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第三章:開拓(アトリエLv.1)
3-1:アトリエ改装、始まる(セバスの緊急手配)
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館に到着した翌朝、夜明けと共にエリアーナは動き出した。彼女がまとうのは、パーティー用の汚れた薄絹のドレスではない。セバスが急ぎ用意させた、公爵家所有の炭鉱の技術者用の服。厚手のキャンバス地でできており、肩幅はぶかぶかだが、動きやすさよりも丈夫さが優先された、実用一辺倒の代物だった。
「セバス、指示書は確認したわね? 王都への魔導便、最も速いものを。費用は国王陛下からの『研究費』から、上限を設けず惜しみなく使うようにと、公爵家本邸に伝えて」
エリアーナは、埃まみれの厨房(アトリエ)の中心に立ち、背後に立つセバスに、最終的な確認を促した。朝の薄日が、割れた窓から厨房に差し込み、舞い上がる無数の埃の粒子を、金色に輝かせている。その光景は、あたかも夢の始まりの舞台のように幻想的だった。
「かしこまりました。しかしお嬢様、あのリストは……」
セバスは、手に持つ羊皮紙(昨日、エリアーナが書き殴った機材リスト)を、不安げに見つめている。最新鋭の魔導コンロに、高価なステンレス製の調理台、そして王都でも希少な魔導冷却室のユニット。それらは王都の市場価格にして、辺境伯一年の領地収入に匹敵する額だ。それは、辺境の館に運ぶにはあまりに不釣り合いで、老執事の常識を遥かに超えた出費だった。
「心配ないわ、セバス。あれはね、この厨房を『アトリエ』として機能させるための、最低限必要な『実験器具』よ」
エリアーナは、錆びついた銅鍋に付着した緑青(ろくしょう)を指先でなぞりながら、静かに言った。
「王都の貴族が、自分と王家を守るために最新鋭の騎士団を揃えるのと同じよ。最高の『作品』には、最高の『道具』が必要なの。この世のどのパティシエも持てなかった、完璧な温度管理、完璧な衛生環境。それこそが、前世(あかね)の私でさえ、手に入れられなかった最後のピースだわ。国王陛下からの『研究費』、まさかこのために用意されていたなんて、私、胸が熱いわ」
彼女の顔に、迷いは一切ない。その自信に満ちた瞳は、すでに数日後の、ピカピカに磨き上げられたアトリエを見通しているかのようだった。セバスは、主のその揺るぎない探求心に、老いた騎士が鎧を纏うような覚悟を決める。
「……承知いたしました。お嬢様は、常に常人の予測の、さらに上を行かれる方でした。このセバス、全身全霊をもって、お嬢様のご要望を叶えてみせます」
セバスは深く一礼し、踵を返した。彼の背中は、年老いてはいるが、公爵家老執事としての責任感と、主の夢を支えるという決意に満ちていた。その歩みは、王都へ向かう馬車の準備と、領地代官ゲオルグとの交渉という、二つの大きな任務へと向かっている。
セバスが馬車で麓の村へと向かった後、エリアーナは一人残された。
(さて、まずは内装よ)
彼女は、館の入り口に積まれていた古い木材や、錆びついた道具の山を眺めた。幸い、この地の木材は冷涼な気候のおかげで、腐食よりも乾燥によるひび割れが主だ。再利用可能と判断した。
エリアーナは、厨房に隣接する古い使用人室を覗き込んだ。そこは元々、使用人たちの休憩室か、食料の保管に使われていたのだろう。窓は割れ、床は泥と鳥の糞で汚れている。だが、壁は厚い石造りで、頑丈だ。外の冷気を遮断するには十分すぎる構造だ。
「ここを、私の研究室(ラボ)にするわ。記録と保管の聖域よ」
彼女は、まず自らの手で、割れた窓ガラスの破片を慎重に取り除いた。残った窓枠を厚手の布で塞ぐ。その瞬間、埃とカビの匂いに満ちていた部屋に、冷たく澄んだ外の空気が流れ込む。その匂いこそが、エリアーナの五感を研ぎ澄ませる「刺激」だった。針葉樹の樹脂と、冷たい土の匂い。
(この清潔な冷気が、私の感覚を研ぎ澄ましてくれる。王都では、香水と排煙で何も感じられなかった)
次に、彼女はロビーから見つけた古い熊手と箒を使い、厨房の床を掃き始めた。舞い上がる埃の粒子が、朝日に照らされ、彼女の髪や顔に降りかかる。
