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序章 奴隷の半獣人
06鈍臭い幼児
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「半獣人の繁殖力には驚かされるぜ。ネズミと一緒だな」
当時、施設に着いて直ぐ部下の一人が吐き捨てるように言っていたが、まあ他の部下の顔は見ずとも皆同じ顔をしていただろう。
奴隷保育園の発見情報が入り、部隊と向かえば確かに生まれたてのような半獣人の幼児達で溢れ返っていた。幼児向けの菓子を用意して別の場所に移動させながら、施設の奴隷商人の人間達も口封じで始末する。
成人済みの者は首を切って終わりだが、幼児ともなると血を見るのは嫌がる者も多い。
だから保育園を発見した際は、軍内部で開発された毒入り菓子を与えて去勢処分する決まりだった。
美味しいお菓子を食べて眠り、夢を見てる間に死ぬか、生殖機能を失う。
そのように開発された毒は、慈母の愛と呼ばれていた。
──本物の慈母が居るならば、この状況をどう見るだろうか。
などと言う感傷めいた考えを持つ者もごく稀に居るだろうが、私は特に何も思わない。
か弱い命が踏み潰されて死ぬのは蟻も同じ。奴隷の大概は戦か、魔物か、主人の仕打ちによるものか、とにかく苦しみ踠きながら死ぬのが殆どだ。
辛い現実を味わう前に美味しいお菓子を食べて、夢の中で旅立てるのは、そう悪い話でも無いと思う。
処分は部下達に任せて暇つぶしに保育園内を見て回れば、他の施設よりも子綺麗で金がかけられてるのがわかる。
幼児達の発育も良かったから、恐らくここは特権階級向けの奴隷保育園だったのだろう。
清潔な寝床と、使い古された黒板が最低限の教育を施しながら育成していたのがわかる。
誰もいない施設内を歩いて、商品売り場である遊具の置かれた中庭に出た時。
シュー
月明かりの元、滑り台でひとりで遊ぶ半獣人の幼児がいた。
既にこの施設内関係者は全員処分されたというのに、それに気付くことなく遊ぶ呑気な姿。部下を呼んですぐ回収させることも出来たが、気まぐれに暫く観察してみた。
その猫科半獣人の幼児は、かなり鈍臭かった。
滑り台の下に着くと、シュタッと両足着地がうまく行く時と、そうでなくコロンと地面に転がり落ちる時がある。黒毛の髪や服には砂が付いて汚れている有り様だが、何度も走って登っては、またシューと滑り台を滑る。
──鈍臭すぎて、菓子にもあぶれたのだろうか?
だとすれば、かなりの幸運の持ち主だ。
結果的に毒菓子に釣られず、私が見つけるまでこうして生き延びているのだから。そう思って更に眺めていると、幼児はずっと楽しげに滑り台を滑る。
いろんな姿勢で。鈍臭いくせに、寝そべって頭から滑り落ちたりと死に急ぐような滑り方までしている。
よくよく顔を見れば、既に大きな傷跡が二つもあるから、立派に鈍臭い結果を残しているようだが、時折り満月を眺めながら滑ってる様子を見て、この幼児は暗闇でも孤独や恐怖を覚えたりしないのだろうと思った。
それに耳につけられた奴隷タグの色。他は黄色のタグだったが、この鈍臭い幼児は青いタグ。何の違いがあるのかと興味が沸いた私はより良く観察してみると、他の幼児にはあったものがこの幼児にはなかった。
人間の耳である。
シューと滑る幼児の側頭部には、半獣人にある人間の耳がない。
半獣人達が人間と獣のハーフだと言われる理由もそこにあった。
長い耳のエルフと獣人が交わって、どういう血の影響なのかは未だに分からないし今後も解明される事はないだろうが、何故か半獣人には獣耳と、人間の耳がある。
どちらの耳が機能するかは、個体差があるらしく一概には分からないそうだが。
この鈍臭い幼児は、さっきから頭の耳をピクピクと動かしているから確実に機能しているのは分かる。
人間の耳のない半獣人こそ、古来の純種獣人の姿だとかつて冒険者から聞いて知っていた私は、この鈍臭い幼児を連れて帰る事に決めた。
先祖返りなのか、本当の純種獣人の生き残りなのか、それは少しだけ気にもなったが。
だが単純に、お菓子に釣られず生き延びたこの幼児の成長を見てみたくなった。
抱き上げただけで粗相して、怯えて股に尻尾を挟む。かなりの臆病者らしい。さっきは死に急ぐような滑り方をしていた癖に、一体どうしたことやら。
だがこちらをジッと見つめてきた大きな目は、とても綺麗な翡翠色をしていて、より気に入った。
名前を尋ねても口も聞かず大人しいので、荷袋に詰めて運ぶことにした。
退屈な馬での移動中も、荷袋の中を時折り観察しながら過ごしていたらいつの間にか自宅に着いていた。良い暇つぶしである。
