中でも情報分野に長けた人がいるとイズンに聞いたアタシは、イズンの力を借りて都心部まで転移させてもらっていた。
 禊猫守であるなら詩音の事も、狐の仮面の人物の事も知っているはずだと信じて、迷いなく地下を進み続けた。
 沢山の扉に囲まれた長い廊下に硬い足音を響かせながら、奥の扉まで進む。猫カフェの地下にしては異様過ぎる空間を抜けると、そこには深い闇の奥で光る何台かのモニターが見えた。そしてそのモニターの前には一人、恐らく白衣を着た小さな女の子の姿が、モニターからの少しの光に照らされて浮かんでいた。
 姿形はハッキリとは分からないが、女の子の手に握られているカップの珈琲の匂いだけが分かる。
 女の子は熱い珈琲を一口啜って側のテーブルに置くと、こちらを見ることもせずに口を開き始めた。

「梵彼方、齢二十三。猫巫女歴は四年、大学生の頃にケットシーのユーと契約。最初こそ浅い実力だったが、当人の努力により才能を開花。そこからは目覚ましい活躍を見せ、今現在は猫巫女の後輩、西野小夏を見守りながら、数多くの迷魂を沈め続けている⋯⋯と、猫集会から集めた情報を少しまとめたものだ。どうだ、合っているかな」
 淡々と説明をした女の子。その声色からあまり感情を表に出すような子ではないように思えた。
 少し不気味さを感じながらアタシはそれに返事を返してみる。
「一言一句、間違ってないよ」
 女の子は「ふむ」と考えるように一息つくと、また少し考え始める間を作り、もう一度口を開いた。
「⋯⋯もう君に興味は無くなった。さあ、ボクに会いに来た件について聞こう」
 女の子の冷酷そうな声色に怪訝な態度が顔に出てしまいそうになるのを我慢しながら、アタシは本題に入った。
「⋯⋯香山詩音の死と狐の仮面について、幾つか聞きたい事があって来たんだ、禊猫守」
 アタシの言葉の後に女の子はまた一つ息を吐くと、少し面倒そうにしながら返事を返してきた。
「そんな事か。⋯⋯ああ、あるだけ教えておいてやる。しかしボクもまだ確固たる証拠などは掴めていないし、今持っている情報も正確かは測りかねるがね」
「それでも構わない。禊猫守だけにこの件は任せられないもんでね」
 アタシの決意を口にしても、女の子は声色を変える事無く即答した。
「一理ある。なにかと猫の組織は秘匿する傾向にあるからな。故に情報は共有しておく必要があるだろう⋯⋯ほら、これを受け取りたまえ」
 そう言いながら女の子は、アタシに向けて何かを投げつけてきた。胸に当たった反動で落ちそうになる軽い何かを焦って掴み、物の正体を確認しようとしたが⋯⋯。
「電気、つけてもらって良いかな⋯⋯?」
 モニター光のみで照らされている空間をようやく指摘出来た。
「おっとすまない」の小声と共に女の子はテーブルに手を伸ばし、部屋の明かりをつけてくれた。

 カチカチと鳴る蛍光灯に光が灯され、その部屋の姿をようやく露わにした。
 至る箇所に張り巡らされたコードまみれの床から生える、本の山、本の山、本の山、時々エナジードリンクの塊を挟んで本の山が、この部屋を覆い尽くしていた。
 自分の店に侵食している植物を放置し続けているアタシも、思わず顔を歪ませて汚いものを見る目に変わってしまう程だ。という事は今あの女の子が珈琲を飲んでいる事自体珍しいのだろうか⋯⋯。
 そして部屋の汚さばかりに目がいって暫く女の子の姿まで気が向かなかった。

