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二章
7.試験
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「殿下が貴方を探しにくる、というのは私なりに根拠があってのことだったのですが、貴方を傷つけてしまいました。申し訳ありません」
別れ際、そう言いながら、オーディスはアナベルを抱きしめた。
「このまま、10秒数えると、良い夢が見られると言うローゼンダール国教会の習わしですよ」
アナベルはオーディスと10数えた。その日は手首の痛みも引いていたから、久しぶりに良い夢が見られた。
アナベルは、エリザベート、リミントン公爵、父の三人からの推薦を得て無事、王宮騎士団に出願する事が出来た。
試験は2日間行われる。
1日目は知力・体力の試験、2日目は実戦となる。
試験の前日、アナベルはディボルに共用語や歴史など座学のおさらいをしてもらった。ディボルは元神官だけあって、歴史などは特に深い造詣があるようだ。
「私はアナベル様が、共用語も分からない阿呆と呼ばれている意味を理解しました」
ディボルは至極、真面目に言った。
「モール領の言葉は、古語がまだ生きているのか、王都のそれとは同じスペルでも発音や意味が異なるようです。むしろ共用語より難解…。アナベル様は理解されていないのではなく、難解な古語と混同しておられる」
ただ、明日の試験は少し心配ですねぇ、とディボルはため息をついた。
「私は正直、アナベル様は試験に落ちてもいいと思っているのです。騎士になるのは心配だ」
「ディボル様、心配していただいてありがとうございます。しかし、心配は無用です。それより、ディボル様はこの後、どうされるのですか?」
「ああ、私は教会に戻る事になりました。リミントン公爵家とは別の小さな派閥ですが。アナベル様の試験までは後宮にいて、見届ける予定です」
「ディボル様、必ず期待に応えて見せます」
ディボルはアナベルに、桃が乗った焼き菓子を差し出した。
「先日アナベル様が作った、桃を砂糖で軽く煮たものを乗せた焼き菓子が、今、後宮で密かな流行になっています。アナベル様には、騎士にならなくても生きていく道は沢山ありそうですよ。くれぐれも無理をされませんよう」
アナベルはディボルの気持ちが嬉しかった。
必ず騎士になる。改めて決意した。
試験当日。
決意とは裏腹に、知力の試験は散々な結果だった。
後宮にいる間、勉強していたつもりだったが、騎士になる者は王都の学校で学んでいることが殆どで、やはりアナベルには難しい内容だった。
午後の体力試験は、訓練場をひたすら走ると言うものだったが、知力試験の成績順でスタートし、後ろから足切りに合うというルールだ。
アナベルは後ろから数えた方が早い順位にいたから、遅れて走り出して、中間くらいまでは順位を上げなければならない。しかも、数名の募集だと言うのに、想像していたより沢山の人がいた。アナベルはこっそりため息を吐いた。
試験の様子を見に来たオーディスには呆れられた。
「アナベル様、まさかこんな位置にいるとは思わず、貴方を見失っておりました」
「……オーディス様がおっしゃりたいことは分かりますが、あの、他の方もいらっしゃいますから」
先程から周囲の視線を痛いほど感じる。それはそうだ。王太子の側妃が男たちに混じって騎士の試験を受けるなど……。アナベルも覚悟していたのだが、やはり集まった視線が痛い。
「今日は私が送った服は着ていらっしゃらなかったのですね。明日に温存された様だが、今日落ちてしまい、そのまま袖を通されない、ということになりませんか?」
「最善を尽くします」
オーディスはその後もアナベルのそばにいて、アナベルをからかい続けた。この日オーディスは騎士団の隊服を着ており、恵まれた体格も相俟って、余計に周囲の視線を集める。
「オーディス様、そろそろ始まります」
アナベルはオーディスを、遠ざけようとしたが、オーディスはより密着して、声を顰めた。
「アナベル様、あなたはこの者たちよりずっと俊敏だ。負けるはずがないと思っていらっしゃるが、用心なさい。あなたが思っているほど、品行方正なものは少ない」
