『元悪役令嬢、追放先で奇跡の果樹園(フルーツパーラー)を開店する ~前世パティシエールの技術でスローライフのはずが、王室御用達になってしまい

とびぃ

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第十章:王室御用達と静寂の城壁(スローライフの完成)

10-3:アンナ、王都の厨房で立つ(再現の神髄)

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王室御用達の祝宴が迫る中、王都支店『秘密の庭園・王都店』の厨房では、アンナの、孤独な戦いが始まっていた。王都の厨房は、辺境のアトリエとは比べ物にならないほど広く、最新鋭の魔導コンロがいくつも並んでいたが、その広さや設備は、彼女にとってはむしろ『ノイズ』の源泉だった。王都特有の重く湿った空気が、辺境の清涼な空気とは違い、彼女の肌に張り付く。
アンナが作る『奇跡のパフェ』は、王都の貴族たちが辺境の地で食べたものと、寸分違わぬ『純粋性のタワー』でなくてはならない。王都の湿度の高い空気、不安定な魔導コンロの魔力調整、そして何よりも、リュカが連れてきた助手のシェフたちの冷たい視線と、嫉妬の『ノイズ』が、彼女を包み込んでいた。彼らは、辺境の村娘に、王室御用達のデザート作りを指示されることに、屈辱を感じていたのだ。
「(湿度が、辺境よりも常に10パーセント高い……! このままでは、ムースの『冷気の膜』が保てない。ムースの内部の空気(エアレーション)が、湿気で潰されてしまう……!)」
アンナは、エリアーナから教わった知識を総動員し、リュカが用意した魔導湿度計の数値を、食い入るように見つめた。彼女の脳裏には、師匠の『王都支店用のレシピ』の羊皮紙が、青い光のデータとして展開している。そのデータは、王都の環境を予測し、完璧な対策を立てている。
「助手の皆様、ムースの仕込み室の温度を、さらに0.2度下げてください! そして、窓際の換気口の魔力フィルターを、最も高い『乾燥モード』に切り替えてください! 今の湿度では、ムースの安定化に必要な卵白のタンパク質の凝固力が、わずかに低下します!」
アンナの指示は、かつての村の娘のそれではなく、師匠と同じく、一切の感情を排した、冷徹な『科学者』のそれだった。彼女の手が、魔導天秤と魔導コンロを、まるで自分の身体の一部のように正確に操っていく。彼女が計量する砂糖は、リュカが厳重に保管している『純度99.9%のグラニュー糖』だ。アンナは、その砂糖の純粋な結晶の感触を指先で確かめ、その『絶対的な甘さ』が、王都のノイズに負けないための『武器』であることを知っていた。
彼女は、ムースの仕込みに入った。ムースのベースとなるクリームの泡立てだ。
「魔導泡立て器(ウィスク)の回転数を、辺境のレシピより、10回転だけ速くしてください。王都のバターは、乳脂肪分が低いため、辺境と同じ冷気量では、空気の取り込みが甘くなります! 辺境の冷気に近づけるために、物理的な力でムースの構造を補強します!」
アンナは、師匠のレシピの微細な調整を、自分の味覚と、王都の素材への『化学的な洞察力』で判断していた。彼女の助手のシェフたちは、アンナの指示の根拠を理解できなかったが、彼女の瞳に宿る『純粋な確信』と、リュカの冷たい監視の目の前で、彼女の指示に唯々諾々と従うしかなかった。
その厨房には、リュカが王都から連れてきた助手のシェフ数名がいたが、彼らはアンナの尋常ではない正確さと、レシピの緻密さに、ただただ驚愕するしかなかった。
「た、たった0.5グラムの卵黄の差で、ムースの食感が変わるというのか!? 冗談ではない! それは、神の領域の技術だ!」
彼らの口から漏れるのは、驚愕と、そして嫉妬の囁きだ。彼らは、アンナを『辺境の小娘』と見下していたが、彼女の繰り出す技術は、彼らの長年の経験と『勘』を、次々と論破していった。彼らが知るのは、「勘」と「経験」による料理だ。しかし、アンナが作り出したムースは、王都のどのシェフが作ったものよりも、清涼で、透き通るような『純粋性』を放っていた。その完璧な仕上がりが、アンナの技術が『真理』に基づいていることを、雄弁に物語っていた。
リュカは、厨房の隅で、アンナの作業を静かに見守っていた。彼の役割は、『技術指導』ではない。アンナが作り出す『純粋性』が、王都のノイズに侵されないよう、彼女を心理的に守る『壁』だ。
(アンナ嬢は、完璧だ。彼女の舌は、王都の不純物を、師匠と同じレベルで『ノイズ』として感知している。そして、師匠のレシピ通り、そのノイズを化学で打ち消している。彼女は、王都の華やかさには一切興味がない。彼女の情熱は、師匠の作品の『再現』という、ただ一点に集中している。この純粋性こそが、王都のどのパティシエも持てない、彼女の最大の『才能』だ。彼女の集中力は、辺境の地の氷のように硬く、王都の熱気にも湿気にも、一切侵されない!)
王都の厨房に立つアンナの姿は、辺境の地の荒涼とした風景とは真逆の、純白の光を放っていた。彼女の白い制服は、厨房の熱気と蒸気の中で、辺境の冷気を纏っているかのようだ。彼女は、王都の貴族の嫉妬や、助手のシェフたちの懐疑心という『ノイズ』を全て遮断し、ただひたすらに、師匠のレシピと向き合い続けた。彼女の額に滲む汗は、王都の湿気に負けず、すぐに蒸発し、彼女の集中力を乱すことはなかった。
そして、王室の祝宴前夜。アンナが作り上げた『奇跡のパフェ』の試作品は、王都支店の地下の魔導冷却室の中で、辺境のアトリエと全く同じ、マイナス0.8度の冷気を纏い、静かに輝いていた。その純白のムースは、王都の湿度の高い空気の中にあっても、一切の濁りを見せず、夜明けの雪のように透き通っていた。
アンナは、そのパフェを手に取り、師匠のいる辺境の方角へと、静かに頭を下げた。
「師匠。この作品が、師匠の『静かなる研究』を守るための、最高の『城壁』となりますように。私の舌と、この手は、師匠の作品の純粋性を、王都で証明しました」
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