哀歌-miele-【R-18】

鷹山みわ

文字の大きさ
7 / 52
珈琲

珈琲-1-

しおりを挟む
家で何度も確認したのに、歩きながらも自分の姿を見直してしまう。
お気に入りの服は水色のワンピース。淡い黄色のカーディガンを羽織った。彼のライブグッズである薔薇のペンダントを首から下げて、靴はヒールが5センチあるベージュのパンプスを履いた。

友人から似合っていると言われてもまだ自信はない。19年間彼氏というものを作った事がなくて、何も経験なんてしていなかったから。恋愛に対して消極的だった。楽しく恋愛している朋香たちが羨ましかった。

夜のカフェの外観はひっそりと佇む家のようだった。小さな木の看板で『miele-ミエーレ-』と立てられている。
芸能人御用達と謳われる場所だけあって、オープンな場所ではなかった。看板を見つけるまでに時間がかかりそうだ。
鞄を持つ手がきゅっと引き締まる。

本物じゃなかったら帰ればいい。

そう何度も心の中で言いながらここまで来た。
スマートホンにショートメールが届いている。

“中で待ってる”

恐る恐る扉を開けると、ベルがカランと鳴った。
スタッフらしき男性が胡桃を見て訝しんだ。

「あの……剛史さんから」

男性が自分の薔薇のペンダントを見た瞬間、営業スマイルに激変した。

「お待ちしていました。どうぞ」

どうやら認めてもらえたらしい。
ほっと安心して胡桃は男性の後を付いていく。
奥にある個室に来た。カーテンで遮断されている1か所を指して、彼は頭を下げて引き返した。
戻れない空気になってきたけど、どこか楽しかった。好奇心が大きく膨らんでいた。

カーテンを捲ると、四人座れる向かい合わせのソファーに一人、書類を見ている彼が座っていた。
なりすましではなかった。
黒の襟付きシャツにグレーのジーパンを履いている。
黒縁眼鏡を掛けて文字を追っていた目が、ゆっくりと見上げてきた。

「こんばんは」
「……こ、こんばんは」
「来てくれてありがとう。座って」

向かい側を手で示してくれた。
失礼します、と素直に従う。
微笑む剛史は楽屋で会った時と違い、ごく普通の大人だった。
目が胡桃の胸元に下がる。

「良かった。薔薇のペンダント付けてきてくれたんだね」
「はい。グッズを調べたら、買ってました」

微笑む。スタッフが分かるような物を付けてほしいと言われた時、何があったかこれまで買ったグッズを漁った。剛史からファーストライブで売っていた薔薇のペンダントを持っているかと聞かれて、奥の箱にあるのを見つけた。赤と黒が混じり合った天然石の薔薇が一つ付いたもの。

「なんとなく、君はそれを持ってる気がしたんだ」
「薔薇の絵の話をしたからですか」

頷かれて、胡桃の目もペンダントを眺める。
ファーストライブはグッズだけ買った。一目でこのペンダントが欲しくなった。お小遣いを使い果たした気がする。学生が買うには少し高めの値段だったので、既に社会人になっていた大人が買っている印象だった。しかし、ライブを重ねる毎にこれを付ける人は減った。真新しいグッズに惹かれていくものだ。

胡桃も今回のライブでは付けなかった。人前でこれを付けたくなかった。自分の部屋で親に隠れてこっそり付けていた。剛史を身近に感じていた。

「スタッフにそれを伝えれば俺の紹介者だって分かるだろ。……普通の人とも会いづらいからな」

遠い目をする男、やはり有名人になると活動範囲が狭まるんだろうなとぼんやり思う。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています

紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、 ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。 「もう君は、僕の管理下だよ」 退院と同時に退職手続きは完了。 住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。 外出制限、健康管理、過保護な独占欲。 甘くて危険な“保護生活”の中で、 私は少しずつ彼に心を奪われていく――。 元社畜OL×執着気味の溺愛社長 囲い込み同棲ラブストーリー。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...