『元悪役令嬢、追放先で奇跡の果樹園(フルーツパーラー)を開店する ~前世パティシエールの技術でスローライフのはずが、王室御用達になってしまい

とびぃ

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第十章:王室御用達と静寂の城壁(スローライフの完成)

10-4:国王陛下への納品(領域の宣言)

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国王陛下の生誕記念祝宴当日。王宮の広大な宴会場は、王国の威信を示すかのように、豪華絢爛な装飾と、数百名の貴族たちの熱気で満ち溢れていた。天井のシャンデリアは、数万個の宝石が放つ光を凝縮したかのように輝き、分厚い絨毯は、王都の歴史の重さを象徴していた。しかし、この日の主役は、その虚飾とは最も遠い、辺境の地の『作品』だった。
王太子アズライトと、新婚約者リリアーヌも、その場にいた。アズライトの顔は、辺境での屈辱の記憶と、エリアーナへの畏怖の念から、未だ青ざめている。彼の横顔には、自分の選択の愚かさが、周囲の貴族たちの熱い視線によって、嫌というほど突きつけられている。リリアーヌは、王太子妃となる喜びよりも、エリアーナの『作品』を王宮で味わえるという、純粋な好奇心と興奮で、目を輝かせていた。彼女の瞳は、まるで辺境の丘で見つめた桃の木のように、一点の曇りもない。
祝宴のデザートとして、エリアーナの『作品』が供される時間は、王都の貴族たちにとって、この日のハイライトとなっていた。彼らは、辺境の地で『魂の浄化』を経験した、あの清涼な味覚の衝撃を、王宮という舞台で再び味わえることに、狂気にも似た期待を寄せていた。会場の喧騒が、デザートを待つ貴族たちの、張り詰めた静寂へと変わっていく。
老執事セバスと、ゲオルグ代官が、辺境の領地の代表として、王宮へ招待されていた。セバスは、公爵家老執事としての威厳を保ちつつ、緊張で微かに手が震えている。彼の背中には、アンナの成功が、エリアーナの『静寂』を決定づけるという、重い使命が乗っている。ゲオルグは、武人らしく背筋を伸ばし、王宮の華やかさよりも、辺境の地の清貧な誇りを纏っていた。
そして、ついにデザートの時間。
王宮の料理長が、誇らしげに、アンナが王都で再現した『奇跡のパフェ』を、国王陛下のテーブルへと運んだ。純白のムース、琥珀色のコンフィチュール、そして清涼な冷気を纏ったパフェグラス。その清廉な美しさは、周囲の豪華絢爛な装飾の中で、かえって異様なほどの存在感を放っていた。まるで、王宮の虚飾を、一瞬で浄化する、白い光のようだ。パフェグラスの表面に凝縮した冷気が、王宮の湿度の高い空気の中で、辺境の『冷気のテロワール』を、雄弁に語っていた。
国王陛下は、そのパフェを前に、静かに微笑んだ。彼の目は、そのパフェグラスの細部に宿る『技術の厳密さ』を、王族としての洞察力で見抜いていた。
「このデザートが、辺境のクライフェルト領から届いた、『奇跡の作品』か。さあ、皆の者、味わうがいい」
国王陛下の言葉を受け、貴族たちは一斉にスプーンを手に取った。
王太子アズライトは、恐る恐るスプーンを口に運んだ。
サクッ、ホロリ。
その瞬間、彼の五感は、辺境の丘へと強制的に『リセット』された。ムースの『冷たい静寂』は、王都の湿気の中でも一切の濁りを見せず、桃の清涼な香りが、彼の脳裏に、エリアーナの冷徹な探求心という『真理の光』を、再び突きつけた。
(ま、まさか……! 辺境の地で味わった、あの『純粋性』が、王都で完璧に再現されている……!? 湿度の高さ、魔導コンロの不安定さ……この環境の違いを、あの女は、計算だけで、克服したというのか!)
アズライトは、王都の厨房と、辺境の地の気候が異なることを知っている。その環境の違いを乗り越えて、この味を再現したエリアーナの技術力、そして、それを再現したアンナという『精密機械』の才能に、彼は畏怖と絶望を感じた。彼の王族としてのプライドは、この一口のパフェによって、完全に、そして公的な場で粉砕された。彼は、スプーンを握りしめたまま、何も言えず、ただ自らの選択の愚かさを噛み締めた。その屈辱は、辺境の地で受けたものよりも、王宮の華やかな光の中で晒された分、さらに痛烈だった。
リリアーヌは、歓喜の涙を流した。彼女の瞳には、嫉妬などない。ただ純粋に、最高の作品を味わえたことへの、探求者としての感動だけがあった。
「アズライト様! これは、辺境で食べたものと、寸分違わぬ、光の味ですわ! エリアーナ様は、王都のノイズを、全て打ち消したのね……!」
リリアーヌの言葉は、王宮の貴族たちの心を代弁していた。彼らは、王都の厨房が持つ『不純物』という限界を、エリアーナが『科学』で超克したことを、この味を通して理解したのだ。王宮の料理長たちは、この完璧なムースの安定感と、タルト生地のサクサク感に、嫉妬ではなく、純粋な畏敬の念を抱き、アンナの存在を『辺境の聖女の代理人』として認識し始めた。
その時、リュカが、王宮の料理長に代わって、国王陛下の前に進み出た。彼の顔には、王都の天才シェフとしての自信と、エリアーナの哲学への忠誠が満ちている。
「陛下。この作品は、辺境の地の『テロワール(冷気)』を、王都の厨房で再現するために、クライフェルト様が編み出した、最新の『化学構造体』でございます」
リュカは、アンナが王都で再現したレシピの、温度と成分の厳密なデータを、王宮の料理長たちに突きつけた。彼の顔には、『王都の伝統』に別れを告げ、『エリアーナの科学』に忠誠を誓った、探求者の覚悟が満ちていた。
「この作品は、辺境のアトリエと、王都の支店という、『二つの領域』によって、初めて成立するものです。クライフェルト様は、王都の権威に、辺境の地の『純粋性』という、新たな領域を宣言されました。王都の湿気とノイズは、もはやクライフェルト様の作品を汚すことはできません」
国王陛下は、満足げにパフェを完食すると、深く頷いた。その目には、エリアーナの才覚に対する確信が宿っている。
「見事だ。クライフェルト嬢の才覚、そして、この作品の『純粋性』は、王家の威信を再び輝かせた。この味は、王国の誇りとなるべきだ」
国王陛下は、その場で、クライフェルト領の工房を、正式に「王室御用達」に指定する勅命を下した。同時に、アンナがシェフ・パティシエを務める王都支店は、王宮への納品窓口として、その権威を確立した。アズライトは、その歓声の中で、自らの失敗が、王国の歴史の中で公的な記録となったことを悟り、静かに、そして完全に打ちのめされた。彼の心に唯一残ったのは、エリアーナという女性への、理解できないほどの『畏れ』だけだった。
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