BAMBOO SAMURAI

能馬仁

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二松双子編

1

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「カメラは回してないだろうな」
 人混みの喫茶店を見回しながら確認する。
 昼過ぎのプロントはランチに商談にノマドワークにとサラリーマンであふれている。
「真竹サン、あまりYoutubeはご覧にならない?」
 サンドをパクつきながらピンク髪の少年はうさんくさい笑顔で尋ねた。
「さっきから思ってるんですけど、真竹サンは見たこともないYouTubeがうっすら嫌いですよね?」
 確かに高校生の頃は好きなアーティストの新譜のプロモーションビデオを探したりもしたが、最近はまったく見ていない。折につけ、オリンピックチャンネルが俺の動画を紹介してくれているという話は聞いているが、確認したこともない。
「Youtubeってね、いろーんなチャンネルがあるんですよォ。無料でこんなにガチにお勉強させてくれちゃっていいの!? っていう学習チャンネルから、お料理やDIYにペットの可愛い動画、一世を風靡した芸能人が再起をかけるお笑いチャンネルに歌ってみた、酷いやつだとデマやヘイトを扇動する動画もあるし、そんな思想すらなく人に迷惑かけてドッキリ映像流して喜んでる動画もある……」
 確かに。Youtube、ネット動画とひとくちに言ってもいろんな内容のものがあるだろう。それを俺は、よく見もせずにすべてが迷惑系Youtuberのようなつもりでいた。そう反省した瞬間、ピンクの髪のYputuberのにまは、出前館のCMの物真似のように手のひらをくるっくるさせて言った。
「そしてその迷惑系Youtuberのにまがオレでぇーす」
 ……心底反省するんじゃなかったと思った。
 苦い気持ちで見つめる俺の目の前でにまはしばらくニマニマしていたが、
「迷惑系だなんて……でも、こいつのeスポーツの腕前、マジですごいんです。自分でもアプリゲー創ってて、"SPELLLESS WIZARD"って言って、クラスでもすげえ人気で――」
 あわてて割り込む耳が丸いほうの弟の説明に、みるみるうちに俺よりも苦々しい表情になった。
「"SPELLLESS WIZARD"って……ゲームのタイトル?」
「中二病なんですけどね。そもそもただの同人アプリだし」
 吐き捨てるようににまは自嘲した。
「呪文を詠唱しない魔法使いって、かっこいいでしょう?」
 俺は困惑して黙り込む。
 呪文を詠唱しない魔法使いというのが想像できない。呪文を詠唱する魔法使いっていうのが「マハリクマハリタヤンバラヤンヤンヤン」とか「ルーモスマキシマ」みたいな奴だというのは解る。詠唱したほうが魔法使いらしくてかっこいい気がする。
「えーっと、そっか、サブカルって、履修してないと意味わかんないですもんね。こういうゲームのファンタジー世界にはお約束事があって、」
 にまは首を傾げてから、ようやく合点が行ったというように手を――いや、大きな袖を打ち鳴らし、その袖を振って身振りしながら説明した。大きな黒いパーカーの袖を振って話すにま自身が魔法使いのようだ。髪もピンクだし。
「普通魔法使いって、呪文を唱えて魔法をかけます。それが、とても力が強くなったり特別なギミックを仕込んだりすることで、ショートカットできるようになるわけです。そうすると、相手は次にどんな攻撃を仕掛けられるか予想がつかない。どんな状況でも魔法を発動できる」
 杖を回すようにぐるりと袖を回して俺の眼前に突きつけ、にまはニヤリと笑う。解ったような解らないような話だ。
「ただ確かに俺もガキの頃、必殺技を叫んだら敵に次の一手がバレるんじゃないかと思っていた」
 にまは袖を引いて「そーそー、そういうやつ」と適当そうに相槌を打った。
 そうしてふっと笑顔を消すと、いきなり車椅子をバックに動かし始めた。
