呪いの子と公爵令息

ゆら

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豊穣祭

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 第二学年も後期へと入った。
 アロイスは以前とは違い、ヴィルフレドとイールの指導もあって順調に魔法の腕を上げている。教師からも賛辞を掛けられる事が増えた。
 元々魔法に興味津々で好きだったこともあり、練習は全く苦じゃなかったのが幸いした。
 日が暮れるまで魔法を使ったり、魔術書を呼んで新しい魔法を試したりを繰り返した結果。

「ここまで出来ればもう学園で習う魔法はないな」

 ヴィルフレドのお墨付きを貰うことが出来た。

「今の学園内なら魔法でアロイスに勝てるのは俺かレオくらいだろう」
「イールは?イールの火魔法も凄かったけど」

 魔法実技で学年一位のヴィルフレドは言うまでもないが、イールの火魔法もなかなかのものだった。威力だけでなく、まるで手足のように炎を操るのだ。

「確かにイールの火魔法は凄いが、他の属性がからっきしだ。だが騎士団志望だけあって剣技は敵わない」
「そうなんだぁ」

 確かに、ヴィルフレドとイールが魔法で競うと必ずイールが負けていたように思う。魔法の相性もあるのだろうが、ヴィルフレドとの魔法対決に苦手意識があるように見えた。だが剣技となると一転して、イールは生き生きと水を得た魚のように剣を振っていた。

「それはそうと…明日街で豊穣祭が行われるんだが、行ってみないか?行ったことなかったろ?」
「豊穣祭?お祭りがあるの?」

 ヴィルフレドの言葉に思考を戻す。
 何やら楽しそうな響きにアロイスは目を輝かせた。

「あぁ。今年の実りに感謝し、来年の豊作を願って冬に入る前に毎年行われている。屋台が並ぶし、葡萄酒作りを見ることも出来るんだ。一度行ったがなかなか活気溢れる祭りでアロイスも楽しめると思う」
「知らなかった。行ってみたい!」
「良かった。来年はきっと仕事で行けないだろうから、今年アロイスと行きたかったんだ」

 そうだ。冬が終わるとヴィルフレドは学園を卒業してしまう。そして、宰相である公爵と共にヴィルフレドは王宮勤めとなる。
 今のように楽しい学園生活は冬とともに終わりを迎えるのだ。

「…やっぱり王宮の仕事って忙しいんだ」

 時期尚早とは分かっていても、寂しさが込み上げてくる。

「一応第二王子付きという役割りだが、レオが学生の今、基本的な仕事内容は宰相補佐だな。レオが公務を行う時は付き添うが、第一王子がいるから無理にレオが公務に出る必要も無い。問題は父だな。仕事に夢中で殆ど王宮に籠っている」
「そうなんだ…」

 淡々と話されるこれからの事。じわりじわりと実感が湧き始めた。
 毎日くぐる校門。教室や食堂、中庭に校舎と校舎を繋ぐ渡り廊下。そのどこにもヴィルフレドが居ない。そう想像するだけで取り残されたような気持ちになっていく。

「そんな顔するな」

 ポンポンとヴィルフレドの大きな手が頭を撫でた。
 いつも安心させてくれるヴィルフレドの手。
 慰められていることに気づき、アロイスは笑みを作った。





 市街地中心部の広場。そこが豊穣祭の会場だ。入口では花のアーチが出迎えてくれる。沢山の屋台が並び、様々な人が行き交っていた。
 ヴィルフレドの話通り活気に溢れ、家族連れや恋人同士と思われる人達で賑わっている。

「スゴい!」

 色とりどりの花が飾り付けられた会場は、いつもの街並みとはガラリと様相を変えていた。
 ヴィルフレド達も、今日はお忍びとばかりに普段の煌びやかな服装から一転し、平民…とは言えないが、豪商くらいの出で立ちだ。

「どの屋台から見ていく?」
「うーん、迷うな…」

 キョロキョロと辺りを見渡す。色んな屋台があるのだろうが、人も多くどんな店があるのか分からない。

「なら、歩いてみて気になった所を見ていこう」
「うん!」

 先ずは花が溢れる屋台が目に入り、ヴィルフレドの袖をツンツンと引っ張った。

「見てもいい?」
「もちろん」
「いらっしゃい!お兄さん花は好きかい?」

 元気がいい声にはい、と答えると、女性店主はニンマリと笑った。

「豊穣祭の時、噴水の前で告白したら永遠に結ばれるってジンクスがあるからね。どうだい告白のお供に一つ」

 そう見せられたのは両手いっぱいの花束。どうやら色とりどりの花で花束を作ってくれるらしい。
 さすがに持って歩くには邪魔になってしまいそうだ。

「まだ来たばかりなので…色々見てからまた来ます」
「まぁ手が塞がっちゃうからね。なら、コレどうだい。花冠」

(商売上手だなぁ。最初に無理そうな提案をし、その後ハードルの低い本命の提案を行う…たしか心理学で習ったな。ドアインザフェイスだっけ?)

 前世の記憶で習ったことがチラチラと頭を過ぎる。
 確かに花冠なら邪魔にならないだろうが、これを持ち歩くのは何となく気恥しい。

「いいな。店主、それを一つ」

 ヴィルフレドの意外な反応にアロイスは目を瞬かせた。

「まいどー!」
「誰かにあげるの?」

 首を傾げるとスルッと眼帯を外されポンッと頭に乗せられる。丁度左目に花冠が掛かるよう少し斜めに乗せられ、その上からヴィルフレドが唇を落とした。

「アロイスに決まってるだろ」
「な!?僕なんか似合わないって」
「似合ってるぞ」

 何を言ってるんだ、とヴィルフレドが微笑む。
 その笑みがあまりに綺麗でアロイスは頬を赤くした。

「あらあら。よかったね、お兄さん」

 店主が楽しそうに微笑んでいる。

「楽しんでおいで」

 優しくも活気ある店主に見送られ、アロイス達は再び散策を始めた。



「何か食べるか?」
「うん!あ、あれ食べたい!」

 目に入った屋台から美味しそうなチーズの匂いが漂ってくる。
 覗いてみるとハムとチーズをパンで挟み、鉄板で焼いていた。まるでクロックムッシュのようだ。

「はい、どうぞ。中にソースが入ってるから気をつけて」
「ありがとうございます」

 手渡されたパンは半分にカットされ、溶けたチーズとクリームソースが溢れそうになっている。
 紙で包まれているそれに思わずかぶりつきそうになるが、往来で食べるのはさすがにはしたないだろうか。

「向こうにベンチがあるからそこで食べよう」

 迷っているとヴィルフレドが手を引いてくれた。
 近くにはベンチが並んでおり、飲食用のスペースとして準備されているようだ。
 腰掛けると、ヴィルフレドも横に腰を下ろした。
 本当ならちぎって食べるのが貴族らしいのだろうが、平民が多く参加するこの祭りでは、周りは皆大きな口を開け頬張って食べている。
 断然そちらの方が美味しそうだ。周りに見倣い、アロイスもパンにかぶりついた。

「おいしいっ!ほらヴィルフレドも食べてみて!」
「ん、たしかに」

 ヴィルフレドが大口を開けて頬張る姿は珍しい。
 ニコニコしながら見ていると、何だ?とヴィルフレドが不思議そうな顔をした。
 なんでもない、と言い、またパンにかぶりつく。最近は食べれる量も増え、このくらいなら一人で食べれるようになった。
 あっという間に食べ終わり、また祭りを散策しようとしたところで声を掛けられる。

「あら、リオルディ卿?」

 綺麗な身なりをした女性だ。
 親しげに話しかけてきたところを見るとヴィルフレドの知り合いで間違いない。
 一体どんな関係なのかと、チラリとヴィルフレドへ視線を向けた。

「ん?あぁ、ファレルか。アロイス、アンジー商会のファレルだ」
「アンジー商会?」
「うちに来て初めて連れていった店を覚えてるか?あそこがアンジー商会の店だ」

 初めて行った店と言えば、王都に移って来てから必要だからと服や装飾品を買いに行った所だ。

「そうなんだ!お世話になりました」
「あらあら、素直な子ね」
「アロイス・サクラーティです」

 お辞儀をしながら自己紹介をする。
 女性商人だろうか。アロイスの勝手なイメージだが、マダムといった風体だ。

「アンジー商会の会長を務めるアンジー・ファレルです。今後ともご贔屓に。それにしても素敵な花冠ね」
「これはヴィルフレドが」

 そう伝えるとファレルはふふっと小さく笑った。

「とっても似合ってるわ。花冠といえば…卿、今お時間あります?素敵な逸品がありますの」

 ファレルの言葉にヴィルフレドが小さく眉を動かす。

「アロイスいいか?」
「うん、大丈夫だよ」

 特に急ぐ用事があるわけでもないのでアロイスは素直に頷いた。
 ファレルに連れられて向かったのは王都に来て初めて行ったお店。
 今でも時々利用しているみたいだが、最近は店を訪れるより家に来てもらう事が増えていた。

