『追放令嬢は薬草(ハーブ)に夢中 ~前世の知識でポーションを作っていたら、聖女様より崇められ、私を捨てた王太子が泣きついてきました~』

とびぃ

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第20章:森の研究所(フォレスト・ラボラトリー)

20-4:研究所(ラボ)の日常

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「さて。退屈な『政治』の話は、終わりだ」
ギルバートは、王宮(あちら)の、重い空気を、吐き出すかのように、わざとらしく、椅子から、立ち上がった。
彼は、疲れ切っては、いたが、その、青い瞳には、すでに「指揮官(ディレクター)」の、疲労では、ない、別の「光」が、戻ってきていた。
アトリエ(こちら)の、研究者としての、顔に、戻ったのだ。
「ソフィア薬師。君が、待ち望んでいた、『プレゼント』だ」
その、言葉(キーワード)に、私の、赤い瞳が、ギラリ、と、反応した。
(プレゼント!)
(まさか、忘れては、いないだろうと、思っていたけれど!)
私が、あの、地下空洞での、戦闘の、直後に、ギルバートに、叩きつけた、あの、膨大な『要求(はっちゅう)リスト』。
前世(カオリ)の、知識がなければ、決して、この世界には、存在しない、はずの、いくつかの『実験器具』。
彼が、アトリエの、扉の外に、軽く、手で、合図を、送ると、彼が、王都から、連れて帰ってきた、数名の「研究員(アカデミーの部下)」たちが、緊張した、面持ちで、アトリエに、入ってきた。
彼らは、ギルバートと、同じ、魔術師団(アカデミー)の、黒い、ローブを、着ていたが、その、ローブは、埃(ほこり)ではなく、真新しい「インク」と「金属」の、匂(にお)いがした。
彼らが、慎重な、手つきで、運び込んできたのは、いくつかの、巨大な、木箱だった。
ドン、ドン、と、重々しい、音を立てて、アトリエの、石の床に、木箱が、置かれていく。
木箱には、王都の、いや、この国で、最高の技術を誇る、『王立魔術鍛冶工房』の、紋章が、焼印されていた。
「これは」
私の、赤い瞳が、あの、地下空洞で、ヴォルフラムを、見た時とは、まったく違う、純粋な「歓喜」に、見開かれた。
リリアも、何が、始まったのか、わからず、目を、丸くして、その、物々しい、光景を、見つめている。
「開けて、いいわね?」
「ああ。いや、待て。そこの、木箱は、魔術師団(アカデミー)の、専門家が、開(あ)ける。下手に、触ると、魔力(マナ)が、逆流するぞ」
「……!」
ギルバートの、指示で、研究員たちが、木箱の、厳重な、封印(ふういん)を、解いていく。
厳重な、緩衝材(かんしょうざい)の、中から、現れたのは。
「『白金(プラチナ)のるつぼ』……!」
私の手が、震えた。
前世(カオリ)の、製薬会社(ラボ)でも、その、あまりの、高額さに、予算が、下りず、上司に、何度も、頭を、下げた、あの、究極の『器(うつわ)』。
熱に、酸に、アルカリに、一切、反応しない、完璧な、化学の、器。
(これさえ、あれば!)
(ヴォルフラムの『ブライト』だろうと、王水だろうと、どんな、溶媒でも、恐れずに、実験(とか)すことが、できる!)
「そして、これこそが、君の、あの、不可解な『設計図(せっけいず)』を、我が魔術師団(アカデミー)の、最高の、技術で、再現した、試作品(プロトタイプ)だ」
ギルバートが、彼の、部下たちに、命じて、最後に、運び込ませた、最大の、木箱。
その、中から、現れたのは。
無数の、歯車と、精密な、ガラス管と、そして、中央には、魔力で、駆動する、高速回転装置。
「『遠心分離機(えんしんぶんりき)』……!」
(最高よ! ギルバート!)
私の、化学者(カオリ)としての、魂が、歓喜に、打ち震えた。
(前世(あっち)では、当たり前の、器具! けれど、この世界(こっち)には、存在しなかった、物理的な『分離』の、概念!)
