【完結】追放された嫌われ魔法使いは、拾った毛玉を盲愛する

飛鳥えん

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魔法使いの調薬【1】

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ユシウスの日課は、まず朝起きて井戸から水をくみ上げ水瓶に移すことから始まる。
ついでに冷水で顔を洗って、簡単に家の中を掃除し、食材を取ってきて朝食の支度にとりかかる。
朝食は軽めが良いというレネに合わせて、さっぱりとしたスープやパン、卵やチーズを用意する。
レネは同じメニューにも文句をつけないので朝の支度はとても楽だ。
むしろレネを毎朝起こす方が大変だった。放っておくと昼過ぎまで起きてこないのだ。
一度目は無理に起こすのは失礼だと思い待っていたら、昼過ぎにようやく起き出し、お茶を一杯飲んで書斎に篭り、なにやら薬草を調合したり本を読んだり、かと思えば森に入って何時間も戻らなかったりー。
結局その日の食事は夕食のみ。それだってユシウスが食べてくださいと煩く言ってようやく食卓に着くという有様だ。
(食材がカビるわけだ。なんてもったいない。もしかして何日も食べない日があるんじゃないか)
いくら魔法使いとはいえ、生身の人間なのだ。せっかく畑と綺麗な水と調理場があるのだから、まともなものを食べてほしい。
(レネ様にきちんと食べていただこう)
数日間奮闘した後、ユシウスは何気なく言った。
「レネ様がきちんと食事してくれないなら、僕も食べないことにします」
何の効果も期待していなかったのに、何が琴線に触れたのか、この日からレネは時間通り食卓に付いて料理を食べるようになった。そうなると腕によりをかけたくなるのが獣の性だ。
朝狩りに出て、収穫があればそれを使って夕食は肉料理を拵える。料理の本をレネに読んでもらいながら、燻製の方法を覚えたりもした。冬になったら、動物が冬眠に入ってもレネには美味い肉を食べてもらいたい。
大物を狩って、寒くないよう毛皮の毛布も作ってやりたいけど、今のユシウスにはまだそこまでの力がないのが残念だ。

もっと色々出来るようになったら、クルミを入れたパンを練ってみたり、魚料理も覚えたい。出汁の取り方を覚えたから、レネの好きなスープをもっと美味しく作れるはずだ。レネがユシウスの作る料理に一言二言、感想を言ってくれるのが嬉しくて堪らない。もっと美味い物を作って、食べてさせてやりたい。

午後は一階の書斎で、レネに読み書きと算術を習った。レネは読み書きのために子供向けの童話を買ってきてくれた。ユシウスが四苦八苦しながら羽ペンで一語一句文字を書き写すのに、根気よく付き合ってくれる。

それも終わると、レネはユシウスに「夕食まで好きに過ごしなさい」と言った。これが一番困った。奴隷小屋にいた時は、好きに過ごす時間なんてなかった。いざ好きにせよと言われても、何をしたらいいか分からない。
レネはユシウスの困惑に気付いて、少し考えてから言った。
「何でも良いのですよ。昼寝でも散歩でも絵を描くでも。あなたが、あなたの決めた時間の中に身を置くということを知らないといけません。あなたの時間の主はあなたなのです。分かりますか?」
ユシウスは何とか理解しようとしたが、レネの言葉は難解で、到底凡人には計り知れない気がした。
「レネ様のように賢くなくて、すみません」
「……あなたは謝りすぎです。自衛のためにそうしているのかもしれませんが、度を超すとそれはそれで敵を作りますよ。まあいい。では、わたくしの仕事を手伝いますか?」
これには大賛成だった。
「はい!レネ様のお仕事って」
「薬草を調合して薬を作ります。死ぬほど不味い味の」
なぜわざわざ言い添えたのだろう。もしかして初日に作ってくれた料理……あれをレネ本人も不味いと思い気にしていたのだろうか。
その理由が分かったのは、それから一月後のことだった。