 顔立ちや体格から見て歳は中学生くらいだろうか⋯⋯小夏ちゃんよりも若々しくて華奢な身体。肩につくかどうかの長さの、インナーカラーの赤が強く主張しているアウターが黒の髪。身長も予測している年代の中でも低く、言葉の冷淡さを裏付けるようなつり目でアタシを分析するかのようにジッと見つめている。しかし疲れているのか目に隈が残っているのが見て取れる。
 そしてなにより着目すべきは頭の上の猫耳だろう。しかしこの女の子は人間だと聞いていたのでこれは神衣による物だろう。でも神衣を発動しているのなら羽織もセットで羽織られているはず⋯⋯と、思わずマジマジと観察をしてしまっていた所に女の子はアタシの思考を読んでいるような発言を挟んできた。
「何故耳は生えているのに羽織が存在しないのかという顔だな」
「ま、まあ⋯⋯」
「疑問に思うのも仕方ないな、しかしこれは正真正銘神衣の影響による猫耳である。ボクはイズンのようなヒューマンフォルムのケットシーではなく人間だからね」
「羽織だけ無いなんて、そんなの見たことも聞いたこともない⋯⋯猫集会にはよく参加するけど、貴方みたいな神衣が使える人は聞いたことがないな⋯⋯」
「ボクに関しての情報は、禊猫守の中じゃ特に秘密だからね。仕方のないことさ~」
 と腕を組み、得意げな表情を浮かべながらフフンと不敵に鼻を鳴らす女の子。底知れない雰囲気に少しの恐怖感が芽生え、アタシの身体が強張ってしまっている。
 なんなんだ、この子の威圧感というか──
「⋯⋯いやいや、ボクの事よりも、その手にあるカードを見てほしいんだけどね」
「あっ」
 そうだった。アタシがずっと握っていたコレが、恐らく今日求めていた物。渡してくれた存在が異質過ぎてすっかり忘れてた。
「これは⋯⋯」
 確かに、受け取った時にも感じたが、間違いなくカード。しかし裏表見ても、絵柄も何も描かれていない、ただの真っ白な四角いカードだ。
「カード自体には何も書かれていないウイルドのカードだが、これをかざす事でカードに秘められた情報が展開される仕組みだ」
 トランプよりも小さい形なのに、そんな面白そうなギミックが中に詰まっているのか、ふぅん。少し閃いた事があるので、女の子に聞いてみる事にした。
「ねえ、この技パクっていいかな?」
「⋯⋯ああ、構わないぞ、出来るのならな」
「ありがとう。じゃあ早速⋯⋯」
 いつ使うかはさておき、とりあえずこのカードの中を閲覧してみよう。そう思ってカードをかざそうとしたのだが、これもまた女の子に言葉を挟まれて遮られた。
「待て。それを見るのはどうやら帰ってからにした方が良さそうだな」
「⋯⋯どういう事?」
「これを見ろ」
 そう言いながら、女の子はモニターをアタシに見えるように動かした。素直にモニターに映る物を見てみると、そこには学校の屋上らしき映像が映し出されていた。
「これは?」
「これはボクの天眼から映し出されたリアルタイムの映像だ。場所は姫浜の学校の屋上。お前がここに来る少し前に、憑依型の迷魂の確認が取れていてな、それもあってチェックしていたのだが、共鳴により生徒の一人が憑依されてしまったようだな」
 天眼からリアルタイムでってどんな事をしたらそんな事が可能になるんだって、え? 姫浜って言った? しかも学校⋯⋯。
「憑依された生徒の名前は分かる?」
「香山沙莉という生徒だそうだ」
 その名前を聞いた瞬間、一気に背中から悪寒が流れた。こんな所に長居してる場合じゃない、小夏ちゃんでもまだ神衣は早い、自分が行かなくては。
「⋯⋯! アタシ、今からそこに向かう事にする。取り敢えずカードの件はまた後で!え、え~っと⋯⋯」
「⋯⋯久木野姫李くぎのきりだ」
 女の子の名前を聞いたのを最後に所構わず、アタシは勢いよく部屋を抜け出した。すぐにイズンに報告して戻らなければ。
「全く騒々しい。さあ、ボクはこの邪魔なアイドルCDでも片付けるかな⋯⋯」

     ✳︎

 心配よりも安心が勝つ事は珍しく、今回に限ってはまさにその状況だった。

 イズンを拉致するかの如く掴み掛かって、急いで姫浜に戻すようお願いしたアタシだったが、この時までは酷く焦った顔になっていたと思う。
 安堵した表情に変わったのは、屋上で神衣を発動しようとしている小夏ちゃんとベルカナを確認出来てからだ。なりふり構わず空を駆けて向かっていたアタシはフェンスに着地した後、時間稼ぎとして加勢したけど、そんな必要は振り返ってみると無かったように思う。憑依により変化した沙莉ちゃんを吹っ飛ばして拘束したくらいで、後の事は全部神衣を成功させた小夏ちゃんが解決してくれた。

