56億7千万年

シキ

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2話

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その頃、駄菓子屋では、八千代が壁時計とトイレの方向を交互に見ては心配そうに眉を下げていた。
トイレに行ったっきり何の音沙汰もない弥勒を不審に思ったのだ。蝉が煩わしさを感じさせる程鳴き声を上げる外を見る。日向には陽炎がゆらり、ゆらりと立ち上がっていた。こんな猛暑日だ、体調の急変だって可笑しくはないだろう。

(体調悪くなって動けなくなったりしてる?それとも……)


「……もしかして痔なのかしら?」


弥勒が知れば「心外すぎる!」などと言いそうなものだが、実際長時間トイレに籠られれば体調不良か痔のどちらかが疑われる。


「ばーちゃん痔なんすか」
「違うわよ。ってあら、お稽古終わったの?くーちゃん」


八千代が振り向けば、駄菓子屋のドアから稽古着を纏った弥勒の友人が居た。くーちゃん、と可愛らしい愛称で呼ばれる彼は、店内をぐるりと見回した後、口を開く。


「まぁ、はい。ふりん家行ったんですけど、なんかまだ帰ってなかったみたいだし、散歩がてら迎えに……居ない、っすね」


弥勒にとってお節介な彼は、八千代から見たら世話焼きな弥勒の友人だ。特に迷惑そうにも、苦労してる風にも見えず、弥勒は友人に恵まれているなと度々感じさせる。その証拠に、普段から緩んでいる八千代の表情は、おっとりと更に緩んだ。


「あらあら、ありがとうね。でもねぇ、みーちゃんおトイレに行ったっきりでまだ出てこないのよぉ…」
「あー、あいつ腹壊しやすいから」
「そうなの。でも、いつも以上に長いからどうしたものかと思ってね?」


ちらり、と時計を見た八千代。


「え、どれくらいっすか」
「んーそうね、かれこれ40分くらいかしら」
「40分!?こんなクソ暑い日にトイレの個室に?!どんだけ踏ん張ってんだアイツ…」


友人は仰天したように声を上げる。心なしか引き気味だが、その声色に少しだけ心配も混ざっていた。


「大か小か、はたまた中か、なんて言いながら向かったのよ。ふふ、男の子らしいわね」
「いや、男がみんなあーゆうの好きとかじゃないんで……」


一緒にしないでほしいと切実に訴える彼に、八千代はやはり、おっとりと微笑む。
心配しているものの、もう少し様子を見ることにした二人は、そのまま世間話に移ることとなった。


「へぶッしッッンクション!あー、温度差?気温差?どっちだ。ばーさん心配してんのかな……」


そんな駄菓子屋でのやりとりを露知らず、弥勒は盛大なくしゃみで意味不明な単語を造りながら、当たらずも遠からずの予想をしていた。まさか痔の心配をされているとは思っていない。早く帰りたい気持ちに駆られながら、見知らぬ土地で探索を頑張っていた。
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