『元悪役令嬢、追放先で奇跡の果樹園(フルーツパーラー)を開店する ~前世パティシエールの技術でスローライフのはずが、王室御用達になってしまい

とびぃ

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第六章:流行(王都の熱狂)

6-2:美食家の間で広がる噂(Eの恩寵)

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『ラ・ロイヤル』でたった五瓶だけ販売された「Eのコンフィチュール」は、瞬く間に王都の貴族社会を駆け巡る狂気の波紋となった。
最初の一瓶を手に入れたのは、王都でも指折りの美食家で知られるマルキ侯爵夫人だった。彼女は、王宮の茶会でも、退屈なスイーツには必ず「今日の菓子は、少々水っぽくてお下品ですわ」と酷評を下す、社交界の味覚の裁定者として恐れられていた。彼女の言葉一つで、その年の王都の流行が決まるほどの、影響力を持っていた。
侯爵夫人は、友人からの「辺境の公爵令嬢が作った、奇妙な桃のジャム」という噂を笑い飛ばしつつも、その「清涼な香りが、嗅覚を研ぎ澄ます」という評判に興味を惹かれた。彼女の執事が、三日がかりで『ラ・ロイヤル』に張り付き、通常の十倍もの高額を叩いて、ようやく一瓶を手に入れた。
夕食後のティータイム。侯爵夫人は、自邸のサロンで、最高級のダージリン茶葉と共に、その琥珀色のコンフィチュールを口にした。サロンには、彼女の品位を示すかのように、調度品の全てが完璧に配置され、静寂が支配していた。
(まさか、こんな辺境の地で……)
侯爵夫人の口の中に広がったのは、彼女が長年追い求めてきた、純粋で、一切のノイズがない光の味だった。その味は、彼女の鋭い舌を満足させるだけでなく、彼女が王都のスイーツに感じていた「濁り」や「陳腐さ」の全てを、一瞬で払拭した。彼女が長年、王都の菓子職人に感じていた、「素材を力でねじ伏せる」という野蛮さとは、全く無縁の、「素材と語り合う」という、洗練された品格がその味にはあった。
「ああ、なんてこと……! この味は、まるで、初めて雪を見た子供の瞳のようだわ……! 清潔で、純粋で、そして…魂が洗われる……」
侯爵夫人は、その一口で涙すら浮かべた。その涙は、単なる味覚の感動ではなく、自分自身の味覚が、まだ衰えていなかったことへの安堵の涙でもあった。彼女はすぐに、自分の知る全ての友人や、社交界のインフルエンサーたちに、この「Eのコンフィチュール」の噂を、誇張と熱意をもって触れ回った。
「あなたたち、まだ王都のくどい砂糖菓子を食べているの? 恥ずかしいわ! 今、本当に『清らか』な味を知る貴族だけが、辺境のクライフェルト嬢からの『恩寵』を授かっているのよ!」
この噂は、単なる「美味しいお菓子」の話題では終わらなかった。それは、「美食と純粋な品位」の象徴となった。
社交界では、このコンフィチュールを手に入れることが、貴族としての教養と、味覚の優位性を示す、一種の「勲章」のような扱いを受けるようになった。
• 「Eのコンフィチュールを知らない貴族は、味覚が下品である」
• 「Eのコンフィチュールを口にした者は、王都の虚飾から解放された、真の美食家である」
• 「Eのコンフィチュールは、辺境の公爵令嬢からの、王都の退廃的な貴族への『鉄槌』だ」
という皮肉めいた解釈が、社交界の陰で囁かれ始めた。人々は、エリアーナを「不毛の地で奇跡を生み出す、冷徹な美食の聖女」として、伝説的に語り始めたのだ。彼女の冷たい性格や、王太子に捨てられたという過去のゴシップは、この「奇跡の作品」の前に、「聖女の試練」という美談へと昇華されていった。
バルト商会が一日五瓶ずつ、慎重に流通量を制限した結果、王都の市場では、コンフィチュールの価格が金貨数十枚にまで跳ね上がり、それでもなお、供給が追いつかないという、狂乱の事態となった。貴族たちは、執事に命じて早朝から『ラ・ロイヤル』の前に馬車を並ばせ、連日、小さなコンフィチュールを巡って、高額な賄賂が飛び交う事態にまで発展した。
バルトは、王都の貴族たちが「手に入らないもの」に対して、いかに財布の紐が緩むかを再確認し、エリアーナの『希少性』戦略が、いかに王都の貴族の心理を正確に突いていたかを悟り、アトリエへ頭が上がらなくなった。彼の馬車は、王都へ向かうたびに金貨の重さで軋み、辺境へ戻るたびに、エリアーナの新たな調達リストの厳密さに戦慄する日々を送っていた。
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