『元悪役令嬢、追放先で奇跡の果樹園(フルーツパーラー)を開店する ~前世パティシエールの技術でスローライフのはずが、王室御用達になってしまい

とびぃ

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第五章:奇跡(コンフィチュールと行商人)

5-5:独占販売権の契約と、新たな調達リスト

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エリアーナは、頭を下げ続けるバルトを見下ろし、満足げに頷いた。彼女の表情は、完璧に計算された実験が成功した、研究者特有の冷徹な喜びに満ちていた。
「顔を上げなさい、バルト殿。貴方のその『貪欲さ』と『商魂』は、私の研究には必要不可欠よ」
「は、はい……!」
バルトは、未だ震える手で顔を上げ、エリアーナの次の言葉を、まるで王命のように待ち望んだ。彼の顔は、土下座のショックでまだ青ざめているが、その瞳には、新たな希望の光が灯り始めていた。
「貴方の商会に、この『白夜の桃のコンフィチュール』の、王都における独占販売権を与えましょう。販売利益の十分の一は、代官ゲオルグ殿との契約通り、領地へと支払って。そして、これが条件よ」
エリアーナは、セバスに目配せし、彼に用意させていた『第三次調達リスト』をバルトに手渡した。羊皮紙は、王都の最高級品にもかかわらず、エリアーナの厳しい要求でインクが何重にも重ねられていた。
「このリストにある素材を、私の求める『純度』と『品質』で調達すること。一度でも、私のアトリエ(インターフェイス)の鑑定基準を満たせない『ゴミ』を納品した場合、独占販売権は即時剥奪。商会ごと、この辺境の地から追放するわ」
リストには、前回よりもさらに厳密な要求が記されていた。「純度99.9%のグラニュー糖」、「無塩発酵バター(乳脂肪分82%以上)」、「シチリア産ナッツ(オイル含有量明記)」など、王都のシェフが見ても意味不明な、化学的なデータまでが要求されていた。
「これらは、単なる数字ではないわ、バルト殿」
エリアーナは、リストに記された『無塩発酵バター(乳脂肪分82%以上)』という文字を指差した。
「例えばこのバター。発酵度の違いは、クッキーの『サクサク度』と『香り』に直結する。乳脂肪分が82%を切ると、私の求める『風味の黄金比』が崩れる。貴方はこの数値を満たした素材を探し、そしてなぜこの数値が必要なのかを、貴方の商会全体で学ぶ必要があるわ」
バルトは、その厳密さに、背筋が凍るのを感じた。この令嬢は、単に金儲けをしたいのではない。王国の流通システムそのものに、自分の『パティシエール哲学』を強制しようとしているのだ。しかし、それは同時に、彼らを王都の商会とは一線を画す存在にするための、最高の『教育』でもあった。
「承知いたしました! このリストの要求を、私の商会はエリアーナ様の『神のレシピ』だと心に刻み込み、必ずや、その『純度』を実現してまいります! 必要な職人を雇い、王都に『品質鑑定ラボ』を設けてみせます!」
バルトは、羊皮紙を大切に抱きしめ、立ち上がった。その姿勢には、老執事セバスへの「頼む、この主を頼む」という、無言の共闘意識すら漂っていた。
「そして、もう一つ。バルト殿」
エリアーナは、最後の指示を出した。彼女の瞳には、遥か遠くの王都の社交界を俯瞰する、戦略家の光が宿っていた。
「コンフィチュールの王都での販売は、極めて限定的に行うこと。貴方の商会が納品するのは、貴族街の一流パティスリー、一店舗につき一日五瓶まで。最初は、『試食品』として少量だけ納入しなさい」
「な、なぜでございますか!? このコンフィチュールならば、王都の市場を独占できる……!」
バルトは、その「供給制限」という言葉に、思わず声を荒げた。商売人にとって、利益の源泉を自ら絞る行為は、狂気の沙汰だ。
「いいえ。王都の貴族は、『手に入るもの』には飽き、『手に入らないもの』にこそ熱狂するわ。『白夜の桃のコンフィチュール』は、『クライフェルト領が、王都の貴族に施してやる、気まぐれな恩寵』であると、王都中に噂を広めるの」
エリアーナは、広間の窓から、遠く薄霞む王都の方角を一瞥した。
「貴族たちが、その『清涼な味』を一口でも知れば、その『希少性』を求める心理が、王都中の『スイーツブーム』を引き起こす。貴族の熱狂が、このコンフィチュールの『価値』を、王都の金貨では買えないレベルまで高めてくれるわ。この戦略が、貴方の商会を、王都の『御用達』へと押し上げるのよ」
バルトは、その言葉を聞き、背中に電流が走るのを感じた。この公爵令嬢は、単なるパティシエールではない。王都の社交界の心理を完全に掌握した、冷徹な戦略家だ。
「希少性……! おお、さすがでございます! 貴族の購買欲は、『手に入らない』という情報でこそ、燃え上がります!」
バルトは、エリアーナが商売の心理までも完全に掌握していることに、戦慄しながらも、深い感銘を受けた。彼の脳裏には、コンフィチュールを巡って狂乱する王都の貴族たちの姿が、鮮明に浮かんでいた。
「よろしい。契約成立よ。さあ、王都へ戻り、貴方の『最高の素材』を私に見せなさい」
エリアーナは、満足げに微笑んだ。これで、彼女の『アトリエ(研究所)』の根幹となる『調達ルート』が、完璧に確保された。彼女の頭の中では、次の『作品』、つまりタルトやショートケーキの『レシピ(Lv.2)』が、今や現実のものとなりつつあった。
バルトは、エリアーナに再度、深々と頭を下げると、急いで魔導馬車へと戻っていった。彼の足取りは、王都に来た時とは比べ物にならないほど、軽く、使命感に満ちていた。彼は、商会の運命を、この辺境の地の冷たい科学者に託したのだ。
「セバス。これで、私たちの『研究』は、第一段階を突破したわ」
エリアーナは、アトリエの窓から、麓の痩せた村を見下ろした。村の畑はまだ貧しいが、彼女の目には、その下に広がる『白夜の桃』の広大な果樹園の姿が、鮮明に見えていた。
「お嬢様の才覚、このセバス、畏敬の念を抱きました。この『奇跡』が、王都に、どのような波紋をもたらすのか……」
セバスの言葉は、不安ではなく、確信に満ちていた。彼は、この辺境の地で、主が『世界の食文化を変える、恐るべき革命』を始めていることを、肌で感じていたのだ。
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