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第1章:予言とカウントダウン開始(残り90日)
1-2:無力な父、クロードの謝罪
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玉座の間での予言という、重苦しい儀式が終わり、自室である王女宮に戻ると、私の心臓はまだ収まっていなかった。だが、その激しい動揺を鎮める間もなく、一人の訪問者が現れた。
豪奢な装飾が施された扉が、ためらいがちな、しかし確かなノックと共に開かれる。
「リリア、入ってもいいかい?」
穏やかで、少し弱々しい声。控えめで、常に相手の機嫌を伺うような、静かな響きを持つ声だ。
そこに立っていたのは、この国の王配――私の父、クロードだった。
彼は、ハートの女王である母レジーナの派手な趣味とは対照的に、常に地味な色の衣装を好む。柔らかな金髪は銀糸が混じり始め、その瞳は優しげではあるが、深い疲労の色が影を落としていた。彼は心配そうに眉を寄せ、私を真正面から見つめるのを躊躇っているようだった。
「お父様」
父は、城では「女王陛下の美しい飾り」と揶揄されることもある。政治的な実権は母に握られ、その温和な性格ゆえに、暴走する母を止める力はないと皆に思われている。しかし、私にとってはこの世界で唯一、私に純粋な愛情を注いでくれる、心の安らぎだった。
クロードは私のそばまで歩み寄ると、大理石のテーブルの上に置かれた花瓶に目を留めた。一呼吸の間。その沈黙は、彼が抱える憂鬱の重さを物語っていた。そして、ためらいがちに私の肩に手を置いた。その手は、王族らしからぬ、少しカサついた、しかし温かい手だった。
「すまない、リリア」
父は、私から視線をそらし、窓の外に広がる、母が溺愛する真紅の薔薇園を見つめながら言った。その視線は遠く、悲しみに満ちている。
「また、母上の機嫌が。ハンプティの予言を聞いた時、私の胸は張り裂けそうだった。私は、君の父でありながら、何もしてやれない。この暴政を止められない」
その声には、深い疲労と諦念、そして自分自身への無力感が滲んでいた。
(ああ、お父様は、本当に私の身を案じてくれている)
前世の記憶が蘇った今、私は父の言葉の真意を読み取ろうと、その表情を深く観察した。彼は、自責の念に駆られている。女王の暴走を止められない、無力な自分を恥じているのだ。
もちろん、この時の私は知る由もなかった。彼の「すまない」という言葉の裏には、女王の処刑命令が下されるたび、白ウサギと共に夜通し書類を偽造し、処刑を「国外追放(身の安全の確保)」に書き換えるという、極めて実務的で危険な裏工作が含まれていることなど。彼の苦悩は、無力さではなく、孤独な闘いの疲弊でもあったのだ。私を案じるあまり、彼はその実情を一切口にしない。
私は、父の優しいがどこか心細げな手を、そっと両手で握り返した。
「お父様は、そのままでいてください」
「リリア?」
私の言葉に、クロードは驚いたように目を見開いた。いつもは、父に甘えたり、母のヒステリーに怯えて泣いたりするだけの娘の口から出た言葉とは思えなかったのだろう。
「お父様は、お父様らしく、温和で、優しい『お飾り』のままでいてください。それが、お父様の役割です」
私は深く、はっきりと告げた。
「私が、裏で動きますから」
前世の記憶が蘇った今、この優しい父を、理不尽なゲームシナリオの犠牲になどさせてたまるものか。この父が、母の矛先から私を守ろうと、さらなる危険な裏工作に手を出さなくて済むように。
私の言葉に、クロードは、しばらく言葉を探すように宙を見つめた。その表情は、驚愕と、戸惑いと、そして微かな期待が混じり合っているようだった。
「リリア、君はどういうつもりだ」
「ご心配には及びません」
私は、精一杯の笑みを作った。前世、厄介なクレーマーを納得させ、理不尽な商談を丸く収めるために鍛え上げた、「絶対の安心感を与える営業スマイル」だ。それは、王女という立場を超えた、経営者としての覚悟を示す笑顔だった。
「この城の、この国の、最も厄介なタスクを、私がすべて引き受けます。お父様は、どうかご無事で、そのままの穏やかな存在でいてください」
父の憂鬱を取り除くこと。そして、彼が背負う裏工作の負担を減らすこと。それこそが、私がこのRTAを成功させるための、最初の重要なタスクだと認識した。
