山暮らしの獣人、最上級冒険者と終わらない旅に出る

ウロ

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【冒険者編】第一章 獣人、山を降ろされる

02最高の出会い

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 冒険者登録もしてない狩人が、上級冒険者でも手こずる上位魔獣の素材を単身で素材を売りに持ち込みをしてきたという情報は、直ぐに当該ギルド支部長から俺の元に届いた。
 冒険者未登録のものが上位魔種素材を持ち込むことは滅多にない。略奪か、横流しか。犯罪の影が隠れていることが往々にしてある為、持ち込まれた素材買取店はギルド支部に通報する規則があった。通報を受けたギルド支部は調査員の冒険者を派遣するが、今回はその情報を吸い上げた俺も調査に赴いた。──ひょっとしたら、と、思ったのだ。

 その狩人が持ち込んだ素材を見て、俺は直感した。
 損傷の少ないあまりにも綺麗な素材は、ほぼ一太刀で仕留められたものの印。
 これを仕留めた狩人は、ただ者じゃない。こんな人材を遊ばせるなど、世の損失。

 俺ははやる気持ちで、この八ヶ月、ずっと探していた。

 任務依頼をこなす合間に、狩人の目撃報告が上がった街に通い詰めて。門番に特徴を周知して狩人が来ると、直ぐに報告をしてくれるように頼んでおいた。
 だからこそ、今日、その狩人の姿を見た時、俺は久しぶりに胸の底から湧き上がる興奮を覚えた。

 足早に街中から外に通じる街門に向かって歩いて来た、外套のフードを深く被った男は、口髭を生やした大柄な体躯だが、その足捌きは静かを超えて無音。
 身長は187.9センチ。身体の厚みと骨格から、体重は90.4キログラム。
 気配を消して歩く男に無駄な挙動はない。いつでも瞬足で、最高速度で動けるように。常時極限の戦闘をこなして来た者にしか宿らない、その隙の無さ。

 ──素晴らしい! 彼だ! 彼こそが探してた狩人本人だ!

 俺は湧き上がる興奮のまま、目深に被っていた外套のフードを取り払うことも忘れて声をかけて、狩人の前に立ちはだかっていた。
 何せこの男、油断すれば一瞬で門外へ駆け出してしまうのが分かる。
 だから一切手は抜かず、彼の進路を塞いで交渉しようとした。
 彼は見る者を怯えさせるような凶悪な顰めっ面で、俺を睨んで拒絶する。

 ──分かってる。これ程までの実力を秘めているのに、冒険者未登録なんて、絶対訳アリでしかない。

 俺の仲間たちはこの狩人をパーティに誘う事に反対してたくらいだ。
 だが彼に胸ぐらを勢い良く掴まれたのは、寧ろ好都合だった。何せ近寄らせてくれない相手自ら懐に飛び込んで来たのだから。
 俺はすかさず獲物を逃さないように彼の逞しい両肩を挟み込むように掴んだ。
 そして外套のフードが取れた俺の素顔を見て、ギョッと首を引いた狩人も、この時同時にフードが脱げていた。

「俺は冒険者クリストフ。クリスと呼んでくれ」

 素顔を見せた狩人は、黒毛の猫科の獣人だった。
 怒りに満ちたエメラルドグリーンの瞳はそれはもう美しい輝きで。
 黒髪の長髪が肩口にかからない程度に無造作に切られている様は野生味があり、左眉から眼窩にかけて深い切り傷痕と、右頬に袈裟懸けにある裂傷痕が彼の強面を彩っている。どちらも魔物による傷跡だ。
 
 だが、彼自身の素顔は端正な作りをしているのが分かる。
 真っ直ぐな鼻梁、口周りを囲む口髭を生やした面相は鋭くも、切長な瞳を彩る睫毛は濃く長い。不機嫌に眉間に皺が寄せられている凛々しい眉毛。
 自ら人を遠ざけるような凶悪な顰めっ面を披露しているが、全ては彼の防衛手段なのだろうと俺は瞬時に察知した。


「──…っ知るか、退け! 街に入ったことを罰するなら好きにしろ! オレは山に帰る!」

 彼は俺の顔を間近で見ても、頬を赤らめたり、色目を使ったり、恥じらい伏目になったり……そんな万人がする反応を返さなかった。逆に立派な犬歯を覗かせる程に白い歯を剥き出しに、怒りを露わに怒鳴る。

 ──ああ、やっぱり! 彼を探して良かった…!