「どうかしら」

 カウンター越しに出されたベルベットの箱。それを開くと中にはサイズ違いのリングが収められていた。

「花冠をモチーフに作られたペアリングですわ。真ん中の窪みに好きな宝石を入れられるようになっているの」

 繊細な細工が施された指輪は銀色に光っている。プラチナだろうか。女性が好みそうなデザインだ。

「かわいい」
「そうでしょ。恋人同士お揃いでつけれるようになってるの」
「ふむ…ファレル、石を見せてくれ」
「言うと思いましたわ」

 準備良く出された宝石は窪みにはまるサイズのものばかりだが、様々な色が揃えられている。

「これと、これで」

 ササッと迷いなくヴィルフレドが宝石を選ぶと、ファレルはその宝石と指輪を奥へと持っていった。
 誰かに送るのだろうか…そんな考えが過ぎると胸の奥がモヤッとした。

(なんだろ…)

 胸に手を当ててみるがその理由が分からず首を傾げる。

「他には何かございます?」
「アロイス、何か欲しいものはあるか?」
「え?僕は特に」

 唐突に話を振られるが、ぱっと思い浮かぶものなどない。
 顎先に手を当て、ヴィルフレドがジッとアロイスを見つめる。

「そうだな…新しい眼帯を頼む」
「それでしたら目新しい眼帯がございます。そうですね…そちらの花冠のように華やかなものですので、さぞお似合いになるでしょう」
「なら、それも一緒に頼む」
「かしこまりました。お屋敷の方にお届け致します」
「頼んだ」

 店を出ると再び豊穣祭の会場へと戻った。と言っても会場から一本裏に入った通りだったので、大した距離では無い。
 ランチの時間が過ぎた頃と言っても賑わいは変わらずで、曲芸師の周りには沢山の人集りができている。それを遠目で眺めていると甘く美味しそうな匂いが鼻を擽った。
 何の匂いだろうかとキョロキョロと匂いの元を探す。

「ワッフルか。アロイス、食べるか?」

 アロイスの挙動に気づいたヴィルフレドがすぐさま匂いの元へと向かう。
 そしてすぐ、ほんのり温かいワッフルを両手に戻ってきた。

「ありがとう」

 どこで食べようかと考えていると、またしてもヴィルフレドに手を引かれる。
 何時から傍にいたのか、ルーシャンが広がった場所にある芝生にシートを広げていた。周りも皆同じような感じで座り、思い思いの時間を過ごしている。
 シートに座ると手に持ったワッフルのかぶりつく。生地に溶け込んだバターとほんのりとした蜂蜜の甘さが丁度いい。

「ル・ローザのワッフルだな」

 ヴィルフレドと一緒に行った人気店だ。そんなお店まで屋台を出すとは。それだけこの祭りが国民から愛されているのだろう。
 食べ終わる頃には日が暮れ始めたせいか少し肌寒くなってきた。

「どうぞ」
「ありがとう!」

 スっと湯気立つホットワインをルーシャンが差し出す。両手で包むように器を持てば、その温かさに頬が緩んだ。
 赤ワイン独特の香りとシナモンのスパイシーな香り。ひと口飲むと口の中に甘みのある酸味が広がった。

「おいしい…初めて飲んだ」
「一気に飲むと酔いが回るから少しづつな」

 ヴィルフレドに言われるがままゆっくりとその味を楽しむ。

「もうすぐ卒業するが」

 そうだ。もうすぐヴィルフレドは卒業してしまうのだ。寂しさから一気に気持ちが沈んでいく。

「…僕、出ていった方がいいよね」
「言っとくが俺は父みたいに王宮に住み込むつもりは無い。あの家から通うからアロイスは今まで通りでいい」
「そうなの?」

 まだ一緒に過ごしてもいいのだろうか。

「おまえは目を離すとすぐ出ていこうとするな」

 ヴィルフレドが呆れたように眉間に皺を寄せている。

「そ、そんなこと言ったって」
「出ていくにしても、俺が何の準備もせず追い出すわけないだろ」

 そう言われるとそうかもしれないが、そんなことアロイスが知るはずもない。それに何時までもこの生活、という訳にもいかないだろう。

「でも、ヴィルフレドもいつか結婚しなくちゃいけないでしょ?いつか僕が出ていかなきゃいけない時は来るから……」

 公爵家の生活に未練があるわけじゃない。ただ、ヴィルフレドと一緒にいることがアロイスにとって当たり前になってしまっているのだ。
 いつか離れなければならないのは分かっていても、一緒に過ごす時間が長くなればなるほど離れがたくなっていく。

「そんな日は来ない。今はまだ詳しく話せないが、アロイスは何も気にせず学園生活を楽しむんだ」

 含みのある言い方に引っかかりながらもアロイスは頷いた。

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