(これさえあれば! あの『ブライト』の、血液サンプルを、血清と、血漿に、物理的に『分離』が、できる!)
(私の、スローライフ(けんきゅう)が、完璧に、なる……!)
私が、その、美しい、銀色の『機械(マキナ)』に、うっとり、と、見惚(みと)れている、その時だった。
バン! と。
アトリエの扉が、今度は、ギルバートの時とは、違う、軽(かろ)やかな、勢いで、開かれた。
私と、ギルバートと、そして、王都からの、研究員たち、全員の、視線が、一斉に、そちらを、向いた。
「ソフィアさーん! ギルバート様! やりました!」
そこに立っていたのは、リリアだった。
だが、彼女は、もはや、アトリエで、観測(モニタリング)を、していた、あの、地味な「助手」ではなかった。
彼女は、ロイドさんに、特注させたのであろう、体に、ぴったりとフィットした、探検家(フィールドワーカー)用の、革の、軽装鎧(けいそうよろい)と、ブーツを、身につけていた。
その、亜麻色の髪は、機能的に、ポニーテールに、結ばれ、その、背中には、大きな、地図の、巻物(スクロール)を、背負っている。
その、泥に汚れた頬(ほお)は、興奮で、上気し、その瞳は、彼女が、聖女だった頃よりも、遥かに、力強く、輝いていた。
「リリア助手。その、格好は」
ギルバートが、その、あまりの「変貌(へんぼう)」ぶりに、目を、丸くした。
王宮の、誰よりも、お淑(しと)やかだった、あの、聖女の、面影(おもかげ)は、どこにも、なかった。
「はい! ソフィア様の、正式な『フィールドワーカー(素材収集・管理担当)』ですから!」
リリアは、アトリエの中央、私たち二人の、実験台の、真ん中に、彼女が、背負っていた、巨大な『森の地図』を、バサリ、と広げた。
その、地図には、もう、私たちが、知っている、森の、情報だけでは、なかった。
無数の、彼女だけが、読み取れる「光」の、情報が、色とりどりの、インクで、書き込まれていた。
それは、彼女が、この、二週間、ギルバートが、王都で、戦っていた間に、たった、一人で、この、広大な「森」を、歩き回り、その『感知(センス)』で、作り上げた、彼女だけの「宝の地図」だった。
「ソフィアさん! やりました!」
彼女は、地図の、北西の、私たちが、まだ、足を踏み入れたことのない、『渓谷地帯』の、ある一点を、興奮した、指先で、叩いた。
「あの日、あなたが、私に、探してほしいと、言っていた、あの『幻(まぼろし)の薬草(やくそう)』……!」
「!」
私の、背筋(せすじ)に、電流(でんりゅう)が、走った。
あの『遠心分離機』の、歓喜が、一瞬で、吹き飛ぶ。
「私の『感知(センス)』が、ついに、捉えました! この、渓谷の、断崖絶壁(だんがいぜっぺき)の、中腹! そこだけ、他の、どんな、生命(いのち)の光とも、違う、まるで、月の光そのものを、閉じ込めたような、冷たい、青白い『光』の、群生地(ぐんせいち)を!」
「『月光花(げっこうか)』……!」
私の、手が、震えた。
私の、インターフェイス(文献)にしか、載っていなかった、あの、幻の、薬草。
あらゆる『呪い』を、中和し、そして、死者すら、蘇らせるという、御伽噺(おとぎばなし)の、エリクシル。
その『材料』が、今、見つかった。
リリアは、地図を広げたまま、私と、ギルバートを、見上げた。
その、泥だらけの顔は、涙で、ぐしゃぐしゃだった。
だが、それは、王都で、流した、無力な、涙ではない。
「ソフィアさん。ギルバート様」
彼女は、声を、震わせながら、笑った。
「私、聖女の力は、失いました。もう、誰かを、癒やす『奇跡』は、起こせません」
「でも」
彼女は、その、泥だらけの、手で、地図の、その一点を、強く、指し示した。
「私、今、初めて、自分の『足』で、立って、自分の『力』で、役に立てた、気がします……!」
その、晴れやかな、笑顔は。
この森が、取り戻した、どの、光よりも、眩(まぶ)しく、輝いていた。
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