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初夜
初夜-1-
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車内は静寂だった。
何を話したらいいのか胡桃には分からなくて、彼も言葉を紡がずに目的地まで運転に集中していた。
長かったような短かったような、そんな曖昧な時間だった。
普通のホテルだった。仕事で宿泊する人や観光で泊まりに来た家族もいて、自分が場違いのようだった。
剛史は受付で鍵を貰っている。眼鏡と帽子で隠していて、周りの人々は特に気にもとめていなかった。
受付の人と一言二言話していて、慣れているようだった。
勢いでここまで来てしまったけど、冷静になろうとする頭を必死で追いやる。
これは、夢だ。一度だけの貴重な夢。
「胡桃、大丈夫?」
「あっ……大丈夫、です」
顔を覗かれて一歩下がった。
さっきまでテーブルを挟んでいたのに、急に至近距離になると心臓の鼓動が早くなる。
手を握られてエレベーターに乗った。
外の夜景が見える。自分はどこにいただろうと目で光を探すけど、知らない世界で諦めた。
後ろから体温が伝わってくる。
二人しかいない箱の中で、そのまま後ろから抱かれる。
嬉しかった。彼の声が、仕草が好きで、違う世界の人じゃなかったら、きっと憧れから恋愛の“好き”に発展していた。身近にいたならば。この小さな理性が、今の状況を夢だと思わせてくれる。
扉が開く瞬間に離れて、周りに人がいない事を確認してからまた手を繋がれた。まともに表情を見られなくて、胡桃は終始俯いていた。
扉のロックが解除された音。部屋の明かりが点灯する音。カーペットを擦る音。全部耳に入ってくるのにどこか遠くの出来事にも感じる。
一つしかないベッドに座らされた。
初めて、キスしたぶりに彼の顔を眺めた。
きっと自分は顔を真っ赤にさせて緊張している。でも微笑んで真っ直ぐ見つめてくれる彼の視線は逸らせられない。まるで、それは、求めてくれているような……。何かに似ていて、胡桃はすぐに分かった。
(あの絵と一緒)
黒い薔薇の絵はじっとりと胡桃の心臓の奥深くまで見つめていた。本能で野性の瞳のようだ、目が離せない。惹かれていたし、虜になっていたと今では分かる。その逃がさないという目を向けられたら……もう抵抗なんてしなかった。
次は慎重に唇を重ねられた。
透明なリップを付けた自分のよりも剛史の方が何倍も柔らかかった。
少しだけ目を開けていられる。彼の目はずっと自分を捉えていた。
数秒経って、息がしづらくなって口を離した。
初心者丸出しになって恥ずかしくなる。
「恥ずかしがるのも可愛いな。……全部教えるって言っただろ」
「っ……剛史さん、口説くのが上手すぎです」
「んー、今は本気だから」
さらりと言う。
こんな時、どんな反応をしたら良いのだろう。
彼は笑って頭を撫でてくれる。
何を話したらいいのか胡桃には分からなくて、彼も言葉を紡がずに目的地まで運転に集中していた。
長かったような短かったような、そんな曖昧な時間だった。
普通のホテルだった。仕事で宿泊する人や観光で泊まりに来た家族もいて、自分が場違いのようだった。
剛史は受付で鍵を貰っている。眼鏡と帽子で隠していて、周りの人々は特に気にもとめていなかった。
受付の人と一言二言話していて、慣れているようだった。
勢いでここまで来てしまったけど、冷静になろうとする頭を必死で追いやる。
これは、夢だ。一度だけの貴重な夢。
「胡桃、大丈夫?」
「あっ……大丈夫、です」
顔を覗かれて一歩下がった。
さっきまでテーブルを挟んでいたのに、急に至近距離になると心臓の鼓動が早くなる。
手を握られてエレベーターに乗った。
外の夜景が見える。自分はどこにいただろうと目で光を探すけど、知らない世界で諦めた。
後ろから体温が伝わってくる。
二人しかいない箱の中で、そのまま後ろから抱かれる。
嬉しかった。彼の声が、仕草が好きで、違う世界の人じゃなかったら、きっと憧れから恋愛の“好き”に発展していた。身近にいたならば。この小さな理性が、今の状況を夢だと思わせてくれる。
扉が開く瞬間に離れて、周りに人がいない事を確認してからまた手を繋がれた。まともに表情を見られなくて、胡桃は終始俯いていた。
扉のロックが解除された音。部屋の明かりが点灯する音。カーペットを擦る音。全部耳に入ってくるのにどこか遠くの出来事にも感じる。
一つしかないベッドに座らされた。
初めて、キスしたぶりに彼の顔を眺めた。
きっと自分は顔を真っ赤にさせて緊張している。でも微笑んで真っ直ぐ見つめてくれる彼の視線は逸らせられない。まるで、それは、求めてくれているような……。何かに似ていて、胡桃はすぐに分かった。
(あの絵と一緒)
黒い薔薇の絵はじっとりと胡桃の心臓の奥深くまで見つめていた。本能で野性の瞳のようだ、目が離せない。惹かれていたし、虜になっていたと今では分かる。その逃がさないという目を向けられたら……もう抵抗なんてしなかった。
次は慎重に唇を重ねられた。
透明なリップを付けた自分のよりも剛史の方が何倍も柔らかかった。
少しだけ目を開けていられる。彼の目はずっと自分を捉えていた。
数秒経って、息がしづらくなって口を離した。
初心者丸出しになって恥ずかしくなる。
「恥ずかしがるのも可愛いな。……全部教えるって言っただろ」
「っ……剛史さん、口説くのが上手すぎです」
「んー、今は本気だから」
さらりと言う。
こんな時、どんな反応をしたら良いのだろう。
彼は笑って頭を撫でてくれる。
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