八千代を翔けて、愛う日まで

ゆらん

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11独酒の夜と独り寝

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 夜更けにて、月と星を眺めながらシロガネは、ひとり静かに酒を呑んでいた。
 初めて、コハクに出会った時の事を思い出している。
 森で感じた途轍もない力は、コハクの呪力で間違いないが、今はその力を感じる事は出来ない。その理由を推測するに、コハクは呪いをかけられて力を封印されている。
 記憶を無くしている原因も、そのせいであろう。
 コハクの瞳は薄茶。光の屈折によりて琥珀と黄金に色が変わる。
 そして、瞳の奥にある虹彩異色は世にも珍しいものだ。あれは、コハクを護る為に成されたものだろう。
 それから、コハクを狙う陰の存在は、この刻、この現世の魔物ではない。ならば、どこから現れて、何の為にコハクを狙うのか。
 それは、コハクが何処から来たのかという疑問の答えとなる。
 シロガネが推測するのは、これまで何度もコハクが、その身にその心に傷を負ってきたはずだという事である。即ち、それは命を狙われているということに繋がる。
 コハクの純粋とで強大な呪力は魔物にとって魅力的で惹きよせられる。
 狙うは、魔物だけではない。
 時に人も、有り余る才能を敬い。溢れる力に恐れおののく。心弱き者たちが害を成す。
 今のコハクに、その記憶はないので確認する事は出来ない。しかし、辛い思いをしてきたに違いないのだ。
 側にいて助けてやりたかったと、涙を拭ってやれなかったと、シロガネの心は痛み悔やんだ。
 それは出来ない望みであると分かっている。
 そして、こらからの起こり得る事柄は、コハクを悲しませるだろうか。

 シロガネは、思い耽ける心を今に戻して、盃に目をやった。
 酒を注ぐ為に酒瓶を持とうとした時、ユラリとシロガネの隣りで何かの気配がした。
 すると、シロガネの手に、力強く美しい長い指の手が重なった。
 シロガネは重なる手の先に視線を移した。
「アヤメ」
「主様、おひとりで楽しまれているなんて、お寂しこと。お注ぎ致しましてよ」
「あぁ、頼む」
 シロガネは、驚きもせずに易々と受け入れた。
 突然、姿を現して酌をするアヤメと呼ばれた女は、シロガネの式神のひとりだった。
 夜更けの月夜の下。
 束ねた長い髪は、闇夜の月明かりに照らされて美しく煌めく。はらはらと乱れた髪が妖艶な雰囲気を醸し出している。美しく凛々しくもある顔立ちは、武芸に秀でた自信から来るものだ。
 アヤメが、シロガネの盃に酒を注いだ。シロガネは、グイッと呑み干す。
「任務ご苦労であったな」
「労いのお言葉ありがとうございます。ご命令通り、つつが無く果たしましてよ」
「アヤメと共に行動してたのは、シオンであったな」
「はい。任務の最に。負傷しまして休ませております」
「大事はないのか」
「いつも通りですから、ご安心下さいませ」
「うむ、慌ててつまずき転んだのか……。相変わらずだな。アヤメよ、虐めてやるな」
「あら、主様がそれを仰るのですか? コハク様を随分と可愛がっておられるご様子」
「そうだな……可愛いなぁ」
「まぁ。えぇ、ほんとに可愛らしい」
「うん?」
 アヤメが怪しく微笑んだ。
「主様ですよ」
「俺なのか。……アヤメには敵わぬな」
「当然でございまして、私はアナタ様を愛しているのですから」
「あぁ、そうだなぁ。ありがとう」
 アヤメは、いつでもシロガネに対する親愛をはっきりと言葉にした。何があっても変わらない思いだからこそ、叶わないからこそ、伝えるのだ。
 その思いをシロガネは、応えることは無いが否定もしない。ただ受け入れるだけだ。
 シロガネが、空の盃をアヤメに差し出した。
 微笑みながら淑やかなに、アヤメは、頭を下げて盃を受け取った。
 シロガネが、盃に満ち溢れんばかりの酒を注げば、躊躇うこともなく、アヤメは盃に唇をつけて、口をそっと開いた。ゴクっゴクっと喉を鳴らす。盃を口から離せば、唇が酒に濡れて輝いている。
 その一連の動作は美しく艶めかしい。
「美味しゅうござます」
「さすがはアヤメ。いい呑みっぷりだ」
「お褒めに頂きまして光栄ですわ」
「他の者ではこうはいかん」
 シロガネがニヤリとすれば、クスクスっとアヤメが嬉しそうに笑う。
 基本的にシロガネは、ひとりで酒を呑むことを好むので他の式神たちは遠慮する。
 それは、酒を呑むと少しばかり感傷に耽けてしまう癖があるからだ。
 だが、たまには、ひとりでなくても良い時もある。そういう時に、アヤメは良く現れるのだ。そして、式神の中でもシロガネと対等に酒を呑み交わせるはアヤメだけだった。
 アヤメが、シロガネの肩に触れて腕を取ると枝垂れかかる。
「皆、主様の様子を気にかけておりましてよ。そして、コハク様にお会い出来るのを楽しみしておりますわ」
「そうか。それも遠くないだろうな」
 シロガネは、夜空の月を見上げて呟いた。
 夜空を見上げて、シロガネが今でない刻に思いを馳せる。その端正な横顔を、アヤメは柔和な笑みで見つめた。

