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呪いの子
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卒業前に王宮の第三魔術師団へと配属が決まっていたアロイスは、婚姻の儀を終え甘い期間に浸る間もなく王宮へと通い始めた。
ヴィルフレド達から聞いていたように、第三魔術師団ではもっぱら魔術や魔物に対する研究が主で、そこで研究の補佐を任されていた。
半年ほどが経つと、団長から自分なりにテーマを見つけて研究をしてみないかと提案され、今はテーマ探しに奔走している。
研究と言っても魔術や魔物に関することなど、微に入り細を穿てば多岐に渡るため、テーマを絞るのも一苦労だ。
出来れば興味を引く内容がいいのだが。
書物庫の中、本棚が並ぶその奥には乱雑に重ねられた本や紙の束が置かれている。
埋もれた中からアロイスが手に取った資料には目を引く内容が書かれていた。
「魔物の大群衆暴走行動と魔力暴走について…?」
その埃被った資料を捲ると、中は所々掠れてしまっている。どうやら本として纏められる前に放置されたようだ。
「スタンピードのことかな?なんで途中でやめたんだろ?」
不思議に思いながらも、アロイスはその資料を片手に書物庫を出た。
「アロイス、研究内容は決まりそう?」
研究室に戻ると、第三魔術師団団長のレンブラントが声を掛けてきた。
この団に所属してから慣れないアロイスを気にかけてくれる優しい団長だ。
「団長、実は…」
アロイスはスタンピードについて書かれたと思われる資料を見せた。
それを受け取ると、レンブラントは興味深そうに目を通していく。
「スタンピードか……以前は百年周期で起こってたらしいが、最後に起こったのは確か三百年くらい前だったか?」
記憶を掘り起こすようにレンブラントは何も無い空間に視線を向けた。
「そうなんですか?」
驚きながらもそんな設定があったようななかったような…曖昧な記憶を辿った。
語りのシーンであった気もする。が、ガチ勢ではなかった上に年月の壁は大きい。昔より記憶が薄れている気がする。
「知らなかったの?真相は分からないけど、段々と伝承になりつつあるよ。ただ魔物も魔力もあり続けるのだから、この資料に書かれていることが起こらないとは言いきれないし……研究してみる?」
「はいっ!」
ゲームのシナリオ通りならスタンピードが起こるのはラミアが卒業する前日。
最後のイベントであるスタンピード鎮静をクリアすると卒業式後の舞踏会で攻略対象とダンスをしプロポーズされるのだ。それまで既に半年を切っている。
机に張り付き、アロイスは資料を睨みつける。
起こる場所や原因を特定出来れば、少しでと被害を抑えられるかもしれない。そんな思いで、どこかヒントはないかとくまなく資料に目を通していった。
資料によると発生場所は様々だが、発生する時には共通して金色の光が観測されたと記録されている。
だがそれだけでは場所の特定など出来ない。
アロイスは資料だけでなく頼りない記憶を必死に思い返した。
「何か……何かあったはず…」
もどかしさと焦りを感じながら何十日くらいだろう。毎日のように研究室に篭り、資料とにらめっこしては書物庫で別の資料を探す。そんなことを繰り返していた。
「おや、アロイスは今日も残ってるの?たまには早く帰りなさい」
「でも、気になっちゃって」
「研究が進まなくて焦る気持ちも分かるけど、根詰めても進まない時は進まないんだから、今日はもう帰りなさい」
諭すようなレンブラントの優しい声に、すみません、と呟くとアロイスは久しぶりに早めの帰宅をした。
アロイスが家に帰りついた頃、タイミングを見計らったかのように馬車が屋敷の前に乗り付ける。
令嬢とは思えないような荒々しさでラミアがその馬車から降りてきた。丸く可愛らしかった目を吊り上げ、般若のような顔でアロイスに迫ってくる。
「アンタのせいで……」
「ラミア?何でここに…」
「アンタ、本当は分かってやってるんでしょ!!?じゃなかったから今頃ヴィルフレドもレオナルドも、アーレスだって攻略出来てたのにッ!!この泥棒ネコがっ!」
戸惑うアロイスを余所に、鋭い目つきで睨みつけたラミアは正体を暴こうとするように食ってかかった。その言葉は暗に自身が転生者であると言ってるようなものだが、それに気づく余裕すらないのだろう。
そんなつもりは微塵もなかったが、結果的に攻略対象であるヴィルフレドと結婚したアロイスはラミアにとってミア以上に邪魔な存在であったのだろう。
「ラ、ラミア何を言って」
ラミアの言葉にたじろぐが視線を逸らすことは出来ない。手負いの獣は何をするか分からないのだ。何を言われるのかとつい身構えてしまう。
それに、あまり周囲に聞かせられるような話では無い。
もしかするとアロイスが転生者だと気づいたのだろうか。だがアロイスとて決して邪魔をしようと思った訳では無い。
そのことを伝えなければと思う視線の先で、ラミアの怒りはエスカレートしていく。
「卒業したら変わるかとも思ったのに、何時まで経ってもヴィルフレドにべったりで……終いには結婚?ふざけないでよっ!こういうのってシナリオの強制力とかあるんじゃないの!?」
「ラミア、ちょっと待って」
周囲には公爵家の使用人がチラホラと顔を出し始めた。何事かと好奇心を滲ませたり、ラミアの言動に侮蔑の目を向ける者もいた。
「持ち場に戻りなさい」
そこに現れたエーレンフリートの忠告で野次馬のように出てきていた使用人が名残惜しそうに持ち場へと戻っていく。
きっちりとタキシードに着こなしたエーレンフリートはこんな場でも冷静な態度を保っていた。
その声は平素と変わらず淡々としている。
「ラミア嬢、来訪の際は先触れを頂きませんと」
「私はコイツの妹なんだからいいでしょっ」
「アロイス様は主であるヴィルフレド様の妻となりました。いくら妹君であらせられても、そのように礼を欠く態度はどうかと」
平静な様で諌められ、ラミアは苛立ちを爆発させた。
「なによ…なによなによっ!コイツが悪いんじゃない!私がヴィルフレドを落とさないといけないとに、なんでアンタが結婚してんのよ!これから起こるスタンピードだってアンタが元凶のくせにっ!」
「………え?」
「スタンピード?なに支離滅裂なことを仰ってるんですか」
喚き散らすラミアの言葉にアロイスは瞬いた。
隣に立つエーレンフリートは頭でも沸いたのか?とボソリと呟いている。
アロイスは何度も頭の中でラミアの言葉を反芻した。
(スタンピードの元凶が、僕……?どういう事?)
ラミアの言葉の意味を全く理解出来ず、アロイスは困惑するしかない。
「どういうこと?僕がヴィルフレドと結婚したからスタンピードが起こるの?」
どんなに思い返してもゲームではそんな描写は全くなかったはずだ。第一、ゲームに登場していなかった自分が何故スタンピードの元凶になりうるのか。
そんな否定的な考えが過ぎるが、知識の浅いアロイスより、ここまで堂々と言い切るラミアの方がゲームをやり込んでる可能性は大いに高い。
思わず唇が震える。もしそれが本当ならば…。
問い詰めようとした矢先、門の前に馬車が止まった。公爵家の家紋が入ったその馬車はヴィルフレドが帰宅したことを告げている。
尚も罵ろうとラミアが口を開こうとしたところでヴィルフレドの声が割って入った。
「何事だ」
「ヴィー…」
「ヴィルフレド!」
血の気が引いたアロイスの顔と興奮気味のラミアを見れば何かありましたと言っているようなものだ。
しかも内容が内容だけに、エーレンフリートもこんな話を主に伝えていいものかと困惑の色を隠せないでいる。
ラミアを視界の端に捉えながら、ヴィルフレドは仕事の疲れもあるのだろう。うんざりと言った顔を見せた。
「エーレンフリート、何事だ」
「ラミア嬢が突然いらっしゃいまして、その…スタンピードが起こる、と。その元凶がアロイス様だと仰られてまして」
「どういう事だ?」
瞬間、ヴィルフレドは顔を歪めた。
「私が浄化の力を使うために、ヴィルフレドとレオナルド、あとアーレスの力が必要なのよ。それなのに…っコイツがヴィルフレドを奪ったから!!」
ラミアは自信満々にこれから世界を救う予定だと話しながら、それが出来なくなったとアロイスに侮蔑の目を向けた。
「僕は奪ったり」
アロイスの言葉を遮るように、ああ、とラミアは表情を変えた。さも名案だと言わんばかりに目を見開き、嬉々とした様子でヴィルフレドへ視線を向ける。
「今からでも遅くないわ。ヴィルフレド、私を好きになればいいのよ!」
「無理に決まっているだろう。俺の妻を愚弄しておいて良くもまぁそんなことが言えたものだ」
「何よ、私は世界を救うためにいるのよ!私の癒しの力がないとこの世界はスタンピードが起こって終わるんだからっ!」
全く聞く耳を持たず狂信的な話をし続けるラミアにヴィルフレドも息を落とした。
「はぁ……一体何を根拠にそんな話をしているのか。最後にスタンピードが起こったのは三百年も前の話だぞ」
「だとしても起こるんだからっ!これはシナリオで決まってるの!」
その根拠の無い必死さに憐憫さを滲ませた目を向けるヴィルフレド。その隣でアロイスはビクリと肩を揺らした。
「決まっている、か……どうにも君に都合のいいシナリオのようだが」
「なによ…なによその目は!私は忠告してあげてるのにっ!」
妄言を聞かされ否定するヴィルフレドと根拠を示さずただシナリオに沿ってこの世界が終わると言い続けるラミア。堂々巡りな話に会話にならないと、ヴィルフレドはアロイスの肩を抱き屋敷のドアを開けさせた。
すると突然ラミアが大声を上げる。
「っ……私の事バカにしてっ!ソイツのその目が、スタンピードを起こす証拠なんだからっ!」
「なに?」
「え?」
「世界を破滅させる呪いの子のクセにっ!」
そう言い放ち、ラミアは走ってその場から立ち去っていった。
(僕の目が……?)
アロイスは愕然と左目に触れる。
(金色の光って、まさか…っ)
「大丈夫か、アーロ……アーロ?」
気づきたくない事実に目の前が真っ暗になった。
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