56億7千万年

シキ

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5話

現状把握の滞り

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「それで…ここって何処なんすか?なんで俺を連れて来たんで?」


弥勒は、気になっていたことを問うた。包丁の前にそれを聞くべきだろ、と正論を言うものはこの場に居ない。弥勒としては、混乱してる時ってどうでもいいこと気にするよね、との言い分である。通常運転でもしそうではあるが。

ししおどしの音だろうか、微かな水音と竹が傾く音が耳を掠めた。外は見えないが、内装にとても良く似合うBGMである。先程は取り乱してしまったが、心を凪いでくれるのがわかる。
弥勒の問いに、小十郎は持っていた包丁を懐に仕舞って居住まいを正した。ピンと伸びた背筋は見ている側として、とても心象に良い。釣られるように、弥勒も姿勢を正した。


「弥勒殿がここへ連れて来られたのは、政宗様のご意思です。我々は…私は事情を知りません。政宗様がいらっしゃり次第、事の本意はお話になれるかと思われます。」
「そっすか…」


あと、ここは伊達の本丸です。付け加えるように言った小十郎。
弥勒はなるほど、と神妙な表情で頷いた。しかし内心は大荒れである。本丸?本丸って言ったよこのおっさん。え、本丸なの?凪いだ心は勘違いだったらしい、一瞬で崩れ去った。さながら、4歳の時に大好きだった着ぐるみの中身が、無精髭の生えたおっさんだったと知った俺の夢のように。いや、言い過ぎか。

フウウウウ、落ち着くように深呼吸をする弥勒に、小十郎はおずぞずと口を開いた。


「その、政宗様が弥勒殿の腹を殴ったと伺ったのですが…調子は如何ですか…?」
「…え、あーハイ!出すもんは全部出した後だったんでどうも無いっすね。ズキズキするけど」
「ハハハ、いや、申し訳ない…」


力なく謝罪する小十郎に弥勒はイヤイヤ、と顔の前で手を振った。どことなく疲れを滲ませているような気がする。苦労性なのかな、この人、と弥勒は思わず憐憫の眼差しを送る。本当に申し訳無さそうな雰囲気を醸し出しているため、逆にこっちも申し訳なくなった。


「そういや、今何時ですか?」
「ふむ…ちょうど19時を回ったところですね。」


弥勒は気づかなかったが、枕のそばに時計が置かれていたらしい。シンプルながらもおしゃれな物で、小十郎はその時計を見てそう答えた。


「え、19時!?ウッソだろもう夜になってるわけ!?」
「かれこれ数時間ほど眠ってましたからなぁ」
「えええええ…」


今日だけで驚くことが多い。明日円形脱毛症を見つけてもおかしくないだろう。絶望するどころか、ハハハですよねー!と流す気すらする。弥勒は精神的な疲労が積み重なっているのを感じた。かといってなっていいとは誰も思っていないけれども。


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