『追放令嬢は薬草(ハーブ)に夢中 ~前世の知識でポーションを作っていたら、聖女様より崇められ、私を捨てた王太子が泣きついてきました~』

とびぃ

文字の大きさ
115 / 115
第20章:森の研究所(フォレスト・ラボラトリー)

20-6:エピローグ ~辺境の贖罪~

しおりを挟む
一方、その頃。
ソフィアたちが、再生した「生」の、輝きに、満ちた、あの『霧深き森』とは、遥か、対極(たいきょく)に、ある、場所。
王国とは、比べ物にならないほど、冷たく、荒(すさ)んだ、北の「辺境領地」。
灰色の、分厚い雲が、空を、低く、覆(おお)い、肌を、刺すような、乾いた風が、痩(や)せた、大地を、吹き抜けていく。
木々は、とうに、葉を、落とし、その、黒い、枝を、まるで、助けを、求める、骸骨(がいこつ)の、腕のように、空へと、伸ばしていた。
かつて、アルベルトが、王宮の、豪華(ごうか)な、地図の上でしか、見たことのなかった、その、痩(や)せた土地に、彼は、立っていた。
王都での、栄華を、象徴していた、あの、蜂蜜色の、美しい髪は、もうない。
まるで、囚人(しゅうじん)のように、無造作(むぞうさ)に、切り揃えられ、北の、容赦ない風に、吹かれて、土埃(つちぼこり)に、まみれている。
彼が、まとっているのは、王族の、華麗な、礼装ではない。
領民たちと、同じ、泥に汚れ、汗に、まみれた、ゴワゴワの、麻の、作業着だった。
カツン、カツン、と。
彼が、手に持った、一本の、使い古(ふる)された、鍬(くわ)が、凍(い)てついた、痩(や)せた大地を、懸命(けんめい)に、打ち付ける。
彼の、白く、柔らかかったはずの手は、豆が潰(つぶ)れ、血が、滲(にじ)み、泥にまみれ、まるで、別人のように、太く、節(ふし)くれだって、いた。
「(元)殿下! 少し、休まれたら、どうですかい」
「いや、まだ、やれる」
アルベルトは、息を、弾ませながら、鍬を、振るうのを、やめない。
何も、考えては、いなかった。
いや、何かを、考え出したら、この、凍(い)てつく、現実(げんじつ)に、心が、耐えられないことを、本能的に、知っていた。
だから、ただ、無心に、目の前の、土を、掘り返す。
それだけが、彼が、今、かろうじて、正気を、保つための、唯一の「作業」だった。
彼の、目の前には、この、痩せた土地に、何とか、水を引き込もうと、領民たちと、共に、掘り進めている、小さな、小さな「水路」があった。
「殿下。あんたが、来てくれてから、皆、変わっただ」
水路の、設計図を、引いたのは、アルベルトだった。王太子として、学んだ「治水(ちすい)」の、知識。彼に、残された、唯一の、最後の「財産」だった。
「俺は、何も、していない。ただ、鍬を、振るっているだけだ」
「それが、違いますだ。あんたが、王都の、偉いさんなのに、わしらと、同じ、泥水(どろみず)を、すすって、同じ、黒パンを、食って、こうして、一緒に、土を、掘ってくれる。それだけで、わしらは……」
領民の、老人が、目頭を、押さえた。
その、やり取りを。
少し、離れた、丘の上から、一人の、みすぼらしい「旅人」が、静かに、見つめていた。
旅人は、農民を、装い、その、水路の、作業場へと、近づいていった。
彼こそが、国王が、密(ひそ)かに、派遣した「監査官」だった。
(本当に、あの、傲慢(ごうまん)だった、王太子殿下、なのか……?)
監査官は、我が目を、疑った。
報告書は、読んでいた。だが、その、泥まみれの、姿は、想像を、遥かに、超えていた。
(領民の前だけの、演技か? それとも……)
「精が出ますな。あなた様が、ここの、新しい、領主様、ですかい?」
監査官は、身分を、明かさず、わざと、そう、尋(たず)ねた。
「領主などでは、ない。ただの、一管理者だ」
アルベルトは、鍬を、止めず、汗を、拭(ぬぐ)いもせず、答えた。
その、声には、かつての、張りも、威厳も、一切、なかった。
監査官は、核心を、突いた。
「王都が、恋しくは、ありませんか。こんな、寒い、辺境よりも、あの、華やかな、王宮が」
アルベルトの、鍬を、振るう手が、ピタリ、と、止まった。
ギシリ、と、凍(い)てついた、空気が、軋(きし)んだ。
アルベルトの、脳裏に、失った、すべてが、蘇(よみがえ)る。
父王の、失望(しつぼう)の、眼差し。
リリアの、怯(おび)えた、瞳。
そして、最後に、見た、あの、森の、アトリエでの、ソフィアの、どうしようもなく、冷え切った、軽蔑(けいべつ)の、赤い、瞳。
彼は、ゆっくりと、顔を、上げた。
その、かつて、傲慢(ごうまん)だった、瞳には、今、何の「光」も、宿っていなかった。
いや、違う。
そこには、「虚無(きょむ)」と、そして、その、虚無の、奥底(おくそこ)に、ようやく、芽生えた、小さな、小さな「何か」が、宿っていた。
彼は、自分が、掘り進めた、その、か細い「水路」と、遥か、南の、空(王都)を、見比べると、ふ、と、息を、吐(は)いた。
それは、白く、凍(い)てついた、息だった。
「私には、もう、これ(畑仕事)しか、残されていない。失ったものは、二度と、戻らん」
彼は、旅人(監査官)に、向き直った。
その、泥だらけの顔で、彼は、この、辺境に来て、初めて、笑った。
それは、王太子の、傲慢(ごうまん)な、笑みではない。
すべてを、失った男の、乾(かわ)いた、だが、偽(いつわ)りのない、笑みだった。
「だが、不思議と」
「ここの、黒パンは、王宮で、食った、どの、ご馳走(ちそう)よりも、飯が、うまい」
旅人(監査官)は、何も、言わなかった。
その、乾いた、笑みと、その、目を見た、瞬間、すべてを、悟(さと)った。
(この御方(おかた)は、「王太子」としては、完全に、死なれた)
(そして、今、ようやく、一人の「男」として、この、凍(い)てついた、大地に、生まれ落ちたのだ)
監査官は、何も、言わず、ただ、深く、深く、その、泥だらけの男に、頭(こうべ)を、下げた。
……数日後。王宮。老宰相(ろうさいしょう)の、執務室。
「――と、いう、次第で、ございました」
旅人(監査官)は、その、旅の、すべてを、ありのまま、報告した。
老宰相は、目を、閉じたまま、静かに、聞いていた。
「ご苦労だった。下がってよい」
監査官が、下がると、老宰相は、立ち上がり、国王の、執務室へと、向かった。
「陛下。北の、辺境より、報告が」
「そうか」
国王は、ペンを、止めず、答えた。その、声は、硬(かた)かった。
「アルベルトは、どうだった。まだ、王都(かこ)に、未練(みれん)を、抱いていたか」
「いいえ、陛下」
老宰E相は、窓の外の、平和を、取り戻した、王都の、空を、見つめながら、答えた。
「王都に、おられた、『王太子殿下』は、もう、どこにも、おりませんでした」
国王の、ペンが、ピタリ、と、止まった。
その、言葉が、意味する「死」に、国王は、息を、呑(の)んだ。
「ですが、陛下」
老宰相は、ゆっくりと、振り返った。
その、老練(ろうれん)な、政治家の、瞳に、微(かす)かな、光が、宿っていた。
「北の、辺境には、泥の、匂いを知る、『一人の男』が、おりました」
「……」
国王は、何も、答えなかった。
ただ、ゆっくりと、目を、閉じた。
彼が、その、痩(や)せた土地で、領民の、信頼を、取り戻し、真に、立ち直れるかは、まだ、誰にも、分からない。
それは、彼が、生涯(しょうがい)を、かけて、償(つぐな)うべき、贖罪(しょくざい)だ。
だが、彼は、確かに、自分の「足」で、その、凍(い)てついた、大地に、第一歩を、踏み出していた。
王国(ここ)も、森(あそこ)も、そして、辺境(そこ)も。
それぞれの、新しい「日常」が、今、静かに、始まろうとしていた。
< 第二部 完結 >
-Fin-
しおりを挟む
感想 7

