『元悪役令嬢、追放先で奇跡の果樹園(フルーツパーラー)を開店する ~前世パティシエールの技術でスローライフのはずが、王室御用達になってしまい

とびぃ

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第六章:流行(王都の熱狂)

6-1:王都への侵入(奇跡の伝播)

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「一日五瓶。そして、試食品としてのみ納入」
エリアーナがバルト商会に課した『供給制限』は、王都の美食家たちの間で、まるで流行り病のように効力を発揮した。
王都に戻った行商人バルトは、その日から生まれ変わったかのようだった。以前の傲慢な態度は鳴りを潜め、代わりに職務への異常なまでの厳密さと、主への揺るぎない確信を帯びていた。彼は、エリアーナから託されたコンフィチュールの瓶を、金貨の袋よりも大切に、魔導馬車の冷却室に厳重に保管した。その姿は、まるで辺境の丘で再教育を受けた、新生バルト商会の象徴だった。
バルトは、エリアーナの指示通り、貴族街で最も格式の高い五つ星パティスリー、『ラ・ロイヤル』のシェフに直接面会を求めた。
『ラ・ロイヤル』の厨房は、王都でも最高級の食材しか扱わないという、プライドの塊のような場所だった。広々とした石造りの空間には、常に高価なバターと焼きたてのタルトの、濃厚で重厚な香りが充満している。
「バルト商会? フン。辺境の果物を使ったジャムなど、我々の店の客には出せませんな。持って帰れ!」
『ラ・ロイヤル』の老シェフは、辺境という言葉を聞いただけで、冷たく言い放った。彼は、王宮でも数々の祝宴を任されてきた、王都パティスリー界の権威であり、その厳格な態度は、バルトの傲慢さを遥かに凌駕していた。シェフの全身からは、王都特有の「伝統」と「権威」の重圧が放たれている。
「お待ちください、シェフ」
バルトは、土下座のショックでまだ完全には抜けきらない緊張感をもって、声を絞り出した。彼の脳裏には、エリアーナが「ゴミ」だと断じた、王都の砂糖の不純な味が鮮明に残っている。
「これは、単なるジャムではございません。これは、クライフェルト公爵令嬢エリアーナ様が、北の辺境の地で生み出された『奇跡の作品』でございます。お言葉ですが、シェフがこれまで口にされたどのコンフィチュールよりも、純粋で、清涼な光の味がいたします」
バルトの口調は、もはやセールスマンではなく、新興宗教の熱心な信徒のようだった。その尋常ではない熱意が、老シェフの懐疑心をわずかに揺さぶる。
シェフは、バルトの尋常ではない熱意に、わずかに眉をひそめた。
(クライフェルト嬢だと? あの、王室御用達を蹴り、冷たいと罵られた令嬢が……? 馬鹿馬鹿しい。だが、この商人の目には、何か本物が宿っている。長年、最高の食材を見てきた私の勘が、そう告げている)
彼は、半信半疑ながらも、試食に応じる姿勢を見せた。
「あのエリアーナ嬢が? 彼女がお菓子を? 結構。ならば、一口だけ、私に毒味をさせてみなさい。それが辺境のゴミであれば、貴様には二度とこの店に来させないぞ」
バルトは、恭しく、厳重に梱包された『白夜の桃のコンフィチュール』の小瓶をシェフの前に置いた。小瓶は、アトリエの冷却室で厳密に管理され、辺境の清涼な冷気をそのまま閉じ込めているようだった。
小瓶の蓋が開けられた瞬間、王都の厨房特有の、バターや焦げ付いた砂糖の、重厚で湿っぽい香りが一瞬にして押しやられた。代わりに、夜明けの冷気を思わせる、清涼で、一切の雑味のない桃の香りが、ふわりと広がる。
シェフは、その「清潔な香り」に、まず驚愕した。それは、彼が日頃扱う、複雑に重なり合った人工的な香りとは全く異なる、単一で、透明な光の香りだった。
彼は、半信半疑でスプーンの先に琥珀色のコンフィチュールを掬い、口に運んだ。
次の瞬間、老シェフの顔から血の気が引いた。
(ば、馬鹿な……! この清涼な甘さは……! 王都のどの砂糖にも、どの果物にも含まれていない、完璧な『純粋性』だ……! 味が、澄んでいる……!)
彼の口の中に広がったのは、桃の果肉のホロリと崩れる繊細な食感と、それを包み込む夜明けの冷気を凝縮したような透明なシロップだった。それは、彼が長年追求してきた、「素材の持つ力を、最大限に引き出す」というパティシエールの理想そのものだった。王都のパティスリーが持つ、過剰な風味と濁った甘さは、この「Eのコンフィチュール」の前では、全てが陳腐なノイズに過ぎなかった。
彼は、バルトを真っ直ぐに見つめた。その目には、もはや侮蔑の色はない。熱狂的な探求者の光が宿っていた。
「バルト殿……これは、いくらだ? これを、この店に、全て置いていけ!」
老シェフは、その一瞬で、王都のパティスリー界の常識を捨て去った。彼のパティシエとしての魂が、このコンフィチュールを「芸術品」として認め、「これを使わずして、どうして真の作品が作れようか」と、強烈に求めたのだ。
「恐れながら、シェフ。エリアーナ様のご指示は、『限定販売。一店舗につき一日五瓶』でございます」
「なに!? 馬鹿な! こんな奇跡の品を、一日五瓶だと!? ふざけるな! 私はこの店を賭けても、このコンフィチュールの独占販売権が欲しい!」
バルトは、内心でエリアーナの『供給制限』という戦略の恐ろしさと、彼女のビジネスの才覚の深さを再確認しながら、深々と頭を下げた。
「恐れながら。これが、辺境のクライフェルト領から、王都の貴族街へ下された、『気まぐれな恩寵』でございます。シェフ、この『恩寵』を、最大限に利用されることをお勧めいたします」
こうして、『ラ・ロイヤル』のシェフは、その日、五瓶のコンフィチュールを、王都ではありえない高額な価格で仕入れた。そして、エリアーナの指示通り、「これは、辺境から届いた、奇跡の桃を使った、極めて希少な作品である」と触れ回った。
この日を境に、『Eのコンフィチュール(エリアーナの頭文字)』は、王都の美食家たちの間で、『存在しない幻の宝物』として、熱狂的に噂されることになる。
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