 初対面なのに、欠けてたピースがハマったような奇妙な感覚に襲われる。それはこれまでも何度か感じたことはある。そして、そう思う相手は、なかなか出逢えないことも。
 狩人の彼は、何か大きな勘違いをしているらしい。
 仕切りに「罰すれ」だの「鞭打ちしたきゃすれ」だの言うので、彼は人里にいる事に罪悪感を覚えている様子。やはり、『死の山』に暮らすということは、あの山に追放処分を受けた犯罪者なのだろうか?

「きみは追放処分を受けた身なのかい?」
「は? ツイホウショブン?」

 それまで凶悪な顰めっ面を披露してた狩人は、豆鉄砲喰らった鳩のごとく目を丸くした。それは言われように対してではなくて、『追放処分』という言葉自体に対しての反応だと分かる。これでハッキリとした。彼は犯罪者では無い。それどころか、恐らく悪事の類いを企む事すら考えない人種だろう。

「いいや、なんでも無いよ!」

 俺は久しぶりに満たされた気分で、自然と朗らかに笑っていた。

 ──あぁ、今日はなんて良い日だろう!


 街門前で暫くお喋りしてたが、取り敢えず外に走り出されては困るので、彼を無理矢理肩に担ぎ上げて仲間たちのいる酒場に向かって歩いて行く。
 狩人自身の外套で簀巻きにして身動きを封じていたが、唯一自由だった黒毛の尻尾が容赦なく俺の顔面を叩く。体格に見合った、太くてなかなかの大きさの尻尾だ。それがべしばし!と視界を遮るように目元を集中的に攻撃する。遠慮なく急所を狙うその意気も俺は大いに気に入った。

「お~尾も痛いなぁ」
「グゥルルル!!」

 実際ちゃんと痛いのだが、嬉しさが優ってしまってヘラヘラした言い方が相手の癇に障ったようだ。低い地鳴りのような見事な獣の唸り声をあげてきた。こんなに立派な猛獣のような獣人は珍しい。益々彼に興味が沸く一方だ。

「さっきからしきりに山に帰りたがってたが、誰か待ってる人でもいるのかい? 家で留守番任せてる人とか」
「……っ」

 俺の問いかけは猛獣を黙らせてしまった。
 そして不意に、それまで猛々しかった気配が、シュンとした気配になる。

 ──何か、彼の地雷を踏んでしまったらしい。

 沈んだ気配になった彼は、あれだけ賑やかに顔面を叩いてきた尻尾までもが力無く項垂れている。
 もしかしたら、亡くした誰かがいるのかもしれない。お互い無言で、街中を人垣を割って歩いていると、聞き馴染んだ声が俺を呼んだ。

「クリストフ! なにしてんのさ」

 目的地である酒場の入り口前に立ちはだかっていたのは、とんがり長耳のエルフの幼女。
 薄桃色の長髪を揺らす色白少女の中身は、500歳超える歴とした成人女性。賢く洞察力に優れた彼女の貫禄は眼差しと表情に滲み出てるが、今は盛大な呆れ顔。

「リリィ、そこで待ってたのか? その姿じゃ油断すると攫われてしまうぞ」
「いや人攫いの現行犯が何言ってんの…え? てか、なんで、彼、歯形付いてんの?」

 リリィは狩人を肩に担ぎ上げる俺を見て思い切り顰めっ面をしてきたが、その目は直ぐに狩人の顔に注がれている。狩人の顔面の中央部、鼻だ。そこで俺はさっき街門前であったお喋りの一幕を思い出す。

「あぁ、門兵に殺気をぶつけたからさ。注意したんだよ」
「は? だからって、なんで噛むわけ?」

 さっき俺たちが門前でお喋りしていると、この八ヶ月で一、二度程話をした門兵の若者が間に入ってきたのだ。狩人の彼からして見れば、知らない人がしゃしゃり出てきて、更に「クリストフさんに仲間に誘われるなんて、とても凄いことですよ!」などと俺贔屓に言うものだから苛立つのも仕方ないかもしれない。だが、彼は結構短気らしく、容赦なく若者に向かって威嚇したのだ。「知るか!」のひと吠えと共に。

 俺に対して何度も威嚇してたが、それは別にいい。だが、この門兵の若者は特別鍛えられても無い、民間人に毛が生えた程度の練度の兵士。上級冒険者以上の実力を持ってる者が放つ威嚇は、一般人には精神毒に近いショックを与える。

 だから俺は即座にこの真正面に立つ狩人の鼻を噛んだ。ガブリと。ちょうど彼を掴んで手が塞がってたし。「無闇に殺気をぶつけるな、八つ当たりはオレだけにしろ」と注意もしつつ。目をまん丸にした彼からは威嚇の気配が直ぐに霧散して、素直に罰の悪い顔で押し黙った。
 失禁して固まる門兵の若者を気の毒そうに見下ろしていたので、悪気は無かったのだろう。そんな事のあらましをざっくりとリリィに伝えた。