「はー、なんか萎えちゃったな。もう帰るね。バイバイ?」
「雅臣」
 弟の将人のほうがあわてて財布を握りしめて立ち上がった。
「ちょっと待てよ」
 俺も立ち上がり、車椅子の前に立ちはだかる。
「なんですのー? まだなんかご用事?」
 にまは不快そうに眉を上げて、車椅子を切り返そうとした。俺はとっさにかがんでその車輪を押さえた。
「それは俺のセリフだ。まだ俺の家に押しかけてきた理由聞いてないぞ」
「あー」
 にまは口角を上げて、ちょいちょいと指を曲げた。顔を貸せというように。
「ごめんねー、やっぱりちょっと喫茶店じゃ言えないようなコト。内緒で言わせて?」
 なんじゃそりゃと姿勢を下げて片膝をつき、にまに顔をよせる。これでいいかと尋ねようと口を開くや否や、思いがけない強い力で抱きつかれた。
「殺し合いしましょ、真竹サン」
 嗤いのにじむ声でささやかれ、俺は思わず叫ぶ。
「ゲームのやりすぎもいい加減にしろ」
 俺の狼狽をくつくつと嘲笑い、にまは腕に力を込めた。
 床に財布が落ちる。柔道少年があまりのことに取り落としたのだと解った。
 軟体動物のようなやわらかくぬめったものが唇を割る。好きでもない人間に――いや、嫌いなタイプの人間に――キスされたのだと気づき、俺は勢いよくむせた。
「はは、みちるサンとあんた、兄妹そろってセキュリティ甘過ぎ」
 うずくまる俺を見下ろし、にまが笑う。
「待て。お前、みちるを知っ……」
 言いかけた歯ががりりと固い物を噛む。
 手に吐き出してみると、それはおもちゃの指輪だった――みちるが大切にしていたのと、同じデザインの、女物の――。
「カマトトぶんなよ。袴田さんとはよろしくヤったくせに」
 唇をゆっくりと舐め、口角を上げてにまは言った。
「だからってなんでお前と!」
 思わず大声を出した後で、そうだ喫茶店だったと周りを見回すが、他の客はにまの奇行のせいで痴話喧嘩だと誤解したらしく、ちらちらと好奇の視線を向け、あるいは露骨に避けるように迂回して行く。
「……いや、真竹サンは絶対、俺らとヤりたがるはずだよ。みちるサンの《マイストーリー》を復元できるとあらばね」
 みちるの《マイストーリー》? そしてみちるの指輪?
 なぜ見知らぬ高校生Yputuberがそんなことを知っているのか解らない。しかしなぜかハッタリではないという確信があった。
「みちるサンの《マイストーリー》は壊れたんじゃない。オレたちが分割して持っている。メモリーはその指輪のレプリカだ。指輪は五人のパラリンピアンが持っている」
「またそんなゲームみたいな話をふざけ……」
 車椅子を掴みよせようとした瞬間、手すりもついていない彼の車椅子は、すっと俺を避けた。体重移動で制御して自走する特殊な車椅子ということだったが、その精緻かつ敏速な動きは、あたかも神経に接続された人体の一部であるかのようだ。
「じゃあね、またオレらと楽しもうね、真竹サン」
 にまは俺に一瞥だけくれて、そのまま店の外へと走り出していく。
「待てよ。お前の話が本当だとして、どうしろって言うんだ」
 車椅子が止まる。
「真竹サンの《MEMORABLE DROP》に、勝手にドロップしちゃったんだ。果たし状。パスコードも設定してなかったから。人気Youtuberのにま様があなただけのために作る解説動画つきだよ。きっと《マイメモリー》にそんな、外部からのデータシェア機能があることすら知らなかったでしょ。だからみちるサンと同じで甘いって言ってるんだよ」
 弟のほうがあわてて追いつき、車椅子の背を押す。
「すみません、ここは俺が払っておきますから」
 そのままぺこぺこと頭を下げる将人を、座ったままのにまは鼻で笑う。
「こちらがお届け物してやってるんだ。大人に払わせろよ」
 高校生に迷惑かけられて、俺が払うのかよ!
 学生服の背中を見送り、俺は心の中でツッコんだ。
 手のひらを開く。偽物の宝石の光が揺らめく。
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