オーディスは「今度は見失わせないで下さい」と言って、去っていった。
別れ際、そう言いながら、オーディスはアナベルを抱きしめた。
「このまま、10秒数えると、良い夢が見られると言うローゼンダール国教会の習わしですよ」
アナベルはオーディスと10数えた。その日は手首の痛みも引いていたから、久しぶりに良い夢が見られた。
アナベルは、エリザベート、リミントン公爵、父の三人からの推薦を得て無事、王宮騎士団に出願する事が出来た。
試験は2日間行われる。
1日目は知力・体力の試験、2日目は実戦となる。
試験の前日、アナベルはディボルに共用語や歴史など座学のおさらいをしてもらった。ディボルは元神官だけあって、歴史などは特に深い造詣があるようだ。
「私はアナベル様が、共用語も分からない阿呆と呼ばれている意味を理解しました」
ディボルは至極、真面目に言った。
「モール領の言葉は、古語がまだ生きているのか、王都のそれとは同じスペルでも発音や意味が異なるようです。むしろ共用語より難解…。アナベル様は理解されていないのではなく、難解な古語と混同しておられる」
ただ、明日の試験は少し心配ですねぇ、とディボルはため息をついた。
「私は正直、アナベル様は試験に落ちてもいいと思っているのです。騎士になるのは心配だ」
「ディボル様、心配していただいてありがとうございます。しかし、心配は無用です。それより、ディボル様はこの後、どうされるのですか?」
「ああ、私は教会に戻る事になりました。リミントン公爵家とは別の小さな派閥ですが。アナベル様の試験までは後宮にいて、見届ける予定です」
「ディボル様、必ず期待に応えて見せます」
ディボルはアナベルに、桃が乗った焼き菓子を差し出した。
「先日アナベル様が作った、桃を砂糖で軽く煮たものを乗せた焼き菓子が、今、後宮で密かな流行になっています。アナベル様には、騎士にならなくても生きていく道は沢山ありそうですよ。くれぐれも無理をされませんよう」
アナベルはディボルの気持ちが嬉しかった。
必ず騎士になる。改めて決意した。
試験当日。
決意とは裏腹に、知力の試験は散々な結果だった。
後宮にいる間、勉強していたつもりだったが、騎士になる者は王都の学校で学んでいることが殆どで、やはりアナベルには難しい内容だった。
午後の体力試験は、訓練場をひたすら走ると言うものだったが、知力試験の成績順でスタートし、後ろから足切りに合うというルールだ。
アナベルは後ろから数えた方が早い順位にいたから、遅れて走り出して、中間くらいまでは順位を上げなければならない。しかも、数名の募集だと言うのに、想像していたより沢山の人がいた。アナベルはこっそりため息を吐いた。
試験の様子を見に来たオーディスには呆れられた。
「アナベル様、まさかこんな位置にいるとは思わず、貴方を見失っておりました」
「……オーディス様がおっしゃりたいことは分かりますが、あの、他の方もいらっしゃいますから」
先程から周囲の視線を痛いほど感じる。それはそうだ。王太子の側妃が男たちに混じって騎士の試験を受けるなど……。アナベルも覚悟していたのだが、やはり集まった視線が痛い。
「今日は私が送った服は着ていらっしゃらなかったのですね。明日に温存された様だが、今日落ちてしまい、そのまま袖を通されない、ということになりませんか?」
「最善を尽くします」
オーディスはその後もアナベルのそばにいて、アナベルをからかい続けた。この日オーディスは騎士団の隊服を着ており、恵まれた体格も相俟って、余計に周囲の視線を集める。
「オーディス様、そろそろ始まります」
アナベルはオーディスを、遠ざけようとしたが、オーディスはより密着して、声を顰めた。
「アナベル様、あなたはこの者たちよりずっと俊敏だ。負けるはずがないと思っていらっしゃるが、用心なさい。あなたが思っているほど、品行方正なものは少ない」
オーディスは「今度は見失わせないで下さい」と言って、去っていった。
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