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皇帝の使者
しおりを挟む森の浄化から数日。
スイハとの関係は一変した……ように思えた。
おはようとおやすみは同じベッド。薬草採取に行く時は近くで見守り、たわいもない話をする。
時折見せる目が欲を孕んでいるくらいで、驚くほど今まで通りだ。
スイハも森の中なら自由に行き来できるほど瘴気の薄れた空気。それにようやく安堵を覚え始めた頃だった。
トントンッと扉を叩く音に、各々が驚きをみせる。
「誰だ?」
「ラゴ国の追っ手か?」
警戒しながらもゆっくりと扉を開く。
廃屋の前に現れたのは、明らかにこの森には不釣り合いな一団だった。
磨き上げられた装飾靴、皇帝紋の刻まれた外套。
「突然の訪問で申し訳ない。我々は皇帝陛下より授かった命により参った」
そう言いながら、使者は恭しく頭を下げる。
「トーリ殿を、皇城へお招きしたい」
上げられた目がじっとトーリを射抜く。
胸の奥が、静かに軋んだ。
予感はあった。だが、実際に告げられると、現実味が重くのしかかる。
皇帝の使者ということは──。
スイハは何も言わなかった。
ただ、トーリの肩に手を置き、親指で一度だけ撫でる。
行くことを、止めはしない。だが、戻る場所はここだと、無言で告げている。
トーリはそれに静かに頷いた。
とはいえ、何があるかわからない皇城への招待。要件を聞いても「皇帝陛下のご命令です」と言うばかり。
浄化された地から離れられないスイハの代わりに、ライアンが同行を名乗り出た。
「では、早速馬車へ」
促されるまま馬車へと足を向ける。
首都へ向かうにも馬車で半日以上。しかも魔物に襲われる可能性もある中、徒歩でなど無謀なことだ。
馬車に乗り込む直前、スイハは低く囁いた。
「何かあれば、私の加護が必ずトーリを守る」
それは、愛情であり、独占の宣言でもあった。
初めて目にする皇都は、美しく、そしてどこか寂れていた。
商業地区はそれなりに人の往来があるが、ラゴの王都に比べるとどこか活気に欠ける。
妖精を模した柱、風化した精霊像。
かつて精霊を敬い、共に生きていた痕跡が至るところに残っている。
「……シーミュの民は、昔は、妖精が普通に見えたらしい」
ライアンの呟き。
「そうです。……あの頃のシーミュは魔物の脅威もなく、自然豊かで、国民も活気に溢れていました。でも、今は……」
使者が懐古的に呟き、視線を外へと向けた。
十数年前まで、シーミュ帝国は「精霊の国」と呼ばれていた。
それが今では、精霊は姿を消し、瘴気が溢れ、魔物が跋扈する。
精霊に守られている時にはなかった恐怖に、国民は怯えているのだ。
「どうして、精霊は居なくなったんですか?」
「それは──」
瞬間、馬車が止まる。
「着きました」
窓の外。長い城壁に囲まれ、白壁に身を包んだ城が聳えていた。
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