転生王女の破滅回避プラン90! ~無自覚人たらし王女、アリスが来るまでに美形側近を溺愛モードにしていました~

とびぃ

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第4章:傍観者の興味を引く(チェシャ猫√導入)(残り60日)

4-1:神出鬼没のストーカー

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 ジャック団長が騎士団の全忠誠をリリアに捧げてから、およそ二週間が経過した。
 この二週間で、リリアの破滅回避RTAは、目覚ましい進展を遂げていた。リリアが提出した『エナジークッキー提案書』は、忠実な騎士団長の実行力によって現場レベルで速やかに運用が開始され、騎士団員の士気と、朝の広場に響く活気ある声は、劇的に改善されていた。ジャックの表情からは、以前のような深い疲労と諦めが消え、代わりに、リリアという「主君」に仕えることへの誇りと、熱い忠誠の炎が宿っていた。
 リリアの頭の中では、「ジャック√、初期フェーズ攻略完了。忠誠心はほぼMAX」という、事務的なスコアが表示されていた。彼女は、彼が自分に向け始めた「溺愛」の感情を、いまだに「最高の顧客満足度」としか理解できていない。
 
 次のタスクは、行政の要である宰相、白ウサギの攻略、そして今回の章のメインである、ミステリアスな情報屋、チェシャ猫の「独占欲」を刺激することだ。
 しかし、その「チェシャ猫」は、リリアが接触を試みるより早く、その存在感をチラつかせ始めた。それは、まるで戯れる猫のように、予測不能で、しかし確実にリリアの視界に入り込む形で始まった。
 その日、リリアは騎士団詰所の裏手にひっそりと佇む、古い書庫の探索を終えたところだった。この書庫は、女王の派手な趣味や、現在の行政に利用されることのない、古の王族の慣習や、王宮の裏側の経済に関する膨大な資料が眠る場所だ。リリアは、次に白ウサギを攻略するための「行政権限委譲」の法的根拠を探しにきていた。古い慣習の中に、王女が宰相の業務を補佐し、権限を一部代行できるという、時代遅れの条項を見つけるための、地道な作業だ。
 書庫の重い木の扉を閉めた瞬間、背後から、楽しげで、どこか悪戯っぽい、猫の喉鳴りのような声が響いた。
「おや、おや。お姫様は、こんな煤けた場所がお好みなのかな? お似合いにならない、実に退屈な場所だ」
 リリアは、即座に振り返った。だが、当然ながら、そこには誰もいない。
 いるのは、リリアの護衛として常に一歩後ろに控えている、ハートのジャックだけだ。
ジャックは、その声に気づいた様子もなく、微動だにせずに直立している。その青い瞳は、リリアの背後に広がる薄暗い回廊を、鋭く警戒しているだけだった。
(ジャック団長には、見えていない、聞こえていない。やはり、彼は真実を知る者だけが認識できる、この世界の「強制力」の一端を担う存在なのね)
 リリアは、前世のゲーム知識から、チェシャ猫が「真実を知る者」にしかその姿を認識させない、特殊な存在であることを確信していた。女王や、ほとんどの騎士には、彼はただの「気配」としてしか認識されない。だからこそ、ジャックは彼の存在に気づかず、護衛の任務を遂行している。
「お姫様、次は何を企んでいるの? 騎士団長は、君のお菓子の誘惑に完全に落ちたみたいだけど。ねぇ、次のおもちゃは、あのクマだらけの多忙なウサギさんかな?」
 声は、書庫の暗い梁(はり)の上から響いている。リリアは、ジャックに気づかれぬよう、視線だけを天井に向けた。天井の石造りの装飾は、埃を被り、陰鬱な空気を纏っている。そのどこかに、あの猫耳の美形が、嘲笑いながら隠れているのだ。
「それとも、君が今手にしている、あの古びた羊皮紙に書かれた『女王の私的な経済記録』が、君の次の切り札かな? ふふ、随分と危ないものを持ち出してきたね」
 リリアの心臓が、恐怖ではなく、驚愕で跳ね上がった。
 彼女が今手にしている羊皮紙は、王宮の古い会計帳簿のコピーだ。女王のバラの肥料代や、趣味の衣装代が、いかに王宮の公費から不当に支出されているかを克明に記した、極秘資料だった。これは、白ウサギを助けるための行政権限委譲の交渉材料として、リリアが昨日、白ウサギの執務室からこっそり持ち出した、誰にも見せていないはずの「切り札」だ。
(この男、城の裏の裏まで、すべて見通している。女王の機密情報どころか、私の行動の全てが、彼の監視下にある)
 チェシャ猫は、この城の情報網そのもの。彼を敵に回せば、リリアのRTAは一瞬で破綻する。だが、彼の情報力と、神出鬼没の機動力は、女王の暴政に立ち向かうための、最高の「経営資源」となる。
 リリアは、冷静に息を吸い込んだ。ジャックに違和感を与えてはならない。ここで、彼の存在を指摘してしまえば、ジャックは混乱し、彼の忠誠という貴重なリソースが、チェシャ猫という「見えない敵」への警戒に消費されてしまう。
「――ジャック団長。少し気分が悪くなったので、王女宮へ戻ります」
リリアは、敢えて優雅な王女の振る舞いを保ったまま、ジャックに声をかけた。彼女の顔には、心身の不調を訴えるかのような、わずかな愁いを浮かばせている。
「お父様に相談したいことがありますので、私の護衛は、門の前までで結構です。後は一人で戻れます」
リリアは、わざとらしく「父クロード」という名前を出し、ジャックの意識を逸らした。ジャックにとって、リリアの行動のすべては、王族の務め、あるいは父クロードの指示である、という安心材料を与える必要がある。その安心こそが、彼の忠誠を繋ぎ止めるアンカー(錨)だ。
「承知いたしました、リリア様。何かあれば、すぐに駆けつけます。どうぞ、お気をつけて」
ジャックは、一瞬だけリリアの顔を覗き込み、わずかに心配そうな表情を見せた。彼の忠誠心は、既に王族の儀礼を超えて、リリア個人への「気遣い」へと変わっている。彼の瞳が、リリアの顔色を測り、健康状態をチェックしている。その視線は、もはや「監視」というよりも、恋慕にも似た「献身」だ。
リリアは、ジャックが回廊を曲がり、完全に視界から消えるのを確認してから、足を止めた。彼女は、深呼吸し、王女の優雅な表情を、一瞬で「経営者」の冷徹な顔へと切り替えた。
「さて、と」
リリアは、人気のない、次の回廊へと一歩、踏み出した。その回廊は、王宮の中でも、ほとんど人が通らない、廃れた場所だ。石壁は湿気を帯び、窓からはほとんど光が差し込まない。この薄暗さが、チェシャ猫のテリトリーであることを示していた。
「出てきなさい、情報屋」
リリアは、回廊の中央に立ち止まり、声を張り上げた。彼女の凛とした声は、湿った空気を切り裂く。
「そこにいるのは分かっているわ。隠れて、人の行動を眺めているのは、もう退屈でしょう? 私のRTAの観客で終わるつもりなら、私の方から貴方と『交渉』する気はありません」
リリアの瞳は、一点の曇りもなく、回廊の影を射抜いていた。彼女は、彼が「退屈」というキーワードに、最も強く反応することを知っている。傍観者としての地位を否定されることは、チェシャ猫にとって最高の侮辱であり、同時に最高の挑発なのだ。
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