『元悪役令嬢、追放先で奇跡の果樹園(フルーツパーラー)を開店する ~前世パティシエールの技術でスローライフのはずが、王室御用達になってしまい

とびぃ

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第六章:流行(王都の熱狂)

6-4:辺境への好奇心と、領地代官の歓喜

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王都の狂乱は、遠く辺境の地にまで届いていた。
クライフェルト領の代官ゲオルグは、バルト商会から送られてきた「販売利益の十分の一」を示す、分厚い金貨の袋を見て、震えが止まらなかった。
「ば、馬鹿な……! たったこれだけのコンフィチュールで、これほどの金貨が……! これが、王都の貴族が、お嬢様の『作品』に支払った対価だというのか!」
その額は、彼の領地が一年間、痩せた土壌で穀物を耕して得られる収入の、三倍にも匹敵する額だった。ゲオルグは、その金貨の重さ以上に、エリアーナの「この土地には希望がある」という言葉の重みを、痛いほど感じていた。彼の脳裏には、エリアーナが初めてリンゴのコンフィチュールを差し出したあの日の、清涼な甘さが鮮明に蘇る。
「お嬢様……! あなたは、この地を、本当に救ってくださった!」
ゲオルグは、その金貨の山を前に、武人としての決意を新たにした。これらは、エリアーナという「聖女」が、この地に植えてくれた「希望の種」だ。彼は、その金貨を、麓の村の土地改良と、灌漑用水路の整備、そして村の子供たちのための学校建設に充てることを決定した。貧困にあえぐ村人たちが、これ以上、王都の貴族に頭を下げる必要のない、自立した領地を築く。それが、彼の新たな使命となった。
村人たちは、初めて見る大量の金貨と、ゲオルグ代官の熱意ある演説に、最初は戸惑いながらも、次第にエリアーナという「新しい領主」への、揺るぎない畏敬の念を抱き始めた。
「クライフェルトのお嬢様は、神の恩寵を持っているに違いない」
「あの不毛の地で、奇跡の桃を生み出し、私たちに金貨を……!」
村人たちの間では、エリアーナはもはや追放された公爵令嬢ではなく、辺境の地に光をもたらした「北の聖女」として崇められるようになっていた。彼らは、エリアーナが「研究」のために雇った若者たちを、「聖女の使徒」と呼び、誇りを持って見送るようになった。
一方で、王都のブームは、次第に「辺境の地」そのものへの好奇心へと変わっていった。
「あの奇跡の桃は、一体、どんな土地で育つのだろう?」
「冷たい光を放つ『白夜の桃』は、辺境の寒村でしか成立しないらしい」
王都の貴族たちは、コンフィチュールを手に入れること自体が困難になると、今度は「その原産地をこの目で見てみたい」という、新たな欲求に駆られ始めた。彼らにとって、「辺境の地」は、もはや「罰の場所」ではなく、「奇跡の源泉」であり、「秘密の聖地」となっていた。
バルト商会は、エリアーナの指示に従い、コンフィチュールの限定販売を続ける傍ら、王都の貴族からの「北の館への訪問、滞在許可」を求める手紙の対応に追われていた。王都の貴族たちは、辺境への魔導馬車の高額な旅費すら厭わず、「エリアーナ様のテロワールをこの目で拝みたい」と、狂気にも似た熱意をバルトにぶつけていた。
「バルト殿! 辺境へ行かせてくれ! エリアーナ嬢の『テロワール』を、この目で拝みたい!」
バルトは、その狂乱ぶりを、定期的に魔導便でエリアーナに報告していた。彼の報告書には、王都のパティスリー界の動向、社交界の噂、そして貴族たちの「辺境熱」が、熱病のように詳細に記されていた。
その報告を、アトリエでアンナと共に新しいレシピ(タルト生地)の研究に没頭していたエリアーナは、うんざりした顔で受け取った。
「ねえ、セバス。見てちょうだい。王都の貴族は、『手に入らない』というだけで、こんなにも馬鹿げた行動に出るのね。私の計算通りだわ」
エリアーナは、羊皮紙を無感動に眺めた。彼女の目には、王都の貴族たちの狂乱は、「パティスリーの化学反応」の一部に過ぎない。
(これで、次のステップに進めるわ。王都の貴族たちが、辺境の土地に興味を持った。これで、私の『作品』を、生菓子(フレッシュ)の形で、彼らに届ける準備が整った)
彼女の頭の中では、次の『作品』の設計図――コンフィチュールを土台にした、究極の『奇跡のパフェ』のレシピが、青白い光を放って完成しつつあった。
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