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(7件)

雪月花
2025.12.14 雪月花

とても素晴らしい作品でした。  第3部、期待しちゃいます。  

解除
えちゃん
2025.11.11 えちゃん

早速のご返答ありがとうございます。
とても面白い作品だけに残念でなりませんでした。
これからの益々のご活躍を願ってます。

2025.11.11 とびぃ

ありがとうございます。他にも同じようなご指摘いただいております。全面改訂のタイミングがあれば是非直したいです

解除
えちゃん
2025.11.11 えちゃん

文中の(・)や、ふりがなは必要ですか?
それらがあるせいで頭の中の理解が強制的に日本語訳から英語訳に追い打ち的に塗り替えられて感情が頭に入りません。

2025.11.11 とびぃ

ありがとうございます。次回にご指摘の点を活かしたいです

解除

あなたにおすすめの小説

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

婚約破棄されたので森の奥でカフェを開いてスローライフ

あげは
ファンタジー
「私は、ユミエラとの婚約を破棄する!」 学院卒業記念パーティーで、婚約者である王太子アルフリードに突然婚約破棄された、ユミエラ・フォン・アマリリス公爵令嬢。 家族にも愛されていなかったユミエラは、王太子に婚約破棄されたことで利用価値がなくなったとされ家を勘当されてしまう。 しかし、ユミエラに特に気にした様子はなく、むしろ喜んでいた。 これまでの生活に嫌気が差していたユミエラは、元孤児で転生者の侍女ミシェルだけを連れ、その日のうちに家を出て人のいない森の奥に向かい、森の中でカフェを開くらしい。 「さあ、ミシェル! 念願のスローライフよ! 張り切っていきましょう!」 王都を出るとなぜか国を守護している神獣が待ち構えていた。 どうやら国を捨てユミエラについてくるらしい。 こうしてユミエラは、転生者と神獣という何とも不思議なお供を連れ、優雅なスローライフを楽しむのであった。 一方、ユミエラを追放し、神獣にも見捨てられた王国は、愚かな王太子のせいで混乱に陥るのだった――。 なろう・カクヨムにも投稿

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。 前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。 外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。 もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。 そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは… どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。 カクヨムでも同時連載してます。 よろしくお願いします。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。