呪いの子と公爵令息

ゆら

文字の大きさ
25 / 26

レオナルドの対応とヴィルフレドの誓い

しおりを挟む
  
 25

 冬季休暇を終え、学園生活が再開したある日。レオナルドが学園内を歩いていると、所々で同じ噂が耳に入ってくる。
 それは、もうすぐスタンピードが起こるという奇妙な噂だった。
 最後に起こったのは三百年も昔のこと。一体どこからそんな話が上がったのか不思議で仕方がなかったが、特に王宮内で騒ぎになるような事は報告されておらず、単なる噂だろうと聞き流していた。
 婚約者であるミアとのティータイム。久しぶりに時間が取れ会話を楽しんでいる時、ふとその事を思い出した。

「最近よくあの噂を耳にするが」
「何をですか?」
「学内で聞いたことはないか?スタンピードが起こるって噂だ。騎士団から魔物の動向について報告は上がっているが、そんな様子は無いらしいからただの噂だろうが…一体誰がそんな噂の流したのか」

 少々呆れ気味に息をつけば、ミアの表情が変わる。

「それなんですが……多分噂の根源はラミア嬢だと思います。家に押しかけてきたと兄が言ってました」
「そうなのか!?そんな話全く…」
「…証拠がある訳でもなく、私を好きになれだのシナリオで決まってるだの支離滅裂なことを言うので、妄言ではないか、と兄が」

 令嬢とは思えないような形相だったそうです、と冷淡な声で付け加えるミアにレオナルドは苦笑いを浮かべた。
 ミアもラミアには大分振り回されていたようだ。
 レオナルドは付きまとわれていた時の事を思い返すだけでヴィルフレドに同情を覚える。あの熱量は一体どこから来るのかとんと不思議だった。

「しかし、ここまで噂が広がってるとなると、一度ラミア嬢には話を聞かねばならないな」

 紅茶を飲みながら思案すれば、ミアも静かに頷いた。





 王宮内にある応接間。アロイス達も訪れた事のある部屋。その部屋に今はラミアが座っている。

「時間を取らせてすまない」
「レオナルド様のためならいつでも大丈夫です!」

 相変わらず無駄に喜びの声を上げるラミアにレオナルドは貼り付けた笑みで耐えた。

「早速だが、スタンピードについて聞きたい」

 何を期待していたのか、ラミアが一気に顔を顰める。そして至極残念と言わんばかりに溜息を吐いた。

「あーあ、その話かぁ……まぁ、いっか」
「端的に問う。何故スタンピードが起こるなどと流布する。今やスタンピードは民衆の間でも物語のように語り継がれてれているだけだ」
「知ってますよ。最後に起こったのは三百年前でしょ?」
「……ああ」

 知っていて当然といった表情でラミアが頬に指を当て可愛らしく口を尖らせた。その仕草があまりにあざとく見えてしまうのは今までの行動からくる偏見だろうか。

「私って癒しの力を持ってるじゃないですか。お告げ?とかですかね?」

 ラミアがさらりと軽い口調で話すが、レオナルドは訝しげに眉を顰めた。口調の軽さ故か、何故だか胡散臭く感じてしまうのだ。
 第一、お告げとは何なのか。
 神に仕える者ならば神託などと発するのも分かるが、ラミアは癒しの力を持ちはすれど、信徒というには些か我が強く奔放である。
 それもレオナルドが眉を顰めた一因と言えるかもしれない。

「お告げ?」
「そう!多分そんな感じです!」
「多分?」

 問い詰めるようにレオナルドが視線を送ると、ラミアの視線が右往左往に動く。
 何か隠しているのは明らかだが、ラミアが癒しの力を持ってるのは鑑定で証明されている事実だ。
 お告げが真実かどうかは定かではないが、何らかの意図があって神がその力が与えていると考えると、癒しの力が必要な事象が起こるという可能性も捨てられない。
 この国は信仰心の厚い国でもある。勿論レオナルドも王宮の敷地内に礼拝堂を造る程には、神への信心を持っていた。
 ラミアの言動がもし神を騙ったものであるならばそれ相当の裁きが必要となるし、もし真実なら自身の信心に背くことになる。
 レオナルドはじっとラミアを見つめた。

「お告げとやらは他になにか暗示しなかったのか?」
「他にって、スタンピードの?それなら、原因はアロイスですよ」

 とぼけた顔を見せながら、ここぞとばかりにラミアはにやりと笑った。
 その不穏さを感じながらもレオナルドは聞き覚えのある名に目を瞬かせた。

「アロイス?ヴィルフレドと結婚した?確か、君の兄だろう?」
「そうです」

 レオナルドの言葉にラミアの表情が不快そうに歪む。

「スタンピードって、人が魔力暴走した結果魔物を引き寄せて怒るんですけど、それを引き起こす人って左目が金色なんです。アロイスの目、見たことあります?いつも眼帯で隠してますけど」
「いや…」

