『元悪役令嬢、追放先で奇跡の果樹園(フルーツパーラー)を開店する ~前世パティシエールの技術でスローライフのはずが、王室御用達になってしまい

とびぃ

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第五章:奇跡(コンフィチュールと行商人)

5-3:奇跡の桃(食べる宝石の誕生)

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エリアーナは、バルトの挑戦的な言葉に、満足げに頷いた。この商人には、「利益」のためなら、己の常識すら覆す貪欲さがある。彼女の研究の『最高の調達係』になる資格がある、と判断したのだ。
「いいでしょう。私の『作品』の『骨格』となる素材の重要性を、貴方の舌に理解させて差し上げます」
エリアーナは、アンナに目配せをした。アンナは、師匠の指示を完璧に理解し、滅菌された大きなガラス瓶を、アトリエの棚から取り出した。その中には、エリアーナが改変した、最高の『白夜の桃』が、夜明けの冷気を纏ったかのように、純白の輝きを放って鎮座していた。
その桃は、王都のどの貴族の果樹園の桃よりも、大きく、そして清らかな光を放っている。周囲の冷涼な空気の中で、桃の表面から微細な魔力の粒子がキラキラと放たれ、その美しさは「食べる宝石」と呼ぶにふさわしかった。
「ま、まさか、その純白の果実が……桃? この辺境の地で採れたと?」
バルトは、その桃の美しさと清涼な香りに、言葉を失った。彼の商人の経験が、その桃が「規格外」であり、「莫大な価値」を持つことを瞬時に告げていた。彼が知る桃は、暖地の甘ったるい香りと、すぐに変色する脆さを持っていたが、目の前の桃は、脆さとは無縁の、硬質で純粋な美を誇っていた。
「ええ。この地でしか育たない、最高の『テロワール』が育てた、私の『研究成果』よ。そして、これこそが、貴方が独占販売権を欲しがっている、『白夜の桃のコンフィチュール』の素材です」
エリアーナは、バルトが持ってきた不純物88パーセントの砂糖と、最高の『白夜の桃』を、隣り合わせに置いた。その対比は、あまりに強烈だった。「ノイズ(バルトの砂糖)」と「純粋(エリアーナの桃)」の、明確なコントラスト。
「では、ご覧になって。私の作品(アウトプット)は、どれほど正確に『純粋な甘さ』を求めているかを」
エリアーナは、バルトが持ってきた砂糖の中から、『食材図鑑』で純度が99パーセントに近い、ごくわずかな「結晶化の欠片」を、まるで宝石を選別するように、ピンセットのような指先で正確に選り分けた。それは、一袋の砂糖の中から、わずかスプーン一杯分にも満たない量だった。
「これよ。この『純粋』な甘味だけが、この桃の『冷気の香り』を、最大限に引き出せる」
バルトは、彼女が自分の持ってきた「最高級の砂糖」を、選別ではなく分解していることに、恐怖すら感じた。この令嬢の目には、全ての物質が『成分の集合体』として見えているのではないか、と。
「この極めて少量の『純粋な甘さ』と、私の『白夜の桃』を、私が編み出した『クライフェルト式製法』で融合させる。アンナ、銅鍋を」
エリアーナの指示に従い、アンナは手際よく滅菌された銅鍋を用意し、魔導コンロを起動させた。アンナの動きには、もはや村の娘の怯えはない。研究者の助手としての正確さと、迅速さが身についていた。
「いい、バルト殿。私が求めるのは、この桃の『冷気の香り』を、シロップで完璧に封じ込めること。煮詰める際の温度管理は、105.4度を厳守。0.1度の誤差も、この『冷気の香り』を揮発させてしまう」
エリアーナは、魔導コンロのダイヤルを自ら調整し、その青白い炎を、まさに科学的な熱源として操った。銅鍋の中のシロップは、わずかな振動もなく、静かに、しかし確実に温度を上げていく。エリアーナは、銅鍋の表面に触れるだけで、シロップの熱伝導率と粘度を瞬時に読み取っていた。
「ここよ、105.3度。沸点に達する寸前、シロップの『浸透圧』が最も高まる瞬間だわ」
エリアーナは、冷静な声でそう告げると、アンナと共に選別された純粋な砂糖と、丁寧に皮を剥がれた白夜の桃の果肉を、まるで爆弾の起爆のように、一瞬の迷いもなくシロップに投入した。桃の果肉は、シロップの熱を吸い込み、純白の輝きをさらに増していく。
キィイイン!
銅鍋から、夜明けの冷気をそのまま閉じ込めたような、清涼で、しかし圧倒的な桃の香りが、アトリエ全体に爆発的に広がる。その香りは、バルトの貪欲な商人の心を、一瞬で畏敬の念へと変えた。彼は、この香りが「富」の匂いではなく、「奇跡」の匂いであることを悟った。
「な、なんて香りだ……! これは、王都のどの果物よりも、純粋で、清潔で……まるで、雪解けの朝の空気そのもののようだ……」
バルトは、思わず胸を押さえた。彼の知る商売は、「匂いを隠し、雑味を混ぜる」ことだったが、この香りは、彼の商売の哲学を根本から否定していた。
そして、エリアーナは、シロップが105.4度に達した正確な一分後に、迷いなく火力を切り、熱気を帯びた銅鍋を、最新鋭の魔導冷却室へ運び込んだ。
「冷却は、マイナス五度で、一分間。急激に冷やすことで、桃の持つ香りの分子を内部に封じ込めるの。これも、王都の氷室(ひむろ)では絶対に不可能な、このアトリエ(研究所)でしかできない技術よ」
エリアーナは、冷やされたばかりのコンフィチュールを、小さなガラス瓶に詰めた。瓶の中で、透明なシロップの中に沈む純白の桃の果肉は、まさに『食べる宝石』だった。その瓶から放たれる清涼な光は、バルトが持つすべての宝石よりも、価値のある輝きを放っているように見えた。
「完成よ。これが、貴方の持つ『ゴミ』と、私の『至高の素材』と、私の『完璧な技術』が融合して生まれた、私の『作品』よ」
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