(王都の社交界では、この作業着姿は醜態と笑われたでしょうね。公爵令嬢が箒を持つなど、淑女の風上にも置けないと。でも、関係ないわ)
エリアーナは、箒を持つ手を止め、荒々しい石壁を背にして、大きく息を吸い込んだ。
(私は今、最高の舞台(アトリエ)を、自らの手で創っている。この埃こそ、私の自由の証よ)
彼女の唇には、王宮では決して見せなかった、心からの笑みが浮かんでいた。彼女にとって、この埃とカビにまみれた館こそが、何物にも代えがたい「自由」の象徴だった。
「まずは、床。それから、水場の確保。今日中に、アトリエ(研究室)の全ての『汚れ』を、王都の『退屈』と同じように、完全に排除しなくては」
彼女は、箒を再び手に取り、その日から、アトリエの「浄化」作業に没頭し始めるのだった。
「セバス、指示書は確認したわね? 王都への魔導便、最も速いものを。費用は国王陛下からの『研究費』から、上限を設けず惜しみなく使うようにと、公爵家本邸に伝えて」
エリアーナは、埃まみれの厨房(アトリエ)の中心に立ち、背後に立つセバスに、最終的な確認を促した。朝の薄日が、割れた窓から厨房に差し込み、舞い上がる無数の埃の粒子を、金色に輝かせている。その光景は、あたかも夢の始まりの舞台のように幻想的だった。
「かしこまりました。しかしお嬢様、あのリストは……」
セバスは、手に持つ羊皮紙(昨日、エリアーナが書き殴った機材リスト)を、不安げに見つめている。最新鋭の魔導コンロに、高価なステンレス製の調理台、そして王都でも希少な魔導冷却室のユニット。それらは王都の市場価格にして、辺境伯一年の領地収入に匹敵する額だ。それは、辺境の館に運ぶにはあまりに不釣り合いで、老執事の常識を遥かに超えた出費だった。
「心配ないわ、セバス。あれはね、この厨房を『アトリエ』として機能させるための、最低限必要な『実験器具』よ」
エリアーナは、錆びついた銅鍋に付着した緑青(ろくしょう)を指先でなぞりながら、静かに言った。
「王都の貴族が、自分と王家を守るために最新鋭の騎士団を揃えるのと同じよ。最高の『作品』には、最高の『道具』が必要なの。この世のどのパティシエも持てなかった、完璧な温度管理、完璧な衛生環境。それこそが、前世(あかね)の私でさえ、手に入れられなかった最後のピースだわ。国王陛下からの『研究費』、まさかこのために用意されていたなんて、私、胸が熱いわ」
彼女の顔に、迷いは一切ない。その自信に満ちた瞳は、すでに数日後の、ピカピカに磨き上げられたアトリエを見通しているかのようだった。セバスは、主のその揺るぎない探求心に、老いた騎士が鎧を纏うような覚悟を決める。
「……承知いたしました。お嬢様は、常に常人の予測の、さらに上を行かれる方でした。このセバス、全身全霊をもって、お嬢様のご要望を叶えてみせます」
セバスは深く一礼し、踵を返した。彼の背中は、年老いてはいるが、公爵家老執事としての責任感と、主の夢を支えるという決意に満ちていた。その歩みは、王都へ向かう馬車の準備と、領地代官ゲオルグとの交渉という、二つの大きな任務へと向かっている。
セバスが馬車で麓の村へと向かった後、エリアーナは一人残された。
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エリアーナは、厨房に隣接する古い使用人室を覗き込んだ。そこは元々、使用人たちの休憩室か、食料の保管に使われていたのだろう。窓は割れ、床は泥と鳥の糞で汚れている。だが、壁は厚い石造りで、頑丈だ。外の冷気を遮断するには十分すぎる構造だ。
「ここを、私の研究室(ラボ)にするわ。記録と保管の聖域よ」
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(この清潔な冷気が、私の感覚を研ぎ澄ましてくれる。王都では、香水と排煙で何も感じられなかった)
次に、彼女はロビーから見つけた古い熊手と箒を使い、厨房の床を掃き始めた。舞い上がる埃の粒子が、朝日に照らされ、彼女の髪や顔に降りかかる。
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