 淡々と、だが確実に嫌悪感を滲ませた声でラミアが語る。
 アロイスの眼帯を外した姿を見たことは無い。
 正確に言えば、宝石で覆われた姿は見た事あるが、その奥にある瞳までまじまじと見たことは無かった。

「アイツずっと隠して、みんなを騙してたんですよ。家では呪いの子って虐げられてきたのに」
「男爵も知っていたのか!?」
「目の色外違うことは知ってますけど、スタンピードの呪いについては知らないと思いますよ。じゃなかったらあんな扱いしないですもん。魔力をコントロールできず、精神的にも抑圧され続けた結果、溜まった鬱憤を人々に向けてしまう。それが魔力暴走なんで。魔力鑑定も受けてないんで、どれだけの魔力量があるかアイツ本人は知らないでしょうね」

 ラミアの話に神妙な表情を浮かべレオナルドは思案する。これを根拠と判断していいのか。
 ただ、雑に扱うことが出来ない事だけは確かで、この件に関してはこれ以上口外されても困る。
 これ以上噂が広まれば、民衆の不安を無闇に煽るだけだ。

「うーん……なんとも言い難いが、何もしない訳にもいかないな。この件に関しては私が預かる。これ以上の口外は禁止だ」

 不満そうにしながらもラミアは仕方なくといった様子で頷いた。

 翌日、書類を整理しているとレオナルドの部屋の扉が勢いよく開かれる。
 不躾に扉を開けた人物に視線を送ると、勢いのままレオナルドへと詰め寄った。

「どういうつもりだ、レオっ!」

 長い付き合いだが!こんなにも取り乱したヴィルフレドを見たのは初めてだ。

「ヴィルフレド…申し訳ないがアロイスは暫く王宮で監視させてもらう」

 だが、理由を考えれば分からなくもない。レオナルド自身も、婚約者であるミアが突然王宮に拘束されたと聞けば、外聞も気にせず同じように問い詰めるだろう。

「何故だ!?アロイスが一体何をした!?」
「彼が何かした訳では無い。ただ、何かあってからでは遅いので監視するだけだ」

 ヴィルフレドに表情が不快に歪み、眉間に深い皺が作られた。元々ラミアの言動に忌避を見せていたが、アロイスにちょっかいを掛けられる度に嫌悪が増していっている。

「……ラミア嬢の話か」
「ああ。信じた、という訳でもないが、信じない訳にもいかない。わかるだろう?」

 ヴィルフレドはグッと拳を握り締め悔しげに唇を噛むと、静かに怒りを現した。

「…アロイスはあの目に苦しめられてきたんだぞ」
「だとしても、みすみす放っておく訳にもいかないのだ。癒しの力を持つ令嬢が、彼がスタンピードを起こすと言っているんだ。それに、彼の研究資料にスタンピードの際金色の光が観測されたとある。何かの比喩かと思ったが、その研究資料を知らない令嬢がその光を金の目だと特定している。私としても心苦しいが監視せざるを得ない」
「だがっ」
「ヴィルフレド、君の気持ちもわかる。それに、犯罪を犯したわけではないのだ、酷い拘束をしたりはしない。ただ離れの一室で例の日まで過ごしてもらうだけだ」
「ならば、俺もそこで過ごす」
「自分の責務を置いてか?」

 首を縦にも横にも振らないヴィルフレドの目には頑なな意思が見て取れる。譲る気は無いのだろう。レオナルドは悩ましげに嘆息を吐いた。
 頭が痛くなるような案件ばかりだ。

「はぁ……面会だけだ。それ以上は私も譲れない」
「わかった」

 互いの意志を最大限譲歩しあった結果と言えばそうなのだが、あっさりと了承したヴィルフレドを見ると、元々の考えていた落とし所に収めてしまったのかも知れない。

「宰相の息子は抜け目ないな…」

 ヴィルフレドが去った部屋で一人、レオナルドは深い息を吐いた。



 逸る気持ちのまま、ヴィルフレドは王宮内にある離れを訪れた。

「ヴィルフレド!」
「アロイス、大事無いか?」
「う、うん…でも卒業式までここで過ごすようにって」

 いつも外では眼帯に隠されている金の瞳が不安に揺れている。
 レオナルドはああ言っていたが、実際に見るまで安心など出来なかった。しかし騎士からも乱暴はされていないようで、ヴィルフレドは漸く安堵の息を吐く。
 離宮の一室。ゲスト用であろうその部屋は、ベッド以外に調度品も揃えられている。待遇としては好条件だろう。
 だが監視という名目は本気のようで、窓の外には王宮が見える。この部屋ならば何か起こっても早急に対応できるだろう。
 それに室内には監視役の騎士も常駐させられていた。出入口である扉にも中からは開けられないのよう封印の魔法が掛けられている。
 アロイスと知らない男が常に同じ空間で過ごすと考えると腸が煮えくりかえりそうになるが、今だけだ、と自身に言い聞かせヴィルフレドはグッと飲み込んだ。

