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第六章:流行(王都の熱狂)
6-3:ヒロインの絶賛(ブームの決定打)
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ブームが貴族街全体に広がりつつあった頃、王太子の新しい婚約者であるリリアーヌ・マーレン伯爵令嬢も、そのコンフィチュールの噂を聞きつけていた。
リリアーヌは、エリアーナが王都にいた頃は、王太子の愛を独占するために、彼女を「冷たい女」として貶め続けていたが、本質的には純粋で、スイーツに対して強い探求心を持つ少女だった。彼女は、エリアーナの『作品』を、悪意なく、心から「美味しい」と評価できる、数少ない人間だった。
「アズライト様、聞いてください! 社交界で、『Eのコンフィチュール』というものが、ものすごく流行っているんです! 皆、あの清涼な香りが、心を洗ってくれると……。私、どうしても食べてみたくて!」
リリアーヌは、王太子の腕に可愛らしく抱きつきながら、目をキラキラさせて訴えた。彼女の純粋な欲求は、王太子のプライドという硬い壁を、いともたやすく乗り越えようとしていた。
アズライト王太子は、その名前を聞いた瞬間、不快感で顔を歪めた。
「Eのコンフィチュールだと? エリアーナではないか。あの冷たい女が辺境で始めた『道楽』だろう。あんなものが美味いはずがない! リリアーヌ、君は私の妃となるのだ。そんな下賤なものに興味を示すな」
「ひどいです、アズライト様! 下賤だなんて! 侯爵夫人も、伯爵令嬢の皆さまも、誰もが絶賛しているのに……! しかも、一日にたった五瓶しか手に入らない、幻の作品なんですよ! エリアーナ様は、私たちを追放された腹いせに、あんなに美味しいものを『施し』として少しだけ売っているんだわ!」
リリアーヌの、「施し」という言葉は、社交界の噂をそのまま代弁していた。彼女の純粋な『嫉妬と賞賛の入り混じった感情』が、逆にブームの正当性を証明していた。アズライトは、リリアーヌのこの無垢な言葉に、己の婚約破棄が、社交界では『エリアーナに施しを与える機会を与えた愚かな行為』と見なされていることを痛感し、心臓を鷲掴みにされたような屈辱を覚えた。
アズライトは、リリアーヌにねだられ、プライドを曲げて、側近に命じてコンフィチュールを調達させた。彼の側近は、王太子の威光を笠に着て、バルト商会に圧力をかけた。しかし、バルトはエリアーナの「品質を損なう圧力は即刻契約破棄」という厳命を忠実に守り、側近を冷たくあしらった。結局、王太子の一声で、ようやく手に入れた一瓶が、三日間の奔走の末、王宮のサロンに届けられた。
リリアーヌは、歓声を上げ、その場でスプーンを取り、一口味わった。
「――っ! アズライト様! これは……! 本当に、宝石の味ですわ!」
リリアーヌは、驚きと感動で、目を潤ませた。その瞳は、彼女が王都で見たどのダイヤモンドよりも純粋な輝きを放っていた。彼女の知るエリアーナは、自分を冷たく見下ろす、意地悪な公爵令嬢だった。しかし、このコンフィチュールは、彼女の魂の純粋さをそのまま映し出したかのような、清らかで、完璧な作品だった。
「見てください、アズライト様! この桃の果肉! 透き通って、まるで夜明けの雪みたい! 口に入れた瞬間に溶けて、冷たい光が体の中に広がるようです……。こんなにも純粋な味を、今まで食べたことがありません。私たちが王宮で食べていたお菓子は、まるで泥水でしたわ……」
リリアーヌの、「泥水」という無垢な評価は、王宮の料理番(シェフ)の威信を、そして王家が長年築いてきた食文化の権威を、根底から否定するものだった。アズライトは、自分の新しい婚約者が、自分の手で捨てた元婚約者の作品を、王宮の品々よりも上だと公言していることに、顔面蒼白となった。
(馬鹿な! あの女は、私を貶めるために、こんなものを……! いや、違う。リリアーヌの目は、心から感動している……。あの冷たい女は、私を捨てることで、王都の食文化すべてを嘲笑したというのか!)