りんごやパンをやると袋の中で丸まりながら、綺麗な翡翠の目をこちらに向けて大人しくムシャムシャ食べる様子がなんだか面白くて、それからはずっと荷袋に詰めてしょっちゅう連れ回した。
すぐに大きくなってしまい、それも出来なくなってしまったのが残念だったが。
「滑り台、下着新しいものに変えてないぞ」
森の奥に入って歩きながら声を上げると、遠くから「ヴー」と唸り声が小さく聞こえる。こちらに来ようか迷ってる時の声だ。
声の反響音から位置を特定して、矢に下着を縛り付けると放つ。
狙い定めた遠くの巨木に刺さったのがわかり、それ以上散策はせずに森を後にする。何せ昨日帰ったばかりだというのに、仕事は山積みだからだ。
部下の一人のファレイシャスが昇格して手元を離れたおかげで、私の書類仕事は滞り出す一方である。
事務仕事が得意な新たな部下を引っ張ってくるまで、任せきれない分を自分でやらねばならない。
暫くぶりの軍本部棟での執務室勤務にうんざりしながら向かったが、勿論足取りは重くて当然だった。
「ユノスティアス殿、あの子猫さんはどうされたのですか?」
久々に会った強襲部隊長のランティスドールに聞かれたが、面倒くさくて「死んだ」と答えたらとても悲しそうな顔をして来たので「庭に放し飼いしてる」と言ったらにっこり笑った。この男とは随分長い付き合いになるが、相変わらずの博愛主義の仮面を付けている。
「ユノスティアス殿のお庭はさぞかし広いと聞きます。快適でしょうな」
「然程でも無い。森と山があるくらいだ」
「それがさぞかし広いと言うのですよ。我々世代では持てない土地ですから羨ましい限りです。あ、今度の休みに遊びに伺っても?久々に子猫さんに会いたいです」
ランティスドールに次の休みに来いと言って分かれたが、その日の夕方には召集がかかり夜にはまた外回りへと発つことになった。しかもランティスドールの部隊も共に。
「南の国へ討伐と調査とか。わたくしは暑いところ苦手なのですがね」
船に乗りあわせて愚痴って来たランティスドールだったが、今回は顔見知りの部隊も一緒と言うのもあって悪い気分はしなかった。まぁ、強襲部隊が共に居るという時点で碌な任務では無いのは分かるが。
「次の休みの日はきっとお揃いで取れますね。これはちょうど良かったかもしれません」
そう言って笑って来たランティスドールだったが、私達の次の休み、つまり家に帰ったのは、この日から約十三年後の事だった。
当時、施設に着いて直ぐ部下の一人が吐き捨てるように言っていたが、まあ他の部下の顔は見ずとも皆同じ顔をしていただろう。
奴隷保育園の発見情報が入り、部隊と向かえば確かに生まれたてのような半獣人の幼児達で溢れ返っていた。幼児向けの菓子を用意して別の場所に移動させながら、施設の奴隷商人の人間達も口封じで始末する。
成人済みの者は首を切って終わりだが、幼児ともなると血を見るのは嫌がる者も多い。
だから保育園を発見した際は、軍内部で開発された毒入り菓子を与えて去勢処分する決まりだった。
美味しいお菓子を食べて眠り、夢を見てる間に死ぬか、生殖機能を失う。
そのように開発された毒は、慈母の愛と呼ばれていた。
──本物の慈母が居るならば、この状況をどう見るだろうか。
などと言う感傷めいた考えを持つ者もごく稀に居るだろうが、私は特に何も思わない。
か弱い命が踏み潰されて死ぬのは蟻も同じ。奴隷の大概は戦か、魔物か、主人の仕打ちによるものか、とにかく苦しみ踠きながら死ぬのが殆どだ。
辛い現実を味わう前に美味しいお菓子を食べて、夢の中で旅立てるのは、そう悪い話でも無いと思う。
処分は部下達に任せて暇つぶしに保育園内を見て回れば、他の施設よりも子綺麗で金がかけられてるのがわかる。
幼児達の発育も良かったから、恐らくここは特権階級向けの奴隷保育園だったのだろう。
清潔な寝床と、使い古された黒板が最低限の教育を施しながら育成していたのがわかる。
誰もいない施設内を歩いて、商品売り場である遊具の置かれた中庭に出た時。
シュー
月明かりの元、滑り台でひとりで遊ぶ半獣人の幼児がいた。
既にこの施設内関係者は全員処分されたというのに、それに気付くことなく遊ぶ呑気な姿。部下を呼んですぐ回収させることも出来たが、気まぐれに暫く観察してみた。
その猫科半獣人の幼児は、かなり鈍臭かった。
滑り台の下に着くと、シュタッと両足着地がうまく行く時と、そうでなくコロンと地面に転がり落ちる時がある。黒毛の髪や服には砂が付いて汚れている有り様だが、何度も走って登っては、またシューと滑り台を滑る。
──鈍臭すぎて、菓子にもあぶれたのだろうか?
