【完結】追放された嫌われ魔法使いは、拾った毛玉を盲愛する

飛鳥えん

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我慢できます

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衝立で仕切られた寝床にレネを寝かせた後、ユシウスは椅子から転げ落ちたままのレオニールに手を貸して立たせた。
「俺は今何を見せられてた……?あれ、お前の主人があの魔法使いだってのは、合ってるよな?」
「合ってる。声を小さくしろ、レネ様が起きるだろ」
「気を悪くしたら悪いんだが……夜の相手として買われたのか」
ユシウスは無言で頭を殴った。ドゴッと重い音がしたが、さすがにそこは獣人なだけあり、声一つ立てなかった。涙目にはなっていたが。
「俺たちはそんなんじゃないし、レネ様をそういう目的で子供を買うような下種と一緒にするな」
「お前の態度がそう見えちまう原因なんだよっ、……はあ、俺たちにとって魔法使いの連中はある種の鬼門だ。そいつの懐に入るなんて、何か裏があると思っちまうのは当然だ。お前も同じ獣人なら分かるだろ」
ユシウスは自身の首輪に触れた。レオニールの瞳がぎら、と光った。それまでの軽薄な口調が消え、身にまとう空気が鋭くなる。
「俺たちは人型のままでも人間より強い。獣身に成れば、大型種なら魔獣だって相手どれる奴もいる。なのになんで人間の国で、奴隷としてしか生きれないのか。魔法使いのせいだ。特に宮廷魔法使いの奴らは、俺たちが反抗すれば魔法で弾圧してきた歴史がある。統治権がある人間に味方すれば、褒賞と爵位がもらえるからな。首輪にしたって、隷属魔法が織りこまれてさえなきゃ、主人に歯向かうことなんて容易いんだ」
ユシウスは背後のレネの寝息を確認した。レネの耳には入れたくない話題だ。
「レネ様はそういう連中とは違う。俺のことを奴隷とは思ってないと、そう言ってくれたんだ」
「ただじゃないなら、特別な奴隷か?」
レオニールの目に宿ったのは同情だった。
「お前は昔からお人よしだったよな。馬鹿みたいに人間の言うことを聞いて、俺たちの面倒を見てくれてたっけ。挙句、俺たちの肉代のためにあの魔法使いに連れてかれた時は、自分が情けなかったよ。俺の方がずっと、力も強かったのにさ」
「お前、褒めてるつもりか、それ」
ユシウスはため息を吐いて、少し迷ってから、首輪の金具に指をかけてぐっと引っ張った。レオニールの顔から血の気が引いた。
「おい、正気か!」
「しっ!静かにしろ」
あっさりと金具が外れた首輪を、レオニールに向かって放る。慌てて受け取った後、内側を確認して、レオニールは愕然とした。
主人を持たない野良の獣人は、国外追放されていずれ魔獣に喰われる。主人に買われた獣人は、首輪の着用が義務付けられている。
首輪には隷属魔法が施され、人間を傷つけることはできない。勝手に外そうとすれば、魔法式が発動して首が締まり、主人が許さなければそのまま首が飛ぶ仕掛けだ。
ユシウスの革製の首輪の内側には、魔法式も何も書かれていなかった。<隷属の首輪>に見せかけた、本当にただの首輪だ。
これでは、いくら魔法使いとはいえ、寝首を掻かれる危険と隣り合わせだ。
「レネ様は一度も俺に<隷属の首輪>をはめたことがないし、自由を奪ったこともない。俺が望んで、あの人の所有物になったんだ」
「……なんだよそれ」
レオニールは疲れたように、椅子に座り直した。ぼうっと天井を見上げている。
「お前も首輪をしてるってことは、あの後買い手が付いたんだな」
「……ああ、俺の見てくれは実戦向きだからな。用心棒を斡旋する商会に買われた、っておい、そんな顔するな。よその国ならともかく、パレステアみたいに治安が良い国の用心棒は危険も少ない」
そう言うが、よく見れば見える範囲だけでも小さな切り傷や痕が残っている。それに護衛や身体を張る仕事についても、人間ほどの給料は払われないはずだ。むしろ金があっても、商会に買われた奴隷である事実は一生変わらないのだから。比べて、自分はなんとも安穏に暮らしてきたものだ。
「……ミオは、見つかったか?」
レオニールはふっと表情を緩めた。
「2年前、偶然護衛をした貴族の娘が、あの子の主人だった。父親が誕生日の贈り物に、人形をやるみたいにして娘にミオをやったそうだ。ただ……大事にされてたよ。ミオもそいつが好きみたいで、思いのほか幸せそうにしてた」
「そうか」
ユシウスは胸のつかえがとれたような気がした。ミオやユシウスのような幸運は滅多にないだろう。他にたくさん居た同胞の子たちが、今どう暮らしているのか。生きているのか。それを知る術はない。
「昔の顔なじみに会えてよかったよ。また機会があれば飲もうぜ。レネ様さえ良ければだけど」
吹っ切ったように、自身のジョッキをユシウスのそれに軽くぶつけ「再会に」と笑った。
「そういえばお前、発情期はどうしてる?いい女紹介してやろうか」
ぶはっと、口に含んだビールを吹いた。
「あ、もしかして男の方がいいか?銀髪のかわいい子、探させようか?」
ユシウスはしんみりした気分も吹き飛んで、前言撤回した。
(なにが再会に、だ!この馬鹿猫)
「いらん」
レオニールは不満そうな顔をした。
「だって辛いだろう。別に死にゃあしないが、捕食衝動と性欲が混ざって腹の奥がうずうずすしちまう。気が散ってしょうがないから、適当に発散させないと」
と言ったが、ユシウスの尖った耳を見て、あ、という顔をした。
「……いや待てよ。お前、狼の亜種か」
「多分な……」
ユシウスは曖昧な顔で頷いた。狼より大きいし、毛色も変わっている。レオニールの言う通り亜種なのかもしれない。
昔、ドロテアが言っていた赤毛の狼の話を思い出した。街に出入りするようになっても、同じ毛色の狼に会ったことはなかった。
「あいつら、番以外には発情しないからな。そうか、適当に、なんて余計なこと言ったな。もう相手はいるのか?」
首を横に振った。レネ以外の誰かに特別な興味を持ったことはなかった。獣人同士の繁殖は、主人にしてみれば財産が増えるので歓迎されることが多いが……レネは絶対に嫌がるはずだ。レネが自分に強い独占欲を抱いているのは知っている。怖く思った時もあるが、一方で嬉しくもあった。たとえ子供がお気に入りの玩具に向ける感情と同じようなものだとしても。
「知り合いの伝手でいい子がいたら紹介してやるからな!」
「命が惜しければやめておけ」

