27 / 57
三章
27.後宮を追われた花嫁
しおりを挟む
俺と王女達は教会のバザーに参加するという名目で、また孤児院隣の宿泊施設に寝泊まりしている。制服は着ていないが、大勢の騎士団員を連れて。
あの後、デュポン公爵夫人は後宮で呪われて血を吐いたと大騒ぎになり、そしてそれは俺がデュポン公爵家に色々と協力を求めたせいだ、という結論に至ったらしい。
だから俺は後宮を追われて、騎士団に見張られながら幽閉されている、というわけ。
あの日、浴室で身体を清めた後すぐに俺の部屋にやって来た陛下は、目を潤ませて何も言わずに俺を抱きしめると「よかった。」と呟いた。その時の陛下は以前、鏡の間で俺の痣が消えたのを確認した時と同じだった。違ったのはキスをされなかったということと、教会に行け、と言われたことだけ…。
あまりの急展開にあのハンカチのことはまだ、話せていない。
「大丈夫です、アルノー!お父様を信じて差し上げて。きっとアルノーを迎えにきますから!」
「そうです、大丈夫よ!ほら見て?ハンカチに二人のイニシャルも縫っておいたから!ちゃんと元に戻れるように、おまじないよ!」
リリアーノとリディアは俺に“A”と“I”のイニシャルが縫われているハンカチを二枚差し出した。一枚は俺から陛下に渡せ、ということらしい。二人は俺に、なかなか高度な要求をした…。
それはほぼ、実現不可能…。
陛下は俺を後宮から追い出して、今度こそナタを後添えにするために動いている、と、教会内でもっぱらの噂なのだ。教会に向かう前、メアリーは俺に散々怒っていたっけ…。「あれほど私が言ったのに、自業自得ですよ?!」と。ファイエット国教会の女子修道院に戻りたくないメアリーは、あのまま後宮に滞在しているテレーズ様の召使にちゃっかりと収まり、こちらには来なかった。あいつ、上手いこと逃げやがった!
メアリーのことはともかく…、デュポン公爵夫人には申し訳ない事をした。俺が色々、面倒事を頼まなければ、後宮の事件に巻き込まれることはなかっただろう。
デュポン公爵夫人は一命を取り留めたものの、伏せってしまい、話などは出来ない状況だと言う。デュポン公爵夫人に、あの毒のようなものを誰に渡されたのか聞けば、事件は解決に向かうと思うのだが…今は回復を神に祈り待つしかない。
教会にいると、朝、昼、晩と祈りの時間がある。俺はその度にデュポン公爵夫人の無事を祈った。
その日は何だか胸騒ぎがして、王女達が眠った深夜、俺は手水へ行くふりをして部屋を出ると裏口から教会の礼拝堂へ向かった。
祭壇手前の外陣で目を閉じて祈っていると、隣に誰かが座る気配がする。
「アルノー、こんな時間に抜け出したりしてどうしたの?叱られるよ?」
「マルセル…。」
隣に座ったのは孤児院出身で、今は神父見習いのマルセルだ。
「ねむれなくなってしまったんだ。すまない、見逃してくれ。」
「俺がアルノーを告げ口するはずがないよ。しかもこんなに、弱ってる。」
マルセルは俺の手を握ると、手の甲に口付けた。
「この間言ったこと、本気だよ…。みんな言ってた。アルノーが陛下に捨てられて教会に戻されるって。それいつなの?待ちきれない。」
「き、決まったわけじゃ…ないよ、たぶん。」
「アルノー…。アルノーが毎日、どんな顔してるか自分で分かってる?俺なら、そんな顔させない。ずっとアルノーの側にいる。」
「え…?」
俺、毎日どんな顔してたんだろうか?マルセルに気を使われるような、悲壮感漂わせてた?
俺が俯くと、マルセルは俺を抱きしめた。
「アルノー、好きだ。孤児院にいた頃から…アルノーが結婚した今も諦められない…。」
マルセルは俺を抱きしめたまま、顔を傾けて口付けしようとした。大人になったマルセルは力が強くなっていて、腕の中から抜け出せない。
必死に抵抗していると、教会の扉が軋んで開く音がした。扉から一筋、月光が差し込む。光の後から入って来た人によって影が伸びると、その影は足早に近づいてきた。
「アルノー!何してる…?」
影の主は俺にそう呼び掛け、腕を掴んで引き寄せた。
「陛下!」
俺を掴んだのは陛下だった。陛下はそのまま腕を強く引き俺を強引に立ち上がらせる。なぜ陛下がここに?