レネの薬草畑に植えてあるのは、ユシウスもよく知るハーブのほか、一見するとただの雑草に見えるようなものまで様々だった。
「これとこれは合わせると反作用で効果を消してしまいます。こっちは根の部分は胃腸の薬ですが、花は全身にしびれが回る毒ですから注意して取り扱うこと。それは……ただの雑草なので抜いておいて。これが神経痛をやわらげる、それからこれは妊婦には飲ませてはいけない」
レネの説明を必死に覚える。一つ一つ示しながら教えてくれるが、どれも同じ草に見えてしまう。
「一度に覚えようとせず、分からなければわたくしに聞きなさい。よく分からないまま有耶無耶に扱うのが最もいけない」
レネの口調は厳しかったので、ユシウスは神妙に頷いた。
「今日使う分だけ取って、乾燥させます。すり鉢で粉末にして、魔鉱石を使って他の生薬と合わせる。これは後で見せた方が早いですね」
「お薬を作って、どこかへ売るのですか」
「……森の外から、噂を聞きつけて薬を買い求める人間に売るのです。わたくしの作る薬は、王都の魔法使いよりもよく効いて、しかも副作用がありませんからね」
「レネ様より凄い魔法使いなんているわけないですもんね」
「なぜそう思うんです」
ユシウスは薬草を手で触りながら首を傾げた。
「だってレネ様は今まで見た誰より綺麗だし、お声がまるで楽器の音色みたいだし、お髪が美しいし、ええとあと……あ、お金をたくさん持っていらっしゃるから」
「……あなたの知見は浅くて実に下らない。わたくしは確かに国一番の魔法使いですが、外見なんて結局はどうとでも取り繕えるものです。そんなものに惹かれるあなたは、もしわたくしがふた目と見れない程醜く、しゃがれ声だったらどうするのです」
ユシウスは皮肉を含んだ声音に吃驚してレネを見上げた。その顔は森の奥に向けられていた。こずえが揺れる森は昏く、一歩でも中に入れば暗闇に飲まれていきそうだった。この庭はこんなにも明るく日差しが降り注いでいるのに、すぐそこには淀んだ暗闇と沼地の気配がある。
「そうしたら……みんながレネ様を嫌いになったら、僕だけがレネ様を独り占めできるのにって、思います」
レネは虚を突かれた様に沈黙していたが、突然はははっ、と笑い出した。
傍にいたユシウスの身体が思わず跳ねたくらいだった。レネがこんな風に大口を開けて笑うのを初めて見た。
「レ、レネ様」
「はは、ああ、おかしい。あなたはきっと、年頃になったら大層……いえ、なんでもありません」
機嫌が良さそうだったのに、何だかまたいつもの気分の急降下が起きたらしい。レネの機嫌は天気よりも読みにくい。
その日から、薬草畑の世話と種類を覚えることも、ユシウスの日課に加わった。特徴を覚えられるよう、絵を描いたらいいと言われてスケッチブックも渡された。いつのまにか洋服や靴も、古着だが綺麗なものをレネが外出から持ち帰ってくる。あっという間に、何も持っていなかったユシウスの周りには彼だけの物が増えていった。

午後の勉強が終わると、ユシウスは一人で森に入った。
レネの言う「ユシウスの時間」とやらを探すためだ。スケッチブックと植物学の挿絵がたくさん載った本を選んで持ってきている。それを革の斜め掛け鞄に入れて、時々キノコやベリーを見つけては、いそいそと一緒に仕舞っていく。
全部、貯蔵室に入れておいてレネとユシウスのごはんになるのだ。
図鑑と見比べて毒キノコでないことを念入りに確認しながら、見つけたキイチゴを一粒口に入れた。時季外れのせいか酸っぱい。これをレネにあげるのは止そう。

沼地の森には昔追放された魔女がひっそりと住んでいた。レネの家は、その魔女がかつて暮らしていたものを改築したそうだ。
その魔女はどうしたのか。もう死んでしまったのか、それとも別の場所に移り住んだのか。

(昨日の朝仕掛けた罠を見に行かなくちゃ。かかってるといいな。素手だと一度に多く狩れないから効率が悪いし)
何か所かに分けて仕掛けた罠は森の西側、ちょうど滝壺のある方角だ。途中、沼地を迂回して通る。最初はレネが一緒に歩いて、森の地形をユシウスに叩き込んでくれた。人の子ならともかく獣人であるユシウスには、一度歩けばあとは目を瞑っていても匂いと音で現在位置がわかる。ここから滝壺の水しぶきも、レネの家の水車のまわる音も聞き取ることができた。

なので、それが耳に届いた時、ユシウスは瞬時にそれが森から発生した音ではなく人間の声だと分かった。
甲高い、切迫した人間のまだ小さな女の子の声だ。

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