宿屋では部屋を一つ取った。レネを寝る時一人にするのは気が引けたし、安全のために目の届く所にいて欲しかったからだ。
レオニールは酔いが回ったのか、床にごろんと寝転がっていびきを立てている。
ユシウスは、レネの寝顔を枕元で眺めていた。。窓からの月明かりが、青白い頬の輪郭を浮かび上がらせている。
「番なんていりません。レネ様の他に、誰も欲しくはないんです」
小さく呟いた。昔、獣身に成れたばかりの頃、発情期の兆候だとレネに言われたことがあった。
あの時感じた牙の疼き、捕食衝動、それに腹の奥にわだかまる熱……あれから何度も感じたが、そのどれもがレネの近くで彼の匂いを嗅いだり、触れたりしたときに起こった。
幸い、レネには気づかれていない。毎晩お休みのキスをするたびに、口の中にじゅわっと涎が沸く。腹の底が疼いて、手がレネの細い首にかかりそうになる。大きな舌で思う存分、舐め回したい。首や顔だけでなく、服を裂いて裸にして、身体の隅々まで舐め回してから噛みつきたい。

ユシウスは牙を隠すように両手で口元を覆った。しばらくして荒い息が落ち着くと、レネのこめかみに唇を押し当てる。
「大丈夫、レネ様にそんな酷いことしません。俺はちゃんと我慢できます」
だから傍に置いてくださいね。
切実さのこもった声で囁くと、枕元の床に丸くなり、そのまま目を閉じた。
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