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離宮にある一室。
酷い扱いはしないと言うレオナルドの言葉通り、平穏に生活出来ているようだが、それでもヴィルフレドはアロイスの身を案じ、毎日この部屋を訪れていた。
ソファに並んで座る二人。同じ室内には監視役の騎士が控えている。
「変わりはないか?」
「ヴィー、昨日も同じこと聞いてたよ」
「アーロの顔を見て眠れないのだから、心配くらいさせてくれ」
ヴィルフレドの過保護さにアロイスは堪らず笑みを漏らした。
「変わらないよ。騎士さんも優しくしてくれたし」
その言葉にヴィルフレドの眉がピクリと動く。
「優しくしてくれた、とは?」
「え?」
「騎士に何をされた」
ヴィルフレドの顔が覗き込むようにグッと近づいた。
不貞でも疑われているのかと目を見開く。
「な!?何もされてない!何もされてないよ!!」
ジロっと騎士に視線を向けるヴィルフレドの圧に、無実だと騎士は無言で首を振っている。
不満を滲ませつつも、漸く納得したようにヴィルフレドはアロイスを抱きしめた。
「はぁ……アーロが足りなすぎる」
「ん……僕も、もっとヴィーと一緒にいたい」
ヴィルフレドの背に腕を回し、愛しむように抱き締め返した。
コンコン、と扉をノックする音が部屋に響く。開いた扉から別の騎士が現れた。
「時間です」
平坦な声が事務的な報告を告げる。
「そんな時間か…アーロ、また明日来る」
ヴィルフレドが慈愛に満ちた顔でアロイスの頬を撫で、惜しむように口付けると立ち上がった。
「無理、しないでね」
部屋の出入口まで見送ると、ヴィルフレドの手が名残惜しげに離れていく。
いつまでも逸らされることの無い視線。それを遮るように無常に扉が閉められる。
バタンと閉まる扉を、アロイスはただジッと眺めていた。
段々寒さも落ち着き始め、慣れたかと言われればそれなりの生活をしていた。
時折魔物の目撃情報や討伐報告が上がりザワつくこともあるが、アロイスが知らなかっただけで魔物の目撃情報は以前とそう頻度は変わりないらしい。
そんな日々も幾許か経ち、気づけば学園の卒業式も明日へと迫っていた。
アロイスが窓の外を眺めていると、慌ただしく王宮内に入ってく騎士達だ見えた。時々見る光景だが、今日はいつも以上に落ち着かない。
「何かあったのかな…」
自分の体調は変わりないし、魔力循環も穏やかだ。それでも不安は拭えず、つい張り付くように窓の外を覗いた。瞬間、部屋の扉が開く。
「魔物が現れたらしい。その報告だろう」
「ヴィルフレド!」
心地よい声音に振り返り、声の主、ヴィルフレドの側へと駆け寄った。
「魔物って!?スタンピードが起こったの!??」
魔物という言葉にアロイスの胸中が不安で埋め尽くされていく。スタンピードが起こるのは今日のはずだ。
「いや、単体のようだ。既に討伐も終わっている」
「そ、そっか……よかった」
ヴィルフレドの言葉にほっと胸を撫で下ろした。
今日を乗り越えれば開放されると分かっていても、何が起こるかわからない不安が何時までもアロイスの心の中に巣食っている。
そんなアロイスの不安にヴィルフレドが寄り添う。
「顔色が悪いようだが…眠れているのか?」
「何度も何度も夢を見るんだ。大量の魔物が街に押し寄せてくる夢……沢山の人の叫び声が聞こえてきて、みるみるうちに街が炎に包まれて…」
アロイスは訥々と語った。
きっとゲームで見た場面だろうが、それが何度も頭の中をリフレインしている。それを引き起こすのが自分だという恐怖に指先が震え、全身から血の気が引いていった。
「アロイスッ!」
宥めるようにヴィルフレドの腕がアロイスを包む。
「スタンピードが起こった訳では無い!アロイスは変わらずここに居るだろッ」
「ヴィルフレド…っ」
「今夜はそばにいる。アーロを一人にはしない」
ヴィルフレドが目配せすると、騎士が外に待機する騎士へと合図を送った。扉が開かれ、ヴィルフレドが要望を伝えると、騎士は眉を下げながら王宮へと走っていく。
「ダメだよヴィルフレド!もし僕が魔力暴走を起こしたら、ヴィルフレドだって」
「もし本当にアロイスが魔力暴走を起こすのなら、俺は最後までアロイスのそばに居たい。たとえ何も出来ず命を落としたとしても」
そんなの許容の範囲を超えている。本当にそんなことになったらアロイスは一生自分を許すことなど出来ないだろう。
「っダメだ!」
「嫌だ」
急に子供が駄々を捏ねたようになるヴィルフレドに、過去の記憶が蘇った。昔からそうだ。大人びているのに急に子供っぽくなるのだ。
こんな状況なのに思わず笑みを漏らしてしまう。
「アロイス?」
「昔からそうだったよね。いつも大人っぽいのに急に子供みたいな口調になって。頑固だし僕の意見なんか聞かず勝手に結婚する気でいたし」
「ア、アロイス?」
突然多弁になったアロイスの様子に、ヴィルフレドが慌てふためく。その珍しさに手の震えなどとっくに止まっていた。
「でも、そんなヴィルフレドだから好きになったんだよね。どんな僕でも好きでいてくれてありがとう」
「そんなの、当然だ」
暫くすると眉根を寄せたレオナルドがレンブラントと共に離宮へとやって来た。
「ヴィルフレド、あまり監視役を困らせるな」
「困らせてない。俺の要望を伝えただけだ」
「はぁ……たまには私のことも労って欲しいものだ」
「ミアがいるだろ」
「ぐっ……それはそうだが」
たじろぎながらもひとつ咳払いをすると、これだけは譲れないとレオナルドが案を出す。
「申し訳ないが一緒に過ごしたいというのなら監視は当然だが、魔封じはかけさせてもらう。これは譲れない条件だ」
「ああ、構わない」
ちらりとレンブラントに視線を送るレオナルドにヴィルフレドは一も二もなく頷いた。
「では掛けさせて頂きます」
レオナルドが頷くと、レンブラントとがヴィルフレドへと近づく。そして手を翳すとヴィルフレドの体が一瞬光り、その光が体内へと収縮していった。
「夜明けと共にこの魔封じの効果は切れますが、それまでは魔力に封がされた状態です。無理に魔法を使うと魔力が封印に吸収され枯渇し、生命の危機に瀕することになりますので十分ご注意を」
「ああ…」
「ヴィー、大丈夫?」
「これくらいなんてことない」
不安げにアロイスが見つめると、安心させるようにヴィルフレドが微笑んだ。
レオナルド達が退室後、晩餐を終えるとソファに並んで座り窓の外を眺める。
とっくに日は暮れ空には金色が瞬いていた。
寝衣を身に纏っているが、とても眠れそうにない。
もしアロイスの魔力暴走が始まれば、この景色は二度と見れないのだ。
「星がキレイ…」
「そうだな……だが、アーロのこの目の方が綺麗だ。蜂蜜みたいに甘そうなこの目が、ベッドの上でとろりと溶けるのをまた見たい」
「ヴィ、ヴィー!?」
「早く帰ろうな」
いつまで経ってもヴィルフレドの甘い雰囲気に慣れないアロイスの頬を染まる。そのいつまでもウブな反応にヴィルフレドは堪らずぎゅっと抱き締めた。
腕の中に閉じ込められると、トクッ、トクッとヴィルフレドの心臓の音が聞こえる。その音に目を閉じ聞き入った。
ヴィルフレドの生きている証に愛しさが募っていく。
これが子供の頃なら生きる方が辛く逃げだしたいと思っただろう。
だが今は違う。
この人だけは何があっても守りたい。この人の為にも生きたい。
ただ、それだけを強く願っていた。
並んで座ったソファ。ただ静かに窓の外を眺めていると、ゆっくりと地平の奥が黄金色に染まり始め、空が薄明色へと変わっていく。
「……朝?」
「そうだな…魔封じも解けたようだ。魔力の巡りを感じる」
「スタンピードは…」
「…起こらなかったな」
呆気なさに全身の力が抜けていく。
張り詰めていた緊張の糸が切れたのだろう、アロイスの頬を涙が伝った。
「……かっ…た……よ…かったッ」
「アーロ……ッアーロ…」
慰めるようなヴィルフレドのキスが流れた涙を拭っていく。されるがまま、アロイスは身をあずけていた。
(よかった……っ本当によかった)
言葉が嗚咽に埋もれて出てこない。
理由は分からないが、スタンピードは起こらなかった。
その事実が全てだった。
コンコンっと控えめに扉が叩かれる。
扉が開かれると、レオナルドが姿を見せた。
眦を下げ、申し訳なさそうな表情を浮かべている。
「無事夜が明けた。約束通り監視は解かれたので自宅まで送る。不便をかけてすまなかった」
その言葉にアロイスは静かに首を振る。
「いえ…何も起こらなくて良かったです」
本当に何も起こらなくてよかった。
誰も傷つかずにすんでよかった。
心の中はそればかりで埋め尽くされている。
「アーロ…帰ろう」
ヴィルフレドに肩を抱かれ、アロイスは強く頷いた。
王宮で過ごしたのは一ヶ月程だろうか。帰った我が家の安心感に足の力が抜けていく。
「帰ってきた…」
床に座り込む寸前で、隣にいたヴィルフレドがアロイスの体を支えた。
隣にヴィルフレドがいる。ずっと隣にいてくれたのに、離宮と家ではこんなにも違う。帰ってきた実感が増し、涙腺の緩みを感じた。
「おかえり、アーロ」
柔和な表情で迎えられ、耐えられない涙が零れる。
「ただいまッ!」
喜びと安堵を伝えるように、アロイスは力一杯抱きついた。抱きしめた腕をそのままに抱えられると、ヴィルフレドが歩き始める。使用人達も「お帰りなさいませ」と微笑ましげに出迎えてくれた。
自室に着くと漸くソファに降ろされる。
「それにしても、ラミア嬢は何であんな事を言ったのか謎だな」
隣に座るヴィルフレドの言葉にアロイスはなんとも言えず、苦い顔をした。
レオナルドにはお告げがあったと説明したようだが、スタンピードが起こったら起こったで大事だし、起こらなかった場合はどうするつもりでいたのか。実際起こらなかった今、ラミアの現状が気がかりではある。
「ラミアはどうなるの?」
「ラミア嬢も王家で保護しているから、今頃話を聞かれているだろうな」
瞬間アロイスは表情を曇らせた。
ラミアの身を案じてしまうのは同じ転生者として当然だが、もっと上手く行動すればこんなことをさせずに済んだのかもしれないという悔悟もあったからだ。
「兄妹喧嘩では済まない事態になってしまっているのは確かだ」
自然と視線が落ちていく。
ヴィルフレドがもしラミアに好意を抱いたら、きっとラミアはこんな事をせずに済んだだろう。
だが、アロイスもヴィルフレドを諦めることなどできなかった。その結果、ラミアが暴走してしまったのだが。
「……僕が魔力暴走を起こさなかったのって」
「それだが、アロイスは学年首席を取るほど魔法学の成績が良く魔力コントロールも出来ていたのだから、余っ程の事がない限り魔力暴走など起こすはずがないんだ」
「……そっか」
それはそうか、と思わず頷いでしまう。
魔力暴走を起こすと言われ不安に脅えていたが、魔力はいつも穏やかに循環していた。
そんな話をしていると扉がノックされる。
「失礼します」と声がかかり、ルーシャンが入ってきた。
「お帰りなさいませ。出迎えられず申し訳ありません」
「何かあったのか?」
「王宮より先触れが来たので対応しておりました。此度の事でレオナルド殿下から話があるとのことです。如何されますか?」
「今度は一体なんだ」
ウンザリといった表情を見せるが、第二王子であるレオナルドからの話を無視する訳にもいかないと、応接間へと足を運んだ。
「帰ったばかりだというのに時間を取らせてしまって申し訳ない」
「今度は何の話だ?」
応接間にてレオナルドと対面するようにアロイスとヴィルフレドは座った。
アロイス絡みになると王族関係なくヴィルフレドは警戒心を顕にしてしまうらしい。レオナルドとは昔からの仲だと分かっていても、アロイスがハラハラしてしまうのは仕方がない。
「手短に話させてもらうと、アロイスの実家サクラーティ男爵家だが…爵位剥奪となった」
「え?」
思いがけない重たい話に、アロイスは愕然とした。
決していい思い出のある家ではないが、そんな大事となると驚かずにはいられない。
「驚くのも分かるが、今回のラミア嬢の事だけではない。最近税収と帳簿が合わないため調査したところ、サクラーティ卿が徴税官となってから横領していた事がわかった。特にここ数年その額が増え、それを示すように男爵家は羽振りが良くなっている」
「そ、そんな…」
「心配せずとも、横領に関しては男爵の罪であって、夫人や君たちに罪を背負わせることは無い。が、爵位は剥奪されるのでサクラーティ家は平民となる。まぁ、アロイスは既に嫁いだ身だから関係ないが」
「そうですか…」
愛着など持てなかった家だが、実家が無くなるというのはなんとも言えない気持ちになる。
その後もラミアとリーヌスの処遇について話したあと、レオナルドは帰っていった。
ラミアは今回の騒動で王家にも混乱を招き、大衆を不安に陥れた罪を問われることになるという。それを仕方ないと感じつつも、どうしても悲しい気持ちになってしまう。
寝耳に水であったのが、リーヌスも王宮内で不穏な言動をし、アロイスを陥れようとしていたという話だ。剰えラミアを王家に嫁がせようとミアに不利な噂を流布していたとレオナルドが珍しく表情を歪めながら話していた。
これについては何かの罪を負わせる訳では無いが、平民落ちになる時点で十分な罰だろうという見解だった。
久しぶりのベッドの上。こんなにも穏やかな気持ちで眠れるのは何時ぶりだろうか。
「疲れただろう。ゆっくり休むんだ」
「うん……ヴィー…」
重たい瞼を擦りながら、ヴィルフレドの名を呼ぶ。
「ん?」
「愛してる…」
「ッ……あぁ、俺も愛してる」
ヴィルフレドの腕の中、頭を撫でる感触が心地よく、アロイスはいつの間にか微睡みに落ちていた。
END…?
目覚めた視界にある天井と、懐かしく感じる蛍光灯の明かり。
こんなものあったっけ?とぼんやりした頭で考えながらも起き上がると、パソコンが目に入った。モニターの電源も入りっぱなしだ。
映し出された画面。そこにはハッピーエンドの文字が浮かんでいる。
何かゲームをしていたんだろうか?
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次に画面に浮かんだ文字。
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宜しかったらお付き合い下さいませ。
多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。
ストックが切れるまで、毎日更新予定です。
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