八千代を翔けて、愛う日まで

ゆらん

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10不穏な、日々

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 シロガネが家にいる時は、スイセンのような特別な式神をコハクにつけていない。
 式神たちには使命がある。
 ずっと、コハクの警護につけるわけにはいかない。それに、何かあれば、シロガネがコハクを護れるからだ。
 
 いつもと同じある日、のはずだった。
 森で遊んで帰って来たコハクが、膝と肘に擦り傷をつけて家に帰って来た。
 帰りを迎えたシロガネが、その様子に慌てた。
「コハク! いったい、その傷はどうしたんだい」
「ちょっと……、コケちゃった」
「ちょっとではないだろう。そんなにも、たくさんの傷」
「大丈夫だよ」
「気をつけないと駄目だよ。一体何があったんだい」
「ごめんなさい」
 シュンと項垂れて、コハクは悲しそうな表情を浮かべた。
 咎めたつもりはなかったが、シロガネの心配する気持ちが強く出てしまって、少々語尾が強くなった。
「さぁ、おいで。とにかく傷の手当をしよう」
 シロガネは、怒ってないことを伝えたくて、優しい声でコハクを手招きをした。
 そして、棚から薬箱をとった。
 箱の中から小瓶を出して蓋を開けると、ヌルっとした液を手につけた。
「これは傷に良く効く塗り薬で、私が煎じて作った物だ。少々染みるが傷の治りは早いよ」
 シロガネが、その薬を一番大きなコハクの傷口に塗った。
「ひゃぁ、冷たい……うぅ、しみるぅ……」
 コハクが、顔をしかめながら我慢をしている。
 シロガネが再び薬を指につけた。そして、コハクの白い肌に出来ている、いくつもの傷に指をスルスルと滑らせて薬を塗っていく。
「さぁ、これで大丈夫だ」
「ありが……とう」
「どういたしまして」
 まだ、コハクは気落ちしている様子だ。
 ただの怪我だけで、こんなに気を落とすはずもなく。
 コハクの怪我は、確かに転んで出来たものだった。遊んでいれば、そんな事もあるだろう。
 しかし、転けたというには、膝や足だけなく肘や腕にも傷がある。しかも、すり傷とは言い難い細い傷は、切られたような傷だった。
 そして、これよりも以前に怪我をした形跡があった。
 コハクの身に何かがあったのは明白だった。
 気付けなかった自身の不甲斐なさにシロガネは、そっと唇を噛み締めた。
 コハクが心配をかけたくない思いから何も言わなかった。
 もしくは、言いたくない事があったのだろうとシロガネは推察した。
 なので、シロガネも今は何も言わずに、コハクの頭を優しく撫でて慰めた。
 コハクは静かな笑みをみせた。

 それからのコハクは、外に遊びに行って帰ってくれば、よく怪我をすることが多くなる。
 その都度、怪我の手当てをした。
 シロガネは、言いたくない事を無理矢理に聞き出せるわけもなく、コハクが言ってくれるのを待っていた。
 だけど、怪我の手当てをする度に尋ねはした。
「何かあったのかい」
「何もないよ、大丈夫」
 いつも同じ答えを言うだけだった。
 しかし、このまま放っておけば、事が大きくなった後では、取り返しがつかないとシロガネは危惧する。
 とうとうシロガネは、外に遊びに出かける際に、伝達が可能な中級式神をつけた。些細な異変でも知らせるように指示をする。

 そして、ある日、コハクの身の危険を式神が知らせてきた。
 シロガネは式神と意識を共有して、コハクの状況を観る。
 それは、結界の外から放たれた呪が、かまいたちになって、コハクを襲いかかっている。
 だが、届く一歩前で、パリンと弾いた音が響いて、バチバチっと電撃が生じて呪を弾いた。
 そして、結界の外に向かって電流が流れて行き、呪が放たれた元へと走る。
 だが、電撃による反撃が成功した感触はなく、すでに消え去っていた。
 コハクは、荒い息を整えて立ち上がった。
「いつも、ありがとう……」
 呟いた声が宙に舞えば、コハクの周りで優しく風が吹いた。
 その一連の出来事を見ていたシロガネは、そっと目を閉じた。

 その後も度々、かまいたちがコハクを襲って来る。だが、必ず結界が張られて防いだ。
 そして、電撃が呪を弾き飛して、呪の元が消滅するのを繰り返す。
 あれは、町に現れた黒い魔物だろうか。
 魔物の力の大きさと形態から、その執拗さをシロガネは懸念していた。
 だからこそ、結界の中に現れる可能性を想定して、強固にしたはずだった。
 しかし、結界を破ったわけではなく、すり抜けたというのが適切だろうか。
 これは悪意の呪、思念だ。
 いわゆる、呪いを飛ばしたのだ。呪いは精神攻撃である。
 結界は物理攻撃に有効だが、思念となれば、普通の結界では食い止めるのは難しい。
 呪いではなく悪意の思念を呪として、対象に向けて届いた瞬間に、物理攻撃に転じて襲うというものだと憶測する。
 まさか、こんな方法があったとは、思いもよらない手法と知らない呪術に、シロガネは感嘆する。
 悪意の思念が届くようでは、その内、物理攻撃に対しても有効でなくなるだろう。
 様々な条件が重なれば、微量な隙が出来てしまう。その隙を狙い侵入するための準備段階ではないだろうか。
 町で襲われた時に、コハクの守護する力が目覚めた。その力は、コハクの呪力でもあった。 
 だから、コハクを護る為の力は、シロガネの結界の中では干渉外だった。
 すり抜けた思念の攻撃は一瞬にて、コハクの力と相反したために、気づけなかったのだと、シロガネは推測した。
 
 人の思いほど、厄介なものはないことをシロガネは良く知っている。相手の思慮深さと手練れさに、さすがはコハクを封印しただけのことはある。
 これらの事実にシロガネは、同時に、してやられたという思いになった。それは、強敵に対峙する時の高ぶりと似ていた。
 今のところ、またまだ、結界の中であれば、何があったとしても大事にならないだろう。
 それに、コハクには守護する者たちがいる。今はまだ、シロガネの出る幕ではないのかもしれない。
 時には、任せることも必要ではある。
 だが、過保護は健在にて、中級式神から上級式神へとつけ変えることにした。
 安心と安全を得る為の保険は必要だ。
「あれは、いつの刻を超えて来るのだろうな」
 シロガネは遠くの空を見つめて呟いた。

 その後も怪我するコハクに、シロガネは声をかける。
「何かあるなら話してごらん」
 コハクは俯いたままで何も言わない。
「黙っているだけでは、何もわからないよ」
 シロガネがどんなに声をかけても、この時のコハクは頑なに何も話さない。
 普段のコハクならば、素直にシロガネに話すだろう。その反する一面に、シロガネは驚いた。
 だが、これもコハクなのだ。新たな一面を知れて嬉しくもあった。
 シロガネは、コハクの身に起きている事は全て把握している。だが、それをシロガネが言ってしまうのは違うのだ。
 コハクが、自らの意思によって話しをしなければならないと考える。
 コハクに話しをして欲しくて、シロガネは怪我の手当てをする度に、いつも同じ事を尋ねるのだった。
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