 この事が心から嬉しくなって先輩面が加速したけど、この夜に開かれた猫集会の会議録に、小夏ちゃんを禊猫守に昇格させるというのを見て、ちょっと不安になったっけ。
 
 沙莉ちゃんの件以降の小夏ちゃんの働きは全て、猫集会やイズンの話を通じて把握していた。
 同時にアタシはというと、以前姫李ちゃんが貰ったカードの中の情報を閲覧しては考える日々を過ごしている。

 カードが展開する情報は期待通り、詩音が亡くなる数日前からの様子が書かれたデータと、恐らく姫李ちゃんが独自でまとめ上げた、狐の仮面についてのデータ資料。
 詩音に関しては目立った動きも無く、禊猫守として毎日都心部のどこかへ派遣されては迷魂を浄化したという内容や、禊猫守同士で顔を合わせて信仰を深める、と言うようなところまで記載されていた。

 問題は狐の仮面の方。

『詩音以外の何人かの禊猫守には黙って天眼を使い数日間監視させてもらったが、これに関しても殆ど無駄足となった。が、禊猫守の六、愛葉桃の監視中おかしなブレを発見した為、その場面を切り取って写真に現像してみたのだが、これによってようやく姿を捉える事に成功した。気になって他の禊猫守の周辺も探してみると、同じようなブレを見つけたので、このデータ資料にその時の写真を添付しておく』

 添付されていたのは、四枚のデータ写真。アタシはその写真を見てからというもの、未だ不安が途絶えていない。
 写真には、禊猫守の背後や物陰に隠れて監視するように、白いローブ姿と狐の仮面の姿が薄らと確認出来る。
 そして白いローブと狐の仮面は、迷魂となって現れた詩音の残した言葉と完全に一致する。

 そして何より、三枚目の写真。
『四枚の写真から分かる事があるとするなら、狐の仮面の人物は複数人である可能性、また恐らくは普段から我々を観察している点も挙げられる。目的は依然として不明のままだが、詩音を殺したのは間違いなく、三枚目の人物で間違いないだろう』

 この資料によると、詩音の死因は斬殺だった。しかしナイフのような短い刃物で刺されたような小さな傷ではなく、背後から突き刺された後に、大きく背中を引き裂くように、一本の大きな線が刻まれて確実に殺されていたらしい。
 そして不思議な事に、まず詩音の死体は現地に近い猫巫女が発見され、警察等で処理される前に禊猫守が調査に入ったのだが、その時には既に死体はどこかへ消えていて、詩音が死んだという事実もごく一部の猫巫女と、禊猫守だけの物となってしまったという。詩音の親族にも今現在訃報の一つも届いていない。
 
『三枚目の仮面の人物だけ腰に掛けている物が微かに見えるが、これが刀の柄の部分である可能性が非常に高い。刀であれば、詩音の背中のように大きく傷をつける事が可能なはずだ。そして、この刀らしき物の長さを予測し、狐の仮面の身長や体格を割り出してみた結果女性である事も分かってきた。今後もデータとして記述を残していくつもりなので、"きつね"という総称をコイツらに付けておく。今後も動きがあれば迅速にデータに残すのがボクの使命だろう』

 狐の仔、コイツらがアタシ達を狙うなら、敵として今後は警戒しておく必要があるだろう。
 どれだけの時間を使っても、アタシは詩音を殺した狐の仔の正体を突き止めてみせる。
 だからまずは──
 
 階段の上がる音に、アタシは期待を寄せて振り返る。
「来たね」
「ど、どうも⋯⋯」

「覚悟、出来たんだね」

「は、はい⋯⋯よろしくお願いします」

「じゃあまずは⋯⋯猫巫女の適正から測ろうか、沙莉ちゃん」

 この日からアタシの目的は、次の段階へと上がる。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

処理中です...