リリアーヌの口から出た「奇跡」と「隠されていた才能」という言葉は、翌日の社交界で、ブームの決定打となった。王太子の婚約者が、嫉妬を捨てて認めるほどの『本物』なのだ、という強烈な裏付けが加わったからだ。
「王太子の新婚約者が、自らエリアーナ嬢の作品を絶賛した!」
「王太子妃となるお方が、嫉妬を捨てて認めるほどの『本物』なのだ!」
という噂は、王家の権威をバックに、社交界の隅々まで行き渡った。バルト商会は、王宮御用達のパティスリーからの注文の波に飲まれ、「供給を増やせ!」という狂乱の催促の嵐に晒されることになった。
リリアーヌは、エリアーナが王都にいた頃は、王太子の愛を独占するために、彼女を「冷たい女」として貶め続けていたが、本質的には純粋で、スイーツに対して強い探求心を持つ少女だった。彼女は、エリアーナの『作品』を、悪意なく、心から「美味しい」と評価できる、数少ない人間だった。
「アズライト様、聞いてください! 社交界で、『Eのコンフィチュール』というものが、ものすごく流行っているんです! 皆、あの清涼な香りが、心を洗ってくれると……。私、どうしても食べてみたくて!」
リリアーヌは、王太子の腕に可愛らしく抱きつきながら、目をキラキラさせて訴えた。彼女の純粋な欲求は、王太子のプライドという硬い壁を、いともたやすく乗り越えようとしていた。
アズライト王太子は、その名前を聞いた瞬間、不快感で顔を歪めた。
「Eのコンフィチュールだと? エリアーナではないか。あの冷たい女が辺境で始めた『道楽』だろう。あんなものが美味いはずがない! リリアーヌ、君は私の妃となるのだ。そんな下賤なものに興味を示すな」
「ひどいです、アズライト様! 下賤だなんて! 侯爵夫人も、伯爵令嬢の皆さまも、誰もが絶賛しているのに……! しかも、一日にたった五瓶しか手に入らない、幻の作品なんですよ! エリアーナ様は、私たちを追放された腹いせに、あんなに美味しいものを『施し』として少しだけ売っているんだわ!」
リリアーヌの、「施し」という言葉は、社交界の噂をそのまま代弁していた。彼女の純粋な『嫉妬と賞賛の入り混じった感情』が、逆にブームの正当性を証明していた。アズライトは、リリアーヌのこの無垢な言葉に、己の婚約破棄が、社交界では『エリアーナに施しを与える機会を与えた愚かな行為』と見なされていることを痛感し、心臓を鷲掴みにされたような屈辱を覚えた。
アズライトは、リリアーヌにねだられ、プライドを曲げて、側近に命じてコンフィチュールを調達させた。彼の側近は、王太子の威光を笠に着て、バルト商会に圧力をかけた。しかし、バルトはエリアーナの「品質を損なう圧力は即刻契約破棄」という厳命を忠実に守り、側近を冷たくあしらった。結局、王太子の一声で、ようやく手に入れた一瓶が、三日間の奔走の末、王宮のサロンに届けられた。
リリアーヌは、歓声を上げ、その場でスプーンを取り、一口味わった。
「――っ! アズライト様! これは……! 本当に、宝石の味ですわ!」
リリアーヌは、驚きと感動で、目を潤ませた。その瞳は、彼女が王都で見たどのダイヤモンドよりも純粋な輝きを放っていた。彼女の知るエリアーナは、自分を冷たく見下ろす、意地悪な公爵令嬢だった。しかし、このコンフィチュールは、彼女の魂の純粋さをそのまま映し出したかのような、清らかで、完璧な作品だった。
「見てください、アズライト様! この桃の果肉! 透き通って、まるで夜明けの雪みたい! 口に入れた瞬間に溶けて、冷たい光が体の中に広がるようです……。こんなにも純粋な味を、今まで食べたことがありません。私たちが王宮で食べていたお菓子は、まるで泥水でしたわ……」
リリアーヌの、「泥水」という無垢な評価は、王宮の料理番(シェフ)の威信を、そして王家が長年築いてきた食文化の権威を、根底から否定するものだった。アズライトは、自分の新しい婚約者が、自分の手で捨てた元婚約者の作品を、王宮の品々よりも上だと公言していることに、顔面蒼白となった。
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リリアーヌの口から出た「奇跡」と「隠されていた才能」という言葉は、翌日の社交界で、ブームの決定打となった。王太子の婚約者が、嫉妬を捨てて認めるほどの『本物』なのだ、という強烈な裏付けが加わったからだ。
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