4 / 12
袴田師匠編
3
しおりを挟む
ここ数年で、義肢技術は飛躍的に向上した。スポーツ用義肢の開発に尽力しているのは主に護堂医療器というスポーツ用品会社で、今の社長が継ぐまではごく普通の車椅子や福祉施設向けの精密機器などを作っていた小さな町工場だった。
社長は護堂正規32歳、パラリンピックで二度金メダルを獲った。
それを知ったとき俺は驚いた。俺は護堂正規の名を知らない。同じ剣道の選手だったにも関わらず、オリンピックとパラリンピックの間にはこんなにも分断があるのだと。
ともあれ自分のアスリート経験から彼は気づいたのだった。今の日本に足りないのは良い物を創る技術ではなく、アスリートに挑戦を許す空気だと。初心者向け大量生産ラインの商品創りにも尽力し、さらにはそれらを廉価で宅配レンタルする制度を整え、学校や各地のスポーツクラブには無償配布し、現在活躍中の特別強化選手とは積極的にスポンサー契約を結び――結果、日本でも障碍者スポーツのハードルは下がり、レベルは上がり、今やトップアスリートになれるのは障碍者だけという風潮すらある。
これが、護堂正規のWikipediaである。
普段ネットは使わないが、やるなと言われると気になって少し調べたりもした。
SNSに入ると護堂の評価はがらりと変わる。「護堂は逆差別主義者だ」と人は言う。
『健常者のスポーツクラブ入会を断る文書。これでもまだ障碍者が差別されているというのか』
『障碍者によって占められるインターハイ。少女はスポーツ推薦の道を閉ざされた』
『しかも護堂の最終目標はパラリンピックの地位向上なんかじゃない。パラリンピックとオリンピックの併合なんだ。護堂は健常者をスポーツから追い出そうとしている』
貼りつけられた記事に『パラリンピックはもう”平行”ではない』と誇張された見出しが躍る。
怒りの声にも一理あるような気はしたが、悪意がにじみだすような言葉に当てられて、すぐに見るのをやめた。
そんなことより気になるのは、みんながこぞって指輪を笑っていることだ。
女児指輪をつけたキモいオッサン、と初老の男性が罵倒する。一方で若い女のアカウントが、セレブの男がわざわざおもちゃの指輪をつけるだなんて意味深で可愛いと妄想に耽る。
大人の男が、おもちゃの指輪?
そんなに気になるような指輪をしていたか?
記憶にないが……気になってリモコンを取り上げる。
目をすがめ、巻き戻る映像から指を探す。あの、タブレットを掲げるシーンがいい。
目押しでもやっているみたいだ。だがスロットの才能はないらしく、目的の箇所から数秒ズレる。いらだつような細かな早送りと巻き戻しを数度繰り返して、ようやくテレビは護堂の手の甲を大写しにして止まる。
節張った指に、場違いな女物――いや、女児向けの、キッチュな指輪が見える。
「護堂はなあ、みちるちゃんが本当に好きだった先生なんだよ。なんでみちるちゃんがあんなに好きだった護堂を知らねぇんだよ」
胸倉を掴まれた衝撃を思い出して襟元に手を遣る。
護堂がしているのは、妹の、みちるの、彼を愛していたという俺の妹の――こどもの頃から大切にしている指輪だった。
社長は護堂正規32歳、パラリンピックで二度金メダルを獲った。
それを知ったとき俺は驚いた。俺は護堂正規の名を知らない。同じ剣道の選手だったにも関わらず、オリンピックとパラリンピックの間にはこんなにも分断があるのだと。
ともあれ自分のアスリート経験から彼は気づいたのだった。今の日本に足りないのは良い物を創る技術ではなく、アスリートに挑戦を許す空気だと。初心者向け大量生産ラインの商品創りにも尽力し、さらにはそれらを廉価で宅配レンタルする制度を整え、学校や各地のスポーツクラブには無償配布し、現在活躍中の特別強化選手とは積極的にスポンサー契約を結び――結果、日本でも障碍者スポーツのハードルは下がり、レベルは上がり、今やトップアスリートになれるのは障碍者だけという風潮すらある。
これが、護堂正規のWikipediaである。
普段ネットは使わないが、やるなと言われると気になって少し調べたりもした。
SNSに入ると護堂の評価はがらりと変わる。「護堂は逆差別主義者だ」と人は言う。
『健常者のスポーツクラブ入会を断る文書。これでもまだ障碍者が差別されているというのか』
『障碍者によって占められるインターハイ。少女はスポーツ推薦の道を閉ざされた』
『しかも護堂の最終目標はパラリンピックの地位向上なんかじゃない。パラリンピックとオリンピックの併合なんだ。護堂は健常者をスポーツから追い出そうとしている』
貼りつけられた記事に『パラリンピックはもう”平行”ではない』と誇張された見出しが躍る。
怒りの声にも一理あるような気はしたが、悪意がにじみだすような言葉に当てられて、すぐに見るのをやめた。
そんなことより気になるのは、みんながこぞって指輪を笑っていることだ。
女児指輪をつけたキモいオッサン、と初老の男性が罵倒する。一方で若い女のアカウントが、セレブの男がわざわざおもちゃの指輪をつけるだなんて意味深で可愛いと妄想に耽る。
大人の男が、おもちゃの指輪?
そんなに気になるような指輪をしていたか?
記憶にないが……気になってリモコンを取り上げる。
目をすがめ、巻き戻る映像から指を探す。あの、タブレットを掲げるシーンがいい。
目押しでもやっているみたいだ。だがスロットの才能はないらしく、目的の箇所から数秒ズレる。いらだつような細かな早送りと巻き戻しを数度繰り返して、ようやくテレビは護堂の手の甲を大写しにして止まる。
節張った指に、場違いな女物――いや、女児向けの、キッチュな指輪が見える。
「護堂はなあ、みちるちゃんが本当に好きだった先生なんだよ。なんでみちるちゃんがあんなに好きだった護堂を知らねぇんだよ」
胸倉を掴まれた衝撃を思い出して襟元に手を遣る。
護堂がしているのは、妹の、みちるの、彼を愛していたという俺の妹の――こどもの頃から大切にしている指輪だった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)
MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。
かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。
44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。
小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。
一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。
ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』
月神世一
SF
【あらすじ】
「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」
坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。
かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。
背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。
目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。
鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。
しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。
部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。
(……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?)
現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。
すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。
精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。
これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる