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レオナルドの対応とヴィルフレドの誓い
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冬季休暇を終え、学園生活が再開したある日。レオナルドが学園内を歩いていると、所々で同じ噂が耳に入ってくる。
それは、もうすぐスタンピードが起こるという奇妙な噂だった。
最後に起こったのは三百年も昔のこと。一体どこからそんな話が上がったのか不思議で仕方がなかったが、特に王宮内で騒ぎになるような事は報告されておらず、単なる噂だろうと聞き流していた。
婚約者であるミアとのティータイム。久しぶりに時間が取れ会話を楽しんでいる時、ふとその事を思い出した。
「最近よくあの噂を耳にするが」
「何をですか?」
「学内で聞いたことはないか?スタンピードが起こるって噂だ。騎士団から魔物の動向について報告は上がっているが、そんな様子は無いらしいからただの噂だろうが…一体誰がそんな噂の流したのか」
少々呆れ気味に息をつけば、ミアの表情が変わる。
「それなんですが……多分噂の根源はラミア嬢だと思います。家に押しかけてきたと兄が言ってました」
「そうなのか!?そんな話全く…」
「…証拠がある訳でもなく、私を好きになれだのシナリオで決まってるだの支離滅裂なことを言うので、妄言ではないか、と兄が」
令嬢とは思えないような形相だったそうです、と冷淡な声で付け加えるミアにレオナルドは苦笑いを浮かべた。
ミアもラミアには大分振り回されていたようだ。
レオナルドは付きまとわれていた時の事を思い返すだけでヴィルフレドに同情を覚える。あの熱量は一体どこから来るのかとんと不思議だった。
「しかし、ここまで噂が広がってるとなると、一度ラミア嬢には話を聞かねばならないな」
紅茶を飲みながら思案すれば、ミアも静かに頷いた。
王宮内にある応接間。アロイス達も訪れた事のある部屋。その部屋に今はラミアが座っている。
「時間を取らせてすまない」
「レオナルド様のためならいつでも大丈夫です!」
相変わらず無駄に喜びの声を上げるラミアにレオナルドは貼り付けた笑みで耐えた。
「早速だが、スタンピードについて聞きたい」
何を期待していたのか、ラミアが一気に顔を顰める。そして至極残念と言わんばかりに溜息を吐いた。
「あーあ、その話かぁ……まぁ、いっか」
「端的に問う。何故スタンピードが起こるなどと流布する。今やスタンピードは民衆の間でも物語のように語り継がれてれているだけだ」
「知ってますよ。最後に起こったのは三百年前でしょ?」
「……ああ」
知っていて当然といった表情でラミアが頬に指を当て可愛らしく口を尖らせた。その仕草があまりにあざとく見えてしまうのは今までの行動からくる偏見だろうか。
「私って癒しの力を持ってるじゃないですか。お告げ?とかですかね?」
ラミアがさらりと軽い口調で話すが、レオナルドは訝しげに眉を顰めた。口調の軽さ故か、何故だか胡散臭く感じてしまうのだ。
第一、お告げとは何なのか。
神に仕える者ならば神託などと発するのも分かるが、ラミアは癒しの力を持ちはすれど、信徒というには些か我が強く奔放である。
それもレオナルドが眉を顰めた一因と言えるかもしれない。
「お告げ?」
「そう!多分そんな感じです!」
「多分?」
問い詰めるようにレオナルドが視線を送ると、ラミアの視線が右往左往に動く。
何か隠しているのは明らかだが、ラミアが癒しの力を持ってるのは鑑定で証明されている事実だ。
お告げが真実かどうかは定かではないが、何らかの意図があって神がその力が与えていると考えると、癒しの力が必要な事象が起こるという可能性も捨てられない。
この国は信仰心の厚い国でもある。勿論レオナルドも王宮の敷地内に礼拝堂を造る程には、神への信心を持っていた。
ラミアの言動がもし神を騙ったものであるならばそれ相当の裁きが必要となるし、もし真実なら自身の信心に背くことになる。
レオナルドはじっとラミアを見つめた。
「お告げとやらは他になにか暗示しなかったのか?」
「他にって、スタンピードの?それなら、原因はアロイスですよ」
とぼけた顔を見せながら、ここぞとばかりにラミアはにやりと笑った。
その不穏さを感じながらもレオナルドは聞き覚えのある名に目を瞬かせた。
「アロイス?ヴィルフレドと結婚した?確か、君の兄だろう?」
「そうです」
レオナルドの言葉にラミアの表情が不快そうに歪む。
「スタンピードって、人が魔力暴走した結果魔物を引き寄せて怒るんですけど、それを引き起こす人って左目が金色なんです。アロイスの目、見たことあります?いつも眼帯で隠してますけど」
「いや…」
淡々と、だが確実に嫌悪感を滲ませた声でラミアが語る。
アロイスの眼帯を外した姿を見たことは無い。
正確に言えば、宝石で覆われた姿は見た事あるが、その奥にある瞳までまじまじと見たことは無かった。
「アイツずっと隠して、みんなを騙してたんですよ。家では呪いの子って虐げられてきたのに」
「男爵も知っていたのか!?」
「目の色外違うことは知ってますけど、スタンピードの呪いについては知らないと思いますよ。じゃなかったらあんな扱いしないですもん。魔力をコントロールできず、精神的にも抑圧され続けた結果、溜まった鬱憤を人々に向けてしまう。それが魔力暴走なんで。魔力鑑定も受けてないんで、どれだけの魔力量があるかアイツ本人は知らないでしょうね」
ラミアの話に神妙な表情を浮かべレオナルドは思案する。これを根拠と判断していいのか。
ただ、雑に扱うことが出来ない事だけは確かで、この件に関してはこれ以上口外されても困る。
これ以上噂が広まれば、民衆の不安を無闇に煽るだけだ。
「うーん……なんとも言い難いが、何もしない訳にもいかないな。この件に関しては私が預かる。これ以上の口外は禁止だ」
不満そうにしながらもラミアは仕方なくといった様子で頷いた。
翌日、書類を整理しているとレオナルドの部屋の扉が勢いよく開かれる。
不躾に扉を開けた人物に視線を送ると、勢いのままレオナルドへと詰め寄った。
「どういうつもりだ、レオっ!」
長い付き合いだが!こんなにも取り乱したヴィルフレドを見たのは初めてだ。
「ヴィルフレド…申し訳ないがアロイスは暫く王宮で監視させてもらう」
だが、理由を考えれば分からなくもない。レオナルド自身も、婚約者であるミアが突然王宮に拘束されたと聞けば、外聞も気にせず同じように問い詰めるだろう。
「何故だ!?アロイスが一体何をした!?」
「彼が何かした訳では無い。ただ、何かあってからでは遅いので監視するだけだ」
ヴィルフレドに表情が不快に歪み、眉間に深い皺が作られた。元々ラミアの言動に忌避を見せていたが、アロイスにちょっかいを掛けられる度に嫌悪が増していっている。
「……ラミア嬢の話か」
「ああ。信じた、という訳でもないが、信じない訳にもいかない。わかるだろう?」
ヴィルフレドはグッと拳を握り締め悔しげに唇を噛むと、静かに怒りを現した。
「…アロイスはあの目に苦しめられてきたんだぞ」
「だとしても、みすみす放っておく訳にもいかないのだ。癒しの力を持つ令嬢が、彼がスタンピードを起こすと言っているんだ。それに、彼の研究資料にスタンピードの際金色の光が観測されたとある。何かの比喩かと思ったが、その研究資料を知らない令嬢がその光を金の目だと特定している。私としても心苦しいが監視せざるを得ない」
「だがっ」
「ヴィルフレド、君の気持ちもわかる。それに、犯罪を犯したわけではないのだ、酷い拘束をしたりはしない。ただ離れの一室で例の日まで過ごしてもらうだけだ」
「ならば、俺もそこで過ごす」