「待ってくれ…!」
「持ち場に戻れ。罰せられたくないのなら…。」
マルセルに答えるつもりのない陛下は、俺を連れて礼拝堂を出た。
陛下は宿泊施設までの道を一言も発さずに歩いて行く。…どうして今日、突然こちらへ?俺から聞きたいことは沢山あったが、何も言えそうにない。そのまま暫く歩いていると、陛下は立ち止まって振り向いた。
「今日、デュポン公爵家から夫人が意識を取り戻したと連絡があった。ヒューゴからは、アルノーの応急処置のお陰だと聞いたから、その事を話そうと思って来たんだが…。」
陛下は言いかけて辞めると、再び俺の手を引いて教会の方へと踵を返した。
あの後、デュポン公爵夫人は後宮で呪われて血を吐いたと大騒ぎになり、そしてそれは俺がデュポン公爵家に色々と協力を求めたせいだ、という結論に至ったらしい。
だから俺は後宮を追われて、騎士団に見張られながら幽閉されている、というわけ。
あの日、浴室で身体を清めた後すぐに俺の部屋にやって来た陛下は、目を潤ませて何も言わずに俺を抱きしめると「よかった。」と呟いた。その時の陛下は以前、鏡の間で俺の痣が消えたのを確認した時と同じだった。違ったのはキスをされなかったということと、教会に行け、と言われたことだけ…。
あまりの急展開にあのハンカチのことはまだ、話せていない。
「大丈夫です、アルノー!お父様を信じて差し上げて。きっとアルノーを迎えにきますから!」
「そうです、大丈夫よ!ほら見て?ハンカチに二人のイニシャルも縫っておいたから!ちゃんと元に戻れるように、おまじないよ!」
リリアーノとリディアは俺に“A”と“I”のイニシャルが縫われているハンカチを二枚差し出した。一枚は俺から陛下に渡せ、ということらしい。二人は俺に、なかなか高度な要求をした…。
それはほぼ、実現不可能…。
陛下は俺を後宮から追い出して、今度こそナタを後添えにするために動いている、と、教会内でもっぱらの噂なのだ。教会に向かう前、メアリーは俺に散々怒っていたっけ…。「あれほど私が言ったのに、自業自得ですよ?!」と。ファイエット国教会の女子修道院に戻りたくないメアリーは、あのまま後宮に滞在しているテレーズ様の召使にちゃっかりと収まり、こちらには来なかった。あいつ、上手いこと逃げやがった!
メアリーのことはともかく…、デュポン公爵夫人には申し訳ない事をした。俺が色々、面倒事を頼まなければ、後宮の事件に巻き込まれることはなかっただろう。
デュポン公爵夫人は一命を取り留めたものの、伏せってしまい、話などは出来ない状況だと言う。デュポン公爵夫人に、あの毒のようなものを誰に渡されたのか聞けば、事件は解決に向かうと思うのだが…今は回復を神に祈り待つしかない。
教会にいると、朝、昼、晩と祈りの時間がある。俺はその度にデュポン公爵夫人の無事を祈った。
その日は何だか胸騒ぎがして、王女達が眠った深夜、俺は手水へ行くふりをして部屋を出ると裏口から教会の礼拝堂へ向かった。
祭壇手前の外陣で目を閉じて祈っていると、隣に誰かが座る気配がする。
「アルノー、こんな時間に抜け出したりしてどうしたの?叱られるよ?」
「マルセル…。」
隣に座ったのは孤児院出身で、今は神父見習いのマルセルだ。
「ねむれなくなってしまったんだ。すまない、見逃してくれ。」
「俺がアルノーを告げ口するはずがないよ。しかもこんなに、弱ってる。」
マルセルは俺の手を握ると、手の甲に口付けた。
「この間言ったこと、本気だよ…。みんな言ってた。アルノーが陛下に捨てられて教会に戻されるって。それいつなの?待ちきれない。」
「き、決まったわけじゃ…ないよ、たぶん。」
「アルノー…。アルノーが毎日、どんな顔してるか自分で分かってる?俺なら、そんな顔させない。ずっとアルノーの側にいる。」
「え…?」
俺、毎日どんな顔してたんだろうか?マルセルに気を使われるような、悲壮感漂わせてた?
俺が俯くと、マルセルは俺を抱きしめた。
「アルノー、好きだ。孤児院にいた頃から…アルノーが結婚した今も諦められない…。」
マルセルは俺を抱きしめたまま、顔を傾けて口付けしようとした。大人になったマルセルは力が強くなっていて、腕の中から抜け出せない。
必死に抵抗していると、教会の扉が軋んで開く音がした。扉から一筋、月光が差し込む。光の後から入って来た人によって影が伸びると、その影は足早に近づいてきた。
「アルノー!何してる…?」
影の主は俺にそう呼び掛け、腕を掴んで引き寄せた。
「陛下!」
俺を掴んだのは陛下だった。陛下はそのまま腕を強く引き俺を強引に立ち上がらせる。なぜ陛下がここに?
「待ってくれ…!」
「持ち場に戻れ。罰せられたくないのなら…。」
マルセルに答えるつもりのない陛下は、俺を連れて礼拝堂を出た。
陛下は宿泊施設までの道を一言も発さずに歩いて行く。…どうして今日、突然こちらへ?俺から聞きたいことは沢山あったが、何も言えそうにない。そのまま暫く歩いていると、陛下は立ち止まって振り向いた。
「今日、デュポン公爵家から夫人が意識を取り戻したと連絡があった。ヒューゴからは、アルノーの応急処置のお陰だと聞いたから、その事を話そうと思って来たんだが…。」
陛下は言いかけて辞めると、再び俺の手を引いて教会の方へと踵を返した。
123
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる
七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。
だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。
そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。
唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。
優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。
穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。
――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。
冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる
尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる
🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟
ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。
――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。
お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。
目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。
ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。
執着攻め×不憫受け
美形公爵×病弱王子
不憫展開からの溺愛ハピエン物語。
◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。
四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。
なお、※表示のある回はR18描写を含みます。
🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。
🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます!
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる