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好きな香りに包まれて
しおりを挟む最近感じる体の不調。倦怠感はあるが、熱が出たり咳が出るなど風邪とは違う。意味もなく気分が落ち込み、夜寝付きにくくなった。眠りも浅い。
ここ1週間くらいそれが続き、目の下にはクマができてしまっている。
「ユリウス様、体調が優れないのでしたら医師をお呼びしますが」
心配そうに顔を覗き込みながら、ドリューが訊ねる。
見てわかる程に酷い有様なのだろう。
「……うん、お願いしようかな」
「では、すぐ手配致します」
その日の夕方、呼ばれた医師がユリウスの元へと訪れた。
白髪混じりの髪を清潔に整えた男性医師は、40代くらいだろうか。落ち着きある所作で診察を行っていく。
「うーん、体に悪いところは無いですね。前回のヒートはいつ頃?」
医師が聴診器を外しながら訊ねた。
「春季休暇だったので……4ヶ月くらい前だったと」
「その時はおひとりで?」
「幼馴染のアルファが一緒に」
「ふむ……ならば妊娠の可能性も考えませんと」
顎に手を当て、深刻そうに眉を寄せる医師の言葉に驚愕する。
「に、妊娠!?それはないです!確かにヒートでしたけど、ローレンツとはそこまでの事はしてなくてッ」
妊娠した、などと人の耳に入ればそれこそ一瞬で社交界に広まってしまうだろう。
妊娠など、それだけは絶対に有り得ない。あの期間、ローレンツとは本当に所謂本番と呼ばれる行為は行ってないのだ。きっぱり否定しなければローレンツにも迷惑が掛かってしまう。
「ではフェロモンの影響でしょう。ヒートになったばかりの頃は周期も不安定で不安になりやすく、ユリウス様のような症状が出る方もいらっしゃいます。気になされなくて大丈夫ですよ。好きな香りでリラックスすると症状も和らぎます」
「好きな香り……」
やんわり微笑んだ医師の言葉。浮かんだのはローレンツの顔だった。
ノヴァーリス領のバラ園で包まれた香りが脳裏に蘇る。
「ユリウス様、好きな香りがあるならご準備致します」
「それなら……」
仕事の早いドリューは早速、とローレンツへと手紙をしたためた。その返事は早く、週の半ばの頼み事は週末には叶うことになった。
「ユリウス様、ローレンツ様がお見えになりました」
「ありがとう」
自室でゆっくりしていると、扉を叩く音のあとドリューの言葉が続く。
重い体を上げ応接間へと向かう。
扉を開けば心配そうな金の瞳がユリウスを捉えた。それだけで胸がぎゅっと詰まる。
「ユーリ、体調はどう?」
立ち上がり駆け寄るローレンツに「大丈夫」と答えるが、じとりと疑いの目に耐えきれず、視線を逸らす。
「……まだ、体の怠さがあって」
素直に答えれば、ローレンツがふぅっと息を吐いた。もどかしそうに眉を寄せている。
「俺がずっとそばに居られればいいのだが」
「ローにそこまで迷惑かけられないよ」
その優しさに複雑な笑みを浮かべた。嬉しいのに、この優しさに何時までも甘えられないのはわかっている。心から喜べれば良かったのに。そんな感情が湧いてしまう。
コンコンッと応接間の扉が鳴る。
「ユリウス様、部屋の飾りが終えました」
使用人の言葉にユリウスはぱぁっと顔を上げた。
1人寂しかった部屋にローレンツの香りが溢れている。それを想像するだけで沈んだ気持ちが浮上し、頬が緩んでいく。
「俺も見ていいかな?」
「もちろんッ」
ドキドキしながら自室の扉を開く。そこには想像以上に部屋を埋め尽くすバラがあった。
「わぁ……」
部屋いっぱい広がる香り。
日差しが降り注ぐ窓際には鉢に植えられたバラが置かれている。
「足りるか?切り花だと長持ちしないから、鉢もいつくか運ばせたんだが」
無意識に足が進んでいく。
前回のヒートでこの部屋いっぱいになったローレンツの香り。それを思い出し胸がいっぱいになった。
「ありがとう、ローレンツ。やっぱり……落ち着く……」
窓際に飾られたバラに顔を寄せる。
それを見てローレンツはそっと顔を綻ばせた。
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