「自分の責務を置いてか?」
首を縦にも横にも振らないヴィルフレドの目には頑なな意思が見て取れる。譲る気は無いのだろう。レオナルドは悩ましげに嘆息を吐いた。
頭が痛くなるような案件ばかりだ。
「はぁ……面会だけだ。それ以上は私も譲れない」
「わかった」
互いの意志を最大限譲歩しあった結果と言えばそうなのだが、あっさりと了承したヴィルフレドを見ると、元々の考えていた落とし所に収めてしまったのかも知れない。
「宰相の息子は抜け目ないな…」
ヴィルフレドが去った部屋で一人、レオナルドは深い息を吐いた。
逸る気持ちのまま、ヴィルフレドは王宮内にある離れを訪れた。
「ヴィルフレド!」
「アロイス、大事無いか?」
「う、うん…でも卒業式までここで過ごすようにって」
いつも外では眼帯に隠されている金の瞳が不安に揺れている。
レオナルドはああ言っていたが、実際に見るまで安心など出来なかった。しかし騎士からも乱暴はされていないようで、ヴィルフレドは漸く安堵の息を吐く。
離宮の一室。ゲスト用であろうその部屋は、ベッド以外に調度品も揃えられている。待遇としては好条件だろう。
だが監視という名目は本気のようで、窓の外には王宮が見える。この部屋ならば何か起こっても早急に対応できるだろう。
それに室内には監視役の騎士も常駐させられていた。出入口である扉にも中からは開けられないのよう封印の魔法が掛けられている。
アロイスと知らない男が常に同じ空間で過ごすと考えると腸が煮えくりかえりそうになるが、今だけだ、と自身に言い聞かせヴィルフレドはグッと飲み込んだ。
「殿下から話は聞いた。俺も面会の許可を貰ったから、毎日会いに来る」
「ヴィー……でも仕事が」
頬をそっと撫でれば、アロイスは喜びを滲ませながらも心配そうに眉尻を下げた。
「アーロに比べたら、それくらい大したことない」
「…ありがとう……でもこれは自業自得なんだと思う。今までヴィーに甘えて、呪いの子だって言われ続けたのに現実から目を背けて」
「ラミア嬢が勝手に言ってる可能性だってあるだろう」
アロイスの目が悲しそうに細まり、受け入れたような、諦めたような顔を見せる。
「だとしても、万が一を考えると、きっとこれが最善なんだと思う…」
アロイスの呟きにヴィルフレドは拳を握りしめた。
何故アロイスがこんな目に遭わなければならないのか――。
背を丸め痛みに呻くアロイスの姿を今でもヴィルフレドは忘れることが出来ない。
助けを求めるとこも、手を差し伸べてくれる者もいない孤独さ。それを一人で必死に耐える姿を見て庇護欲を掻き立てられないわけが無かった。オマケに恋情まで抱えているのだ。
このまま男爵家にいたらこんなにも綺麗な宝石は容易く壊されてしまう。気づいた時には公爵家へと連れ帰っていた。
それからは兎に角どうやってアロイスを男爵家から引き離すかばかりを考え行動した。力ない自分を悔やむことも多かったが、今は出会ったのが幼少期で良かったとさえ思える。入学前だったからこそ、それをきっかけに早くから男爵家から離すことが出来た。
幼い頃からあんな目に遭っていたのだ。幸せになって何が悪い。そしてそんなアロイスを幸せにできるのは自分しかいない。独り善がりだなんだと言われようが、アロイスのことを一番幸せにすると誓ったのだ。
ヴィルフレドはアロイスをきつく抱きしめた。
咄嗟のことにアロイスは戸惑いの表情を見せたが、おずおずとヴィルフレドの背に腕を回す。その仕草すら愛おしくて堪らない。
スタンピードまで約一ヶ月。
誰に何を言われようと、誰が敵に回ろうと、自分だけはアロイスの味方でい続ける。例え本当にスタンピードが起こったとしても。
ヴィルフレドは心の中で静かに誓いを立てた。
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