 この頃のコハクは眠れない夜を過ごしていた。結界の中にいるのにもかかわらず、黒い魔物に襲われるようになっていたからだ。
 そして、それに比例するかのように、昼も夜も森にいる魔物たちの気配を鮮明に感じるようになった。
 それは、不安と緊張がコハクを取り巻いて眠気を妨げた。
 眠れない夜は、寂しくなる。そして、色々なことをつらつらと考えてしまう。

 町で黒い魔物に襲われてから、シロガネが結界を強くしたのでコハクは安心していた。
 しかし、ある日。
 一人で森の散策をしていると嫌な感じがした。その方向へ振り向いた直後、突風が吹いた。まるでコハクを襲うような強い風に身構える。すると、鈍い痛みが走る。
 その瞬間、パリン、バリっと鳴る。
 町で襲われた時と同じ事が起こったのだと分かった。そして、コハクは護る者の存在をはっきりと感じた。
 何も無かった。無事に済んだ。守護者がいるならば大丈夫だ。
 暫く、コハクはその場で座り込んで息を整えて心を落ち着かせた。シロガネに心配させたくなくて、その身に起こった事を言わなかった。
 それは、結界の中での出来事で、まさかの思いと、まだ何があったのか、わからないままだったからだ。
 その後も、何度も同じことが起こる。
 突如、風となって飛んでくるので、防ぎようがなかった。守護者に護られているが、小さな傷を幾つも負った。
 そうなれば、さすがにコハクを狙っての攻撃であると認識をする。
 いつ、どこから。結界をすり抜けて攻撃されていると分かれば、驚きと不安しかなかった。
 なぜ、風なのか……。
 コハクは、微かな記憶から探り思い出したのは、それが呪いだという事だった。
 その事実は、より一層、シロガネに言えなくなった。なぜなら、誰かに呪われているだなんて、知られたくなかったからだ。
 その心は、恥ずかしさで、後ろめたいような気持ちと哀しみに溢れていた。
 怪我をする程度ならば、問題ない。守護者に護られているから大丈夫だ。
 無闇やたらに、心配させる必要はないと考えた。それらは、シロガネに言えない理由を並べるためのいいわけに過ぎない。

 だけど、何度も怪我をして、シロガネに心配をかけてしまう。いつも聞かれるのに、未だに何も言えないままだった。
 コハクは、そんな自分が嫌で仕方がなかった。
 そして、自身の力を感じてしまうことが恐ろしかった。何も知らないままで、いられなくなることが怖かった。
 それは、変化への怯えなのだ。
 コハクにもシロガネと同じ力がある。それは忘れている記憶を呼び覚ます。
 思い出してしまえば、シロガネに迷惑をかけて巻き込むかもしれない。
 このままずっと、シロガネと一緒に過ごしていたい。
 この自由で暖かい生活を無くすことが、怖くてたまらなく嫌だった。
 今までどうにかなっていたが、どうにもならない時は訪れる。
 それは、逃れられない運命だ。
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