「両手は彼を捕まえるので塞がってたし、それに獣の親も仔に躾ける時は鼻を噛むだろ?」
「あのねぇ、あなたは彼の親でもなければ、彼は獣じ─」
「フシャーッ!!!」

 俺たちの会話の隙を狙って片腕だけ自由を取り戻した狩人は、獣の威嚇声を上げてすぐさま俺の顔面急所を狙ってきた。全力でランダムに拳を打ち出してきたが、全て避ける。なんて清々しいまでの暴力。愉快すぎる。

「ヴーッ!!! グルルル!! ガルルルッ!!!」

 腹が立って仕方ないとばかりに唸り声を上げて俺の腕の拘束から逃げようと踠くが、それを御しつつ抱きしめて捕まえる。──あぁ、なんて楽しいんだ!
 リリィが俺たちを見る目が胡乱げだが、この楽しい気分を誤魔化すなんて勿体なくて、笑顔が溢れるまま説明を続ける。

「だって山に帰ろうとするからさ。しかも二度と降りないなんて言うし」
「いやでもうちらの仕事は命懸けなんだよ? そこちゃんと説明した?」
「あ、そうそう、俺たちは冒険者なんだけどな──」
「今するの?!」

 リリィに言われて狩人に肝心の説明をしてなかったことを思い出して、その場ですることにした。信じらんねぇ!とばかりに目を剥いたリリィの反応を流して、ビチビチ腕の中で跳ねる狩人に話しかける。

「今俺のパーティ人手不足でね、討伐に少々手こずってる魔物がいてさ。狩りのようなものさ。是非きみに手伝って貰い──」
「良いぞ」
「えっ本当か!」
「エェッ?!?!」

 意外や意外。歯を剥き出して怒りの形相を向けてた狩人は、すんなりと了承してくれたのだ。驚く俺たちの視線は俺の喜びとリリィの戸惑いの二種類に分かれてたが、狩人は知ったことでは無いとばかりにそっぽをむく。
 鋭い彼の眼差しのなかに、少し彼に不似合いな諦念の光があるのを俺は見逃さなかった。

「ねえ狩人クン。きみの名前を教えてくれよ」
「好きに呼べ。犬でも猫でも」

 名を尋ねても頑として名乗らない狩人に、俺はその場で彼に一時名をつけることにした。

「じゃあ、きみの目の色に因んで。ジェイド」
「……ッ!」

 そっぽを向いてた顰めっ面が、驚愕の眼差しでこちらを見つめてくる。上等な翡翠色の眼を持つきみに相応しいだろうと思っていたが、おや、まさか?

「あれ、本名当てちゃった?」
「…グルル……ちがうゔ…」

 悔し紛れに唸り声と共に否定するその様は、あまりにも正直で分かりやすすぎて。リリィは半分呆れた顔で頑固に否定する彼を見ていたが、俺は久しぶりに充足感に満ちた心地だった。

「よろしくな、ジェイド」

 彼に似合うと思ったら真名を当ててたなんて、そんな嬉しいことあるだろうか。思わず俺はジェイドの鼻梁にキスをしながら挨拶がてら、噛み跡の治癒魔法を施した。
 するとこれまでで一番目を見開いて、尻尾を綿飴のように膨らませたジェイドは、一瞬硬直すると、次の瞬間弾けたように暴れ出した。

「フギャー! フギィャァアア!!」
「エッ、えっ、ごめん、ごめんて、治癒しただけだよ」
「フギャァアア!! フギャィアア!」

 爪を立てた手で俺の顔面をバリバリと容赦なく引っ掻いて暴れるジェイドは正に嫌がる猫そのものだ。腕の中から逃げないように抱きしめつつ俺は弁解と謝罪をした。患部に近い部分に触れてないと、俺は治癒魔法が使えないと。
 同じ魔法を使うにしても、それには個体差があるのだ。効力も然り、それを発動する為の方法も然り。
 だが暴れ続けるジェイドに、その説明が届いたかはわからない。
 俺は普段から誤解や余計な火種を作らない様に自らキスはしないし、もししたとしても、ここまでの拒否反応をされる事は滅多にない。
 というか、初めてかもしれない…。
 ちょっとだけショックだ。

「悪かったってば…」

 今なお怒り暴れるジェイドを抱きしめつつ、謝罪する。
 目の端に映るリリィの後ろ姿の肩が、小刻みに震えている。パーティで一番長い付き合いの彼女が、思い切り笑いを堪えてるのがわかった。
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