「私に、任せてください」
この瞬間、父の優しい瞳の奥に、私は、長年女王の夫として耐え忍んできた、常識人の強い意志を見つけた気がした。それは、私という娘を案じる、偽りのない愛情の証だった。
豪奢な装飾が施された扉が、ためらいがちな、しかし確かなノックと共に開かれる。
「リリア、入ってもいいかい?」
穏やかで、少し弱々しい声。控えめで、常に相手の機嫌を伺うような、静かな響きを持つ声だ。
そこに立っていたのは、この国の王配――私の父、クロードだった。
彼は、ハートの女王である母レジーナの派手な趣味とは対照的に、常に地味な色の衣装を好む。柔らかな金髪は銀糸が混じり始め、その瞳は優しげではあるが、深い疲労の色が影を落としていた。彼は心配そうに眉を寄せ、私を真正面から見つめるのを躊躇っているようだった。
「お父様」
父は、城では「女王陛下の美しい飾り」と揶揄されることもある。政治的な実権は母に握られ、その温和な性格ゆえに、暴走する母を止める力はないと皆に思われている。しかし、私にとってはこの世界で唯一、私に純粋な愛情を注いでくれる、心の安らぎだった。
クロードは私のそばまで歩み寄ると、大理石のテーブルの上に置かれた花瓶に目を留めた。一呼吸の間。その沈黙は、彼が抱える憂鬱の重さを物語っていた。そして、ためらいがちに私の肩に手を置いた。その手は、王族らしからぬ、少しカサついた、しかし温かい手だった。
「すまない、リリア」
父は、私から視線をそらし、窓の外に広がる、母が溺愛する真紅の薔薇園を見つめながら言った。その視線は遠く、悲しみに満ちている。
「また、母上の機嫌が。ハンプティの予言を聞いた時、私の胸は張り裂けそうだった。私は、君の父でありながら、何もしてやれない。この暴政を止められない」
その声には、深い疲労と諦念、そして自分自身への無力感が滲んでいた。
(ああ、お父様は、本当に私の身を案じてくれている)
前世の記憶が蘇った今、私は父の言葉の真意を読み取ろうと、その表情を深く観察した。彼は、自責の念に駆られている。女王の暴走を止められない、無力な自分を恥じているのだ。
もちろん、この時の私は知る由もなかった。彼の「すまない」という言葉の裏には、女王の処刑命令が下されるたび、白ウサギと共に夜通し書類を偽造し、処刑を「国外追放(身の安全の確保)」に書き換えるという、極めて実務的で危険な裏工作が含まれていることなど。彼の苦悩は、無力さではなく、孤独な闘いの疲弊でもあったのだ。私を案じるあまり、彼はその実情を一切口にしない。
私は、父の優しいがどこか心細げな手を、そっと両手で握り返した。
「お父様は、そのままでいてください」
「リリア?」
私の言葉に、クロードは驚いたように目を見開いた。いつもは、父に甘えたり、母のヒステリーに怯えて泣いたりするだけの娘の口から出た言葉とは思えなかったのだろう。
「お父様は、お父様らしく、温和で、優しい『お飾り』のままでいてください。それが、お父様の役割です」
私は深く、はっきりと告げた。
「私が、裏で動きますから」
前世の記憶が蘇った今、この優しい父を、理不尽なゲームシナリオの犠牲になどさせてたまるものか。この父が、母の矛先から私を守ろうと、さらなる危険な裏工作に手を出さなくて済むように。
私の言葉に、クロードは、しばらく言葉を探すように宙を見つめた。その表情は、驚愕と、戸惑いと、そして微かな期待が混じり合っているようだった。
「リリア、君はどういうつもりだ」
「ご心配には及びません」
私は、精一杯の笑みを作った。前世、厄介なクレーマーを納得させ、理不尽な商談を丸く収めるために鍛え上げた、「絶対の安心感を与える営業スマイル」だ。それは、王女という立場を超えた、経営者としての覚悟を示す笑顔だった。
「この城の、この国の、最も厄介なタスクを、私がすべて引き受けます。お父様は、どうかご無事で、そのままの穏やかな存在でいてください」
父の憂鬱を取り除くこと。そして、彼が背負う裏工作の負担を減らすこと。それこそが、私がこのRTAを成功させるための、最初の重要なタスクだと認識した。
「私に、任せてください」
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