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第五章:奇跡(コンフィチュールと行商人)
5-4:行商人、土下座する
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エリアーナが、完成した『白夜の桃のコンフィチュール』の瓶を、バルトの目の前に置いた。
瓶の中のシロップは、太陽の光を浴びて透き通り、溶けた琥珀のように輝いている。そのあまりの美しさに、バルトは手を伸ばすことすらできず、ただ食い入るように見つめていた。老執事セバスは、一歩後ろで、主の勝利を確信したような、静かな笑みを浮かべている。
「さあ、試食なさい、バルト殿。貴方が王都で『最高級』と呼んだ砂糖と、私の『作品』が、どれほど違うかを、貴方の舌で判断してほしい」
エリアーナは、神聖な儀式を促すかのように、スプーンを差し出した。彼女の言葉は、まるで最終判決を告げる裁判官のように、冷徹で厳かだった。
バルトは、老いた商人の経験が、彼の全身に「これは、人生を変える一口になる」と警告しているのを感じながら、震える手でスプーンを手に取った。彼は、そのコンフィチュールを、まるで王家の秘宝を扱うように、そっと口に入れた。
その瞬間――バルトの五感は、一瞬で辺境の丘へと連れ去られた。脳裏に広がるのは、王都の喧騒と、不潔な市場とは真逆の、清涼で、一切の汚れがない、夜明けの景色だった。
まず、夜明けの冷気を凝縮したような、清涼で、透き通るような甘さが、彼の舌の上で爆発した。それは、彼が知るどの「砂糖の甘さ」とも違う、純粋で、一切の雑味がない、完璧な調和だった。桃の果肉は、口の中でホロリと崩れ、濃厚なのに清らかな風味が鼻腔を突き抜けていく。この風味は、彼が王都で大金を叩いて買い求めたどの香辛料や果物よりも、力強く、そして上品だった。
(こ、これは……! 味が、『清潔』だ……! 王都のどの菓子も、口の中に残るくどさや、微かな塩気が『ノイズ』となっていた。だが、これは違う。完璧な光の味だ! この味は、王都のどの貴族にも、どの王族にも、まだ知られていない……!)
バルトの脳裏に、彼が長年商売の種として扱ってきた、王都の「最高級」と謳われる砂糖や、水っぽい果実の味が蘇る。それらは、今食べたこのコンフィチュールと比べると、全てが濁った、粗野な代物に感じられた。彼は、自分が今まで売ってきたものが、実は『模造品』でしかなかったという、商売人としての存在意義を根底から揺るがす衝撃に襲われた。
彼は、思わずスプーンを取り落とした。カシャン、と音を立てて石床に落ちるスプーンの音すら、彼の耳には遠い。
「……ま、まさか。これが……この地で、この数日の間に、お嬢様が生み出した作品だと……」
バルトの目から、大粒の涙が流れ落ちた。それは、感動の涙ではない。長年、王都の権威に騙され、『ゴミ』を『宝』だと偽って売り続けてきた、自身の商売人生への、後悔と恥辱の涙だった。彼のプライド、彼の経験、彼の常識、その全てが、この一口のコンフィチュールによって、徹底的に粉砕された。
エリアーナは、バルトの感情の揺れを、冷静に観察していた。彼のこの感情こそが、彼女の『作品』が持つ、『真の破壊力』だ。彼女は、王都の貴族街で、自分のパティシエールとしての情熱を「陰気」だと嘲笑された屈辱を、この一瞬で、商業という形で完璧に報復したのだ。
「バルト殿。どうです? 私の『作品』は、貴方の『ゴミ』を、必要としますか?」
その冷徹な問いかけに、バルトは全てを悟った。この令嬢は、ビジネスの天才だ。そして、彼女の才能は、王都の貴族の権力や、金貨の量では測れない、異次元の領域にある。
「失礼いたしました……! エリアーナ様! 私の目は節穴でございました! このバルト、心から、お詫び申し上げます!」
彼は、その場で膝から崩れ落ち、頭を石床に叩きつけるように、深々と土下座した。その頑強な体躯が、王都の貴族街では考えられないほど、みじめな姿で地面に這いつくばっている。老執事セバスと、隅で作業をしていたアンナが、その光景に驚き、息を飲んだ。
「王都で『最高級』と謳っていた私の砂糖は、まさに『ゴミ』でございます! こんな不純物では、貴方様の『食べる芸術』を汚してしまう!」
バルトの頭は、今や「このコンフィチュールを王都に流通させることこそが、人生最高の商売になる」という、強烈な野心に支配されていた。彼は、エリアーナという公爵令嬢が持つ『才覚』が、一国の富すら凌駕することを、確信していた。彼は、商会を懸けて、この奇跡の果物に賭けることを決意したのだ。
