『「害虫駆除」スキルでスローライフ? 私、害虫(ドラゴン)も駆除できますが』

とびぃ

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第七章:来訪者

7-4:組合長代理ファティマ

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宰相ゲオルグは、その一握りの黒土を、まるで燃え盛る石炭でも掴んだかのように、慌てて振り払った。 彼の手袋に、豊穣の証である黒い染みが、まるで罪の刻印のように付着していた。
彼は、自らの内に湧き上がった「敗北感」という未知の感情を、即座に、使い古した「怒り」と「侮蔑」の仮面で覆い隠す。
(……何を、狼狽(うろた)えておる、ワシは)
(……そうだ。これは、現実だ。……現実ならば、この『食料』は、ワシらのものだ)
(……この小娘が、どれほどの『奇跡』を起こそうが、所詮は、王家の『所有物』。……この『バルケン領』も、そこで獲れた『作物』も、すべては、王家のもの)
(……そう、すべては、王家に、帰属する)
宰相は、自らにそう強く言い聞かせ、呼吸を整えた。いつもの、あの冷徹で、老獪な、政治家の顔を取り戻す。
「……村へ、案内させよ」
宰相が、低く、威圧するように命じると、畑仕事に気づいて駆け寄ってきた、村の「自警団」らしき男たちが、一瞬、身構えた。
だが、彼らは、もはや、武装した王都の騎士を前に、一方的に怯えるだけの、痩せこけた亡霊ではなかった。 その目には、確かに「警戒」はあるが、それ以上に「自分たちの『畑(テリトリー)』を守る」という、明確な「意志」が宿っていた。
「……王都からの、お客様、ですな。……組合長(・・・・・)に、お繋ぎいたします」
彼らの態度は、卑屈ではなかった。対等な、交渉相手に対するそれだった。
(……生意気な)
宰相は、内心で舌打ちをしながら、その自警団の先導で、村へと足を踏み入れた。
村の光景もまた、宰相の理解を、超えていた。
彼が、最後に、このバルケン領の「報告書」に目を通したのは、いつだったか。そこには、「家屋は半壊、住民は極度の栄養失調、魔獣の被害甚大、もはや『領地』としての機能は喪失」と、そう記されていたはずだ。
だが、目の前の村は、どうだ。
家々の石壁は、新しい木材で、頑丈に、補強されている。屋根も、きちんと修繕され、すべての家から、生活の証である、白い「煙」が、立ち上っていた。
村の広場は、掃き清められ、丸々と太った、健康的なニワトリや、豚(この世界での)が、きちんと作られた「囲い」の中で、元気に、鳴いている。
そして、子供たち。
王都で見た、あの、生ける屍のような子供たちとは、まったく違う。
彼らは、確かに、高価な服など着ていない。だが、頬は、リンゴのように赤く、その目には、好奇心と、生命力が、溢れていた。 彼らは、宰相たち(よそもの)を、物珍しそうに、しかし、決して「怯える」ことなく、遠巻きに眺めていた。
(……たった、一年で)
(……あの、ファティマという、十六の小娘が、一人で、ここに来て、たったの一年で!)
(……この、死んだ村を、これほどの『豊穣の村』に、作り変えた、と……?)
宰相は、もはや、嫉妬すら、通り越し、ある種の「恐怖」を感じ始めていた。
この娘は、何者だ。
聖女セシリアが、王都の、あれほど恵まれた環境で、国中の支援を受けて、行ったことが「枯渇」であったのに対し。
このファティマが、何もかもが無い、この「マイナス」の土地で、たった一人で、行ったことが「創生」であった。
この、あまりにも、残酷な「対比」。
「……宰相閣下。……ようこそ、『バルケン領』へ」
集会所――今や、その入り口には【バルケン農協】という、拙いだが力強い文字で書かれた、真新しい「看板」が、誇らしげに掲げられていた――の前に、一人の老人が、立っていた。
かつて、枯れ木と評された、村長エドガー。
だが、今の彼は、枯れ木ではなかった。厳しい冬を耐え抜き、再び、力強く、大地に根を張った「樫(かし)の木」のような、揺ぎない「威厳」を、まとっていた。
「……村長のエドガー、ですかな」
「……いえ。今は、『バルケン農協・組合長』の、エドガー、でございます」
エドガーは、臆することなく、はっきりと、そう名乗った。
宰相の眉が、ピクリ、と動く。「……のう、きょう……?」
「……お話は、我らが『組合長代理』が、承ります。……どうぞ、中へ」
エドガーに、促されるまま、宰相が、集会所の中へと、足を踏み入れる。
中は、薄暗いが、清潔だった。
そして、何よりも、集会所の、奥、半分を、埋め尽くすほどの「麻袋」の、山。
その、いくつかの、口が開いた袋から、こぼれ落ちているのは、あの、黄金色の「麦」だった。
その、麦の山の、前に。
一人の、少女が、立っていた。
宰相は、息を呑んだ。
ファティマ・フォン・バルケン。
記憶にある、あの、卒業パーティーでの、地味で、おどおどしていた、公爵令嬢の姿は、そこには、なかった。
かといって、先ほど畑で見た、泥まみれの「農婦」の姿でもない。
彼女は、きちんと、体を洗い、髪を、後ろで、一つに、束ねていた。
着ているのは、王都の貴族令嬢が、見たら、悲鳴を上げるであろう、無骨な、しかし、機能的な、麻布の「作業着」と、分厚い「ズボン」。
頬には、あの、畑でついた、土の染みが、まだ、うっすらと、残っている。
その手は、ゴツゴツと、節くれだち、爪の間には、あの「黒土」が、深く、入り込んでいた。
だが、その姿は。
宰相が、生涯で、見てきた、どの「王妃」よりも、どの「聖女」よりも、……圧倒的に、気高く、そして、美しかった。
彼女は、玉座にもたれる国王よりも、遥かに、強固な「大地」に、その両足で、立っていた。
ファティマは、ゆっくりと、顔を上げた。
その、静かな、黒い瞳が、まっすぐに、宰相を、射抜く。
(……変わって、いない)
宰相は、慄然とした。
その、瞳だ。
あの、金色の茶番劇(だんざい)の、真っ只中で。
王子に、婚約破棄を、宣言され。
聖女に、その存在を、否定され。
すべての貴族に、嘲笑され。
それでも、涙一つ、見せず。
一切の、弁明も、恨み言も、口にせず。
ただ、王妃教育で、叩き込まれた、完璧な、カーテシーを、一つだけ、行い。
「……王子殿下と、セシリア様の、……輝かしい未来を、お祈り、申し上げております」
そう、言い放った、あの時の。
あの、十六歳の、少女の、……底知れない、静かな、冷たい、あの「瞳」と、まったく、同じだった。
「……宰相閣下。……ご無沙汰、しております」
ファティマが、先に、口を開いた。
その声には、かつての、か弱さも、怯えも、ない。
「……『バルケン農協・組合長代理』の、ファティマ・フォン・バルケン、です」
「……このたびは、……遠路はるばる、こんな『辺境』まで、……何の、ご用でしょうか?」
彼女は、すべてを、わかっていた。
王都の、惨状も。
彼が、ここに来た、理由も。
そして、自分(ファティマ)が、今、何を「握っている」のかも。
その、すべてを、理解した上で、彼女は、この老獪な、宰相に、そう、問いかけたのだ。
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