だとすれば、かなりの幸運の持ち主だ。
結果的に毒菓子に釣られず、私が見つけるまでこうして生き延びているのだから。そう思って更に眺めていると、幼児はずっと楽しげに滑り台を滑る。
いろんな姿勢で。鈍臭いくせに、寝そべって頭から滑り落ちたりと死に急ぐような滑り方までしている。
よくよく顔を見れば、既に大きな傷跡が二つもあるから、立派に鈍臭い結果を残しているようだが、時折り満月を眺めながら滑ってる様子を見て、この幼児は暗闇でも孤独や恐怖を覚えたりしないのだろうと思った。
それに耳につけられた奴隷タグの色。他は黄色のタグだったが、この鈍臭い幼児は青いタグ。何の違いがあるのかと興味が沸いた私はより良く観察してみると、他の幼児にはあったものがこの幼児にはなかった。
人間の耳である。
シューと滑る幼児の側頭部には、半獣人にある人間の耳がない。
半獣人達が人間と獣のハーフだと言われる理由もそこにあった。
長い耳のエルフと獣人が交わって、どういう血の影響なのかは未だに分からないし今後も解明される事はないだろうが、何故か半獣人には獣耳と、人間の耳がある。
どちらの耳が機能するかは、個体差があるらしく一概には分からないそうだが。
この鈍臭い幼児は、さっきから頭の耳をピクピクと動かしているから確実に機能しているのは分かる。
人間の耳のない半獣人こそ、古来の純種獣人の姿だとかつて冒険者から聞いて知っていた私は、この鈍臭い幼児を連れて帰る事に決めた。
先祖返りなのか、本当の純種獣人の生き残りなのか、それは少しだけ気にもなったが。
だが単純に、お菓子に釣られず生き延びたこの幼児の成長を見てみたくなった。
抱き上げただけで粗相して、怯えて股に尻尾を挟む。かなりの臆病者らしい。さっきは死に急ぐような滑り方をしていた癖に、一体どうしたことやら。
だがこちらをジッと見つめてきた大きな目は、とても綺麗な翡翠色をしていて、より気に入った。
名前を尋ねても口も聞かず大人しいので、荷袋に詰めて運ぶことにした。
退屈な馬での移動中も、荷袋の中を時折り観察しながら過ごしていたらいつの間にか自宅に着いていた。良い暇つぶしである。
りんごやパンをやると袋の中で丸まりながら、綺麗な翡翠の目をこちらに向けて大人しくムシャムシャ食べる様子がなんだか面白くて、それからはずっと荷袋に詰めてしょっちゅう連れ回した。
すぐに大きくなってしまい、それも出来なくなってしまったのが残念だったが。
「滑り台、下着新しいものに変えてないぞ」
森の奥に入って歩きながら声を上げると、遠くから「ヴー」と唸り声が小さく聞こえる。こちらに来ようか迷ってる時の声だ。
声の反響音から位置を特定して、矢に下着を縛り付けると放つ。
狙い定めた遠くの巨木に刺さったのがわかり、それ以上散策はせずに森を後にする。何せ昨日帰ったばかりだというのに、仕事は山積みだからだ。
部下の一人のファレイシャスが昇格して手元を離れたおかげで、私の書類仕事は滞り出す一方である。
事務仕事が得意な新たな部下を引っ張ってくるまで、任せきれない分を自分でやらねばならない。
暫くぶりの軍本部棟での執務室勤務にうんざりしながら向かったが、勿論足取りは重くて当然だった。
「ユノスティアス殿、あの子猫さんはどうされたのですか?」
久々に会った強襲部隊長のランティスドールに聞かれたが、面倒くさくて「死んだ」と答えたらとても悲しそうな顔をして来たので「庭に放し飼いしてる」と言ったらにっこり笑った。この男とは随分長い付き合いになるが、相変わらずの博愛主義の仮面を付けている。
「ユノスティアス殿のお庭はさぞかし広いと聞きます。快適でしょうな」
「然程でも無い。森と山があるくらいだ」
「それがさぞかし広いと言うのですよ。我々世代では持てない土地ですから羨ましい限りです。あ、今度の休みに遊びに伺っても?久々に子猫さんに会いたいです」
ランティスドールに次の休みに来いと言って分かれたが、その日の夕方には召集がかかり夜にはまた外回りへと発つことになった。しかもランティスドールの部隊も共に。
「南の国へ討伐と調査とか。わたくしは暑いところ苦手なのですがね」
船に乗りあわせて愚痴って来たランティスドールだったが、今回は顔見知りの部隊も一緒と言うのもあって悪い気分はしなかった。まぁ、強襲部隊が共に居るという時点で碌な任務では無いのは分かるが。
「次の休みの日はきっとお揃いで取れますね。これはちょうど良かったかもしれません」
そう言って笑って来たランティスドールだったが、私達の次の休み、つまり家に帰ったのは、この日から約十三年後の事だった。
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