「エリアーナ様! どうか、このバルトを、貴方様の『調達係』としてお使いください! 私は、王都の果物商や砂糖商が持てない、王国の隅々まで張り巡らされた、商会の情報網を持っています! 貴方様の『最高純度』の要求を満たすため、命懸けで、この国の、いや、大陸最高の『素材』を見つけてまいります!」
彼の土下座は、もはやビジネスの契約ではない。エリアーナの才能への、商魂を懸けた『信仰告白』だった。彼の人生は、この一瞬で、辺境の丘へと完全に方向転換したのだ。
瓶の中のシロップは、太陽の光を浴びて透き通り、溶けた琥珀のように輝いている。そのあまりの美しさに、バルトは手を伸ばすことすらできず、ただ食い入るように見つめていた。老執事セバスは、一歩後ろで、主の勝利を確信したような、静かな笑みを浮かべている。
「さあ、試食なさい、バルト殿。貴方が王都で『最高級』と呼んだ砂糖と、私の『作品』が、どれほど違うかを、貴方の舌で判断してほしい」
エリアーナは、神聖な儀式を促すかのように、スプーンを差し出した。彼女の言葉は、まるで最終判決を告げる裁判官のように、冷徹で厳かだった。
バルトは、老いた商人の経験が、彼の全身に「これは、人生を変える一口になる」と警告しているのを感じながら、震える手でスプーンを手に取った。彼は、そのコンフィチュールを、まるで王家の秘宝を扱うように、そっと口に入れた。
その瞬間――バルトの五感は、一瞬で辺境の丘へと連れ去られた。脳裏に広がるのは、王都の喧騒と、不潔な市場とは真逆の、清涼で、一切の汚れがない、夜明けの景色だった。
まず、夜明けの冷気を凝縮したような、清涼で、透き通るような甘さが、彼の舌の上で爆発した。それは、彼が知るどの「砂糖の甘さ」とも違う、純粋で、一切の雑味がない、完璧な調和だった。桃の果肉は、口の中でホロリと崩れ、濃厚なのに清らかな風味が鼻腔を突き抜けていく。この風味は、彼が王都で大金を叩いて買い求めたどの香辛料や果物よりも、力強く、そして上品だった。
(こ、これは……! 味が、『清潔』だ……! 王都のどの菓子も、口の中に残るくどさや、微かな塩気が『ノイズ』となっていた。だが、これは違う。完璧な光の味だ! この味は、王都のどの貴族にも、どの王族にも、まだ知られていない……!)
バルトの脳裏に、彼が長年商売の種として扱ってきた、王都の「最高級」と謳われる砂糖や、水っぽい果実の味が蘇る。それらは、今食べたこのコンフィチュールと比べると、全てが濁った、粗野な代物に感じられた。彼は、自分が今まで売ってきたものが、実は『模造品』でしかなかったという、商売人としての存在意義を根底から揺るがす衝撃に襲われた。
彼は、思わずスプーンを取り落とした。カシャン、と音を立てて石床に落ちるスプーンの音すら、彼の耳には遠い。
「……ま、まさか。これが……この地で、この数日の間に、お嬢様が生み出した作品だと……」
バルトの目から、大粒の涙が流れ落ちた。それは、感動の涙ではない。長年、王都の権威に騙され、『ゴミ』を『宝』だと偽って売り続けてきた、自身の商売人生への、後悔と恥辱の涙だった。彼のプライド、彼の経験、彼の常識、その全てが、この一口のコンフィチュールによって、徹底的に粉砕された。
エリアーナは、バルトの感情の揺れを、冷静に観察していた。彼のこの感情こそが、彼女の『作品』が持つ、『真の破壊力』だ。彼女は、王都の貴族街で、自分のパティシエールとしての情熱を「陰気」だと嘲笑された屈辱を、この一瞬で、商業という形で完璧に報復したのだ。
「バルト殿。どうです? 私の『作品』は、貴方の『ゴミ』を、必要としますか?」
その冷徹な問いかけに、バルトは全てを悟った。この令嬢は、ビジネスの天才だ。そして、彼女の才能は、王都の貴族の権力や、金貨の量では測れない、異次元の領域にある。
「失礼いたしました……! エリアーナ様! 私の目は節穴でございました! このバルト、心から、お詫び申し上げます!」
彼は、その場で膝から崩れ落ち、頭を石床に叩きつけるように、深々と土下座した。その頑強な体躯が、王都の貴族街では考えられないほど、みじめな姿で地面に這いつくばっている。老執事セバスと、隅で作業をしていたアンナが、その光景に驚き、息を飲んだ。
「王都で『最高級』と謳っていた私の砂糖は、まさに『ゴミ』でございます! こんな不純物では、貴方様の『食べる芸術』を汚してしまう!」
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