山暮らしの獣人、最上級冒険者と終わらない旅に出る

ウロ

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【冒険者編】第一章 獣人、山を降ろされる

01最悪の出会い

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 オレはとにかく早く山に帰りたかった。
 山は魔物がたくさんで常に危険だが、人里のわけわからない匂いや音や気配の渦の中より、育った山の方が良い。

 それに、街を歩くときはいつも一緒だった気配が隣にいないのが、オレを変な状態にするのだ。落ち着かなくて、勝手に気分が落ち込んでいく。何なんだ。これは。狩りに失敗して死にかけた時みたいな気分だ。でも身体は元気。意味がわからない。

 一緒にいた気配がオレの傍からいなくなってから、ずっとこんな調子だった。


「いやぁ~頼んでから一ヶ月音沙汰ないから、心配したんだよ。ほら、前回は翌日に持ってきてくれたからさ。ま、あれがちょっと凄すぎたんだってのは分かってるよ。ともあれ旦那が無事で何よりだ」

 よく喋る店主に、素材の注文をされたことを思い出したのは一昨日。仕方なく久々に狩りに出て、目当ての魔物を狩って素材を剥いで持ってきた。
 店主と会話するのはいつもそばにいた気配の役割だったが、もういない。店主も「いつもの金庫番は?」などと言われて、更に死にそうな気分になる。

 街を歩けば、変わらない光景なのに、そばにいた気配だけがない。
 お喋りな店主の目を盗んでさっさと店を出て、帰り道を歩いてたら顔見知りの小さな兄弟とまた会った。道端で暮らしてる兄弟は、前見た時よりも元気そうで、そして心配された。

「あれからずっとおっさんに礼が言いたくて、仕事終わりに探したんだぜ。見てくれよ、前にあんたがくれた金貨でさ、飯も買えて服もまともなの買えたし、おかげで仕事も貰えるようになってさ…」

 兄の隣でにこにことオレに笑いかける弟も、ボロ布じゃなく服を着ている。オレのおかげというが、そうじゃない、キンをうまく使ったお前らの行動の成果だ。話を聞けば、家とオヤを失って以来初めて大人に優しくされただの、他にも血の繋がらない兄弟の面倒も見てるだの、よく喋る。人里のひとは、店主もだが、みんな、よく喋る。

「本は読むのか」
「え?」

 オレは二人の事情はよく分からんが、本を読むのかと聞いたオレに、兄はキョトンとした顔で見上げてきた。

「まあ…両親が生きてた頃は、貸本を少し…ほら、本は高くってなかなか買えないからさ」
「やる」
「っわ!? うわ、重ッ!?」

 オレは素材と交換した金の入った革袋を丸ごとやった。前は一枚の金だったが、今度は革袋いっぱいの金だ。金を必要としてる奴が持てばいい。本を読めるのは賢いやつの証拠だ。あいつは、金をいつも本に交換していたし、本は交換するのに、たくさん金がいる。
 小さな兄は腕に抱え持つ革袋の重さにびっくりして返そうとしてきたが、オレにはもう必要のないものだからと言ってさっさと別れた。
 早く、この街から出たかったから。

 ──もう、二度と人里には来ない。山から降りない。

 どこを見ても、そばにいたのに居なくなった存在を感じて、死にそうな気分になって、元気な筈なのに胸が痛くなって、喉が締まる。こんな妙な感覚は、もう味わいたくない。

 ──あぁ、でも、山に帰っても、同じか……

 住み慣れた場所も、今や消えた存在の残り香がする場所になった。街程の拒否反応は無い、でも一緒に暮らしてた家には、もう一歩も入れていない。

 ぼんやりと山に戻る道を本能的に進んで、街の外に通じる唯一の街門が見えてきた。
 門のそばに寄りかかっていた男が、こちらに注意を向けている。フードを目深かに被るその大きな男の視線も、声掛けも、全部無視した。

 オレの姿を見て声かけるのは、変なやつだ。
 いつもひとに距離を置かれて避けられる。獣人のせいなのか、デカい身体のせいか。傷のある髭面のせいか。黒毛のオレは特に明るさとは反対の印象だ。だからとにかく、オレの前に、人が壁のように立つ事などなかった。

「話を聞いてくれないか」

 無視して通り抜けようとしたオレの前に、音もなく滑り込んで男が立ち塞がった。
 瞬時にこの相手の力量がかなりのものだというのがわかる。一瞬で警戒を最大にしたオレに対して、目深く被ったフード下からはいたって穏やかな声がする。その態度に、余裕を感じて更に苛立った。

「退け」

 早く山に帰りたい。
 
 なおもお喋りする男を無視して無理やり門を通り抜けようとしたら、そいつは素早くオレの進路を潰す。何度も隙をついて通り抜けようとするが、男の僅かな重心移動だけで、牽制される。

 拒否、唸り、威嚇。普段なら人里のひと相手に絶対にしない行為を全部やったのに、そのどれをやっても効かない。
 オレはどんどん苛立って、ヤケになった。退かない壁男の胸ぐらを掴んで、思いっきり揺さぶって威嚇行為をするほどには。

「退け!」

 だが、相手を揺さぶった動きで目深く被ってた男の外套のフードが脱げ落ちて、オレはギョッとして一瞬固まった。
 顔いっぱいの笑顔を見せたそいつは、ありったけのいろんな光を詰め込んで、それを無理やり人の形にしたような。──光のナニカ。一瞬、そんな風に見えたのだ。

「八ヶ月前からずっと、あちこちできみの行方を追ってたんだよ」

 お日様の光のような、白金色の髪。
 晴れ空と水面の光を詰め込んだような、青い両目。
 傷ひとつない磨いた玉石のような肌。

 光の塊に一瞬見えた壁男は、胸ぐらを捻りあげられてなど無いように、明るい笑顔で見下ろしてくる。身体の特徴から人間だろうが、その背は大柄だと言われたオレを軽く超えた。

「……ッ」

 いつも見上げ慣れ親しんだ目線の高さよりも、更に上にある顔。懐かしさを覚える姿勢に一瞬で息が詰まり、胸が痛くなる。
 その隙をついて両肩をガシッと掴まれた。
 まずいと直感したが、全力で抵抗する間も笑顔を向けてくる男の手は、トラバサミのように暴れるだけ余計に食い込んでくる。

 唸り声をあげる不機嫌丸出しのオレに、男はご機嫌に名乗ってきた。

「俺はクリストフ。冒険者だ。クリスと呼んでくれ」

 凛々しい顔。ハリのある声。優秀な雄が持つ、どっしりした気配。
 立ち振る舞いもなにもかも真逆だが、優秀な雄で貴重で手の届かないような雰囲気は、今はもういない存在と、似てる、と思った。
 だから、ますます胸が痛くなって、変な息苦しさに苛立って、更に唸り声を上げる。すると男は、益々笑顔になっていく。

 ──何がそんなに楽しい。オレはこんなに苛ついてるというのに。

 遠巻きに見てる連中が、この男の顔に気配をざわつかせてるのが嫌でもわかる。きっと、大抵のひとはこの男に対して良い印象をもつのだろう。

 だが、オレにとってはただひたすらに、邪魔な、デカい光の壁。

 最低で、最悪の印象だった。




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