「殿下から話は聞いた。俺も面会の許可を貰ったから、毎日会いに来る」
「ヴィー……でも仕事が」

 頬をそっと撫でれば、アロイスは喜びを滲ませながらも心配そうに眉尻を下げた。

「アーロに比べたら、それくらい大したことない」
「…ありがとう……でもこれは自業自得なんだと思う。今までヴィーに甘えて、呪いの子だって言われ続けたのに現実から目を背けて」
「ラミア嬢が勝手に言ってる可能性だってあるだろう」

 アロイスの目が悲しそうに細まり、受け入れたような、諦めたような顔を見せる。

「だとしても、万が一を考えると、きっとこれが最善なんだと思う…」

 アロイスの呟きにヴィルフレドは拳を握りしめた。
 何故アロイスがこんな目に遭わなければならないのか――。



 背を丸め痛みに呻くアロイスの姿を今でもヴィルフレドは忘れることが出来ない。
 助けを求めるとこも、手を差し伸べてくれる者もいない孤独さ。それを一人で必死に耐える姿を見て庇護欲を掻き立てられないわけが無かった。オマケに恋情まで抱えているのだ。
 このまま男爵家にいたらこんなにも綺麗な宝石は容易く壊されてしまう。気づいた時には公爵家へと連れ帰っていた。
 それからは兎に角どうやってアロイスを男爵家から引き離すかばかりを考え行動した。力ない自分を悔やむことも多かったが、今は出会ったのが幼少期で良かったとさえ思える。入学前だったからこそ、それをきっかけに早くから男爵家から離すことが出来た。
 幼い頃からあんな目に遭っていたのだ。幸せになって何が悪い。そしてそんなアロイスを幸せにできるのは自分しかいない。独り善がりだなんだと言われようが、アロイスのことを一番幸せにすると誓ったのだ。



 ヴィルフレドはアロイスをきつく抱きしめた。
 咄嗟のことにアロイスは戸惑いの表情を見せたが、おずおずとヴィルフレドの背に腕を回す。その仕草すら愛おしくて堪らない。
 スタンピードまで約一ヶ月。
 誰に何を言われようと、誰が敵に回ろうと、自分だけはアロイスの味方でい続ける。例え本当にスタンピードが起こったとしても。
 ヴィルフレドは心の中で静かに誓いを立てた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由

スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの少年二人は、15歳になり神の祝福でスキルを得た事で道をたがえる。彼らはやがて青年となり、片方は魔王討伐に旅立つ勇者として華々しい活躍をし、もう片方はただ彼の帰還を待つ相変わらずスラム暮らしの存在となる。 これは何も持たない青年がただ勇者の帰りを待つ日常を描いた作品です。 無自覚両片想いの勇者×親友。 読了後、もう一度だけ読み直して頂けると何か見える世界が変わるかもしれません。

処刑エンドの悪役公爵、隠居したいのに溺愛されてます

ひなた翠
BL
目が覚めたら、やり込んだBLゲームの悪役公爵になっていた。 しかも手には鞭。目の前には涙を浮かべた美少年。 ——このままじゃ、王太子に処刑される。 前世は冴えない社畜サラリーマン。今世は冷徹な美貌を持つ高位貴族のアルファ。 中身と外見の落差に戸惑う暇もなく、エリオットは処刑回避のための「隠居計画」を立てる。 囚われのオメガ・レオンを王太子カイルに引き渡し、爵位も領地も全部手放して、ひっそり消える——はずだった。 ところが動くほど状況は悪化していく。 レオンを自由にしようとすれば「傍にいたい」と縋りつかれ、 カイルに会えば「お前の匂いは甘い」と迫られ、 隠居を申し出れば「逃げるな」と退路を塞がれる。 しかもなぜか、子供の頃から飲んでいた「ビタミン剤」を忘れるたび、身体がおかしくなる。 周囲のアルファたちの視線が絡みつき、カイルの目の色が変わり—— 自分でも知らなかった秘密が暴かれたとき、逃げ場はもう、どこにもなかった。 誰にも愛されなかった男が、異世界で「本当の自分」を知り、運命の番と出会う—— ギャップ萌え×じれったさ×匂いフェチ全開の、オメガバース転生BL。

虐げられても最強な僕。白い結婚ですが、将軍閣下に溺愛されているようです。

竜鳴躍
BL
白い結婚の訳アリ将軍×訳アリ一見清楚可憐令息(嫁)。 万物には精霊が宿ると信じられ、良き魔女と悪しき魔女が存在する世界。 女神に愛されし"精霊の愛し子”青年ティア=シャワーズは、長く艶やかな夜の帳のような髪と無数の星屑が浮かんだ夜空のような深い青の瞳を持つ、美しく、性格もおとなしく控えめな男の子。 軍閥の家門であるシャワーズ侯爵家の次男に産まれた彼は、「正妻」を罠にかけ自分がその座に収まろうとした「愛妾」が生んだ息子だった。 「愛妾」とはいっても慎ましやかに母子ともに市井で生活していたが、母の死により幼少に侯爵家に引き取られた経緯がある。 そして、家族どころか使用人にさえも疎まれて育ったティアは、成人したその日に、着の身着のまま平民出身で成り上がりの将軍閣下の嫁に出された。 男同士の婚姻では子は為せない。 将軍がこれ以上力を持てないようにの王家の思惑だった。 かくしてエドワルド=ドロップ将軍夫人となったティア=ドロップ。 彼は、実は、決しておとなしくて控えめな淑男ではない。 口を開けば某術や戦略が流れ出し、固有魔法である創成魔法を駆使した流れるような剣技は、麗しき剣の舞姫のよう。 それは、侯爵の「正妻」の家系に代々受け継がれる一子相伝の戦闘術。 「ティア、君は一体…。」 「その言葉、旦那様にもお返ししますよ。エドワード=フィリップ=フォックス殿下。」 それは、魔女に人生を狂わせられた夫夫の話。 ※誤字、誤入力報告ありがとうございます!

異世界転生したと思ったら、悪役令嬢(男)だった

カイリ
BL
16年間公爵令息として何不自由ない生活を送ってきたヴィンセント。 ある日突然、前世の記憶がよみがえってきて、ここがゲームの世界であると知る。 俺、いつ死んだの?! 死んだことにも驚きが隠せないが、何より自分が転生してしまったのは悪役令嬢だった。 男なのに悪役令嬢ってどういうこと? 乙女げーのキャラクターが男女逆転してしまった世界の話です。 ゆっくり更新していく予定です。 設定等甘いかもしれませんがご容赦ください。

異世界転移された傾国顔が、アラ還宰相の幼妻になって溺愛されるまでの話

ふき
BL
異世界に転移したカナトは、成り行きでアラ還の宰相ヴァルターと結婚することになる。 戸惑いながら迎えた初夜。衝動のキス、触れあう体温――そして翌朝から距離が遠ざかった。 「じゃあ、なんでキスなんてしたんだよ」 これは、若さを理由に逃げようとするアラ還宰相を、青年が逃がさない話。 ヴァルター×カナト ※サブCPで一部、近親関係を想起させる描写があります。

【完結】冷酷騎士団長を助けたら口移しでしか薬を飲まなくなりました

ざっしゅ
BL
異世界に転移してから一年、透(トオル)は、ゲームの知識を活かし、薬師としてのんびり暮らしていた。ある日、突然現れた洞窟を覗いてみると、そこにいたのは冷酷と噂される騎士団長・グレイド。毒に侵された彼を透は助けたが、その毒は、キスをしたり体を重ねないと完全に解毒できないらしい。 タイトルに※印がついている話はR描写が含まれています。

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

【完結】囚われの親指王子が瀕死の騎士を助けたら、王子さまでした。

竜鳴躍
BL
サンベリルは、オレンジ色のふわふわした髪に菫色の瞳が可愛らしいバスティン王国の双子の王子の弟。 溺愛する父王と理知的で美しい母(男)の間に生まれた。兄のプリンシパルが強く逞しいのに比べ、サンベリルは母以上に小柄な上に童顔で、いつまでも年齢より下の扱いを受けるのが不満だった。 みんなに溺愛される王子は、周辺諸国から妃にと望まれるが、遠くから王子を狙っていた背むしの男にある日攫われてしまい――――。 囚われた先で出会った騎士を介抱して、ともに脱出するサンベリル。 サンベリルは優しい家族の下に帰れるのか。 真実に愛する人と結ばれることが出来るのか。 ☆ちょっと短くなりそうだったので短編に変更しました。→長編に再修正 ⭐残酷表現あります。

処理中です...